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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
49/106

閑話・とある国での小さな物語

 中央大陸、はじまりの国の南にある小さな国、カルカラ。国土の大部分が水の上にある国で、神話時代から水の国と呼ばれている。小さいが、はじまりの国の次に古い国である。

 西の国の危険な状況が問題になりはじめていた頃。そのカルカラの王宮で、国王と十七人の側近が話をしていた。

「逃げだした異世界人たちは、我が国にも若干ながら逃げ込んでおりますな。近隣国のひとつだからでしょうが」

「問題は、一部の者が関わりの深い住民ごと逃げてきておる事ですな。もちろん民が増えてくれるのは歓迎ではあるのですが、なにぶん荷物やら人員やら、かなりの大規模になっている者もおりまして」

「そんなに凄いのかね?」

「彼らがこの世界に永住を決めた理由で、最も多いのが自分の家族を得たケースですからな」

「職人などの場合、工房や弟子も引き連れて動いているとも聞いておりますな」

「サイゴン王国には数十名の孤児を連れてきた者もいるとか。なんでも教え子だとかで、ちなみに、この者は既にサイゴンにて再び教鞭をとっておりまして、新規の生徒も集めるつもりだそうで」

「ほう?数十名の孤児を連れて移動もして?いくらなんでも移動が早すぎないかね?」

「転移持ちだそうです。全属性の魔道を極めた者しか持てず、異世界人でも数名いるかどうかという異能だそうで」

「それはまた……」

「異世界人ですら有数の魔道士で、しかも優秀な教員に、その生徒たる未来の人材候補まで丸ごと流失か……なんとも笑えんな」

「明日は我が身と心得るべきでしょう。王よ、おのおの方も、ゆめゆめご油断なさるな」

「全くですなぁ」

 この小さな古い平和な国は今、混乱の初期にある。西の国から少なくない移民が押し寄せているためだ。

 彼らは戦争難民ではなく、平和的な移住ではある。しかし単身ならまだしも家族や縁者まで伴っているケースが少なくないもので、結果的に立派な難民規模と化していた。リソースの小さなこの国には明らかに重荷であり、その事で彼らは集まり、頭を抱えていたのである。

「同じ海辺の民ならどうにでもなるのだがな」

 人は、ひとりでは生きられない。

 特に元の世界を捨ててまでツンダークに住み着いた者たちで最も多かったのが、元の世界にないものをツンダークで得たケースだった。

 ツンダークでパートナーを、あるいは妻子を得た元ニートの青年。

 現世でさっぱり芽が出なかった分野で頭角を現し、たくさんのお弟子さんまで得た職人。

 巫女やテイマーのような、この世界そのものに関わる天職に就いた者。エトセトラ、エトセトラ。

 中には使用人一家まで連れ、家屋敷財産一式ごと移ってきた者たちすらもいた。

「当然といえば当然だな。はるか異世界から遊びにくるならともかく、二度と戻れぬと承知で移住を決めた者たちなのだから。友人が、家族が、いないと思う方がおかしい」

「いかにも」

「ですなぁ」

 彼らは国として小さすぎて、異世界人を利用しようなんていう野心は全く持っていなかった。彼ら居残りの異世界人が争いを好まない事も既に知っていて、ならば同じ人として歓迎したいというのが彼らの本音だった。

 だが、土地がないのはいかんともしがたい。

「まず土地が足りませんな。いっそ、隣接する『はじまりの国』から少し租借できるとよいのですが」

「我が国はもともと土地が少なく、水上生活者が二割もおるような国ですからな。開墾は自力でするからと言われても」

 はじまりの国自体も、決して今回の事態とは無関係ではない。彼らには西の国とは別に、異世界人絡みの大失態がある。

 だが、そこで「そうだ」と手を叩いた者がひとり。

「何ですかな?林野担当殿?」

「皆様、この本を読んだ事がありますかな?」

「『ツンダーク職業特集』ですと?これは一体」

 林野担当と言われた男は、ウムウムと胸をはった。

「これは異世界人の記した本で、彼らの職業や技術について記した本だそうなのですよ。二年ほど前ですか、漁師をしている我が国の異世界人の男が、クラーケンを従えた『深海の女王』なる女に洋上でもらったそうなのですが」

