最終打ち合わせ
いよいよ次回は……の予定。
結局、出発が一日伸びた事で、最終打ち合わせを兼ねてのんびりやる事になった。
雪原の日差しは強い。陽光の苦手な吸血鬼にとっては暑い土地よりきついらしく、ヒルネルはテントの中で持ってきた資料の見返し、それから先日、差し入れられた本のチェック。ほむらぶも自分なりに調査する事にした。
さて。
外に出たほむらぶは、まずグリディアたちに挨拶して今日の予定を告げたのだが、
『ワタシハ、ぐりト情報取得シテイマス』
今まで運び屋に徹し不干渉だったピンたちが、ここでなぜか動いた。
『あら、だいぶ会話がスムーズになってきたわね』
『ワタシ、何モカワリマセン。ホムラブサンノ成果デショウ』
『そうなのかしら?』
『ハイ』
そこでピンは会話を打ち切った。
ちなみに彼らはテントの中には入ってこない。当たり前だがグリディアは巨大すぎるし、ピンはそのグリディアから決して離れなかったからだ。きけばサトル青年から厳命されているのだというが、単に指示だからというわけでもないだろう。二匹には何か、絆のようなものがあるように見えた。
『オヤクニタテズ、スミマセン』
『とんでもないわ。ここまでつきあってくれているだけで充分よ。ありがとう』
そこまで言って別れると、ほむらぶは周囲の散策をはじめた。
何もない雪原である。上かひたすらに碧く、そして下はひたすらに白い。それがほとんど地平まで続いているのである。ずっと北の方に明日向かう山脈が見えているのだけど、遠すぎてすっかり景色に埋もれている。それ以外は本当に何もない。唯一見えているのがグリディアと自分たちのテント、そして自分のつけた足あとだけ。
雪国をあまり知らないほむらぶには、その景色はまるで異界であった。彼女は寒さを感じていないが、かなり温度が低いだろう事はわかる。おそらくヒルネルの祝福がなかったら、恐るべき寒さなのだろう。
「それにしても」
ピンが動き出した理由について、ほむらぶたちは何となく気づいていた。ちらっと漏れていた思考の中に笑えないものがあったのだ。『北』『旅団』『新』の3つである。
たったこれだけだが『旅団』という言葉は一般人にはあまり使わないだろう。間違っても聞き捨てるわけにはいかない。
そして、ほむらぶの情報屋としての感性は、答えはこうだと言っている。
『北部大陸に、新住民で構成された旅団規模の集団を確認』
この内容なら、ピンが突然に動いたのも当然と言えた。
現状の周辺国家で、新住民主体で旅団規模、つまり千人単位の集団なんて構成しているのは、西の国以外は考えにくかった。何しろツンダークサービス末期には全プレイヤーのほとんどが西の国におり、周辺部にいたのは最後のギリギリまで攻略を続けていた一部マニアと、それ以外は全員が居残り組だったとされる。そのため、いわゆる新住民は、その全てが西の国に現れたと考えられる。新住民は全て、元になったプレイヤーのポータル付近に現れたからだ。
新住民はもともとツンダークの民だし、しかもレベルはプレイヤー譲り。しかも戦闘タイプが多い。西の国も真っ先に配下にし、組織化した事だろう。
冗談ごとではない。これはとんでもない大軍団だ。ちゃんと統制がとれていればの話だが。
そして、彼らがこの時期に北部大陸に至る理由はなんだ?
