パートナー
のし、のし、と歩いて行く巨大マンモス、グリディア。
見た目上の歩みは確かに遅いのだが、そもそも怪獣なみの巨体の彼女である。足元を流れていく風景はなかなかに速く、しかも寒さから身を守る結界まで標準装備している。そんなわけで、通信ウサギのピンとグリディア当人に聞き役をしてもらいつつ、ほむらぶ、アメデオ、ヒルネル、ロミの二名と二匹は、発電所にむかう前の打ち合わせを開始していた。
まず、いきなりヒルネルの衝撃発言が出た。
「まず最重要事項から。はっきりいってグリディア嬢、めっちゃ脚速いです。今日一日で予定の九割行くと思う。今夜はゆっくり休んで、明日のお昼には発電所かな」
「速っ!」
「いやぁ、まさか高速馬車なみとは言わないけど、それでも凄い速さだからね。しかもこの雪原上で」
「そうね」
ほむらぶもそれには同意した。
本来、ゾウは重量級で鈍重な生き物といわれる。といっても、それでも人類の世界最速スプリンターなみかそれ以上の速さで普通に走れるのだが。
だがしかし、怪獣なみの巨体を誇るグリディアが時速約40kmで走れるなんて誰が想像するだろうか?しかも雪原上をである。
ここに、彼らの予定は大幅に狂いだしていた。
「当初の予定ではどのくらいかかるはずだったの?」
「一か月半くらいかな?モンスターの出現状況次第だけど」
「そっか」
そりゃそうか、とほむらぶも同意した。
実際、グリディアは速いだけでなく、進行方向にいるモンスターたちも全く意に介していない。これをも相手しながら移動となると、月単位でかかった可能性すらも否定できない。
「ま、帰りは時間かかると思うから、用意した冬物は無駄にならないと思うよ?」
「うん、そうよね。そこまで頼るわけにはいかないもんね」
「うん」
『帰リモ、イケマスケド?』
「ありがとピンちゃん、でもそこまでは頼れないよ。少しは自力でいかないとね」
ピンのありがたい申し出をヒルネルは断った。
実際、現地でどれくらいかかるか、そこだけは全く見当がつかなかった。それに危険があるかもしれず、厚意でつきあってくれているピン・グリディア組をそこまでつきあわせるつもりはヒルネルにも、ほむらぶにもなかった。
それに帰りの場合、本当にそれが必要なら奥の手もまだある。帰り限定だが。
『ホムラブサン、ダイジョウブデスカ。サムイデスヨ?』
ほむらぶが寒さに弱いのでピンが心配するが、
「ありがと、でも大丈夫だと思う。なんでだろ、今日は昨日までみたく寒くないの。少し慣れたのかな?」
『……』
ピンの目線が泳ぎ、ヒルネルの方を見た。あちゃあ、と困った顔をするヒルネル。
「あー、ほむちゃん?」
「なに?ヒルネル」
「それは慣れたんじゃなくて、私の影響下にあるからだと思うよ」
「影響下?」
「うん。ステータス確認してみて。たぶん間違いないと思うから」
「あ、うん」
ヒルネルに言われるまま、自分のステータスを確認してみるほむらぶ。
さて。こんな感じになっていた。
特記事項: 寵愛Lv1(微)
一日以内に吸血種に吸血されている。この吸血種があなたを守りたいという意思を持っているため、各種ステータス上限が少しずつ上昇している。これは吸血されてから約丸一日持続する。
該当吸血種の種族特性により、冷気、および冷却魔法、ドラゴンのアイスブレス等、あらゆる冷気に関するものから10%ほど守られている。また気象条件による寒暖からも30%守られているが、効力が尽きるところで寒暖の感覚が急に変わる事になるので、着替え持参などで対策しておく事をお薦めする。
ほむらぶは文面を読んだ途端、思わずフリーズした。
(寵愛って……守りたいという意思って……なんつー露骨な)
「ほむちゃん?」
「!」
ヒルネルの言葉で我に返り、ほむらぶは慌てた。
「どうしたの?調子悪いの?」
「な、なななな、なんでもないっ!えっとね、冷気に対する守護10%、対天候防御30%だって!」
『……』
「おー、それだけあればだいぶ楽になるね。とりあえずはひと安心かな?」
「そ、そうね。吸血から一日以内ってあるけど?」
「うん。まぁ、血は毎日くれるんだよね?だったらそっちは問題ないね」
「……そ、そう」
「ん?ほむちゃんどうしたの?」
「あー、うん、なんでもない」
「?」