「深海の女王?」

「なんでも異世界人のテイマーで、海の生き物専門という変わった趣向の女なのだそうで。漁師の間では有名なのだそうです」

「なんと、海の生き物専門ですか。異世界人ともなるとテイマーも風変わりなのがおりますなぁ」

「いやはやまったく」

 彼らはもちろんテイマーは知っている。だがテイマーというと家畜や陸上モンスターのイメージが強すぎて、海洋生物と結びつける者はまずいないようだった。

「それで、問題は彼らのスキルなのです。この中に土木使いと呼ばれるものがあるのです」

「土木使い、ですか」

「はい。土魔法と水魔法、それと特有のスキルを駆使しまして、土地を開墾したり建物を建てる者らしいのですが」

「ほう?」

 王と、それから側近の大部分が男の方を見た。

「それは興味深いな。だがスケルツよ、肝心の土地はどこにある?海を埋めては海の幸に影響が出てしまうぞ?」

「ええ、それでなのですがね。ここを見てください」

「ふむ?屋上菜園?なんだこれは?」

「はい。どうも建築技術を用いて、同じ場所に何段もの畑を作るもののようですな。しかも、海の上にも設営できまする」

「海の上にもだと!?」

 ざわ、と彼らの間にざわめきが走った。

「はい。当然、少し海に影ができるようですが、下には大小いくつかの漁礁(ぎょしょう)でも設営すればよいでしよう。いかがなものかと」

「なるほどな。だがあまり時間はないぞ。それに、移民の中にこの技術持つ者がいるかもわからぬ」

「はい。それは今、人材募集を行っておりますれば。土魔法で応募している異世界人に尋ねてみよと指示を出してございます」

「そうか」

 ふむ、と王は考え、そして即座に結論を出した。

「先月の水害で破壊された古い入江があるだろう。王都からも少し不便ゆえ、まだ移民がおらぬはずの場所だが」

「はい」

「候補の者が現れれば、あそこを実験地としてやらせてみるがいい。方法は任せるが、随時報告するように。できるか?」

「はい。では、ただちにとりかかりまする」

「うむ。頼んだぞ!」

 即断即決だった。

 実のところ、ツンダークの国々のほとんどはこういう応対だった。西の国のように過剰反応した国の方がむしろ少数派で、大抵の国では異世界人に好意的だったのだ。

 窓の外は、今日も穏やかな日和だった。

 

 

 

「海の上に農地ねえ」

 ふむ、とその青年はつぶやいた。

「水上に建物を作る事はできるよ。俺、やった事あるっていうか西の国で住んでた家も川の上に建てたし。だけど海上はまずいよ」

「ふうむ。高さを稼げば塩害を防げませぬかな?下には塩に強い作物を植えて……」

「できないとは言わないけど、やめたほうがいいよ。普段はいいけど、海が荒れた時や津波なんかで、何十メートルって高さまで潮をかぶる事もあるんだ。

 そしたら全滅するだけじゃない。土壌から塩を抜くっていう厄介な仕事も残るんだぜ?」

「ふうむ。何とかできないものですかな?」

「高さを稼ぐより、むしろ温室構造の方がいいかな。問題もあるが」

「温室?」

 耳慣れない言葉に首をかしげた担当官に、青年は告げた。

「畑そのものをガラスで覆って隔離する方法だよ。これと軽い暖房を組み合わせて、寒い土地でも暑い国の作物を育てたり、夏の花を冬咲かせたりといった使い方をするんだが」

 そこで青年は一度、言葉を切った。

「問題はガラスだな。俺が知るかぎり、ツンダークのガラスはまだ均一性が低いし透明度にも問題がある。ステンドグラスならともかく、温室を作るにはかなり透明度が高くて、均一で丈夫なガラスを用意しなくちゃいけないんだが」

「あのう」

 担当官と青年が悩んでいるところに、見知らぬ娘の声がかかった。

「ん?何だ?」

 ふたりがその方を見ると、そこには美しい、だが異様にワイルドな娘がいた。

 まず、ショートの茶髪はツヤこそ良いがワイルドというか奔放というか、まるで青年のようなラフな髪型になっていた。その豪快なイメージは服装にも及んでいて、真夏でもなかろうにデニムっぽい上下の衣服は本当に重要な局部を隠す程度のものでしかない。これが可愛いまたはセクシーなものなら「エロい」という形容が使えそうなのだけれど、衣服の縫製自体も、明らかに裁縫技能のない者が頑張って作りました的な豪快な代物で、説教好きの女性なら間違いなく彼女をつかまえて、女性の慎みについて数時間は説教するところだろう。