そう。おそらくだが、それは、ヒルネルやその『お姉様』の動きにも関係するのだと、ほむらぶは考えていた。
西の国の民主政権には、旧帝国文明に対する「今はふれないでおこう」という共通の忌避感がない。そういう情報は各国の王族が大切に継承していたのだけど、民主主義、つまるところ資本主義で実権を握っているのが報道系と豪商という現在の西の国に、そんなものが伝わっているはずがない。たとえ近隣国の王族から忠告されたとしても、時代遅れの迷信と切り捨てたろう。
彼らは、帝国の文明は人類の共通財産であるから、人類の代表たる自分たちが所有し、自分たちの遣わした最先端の研究者の手の元に管理されるべき、という考えをハッキリと主張しており、実際にその通りに行動しようとしていた。
だからこそ、西の国の研究者でもないヒルネルを確保しようとして断られた挙句、殺そうとしたのだろう。自分たちが好きにコントロールできる西の国以外に研究者なんて居てはならないし、従わないなら『研究をやめさせ無力化』するべきだと。ようするに全て奪って殺せという事だが、もちろん『民主政権の者』は「言葉では」そんな事言わない。職業暗殺者や冒険者に依頼すればすむだけの話で、その時に「最悪の場合は居なくなってもらうしかないが、そうならない事を祈る」とでも言っておけば、自分たちは殺せなんて言ってないと公式には胸を張れるのだから。
旧帝国の生き残りが聞けば、それこそ大笑いか激怒の内容だろうが。
おそらく、ヒルネルに西の国がちょっかい出し始めたあたりから、彼の姫君は調査をはじめたのに違いない。そして西の国が遺跡に手を出そうとしている事、ガーディアンのシステムが不調になっていて、西の国のドワーフが入り込んでいるのにも気づいた。そして即座に対応したわけだ。
だが、西の国が派遣したのが非戦闘職のドワーフだけであるはずがない。
かつてプレイヤーがガーディアンの一角を崩したというのなら、新住民にだって可能かもしれない。かりに新住民自身に無理だったとしても、ヒルネルやほむらぶのような人間がガーディアンを回避する術を知っていれば、その者たちを武力で押さえれば、遺跡とガーディアンを労せずに入手できるかもしれない。
おそらくはそんな理由の元に、最低でも二つの集団に分かれて行動しているだろうとほむらぶは考えた。
「だけど。おかしいのよね」
軍隊規模の北部大陸への侵入。当然、それは噂になっているはずだ。そして北部大陸に入るには、ソーヤ経由で入るしかない。
だがソーヤではそんな話を全く耳にしていない。
隠していた?いや、ありえない。ソーヤの町には軍隊規模の逗留を許せるリソースがないので、来れば間違いなく痕跡が残るはず。なのに、それを匂わせるものがあったようには思えない。
だが、それでも侵入の可能性はある。
そう。
つまり、ついに彼らが別の進入経路を開拓成功した可能性だ。
中でも最も可能性が高いのはポータル作成だ。ポータル同士はふたつでペアになっていて、相互に行き来できる転移門だと言える。これをドワーフたちが複製に成功したとするならば、その自作ポータルを西の国から運んできて、おそらくは遺跡のひとつの中に据え付けていたのだろう。
あくまで想像だが、この通りなら西の国から軍隊が転移してきても不思議はない。西の国の軍事機密扱いだろうから、使ったのはドワーフたちと軍隊、あとはせいぜい情報将校レベルの誰かくらいだろうが。
ちなみに、新住民に転移可能な者がいる可能性については、ほむらぶはゼロだと断言できる。
これには理由があった。
そもそも転移使いはゲームサービスの一部として用意されていたもので、全属性および無属性の指定最上級魔法をマスターし、さらに専用クエストをクリアするという、いかにもゲーム的な流れをとらねばならない。当然、専用クエストはサービス終了で消滅してしまっているから、新規取得は不可能である。