『……』
ピンの目線がヒルネルの方に向いていた。もちろんその目は「こいつアホだろ」と言っていた。
そして、ほむらぶもためいきをついた。もちろん、ヒルネルが何も理解してないのを悟ったからだった。
「ヒルネル」
「なに?ほむちゃん」
「なんでもない」
「は?」
「なんでもないってば!」
「あ、うん。よくわかんないけど、わかった」
なぜかアメデオやロミまで「だめだこりゃ」な反応。その中でヒルネルだけが首をかしげていた。
ちなみに余談なのであるが、ヒルネルがお姉様に吸われた場合は『寵愛』でなく『家族』になっており、もちろん文面も違う。これは吸う側の問題であり、つまり、お姉様にとってヒルネルは家族同然の可愛い妹であり、ヒルネルにとってのほむらぶは、肉体こそ同性になってしまっているが異性愛の対象。このために祝福の種類が違っているのである。
間抜けな話だが、ヒルネルはそれをまだ知らない。彼女にとり、赤の他人を噛むというのはそのすべてが魔法攻撃の一環だったので、後で祝福の確認なんて一度もしなかったからだ。お姉様以外で親しい者を噛んだというのは、ほむらぶが初めてだった。
さて、話を戻そう。
ほむらぶの事で思うところあったのか、ヒルネルも自分のステータスをあれこれ確認しはじめた。ところがある点で、おもいっきりヒルネルの顔がひきつった。
「どうしたのヒルネル?」
「やられた……こんなとこにもお姉様の置き土産が」
「は?」
「ロミが……」
「ロミちゃんがどうしたの?」
いつものようにヒルネルの肩にいるロミ。
「いや。たぶんほむちゃんからも見えると思う。ステータス見てみて」
「えーと。あ、うん」
そういえば、今朝は珍しくロミが普通に食事したんだっけ。やたらよく食べてたわよね……などと考えつつ、言われるままにほむらぶはロミのステータスを見て。そして、
「え?」
一瞬、目をぱちくりさせた。
『ロミ』種族:不明 Lv1 性別:female
なぞの進化を遂げたフォーミンバット。能力的には今までと変わらないが、耐久性と魔力が劇的に増大している。
また、食事や吸血などの方法で外部からエネルギーを盛んに取り込もうとする傾向があるが、その理由が何かの大技を使うためなのか、さらなる進化のためなのかは不明。
「種族不明?なにこれ?」
「よくわからないけど進化の途上っぽいね」
「あー。でも何でいきなり……って、それがあんたのお姉様のしわざって事?でもどうやって?」
「わからない。でもそれ以前に、何でこのタイミングでこんな事するのかの方が気になるね」
「そうね……あら?アメデオどうしたの?」
ふと、ほむらぶの脇腹をアメデオがつついている。
「あんた遠話使いなさいよ、練習になるんだし。で、なに?」
なんだかよくわからないが「僕もみてみて」と言っているように思えた。ほむらぶは「何だろ?」と思いつつもアメデオのステータスも見て。
そして、
「え……ちょっと!」
そして、愕然とした。
『アメデオ』種族:種族未確定(ホワイトモンキー系) Lv? 性別:male
特記事項: 細工師Lv2、限界突破Lv2(上限Lv150)
特記事項2: 現在、変異中のため詳細不明。
ほむらぶのペット兼弟子というべき立場の小さなホワイトモンキー。現在、進化の途上である。
所有スキルが限界突破因子の上限を超えたため、Lv2に移行しました。
現在、種族未確定です。しばらくおまちください。
「ちょ、アメデオも何か変わってるし!」
「うわ……間違いないね、これは」
「間違いないって何?」
ほむらぶが眉をしかめてヒルネルを見た。
「お姉様って、あれで道理の曲がった事はまずやらない人なんだよね。やっぱり、そういうとこはきちんとお姫様なんだよ。
少なくとも、私の頭飛び越えて、アメデオを勝手にいじるなんて絶対ありえない。そんな事したら、ほむちゃんの顔潰しちゃうじゃん」
「そうなの?でも現にこうして」
「うん。つまり何か非常事態なんだと思う」
「非常事態?」
「うん。これって戦力の強制引き上げだと思うんだよ。つまりこのタイミングでそれをやる理由は」
「……発電所の方に、とんでもない厄介事があると?」
「うん。あくまで予想だけど、間違いない気がする」
「……」
「……」