 だが、彼女の最大の特徴はそれではない。

 本来、素肌のあるべき場所。その七割方が豹を思わせるしなやかな毛皮で覆われていたのだ。

 いやむしろ、彼女は豹柄尻尾つきのキャットスーツを着ているに近い容姿といえた。耳も明らかに猫科の獣耳で、太い足の先が肉球つきのそれでなければだが。

 そして。

 いつの間にか彼女の後ろに音もなく居る、あきらかに上位モンスターである真っ黒なサーベルタイガー。

「これは……」

「へえ。もしかしてあんた、モフ子とかいうヤツか?」

 青年は、記憶にあるサーベルタイガー連れ女戦士の名前を挙げてみる。担当官は「ほほう」と彼女とサーベルタイガーを見て唸り、片手にしていたメモに何やら書き込んでいた。

「うんうん、モフ子です。あ、この子は相棒のリトルね」

「リトル……」

 どう見てもリトルというイメージには合わない。牛ほどもあるサーベルタイガーとかむしろ悪夢だろう。

「いや、その反応ちょっとひどい。確かに、拾った時にちっちゃい仔猫だったわけだけど、今だって充分にリトルだよぉ。ねえ?」

 そう言って、ひとりと一匹は軽くじゃれあった。

「まぁ、確かにリトルには可愛いって意味もあるにはあるが……まぁいいか。で、おまえテイマーか?」

 強大な魔物をペットにしている場合、サブ職にテイマーをつけている事が多い。テイマーはメインに据えるのが難しい職種だが、サブにするのは結構簡単だった。

 だが彼女の返答は違っていた。

「ううん、獣戦士。テイマーは持ってないよ」

「また珍しい職種を……その容姿もそのせいか?それとも趣味か?」

「え?ああ、この毛皮?これは違う、服じゃないよ。これは自前の毛皮」

「自前の毛皮?」

 ツンダークでのキャラメイクに、獣人タイプの容姿選択はないはずだ。課金して改造でもしたのだろうか?

 だが、その質問は続けられなかった。彼女が話題を変えてきたからだ。

「わたしの話はあとあと!それより、ガラスとお塩!」

「へ?」

 彼女はそこまで言うと、アイテムボックスからガラスのコップ、それから小さなガラス細工の猫を出した。

「うお、なんだこのコップ!完全に透明じゃないか!」

「えっへっへぇ、どうだ。ガラス素材から全部、わたしの手作りだよ~ん」

「手作りって……」

 どうやって?と青年は聞こうとしたが、そこで少し考えた。

「その方法は、ツンダークではおまえ独自のものか?」

「たぶん。wikiにも出てなかったと思う。この方法見つけた頃には、この子と完全にこっち側(・・・・)の生活になってたし」

「ガラス板の状態で大量生産できるか?」

「透明にする事はできるよ。完全に板状にするのはやった事ないからわかんない。大量生産は、そもそも考えた事すらないわ」

「そうか……」

 青年は少し考え、そしてまた告げた。

「透明化とか、おまえが秘密にしたい部分を秘密にしたまま、職人の前で板を試作できるか?」

「ちょっとまってね」

 うーんと彼女は少し考え、

「たぶんできる。もっとも原材料を見せると気づかれる可能性があるから、最初の加熱後にしてほしい」

「そうか」

 ふむふむと青年は頷いた。

「透明なガラスが作れるなら、俺にはひとつ提案がある。フロートガラスって知ってるか?」

「なにそれ?」

「俺もよくしらないが、高温の液体金属の上でガラスを硬化させる方法だと思う。液体金属なら当然、表面はまっ平らだろ?」

「あ……なるほど」

「問題はそれを実験する方法だけどな。たぶん念動や変性系の魔法が必要だと思うが」

「あ、それ持ってる」

「そうなのか?なんでまた?」

「いちいちガラスを炉で溶かすの大変でしょ?変性系の魔法があると、目で見ながら目の前で溶かして硬化させてってやれるから、一品ものの加工には便利なんだよ?」

「へぇ」

 青年が唸った。どうやら土木は得意なものの、そういう方面の知識には疎いらしい。

 さて、そこで担当官が口を挟んだ。

「変性系の魔法は炎の魔法と組み合わせ、鍛冶でも使いますな。なるほどモフコさん、貴女のやりかたは確かに理にかなっている」

「あは、ありがと」

「ひとつ伺ってよろしいですかな。どうして戦士なのにガラス製作を?」

「そりゃあ、小遣い稼ぎだよ」

 むふん、と彼女は笑った。

「リトルは強いけど、いつだって獲物がとれるわけじゃないし、食べちゃったら素材とりできない事もあるしね。安定した食料の確保、それと宿にだって泊まりたいし、現金収入は必要なんだよね」