さらに、その専用クエストの提示は唐突に啓示という形でメッセージが出てくるようになっていて、明らかに条件を満たしているはずの攻略組の魔法職プレイヤーには一切その指示がこず、ただの魔法バカみたいなアクの強い人物にばかり啓示されたという実績もあった。そして、お人好しの彼らから情報を無理やり聞き出した攻略組がその通りにしようとしてうまくいかず、情報元が騙したと彼らを潰そうとした悪意のプレイヤーに運営が介入したという事件も起きている。
そして、とどめに当時の運営の失言もしっかりとwikiに残っていた。つまり「資格者から無理やり情報を引き出しても無駄です。転移魔法の資格の有無を最終的に決めているのはラーマ神であり、ラーマ神から認められない者は、どう足掻いても転移魔法の取得は不可能です」というものだ。
要するにテイマー職同様、人格的に問題なしと判断した者にだけ使わせるつもりだったのだろう。しかも新規取得が不可能というのなら、別人になってしまった新住民が転移魔法を使える可能性はゼロというわけだ。
なお、転移持ちの居残り組が加わっている可能性はゼロとはいえないが、ほむらぶはこれには否定的だった。理由は簡単で、居残り組は皆、一様に、目の届く範囲を第一に考えるような連中ばかりだからだ。
脅迫や搦め手で無理やり従わされている可能性は確かにあるのだが、全ての魔法職を極めたうえに専用クエストまでクリアするのに必要な根気と執念を想像するに、半端な神経の持ち主は耐えられないだろう、という漠然とした認識もほむらぶは持っていた。それは彼女自身が、自ら望んで苦労しまくった人間である事から想像できる事だったが、同時に、そんな事のできる人間が、くだらない脅迫に屈して底の浅い侵略に手を貸すなんて馬鹿げているとも考えていたわけだ。
そして、それは実際に正しかった。
西の国には二人の転移魔法所持者がいたが、ひとりはさっさと親しい者たちごと他国に亡命。もうひとりはソロの研究職だったので、適当に煙にまかれた上にさっさと転移で逃げられたらしい。そしてもちろん、そのまま二度と戻らなかったという。
さて、ポータルの件に話を戻そう。
かのようにドワーフたちのポータル設置の線が濃厚なのだが、これにも問題があった。つまり、ガーディアン復活によりそのシステムは既に破壊されたろうって事だ。
「遺跡以外にポータル作成は……可能性がなくもないけど、問題ありすぎて合理的じゃないでしょうしね」
ポータルの正体は、特定の材質でこしらえたペアのゲートである。相互に瞬間移動を司るシステムだが、当然、何らかの形で両方の魔法陣にエネルギーの供給が必要だ。しかも人間レベルの魔力では無理なわけで、外部に供給のためのエネルギー源が必要なる。
だからこそ、あのドワーフたちだったのだろう。
大量のエネルギーが必要ならば、常にエネルギーに満ちている遺跡プラントに注目しないわけがない。一番最初のエネルギー利用としても合理的で、だからこそ彼らドワーフが派遣されたと。なるほど合理的だ。
だが。
もし、この予想通りの展開だったなら。
ガーディアンが復活したのなら、システムに追加した余計なものは全て破壊されたろう。それにそもそも、中に入れなきゃそのシステムも利用のしようがない。
つまり、北部大陸に今いる部隊は、自力で帰還するしかないわけだが。
「転移で行き来が前提だった彼らに、きちんとした北部大陸の移動装備なんてあるのかしら?」
もちろん、あるわけがない。
目的地までの移動程度しか考えてないのなら、装備は数日分でいい。軍隊というのはリソース喰いなので、自力で帰還できるほどの予備を常に携行していたはずがない。あったとしても設備の中、つまり遺跡の中だったろう。