ほむらぶとヒルネルは顔を見合わせ、ふうっとためいきをついた。
ところでアメデオなのだが、さっきからほむらぶの横で何かアクションを繰り返している。ほむらぶは正直それどころではなかったのだが、しかしアメデオは大切な相棒である。当然、ガン無視はしない。
「って、何、ドヤ顔してんのあんたは……」
『ほめてほめてー』と得意げなアメデオ。
考えてみれば、理由はともかくアメデオにとっては大規模レベルアップであろう。種族変換まで起きているのは間違いないのだから。
「ん、それもそうだね。うん、アメデオ、よくやったわね」
ちょっぴり苦笑したものの、それでも微笑んで「うんうん、よくやった」とアメデオをなでてやった。
ほむらぶはこの時、むかし仲良しだった飼い猫を思い出していた。良かれとトカゲやムカデを差し入れてくれるその猫に、風邪で痛い喉で内心悲鳴をあげつつも「ありがとねー」と必死で褒めたものだ。
ペットや庇護対象が良かれとやっている事は、たとえ不本意でも褒める。それが彼女の昔からのスタイルであった。理由はともあれレベルアップしているのだから、ここは褒めるとこだろう。
(……)
そんなほむらぶを、優しげなヒルネルの瞳が、じっと見つめていた。
作戦会議のようなものをしている間にも、グリディアはどんどんと進んでいく。
いつしか風景は木の影も見えなくなり、一面の銀世界。異様に澄んだ空の青さだけがやたらと目に痛く、そして、いよいよ寒さも酷くなり。
ゆっくりと陽も陰りはじめた頃、ヒルネルの一声で今日の日程も終了となった。
今夜は野宿である。ほむらぶがテントを設営しようとしたが、それをヒルネルが止めた。
「私が大きめのテント持ってるからそれを張るよ。ほむちゃんは急いで温かいもの作って食べて」
「随分と急ぐのね。確かに夕刻が近いけど、これならまだまだ明るいうちに寝床に入れると思うけど?」
ほむらぶも野営に慣れているので、北国の夕暮れの早さも認識済みのようだった。
暗くなってから野営するのは素人のする事だが、北国ではもっと厳しくなる。暗くなくても、晴れた日は太陽が傾いてきただけで寒さが倍増する事も珍しくなく、だから、普段に輪をかけて早め、早めの行動が望ましい。特に慣れない極寒の地ならなおさらである。
だが、ヒルネルはそれにもうひとつ付け足した。
「それもあるけど、ほむちゃんの防寒効果がね。たぶん夕暮れまで持たないよ」
「え……そうなの!?」
「うん、間違いない」
「わかった!すぐするわ!アメデオ、ちょっと手伝って!」
初日の寒さがそれほどに堪えたのか、それとも、ヒルネルの影響下にあった今日一日が快適すぎたのか。加護の効果が切れると聞いた途端、いそいそとほむらぶは食事の準備を開始した。
そんなほむらぶを横目で見てから、アメデオもテントの設営を開始した。
簡単にテントといってもいろいろな種類がある。雪に埋もれた極寒冷地では固定も難しいし、その意味ではなかなか難しい技術が要求されるのだけど、何しろここはツンダーク。ゲーム時代に生産組の残したものがいろんな分野に生かされているが、野営用のテントもそのひとつだった。
現代日本人の感覚だと、野営用のテントなぞマニアむけのものでしかないかもしれない。だがツンダークでは移動が時間でなく日単位、週単位になるのが当たり前の世界だから、驚くほど野営の需要は高かった。そして、こういう物品の改良やコンパクト化となれば日本人の独壇場そのものなわけで、ゲーム時代の十年あまりの間に、ツンダークのテント事情は地球の千年分くらいは一気に進化してしまった。
その最右翼が、ヒルネルの持っている魔導防風ロッジ型テントである。
『開封』
収納ポーチにかけられた魔術式を起動するだけで、八角形の布の塊が雪面に広がった。底面に空間固定をかけ、八ヶ所にも魔導固定ピンを打ち込み、最後に自立コードをかけると、地球の高価な厳冬期登山用テントに似た自立式のテントが完成した。防寒用外幕までも装備され、二重構造になった立派なものだ。
入り口は二重になっている。まず、外側の入り口をあけて中に入る。
そこは玄関になっており、荷物置き場がある。彼らはアイテムボックスがあるので荷物は置かないが、悪天候の時には工夫して火を使ったりもする。
外側の口を閉じ、今度は中に入る。