「なるほど」

「それと塩抜き!」

「塩抜き?」

 うん、と彼女はうなずいた。

「猫族って人間みたいに汗かかないから、塩気きついのはよくないんだよ。

 わたしもこの身体のおかげで塩気きつくなってきたから、魔法で塩分を分離してから食べる事がよくあってねー」

「へぇ……って、塩抜き魔法?使えるのかい?」

「うん。使えるよ?」

「そうか……」

 青年は少し考え、担当官と彼女に告げた。

「よし、とにかく板ガラスを作ってみよう。なぁ、試験的に小さな温室を作ってみたいんだが、試せる場所はある?」

「はい、ありますよ。我々だって、いきなり新技術を本番で使う冒険はできませんからね。試験地は用意してありますとも」

「じゃあ、まずガラス板の作成をしてみよう。で、できるようならとりあえずコストは気にせず、一棟小さいのを作ってみようじゃないか。

 ところで、もし温室作るなら材料は足りる?」

「足りると思う」

「よし、じゃあ試してみようぜ」

「わかった」

「……」

 担当官はそんなふたりを見て、ふと考えた。

(昨日、今日と多数の異世界人と話したが……ずいぶんと穏やかでお人よしな人間たちなのだな。それとも、神がそういう者たちを特に集めたという事か?)

 初対面の人間同士、それも異性。なのに最低限以上には警戒する事もなく、あっという間にコラボの話が目の前でまとまっていく。

(同郷の者という気安さもあるのだろうが……我が国が手に入れる事になるのは、単なる人材や技術だけではないかもしれないな)

 担当官は内心そう思い、穏やかに微笑んだ。




(おまけ)

 この女の子、元はモブですが再登場です。スペックは以下の通り。

 

『モフ子』職業:獣戦士Lv82、兼汎用魔道士Lv33

 特記事項:獣人族Lv2(種族変異中)

 特記事項2:完全獣化Lv1

 特記事項3:パートナー(リトル)

 プレイヤーの元獣戦士トップランカー。数少ない戦闘職の居残り組のひとり。

 初期には運営のブラックリストに載るほどのペット否定派だったが、ある日を境に一変、サーベルタイガーの仔を拾ってきて飼い始める。少しして軽戦士から獣戦士にジョブチェンジを行い、本格的にサーベルタイガーと共に戦いはじめる。

 ペットだったサーベルタイガーが神獣タイガに進化した後、とある事情により彼から神気が流入しており、これにより変質を始めている。だがその意味に本人は気づいていない。脳筋なので。単純にステータスの劇的向上に喜んでいる段階である。


『リトル』種族:神獣タイガ Lv12 性別:male

 特記事項:神獣種(獣人化Lv4兼用)

 特記事項2:パートナー(モフ子)

 モフ子に拾われ、育てられた元ペット。数あるパートナー動物でも神獣に到達した個体は多くなく、ただ可愛がるだけでなくパートナーの戦闘職として積極的に育てられた事が伺われる。飼い主のモフ子は初期に運営のブラックリストに載った経歴のある人物ではあるが、純粋にいちプレイヤーとしては優秀だったのだろう。まだまだ神獣としては若すぎるリトルだが、モフ子の教育方針をうけてか、戦闘力は非常に高い。

 なお、現在の二人は、厳密には下克上状態にある。モフ子は自分の身体の半獣化を神獣契約のためと思っているが、本当は神妻扱いになっているためである。契約はリトル側が獣神語で行ったため、その時にリトルが勝手にコードを書き換えた。神獣契約は解除可能だが神妻は種族変換を伴ううえにリトルの方が上位。

 獣神語なんて知らないうえに脳筋のモフ子は、リトルの壮大な悪戯に全く気づいていないようである。


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