だがそれでは、最寄りの街であるソーヤまでも移動できないだろう。
「まずいわね」
つまり彼ら部隊はいわば、冬眠できずに巣穴から追い出された熊だ。
生きるためなら、テイマーの群れだろうとほむらぶたちだろうと襲い、殺し、装備や技術を強奪しにかかる可能性が高い。
「参った。一気に緊迫してきたわね」
いや、それは少し違う。単に戦火が近づいているのに気づいてなかっただけだ。
ほむらぶは、大きくためいきをつくと、テントに戻った。
「え、ほむちゃんもなの?いやぁ、こっちも厄介なの見つけちゃってねー」
「……今度はなに?」
テントに戻るとヒルネルが頭を抱えていた。
ほむらぶは聞きたくなかったが、こうなったら聞かないわけにはいかないだろう。何があったのかと尋ねてみた。
そしてその結果は、ほむらぶも蒼白ものだった。
「ほらこれ『世界の謎探求・北部大陸編』。ほむちゃんのお友達が届けてくれたやつ」
「うん」
ヒルネルが持っていたのは、見覚えのある本だった。
「著者は検証派のプレイヤーみたいだね。前文に『異世界の情報網に載せるべきではないのでツンダーク人むけの本にしました』って露骨に書いてあるし。こういう本を読むのは居残り組タイプか蔵書マニアプレイヤーくらいだからね。攻略組の目には触れないだろうと思ったんでしょ」
「へぇ……それで?」
うん、と頷くと、ヒルネルは先を続けた。
「この著者は北部大陸の遺跡群を、正体不明だがおそらく伝説の旧帝国関係だろうと結論してるね。で、クラーケンたち同様、プレイヤーにその先を見せたくないから、とんでもなく強いやつを配置していると考えていたらしい。
で、彼はそれを検証するためだけに、メインクエストを単独クリアして力を蓄え、満を持して攻め込んだらしいよ」
「ふうん、検証のためにねえ。ご苦労様……って、メインクエスト単独討伐!?」
「うん。でないとたぶん戦闘にもならないって推測したらしい。まぁ、それでもガーディアンには全敗で、死に戻りを繰り返しながらデータをまとめる羽目になったみたいだけどね」
「……そこまでやる普通?」
「攻略家の執念だよね。VRMMOだと制限されているっていっても痛みはちゃんとあるのに」
ふたりは乾いた笑いを交わした。さすがに言葉がなかった。
ちなみにメインクエストは、ラスボス攻略だけでも単独なら丸一日以上かかるとされている。しかも相手の攻撃には即死攻撃もあるわけで、こっちがたったひとりの場合には当然、瀕死になっても助かる手段がない。つまり、瀕死攻撃を食らわないようにしつつ長時間の戦闘に耐えなくちゃならないのだ。
それゆえに、単独討伐者はその素晴らしい闘志と戦いに敬意を払われ、運営から勇者、または真の冒険者の称号が与えられていた。
それほどの大冒険を、ただ検証プレイのためだけにやったというのか。
なんというプレイヤー根性。
「で、発電所にいるガーディアンの情報は?」
「これだよ。著者の人は『金剛力士が二体』って呼んでるね」
「金剛力士?」
「うん。見てこれ」
ほむらぶは本を見た。
『金剛力士(仮称)』レベル不明、詳細不明
なぞの北部遺跡の中でも最大の中央遺跡を守る二体のガーディアン。あらゆる魔法をキャンセルし、ラスボス攻撃用の武器でも傷もつけられない。そして話に聞く限り、北部大陸に挑んだ数少ない攻略プレイヤーたちの全てが「あれはダメだ、クラーケンより酷い」と肩をすくめた、まさに正真正銘の化物。
その姿は、日本の金剛力士にとてもよく似ている。よって、それぞれに阿仁王、吽仁王と仮に名づけたが、正式名称はもちろん不明。