中は天井が低く、歩きまわるには向いていない。お世辞にも広くもないが、ふたりと二匹が寝泊まりするには十二分以上。むしろちょっと広すぎるほどである。
内部に三ヶ所あるランタンの封印を外した。
これらは光と同時に、テント本体を焼かないように発熱し、中を少し温める力もある。ガンガンに温める力はないが、これで問題ない。狭い空間なので、住人が入ればそれだけで温まるからだ。
これだけだと時間がかかるので、生活魔法の火を30秒ほど使う。空気が一気に撹拌されて温まった。
まだこのテントは出されたばかりで底冷えしてないので、これでもしばらく保つはずだった。
さて。就寝スペースに大小の寝袋と断熱マットを置き、入り口に戻った。
外に顔だけ出してみると、まだ外は充分に明るいが寒さが増し始めていた。今はまだいいが、ここでほむらぶの効果が切れるのはちょっとまずい気がした。
「ほむちゃん、どう?」
「できたわよ。あんたもたまには少し食べる?」
「やめとく。代わりにロミにあげてくれる?たぶん食べると思うから」
「わかった」
「それより中に入らない?」
「いいけど焼き物だよ?無煙だから湯気も煙もないけど、熱だけは凄いよ?」
「無煙?」
ヒルネルは靴を履き直し、外に出てほむらぶたちの側に行ってみた。そして、
「……なにこれ?」
何やら地球のオーブントースターを思わせる箱がある。
「何って、無煙グリルだけど?」
「いや、わかるけど。なんでファンタジー世界に無煙グリルがあるの。てーか燃料何さ」
「魔導鉱石」
「ランニングコスト高すぎでしょ、それ」
「カセットガスよりはエコだし、普通の魔道具に使えないようなクズ石でいいんだけど?」
「……まさかと思うけど、これも、ほむちゃんの発明?」
「もちろん。錬金術師の嗜みだよ?」
「それ違う。なんか絶対違う」
「えー」
「えーじゃないって」
確かに錬金術の成果は使われているのだろう。
だが、生活家電もどき作りが錬金術師の嗜みと言われたら、自分も錬金術師だったヒルネルとしては、どうにも納得いかないのだった。
食事タイムが終わり、テントの中に引っ込んだ。
テントに入ると、アメデオとロミはなぜか二人とは距離をとった。何かヒルネルとアメデオの方で一瞬、火花が散っていたようだが、内容をほむらぶが訊いてみてもヒルネルもアメデオも何も言わない。そしてアメデオは、もりもり喰った後すぐに寝てしまったロミの世話を焼きつつ、自分用の小さな寝袋にさっさと入ってしまった。まるでそっちは勝手にやれと言わんばかりに。
「でっかい釘さされたなぁ」
「?」
「なんでもない」
二つあった寝袋のひとつをほむらぶが黙って収納したのに、ヒルネルは何も言わなかった。
ひとつしかない寝袋は大きなもので、ふたりが入っても余裕があった。寒冷地用なので極端な広さはないのだが、それでも体勢を変えたりできる程度の余裕は確保されていた。これは大人がある程度武装したまま寝られるサイズを考慮したものなので、小柄なふたりが装備を外して入れば、ほとんど布団と変わらないのは確実だった。
ふたりは移動時に着ている防具を全部はずし、布のチュニックに変えた。もちろん下着は身につけているが。
ヒルネルは思わず軽口を叩きそうになる自分を必死に押さえつつ、導かれるままに寝袋に入った。どこか動きがぎごちなく、また寝袋の中でもふたりは普通に横に並んでいた。
「凄いテントだねえ。広いわりに温かいし」
しばらく無言だったが、ぽつんとほむらぶがつぶやいた。
「見た目よりは狭いからね。ランタンと住人の熱だけで充分あったまるようになってるし」
「そっか」
たったそれだけの会話。
少しして、ゆっくりと、何かを思い切るようにほむらぶが言った。
「いいよ。おなかすいたでしょ?」
「うん」
ごそごそっとヒルネルは動き出したが、「ああ」と気づいたように動きを止めた。
「なに?」
「ほむちゃん。いいとこ連れてってあげるよ」
「え?」
そう言うと、ヒルネルはほむらぶの上に覆いかぶさり、そして、ゆっくりと首筋に噛みついた。
「あ……」
ピクッとほむらぶの身体がハネた。
そして、ふたりだけの時間が始まった。
この後も書こうと思ったけど、明らかに18禁になるので省略します。
もしかしたら裏の方に書くかもしれませんが……。