手持ちのあらゆる攻撃方法を使っても、他のガーディアンなら多少なりとも傷ついた方法ですら、まったく傷ひとつつけられなかった。あらゆる刀剣、あらゆる魔法が全くの無意味。試してないのは弩弓と禁呪系くらいだが、これは僕がこれらを持たないため。検証するならこの二つをお薦めするが、さすがに倒すのは望み薄だと推測している。
なお、たぶんだが古代語のようなもので話しかけてくる。よって、古代語を何とか習得できたなら、まずは対話を試みるところから始めるのも手かもしれない。倒すだけが攻略ではないし、何かヒントがあるかもしれないから。
では、健闘を祈る。
ほむらぶは読んでいて、思わずためいきをついていた。
「攻略プレイヤーがいたんだ。普通に」
「wikiによる情報共有とは無関係に挑戦してた人がいるみたいだね。この著者が集めた情報では四組の攻略チームがいたらしいよ。ちなみにそのうち、ふたつは私も知ってる」
「交流あったの?」
「いや。フレだけどノンアクティブ」
「ああ、そういうこと」
「うん」
少し説明しよう。
ツンダークに限らないが、ネトゲにはよくフレンドリストというものがある。友達を登録しておくとメッセージが送れたりお互いのオンライン状況がわかるという便利なものだ。必須ではないが、大抵のゲームで採用されている。
ところが、フレンドというのは厄介なものでもある。その場のノリで登録したがその後に全く交流がない人もいて、そういう人までいちいち、誰それがオンラインになりましたとメッセージが出る。ならば消せばと思うのだけど、ツンダークの場合、フレンドリストは双方向になっていて、片方がリストから消すと「○○がリストから消されました」と相手側にも出てしまうし、もしその場のノリで消してしまって、後で連絡をとりたいと思った時には困ってしまう。
その対応として出てきたのがノンアクティブ。つまり友達としてのラインは残しておくが、いちいちオンラインになった、落ちたと報告してこない設定というわけだ。
「まさかあの子たちが北部大陸で戦ってたとはねえ」
「なんて名前のチームだったの?」
「『大剣馬鹿』と『魔女同盟』だけど?」
「……ずいぶんとわかりやすい名前ねえ」
「うん。中二病するよりメンツ集めやすいって言ってた」
「でしょうね」
名は体を現す。
全員が大剣マニアで魔道士すらも大剣を使える『大剣馬鹿』に、とにかく魔道、魔道、魔法以外は知りませんという超絶イロモノの女キャラ戦闘チーム『魔女同盟』。どちらもトップを走るような種類のチームではないが、いわゆるイロモノ系では最前衛にいたはずだった。
「ちなみに他のチームは?」
「『斧』と、それから……これは中二病系だね。『紅魔の覇王』ってチームが」
「あら」
子供っぽい名前に二人はクスッと笑った。
「問題は、どう攻めるかだね。もちろん最初は対話を試みるけど」
「それって近くに行くって事よね。会話の内容次第で攻撃されない?」
「攻撃しない限り襲ってはこないらしい。でも逃げる準備はしておこう」
「そうね」
ほむらぶは少し考え、そして言った。
「ヒルネル、あんたの戦力は対人特化だっけ?」
「動物にも多少は効くけど、どのみち機械だのゴーレムは無理」
「そう……。じゃあ、ひとりならどうやって攻略する気だったの?」
「突破が無理なら引き返す。で、変電所で可能な限り情報収集したと思う。場合によっては全ての関連施設を回って」
「そう。じゃあ今回は?」
「ゆっくり回りたい。でも今回はのんびりしてられない、違う?」
「え?」
ヒルネルが苦笑したのに、ほむらぶは眉をしかめた。
「西の国から来た新住民主体の集団だけど、私の見立てだと、多くて全体の四割ってとこだと思う。残りは必要だからね」
「必要?何に?」
「もちろん、武力で周辺各国から居残り組を強奪するために」
そう言うと、ヒルネルは肩をすくめた。
「自分らでポータルの複製に成功したんなら、次にやる事は明らかでしょう?現在あるポータルの完全破壊と、そして、西の国の許可がないと使えないポータルの設置。そうする事で、戦争も、流通も、何もかも全部を西の国で握りたいんだね」
「極悪」
「うん。ま、うまくいかないだろうけどね」
「うまくいかない?」
「うん」
ヒルネルは大きく頷いた。
「彼らができるのは、せいぜいポータルの破壊まで。だけどそれは同時に、彼らの勝手なポータルを各国の者たちが破壊してもいいって事になる」
「でもポータルなんでしょ?なくなったら不利益じゃないの?」
「そもそも、ツンダークではポータルは利用してないんだよ。あれはツンダーク人には太古の記念碑的な代物でしかなくて、利用する気もないみたい。使ってる人、見た事ないでしょ?」
「あー、まあね」
ツンダーク人がポータルを使わないのはほむらぶも知っていた。彼女の取引相手はギルド経由が多いから転送手段もそちらに任せていたが、個人間取引でポータルを利用した事があったためだ。
「そういやあの時、ポータル使ったって言ったら、異世界人なんですねえって妙に納得されたっけ」
「そうだろうね。まぁ、悪用するくらいなら破壊しろって神様の言葉も残されてるし、こうなったらもう壊しちゃうでしょ」
「なるほど」
ほむらぶは、ヒルネルの説明になっとくした。
「でもヒルネル、彼らは自分らのポータルを新住民に守らせる気だよね?彼らの多くは元戦闘職でしょ?」
「それ違うよ、ほむちゃん」
「え?」
「彼らは、元戦闘職のスペックをもつ『ただの人』だよ」
ヒルネルは静かにそう言って、ほむらぶの考えを否定した。
「確かにスペックは高いね。切りつけた時の破壊力も大きいと思う。油断はできないよ。でもね、それじゃ中の上くらいのゴリ押し攻略チーム程度の戦力にしかならないんだよね」
にやり、とヒルネルは意地の悪い笑みを浮かべた。
「攻略チームとそうでないチームの最大の違いってしてる?」
「んー、装備がまず違うわよね。あとは戦術面かな?実戦経験とか」
「うん正解。さすがほむちゃん」
ウンウンと大きくヒルネルはうなずいた。
「で、彼らは何を引き継いでる?装備も引き継いでないし、別人だから戦術は言わずもがなだよね?」
「あー、そっか」
わかった?と、ヒルネルは微笑んだ。
「新住民が引き継いでるのはあくまで個人のスペックだけ。別人だから戦い方は引き継がれないし、武装もリセットされてるわけで。足運びや戦闘時の駆け引きみたいな、本当の意味での強さを左右する部分には全然関係ないって事。
だから、ツンダークでは大金ぶちこんで凄い装備を取得したからって強いとは限らない。そうだよね?」
「うん」
「おまけに戦闘職は魔法防御低い人多いんだよね……あれも戦術の範疇だしねえ」
「そうなの?壁の人とか、攻撃魔法ぶっ飛ばしたりしてたでしょう?」
「あれって気合かませて止めたり飛ばしたり、あとは祝福なんだよ。気合ならできるかもだけど、祝福なら中身が別人の時点で消えてるでしょ?」
「なるほど。確かに」
武闘家で気合技を覚えて『ドラ○ンボールごっこ』が大流行した事があるのを、ほむらぶも思い出した。誰かが魔法や気合弾で攻撃したのを「喝ぁーっ!!」といって吹き飛ばしたり、元気がどうとか言いつつ巨大な気の弾丸を作ってみたり。「まさか、リアルmakankosappoがツンダークで遊べるとは!」とか阿呆な事を言っているヤツもいたとかいなかったとか。
「……あれって、単なる遊びじゃなかったんだ」
「知らなかったの?実益をかねた練習だったんだよ」
「……そ、そう」
「?」
まさか、あれを実際の攻略でもやってたとは。
戦闘職経験がないので知らなかった新事実。ちょっぴり頭痛のしてくるほむらぶだった。
「そ、それで話戻すけど、結局どうするんだっけ?」
「あーうん、とりあえず旧帝国語で呼びかけてみる。中に入れて欲しいってね」
「うん。それでダメだったら?」
「今回は引き上げよう」
きっぱりとヒルネルは言った。
「周辺の事情が危険すぎるよ。力押しはダメだし、のんびり変電所を調べてる時間もなさそう。だったら、西の国の問題が落ち着くまで待って再挑戦。それでいいと思う」
「ふうん……」
「なに?」
「無茶はしないんだ?」
「しない。だいたい、何千年もそこに在り続けてるものを調べるのに一年や二年がどうしたのさ。あわてる事はないよ」
「ええ、そうね」
「……えっと、なに?」
「ん?なんでも?」
「……」
ヒルネルは困った顔をした。ほむらぶが露骨ににじり寄り、そっとしがみついてきたからだ。
「あの、ほむちゃん?」
「なあに?」
「近いんだけど」
「近づいたんだから当たり前でしょ?」
「当たり前なんだ……」
「うん」
「あの、ほむちゃん?」
「なあに?」
「なんで、くっついてるの?」
「んー、血が欲しくないのかなぁって?」
「……」
少しほむらぶを見て、そして顔をそむけるヒルネル。
「いらないの?」
「まだ夕刻には早いよ」
「違うよヒルネル。わたしの都合じゃなくて、あんたが欲しくないのかって言ってるの」
「……それは」
欲しいと言いかけたのか、ヒルネルはブルブルと首をふった。
「それはまずいよ」
「どうして?」
「我慢できなくなるから」
「しなきゃいいじゃない?」
「いやいや、それは凄く困るから!」
「わたしは困らないけど?」
「いやいや、ほむちゃんだって過剰に連続で飲み続けると変質するかもよ?ダメだって」
「変質?具体的には?」
「あまり一時に吸われすぎたら、祝福受けてる状態が当たり前になりだすんだよ。さらに吸い過ぎると自由意志まで抜け落ちて従徒化、つまり奴隷化しちゃうわけで!」
「そうならないようにしてくれるんでしょう?」
「それでも中毒化するって!一度効力切れてから吸うっていうのは中毒化の予防であって、だから」
その言葉を待たず、ほむらぶはヒルネルにしがみついた。
「えっと、ほむちゃん?」
「ごめん、たぶんもう遅い」
「え?」
ヒルネルの眉がしかめられた。
「一昨日は、ただびっくりしてた。で、昨日は、わけがわからなくて。そして今日は……」
そう言うと、ほむらぶの目がヒルネルの目を見た。
「ほむちゃん?……まさか」
「帰ってからの事は帰ってから考えよ?それより……何とかして」
「そっか……」
ヒルネルはためいきをついた。
「ごめん、ちょっと見通し甘かったね。もう中毒になっちゃったんだ」
「治るかな?これ」
「わからない。わからないけど、帰ったらお姉様に相談してみる」
「うん。よろしく」
ヒルネルの予想よりほむらぶの吸血中毒化が早かったのは、先日少し早めに吸血した事、それからヒルネル自身の血の濃さが原因だった。
吸血中毒とは、吸血種に吸われる事で快楽を得る症状の事だ。人間、苦痛には強くとも快楽には耐性が弱いもので、初期の従徒はそうして作られる。自分から進んで吸ってくださいと身体を差し出し、そして、吸ってもらうためにご奉仕するわけだ。
ちなみに、ヒルネルは自分の従徒を作った事がなかった。なので影響力について今回改めて知った事になる。
治療法は二つ。
ひとつは数日間我慢する事。苦痛がひどい場合は2日ほどスリープか何かで眠らせてもらえばいい。
もうひとつは、吸血鬼化する事。当たり前だが吸血鬼化してしまえば、そもそも困る事はない。
「……」
ヒルネルはつばを飲み込み、そして、無防備に差し出されたほむらぶの首筋に舌を這わせた。
「ひぁっ!ち、ちょっと!」
「ああ、ごめん」
だが、その抗議の声までもが甘ったるくとろけている。
ヒルネルはクスッと小さく微笑むと、はむっと首筋に噛み付いた。




