遺跡で(9)予感
これで変電所編は終わり、発電所への移動になります。
翌朝。
「……ん……ぁ?」
けだるい朝の目覚めを迎えたヒルネルは、何やら身体が動かないのに気づいた。
「重い……って、やっぱり」
ほむらぶに抱きつかれている。
といっても色っぽい話ではない。単に抱き枕にされているだけだし、そもそも意識しての行動でもないのだろう。回せる範囲で視界を巡らせたヒルネルは、盛大に乱れまくったシーツやら何やらの状態から、寝ぼけて抱きつかれたのだろうと判断した。
「……」
ほむらぶの手の位置だとか、それを阻止するように割り込んで眠っているアメデオと、そのアメデオに張り付いているロミが妙にカオスな体勢になっているとか、とりあえずそのあたりは全部さっくりと無視した。そして、ひとつひとつの手を丹念に、ゆっくりと引き剥がすと、半分脱げてしまった(なぜ脱がされかけているのかも、とりあえず無視した)自分の下着も置き去りにして、ようやく自由の身になった。
アイテムボックスから新しい下着と、それからいつものゴスロリ衣装を取り出す。どれにしようかと一瞬悩んだが、比較的実用性の高いものを選んだ。数ある衣装の中で唯一の黒でない衣装で、あらゆるパーツがすべて真紅という、これまた目立つ代物だ。
だが目立つ反面、実はこのドレスには強力無比な防御補正がかかっている。見た目はともかく性能は重装鎧に匹敵する代物であるため、当人はネタのつもりで赤備えと呼んでいる。
なお、同年代なら赤は三倍とか言い出すのかもしれないが、そもそもヒルネルは元ネタのガ○ダムを一切見たこともなければ興味もない。ほむらぶのおかげで赤が特別な意味をもつ事くらいはさすがに知っていたが、見たこともない作品のネタを使う発想はないので、もちろんこれらは採用せず。
さて。
いつものように着込んた後、着衣調整用(と本人は思っている)の魔法で乱れを整える。鏡を見て「うむ、完璧」などとやっていたのだが。
「……こんな鏡、昨夜はなかったよね?」
普通に使った後で今さらのように気付き、ヒルネルは眉をしかめた。
あまりにもナチュラルに置かれていたので普通に使ったが、どう考えてもおかしい。むむむと注視する。
「ん?」
鏡の中の風景。テーブルの上に知らない封書が乗っているのに気づいた。
だが。
「?」
振り返ってテーブルの方を見ると、そこには何もない。
「??」
しかし鏡をみると、確かにテーブルの上に封書がある。
「光学魔法?……いや違う、逆か」
ヒルネルは少し考えると、おもむろに鏡の中に手を突っ込んだ。
「やっぱり」
どうやら空間魔法のようだ。
鏡の表面が水面のように丸い波紋を描き、そこにヒルネルの手が普通に飲み込まれた。知らない人が見たら目を疑う光景だろう。
ちなみに、ヒルネルの知っている者でこういうイタズラをする者は、ひとりしかいない。
「お姉様来たのね。まったく、なんでいちいちこんな変なイタズラするかな?」
おそらく、可愛い妹にちょっかい出して面白がっているのだろうが、もちろん突っこむ者はここにはいない。
鏡の中のテーブルの手紙をとり、そしてこちら側に取り出した。確かにディーナのものだった。
開いてみると、その内容はこうだった。
『こんばんわ。来ちゃったよ、ていうのはホントだけど嘘。ちょっとガーディアンシステムに異常を見つけたので予定を変更、修復に行きます。さびしいかもしれないけど、かわいいほむちゃんになぐさめてもらうんだ。がんばれー。
さて。で、ここからが手紙の本題です。
変電所の入り口に守護者が倒れてるの見たよね?あれは異世界人の冒険者、つまりネルちゃんたちプレイヤーの人たちが壊したものらしいのね。旧帝国のガーディアンは少なくとも、ここの変電所にいれて二箇所で完全破壊、一箇所で片方だけ大破したままになっているようなのね。いやぁ、まさか剣と魔法でアレを破壊するなんてねえ。びっくりだわ。
で、本来は守護者もゴーレム従業員同様、壊れたら再建されて古いボディは回収されるはずなの。でも今回そうなってないわけで、しかもその期間が長いものだから、西の国のドワーフ鍛冶師みたいなのがたくさん入っちゃってる。
設備維持を考えると、これはまずいの。だからお姉さんは急遽、システムの調整にいきます。本来はわたしの仕事ではないのだけど、非常事態だもの。王族権限を使って修復をかけます。
遅くともお昼前には、そこの変電所にも新しい守護者が配置されると思うよ。
うっかり表玄関に回らないように気をつけてね。みんなはお客様だから問題ないと思うけど、守護者の強さは半端じゃないからね。みんなだと間違いなく全滅ものだからね。わかった?
それと、本体側施設の警備は守護者がキーになっているので、復活した途端に全面稼働します。中にいるドワーフさんたち、そのままだと全滅すると思うけど、わたしにとって彼らは違法侵入者なので、そのまま警備に始末させます。もし彼らの中に助けたい人がいるのなら、その点だけは頭に入れておいてね。わたしの目に触れさせないように。
では。そんなわけで、よろしくぅ』
「……お姉様って、手紙になるとなんでノリ軽くなるんだろ」
よろしくぅ、じゃないだろと脱力したヒルネル。
その背後では、いつのまにか目を覚ましたアメデオが、ヒルネルのベッドからほむらぶを押し出そうとしていた。
なんとも、平和な風景だった。
「守護者?」
「ほら、正面入口のとこに倒れてたでしょ。アレの事」
「ああ、あれ。ってアレ復活するの?」
「うん。この手紙通りなら、もう復活してるのかな。お昼前には再配備されるって」
ほむらぶも起きて朝食中、その話題は出た。
朝食といってもヒルネルは食べない。珍しい事にロミも食欲を示したので、昨夜の錬金用コンロまで持ちだして作る事にした。調理場が別途あるわけではないのでやはり接客ゴーレムに確認をとり、部屋で煮炊きをして。
「しかし、朝から鳥の水炊きって」
「ツンダークはいい水の確保が難しいのよね。でもここはOKみたいだから」
わけてもらった水の良さでメニューを決めたらしい。
思えば、朝から鍋なのかとか、そういう考えは水が豊富だからこそ言える事なのかもしれない。そんな事をヒルネルは考えた。
ちなみに、鳥といってももちろん鶏ではない。
中央大陸の森によくいるホロホロ鳥というものだ。鶏に似ているが飛行能力もあり、さらに足の一撃は小動物なら即死の強さ。人間でも侮ると大怪我は免れない。
森林サバイバル歴のあるほむらぶは、森に入るたびにこのホロホロ鳥を捕る。アメデオも慣れたもので、自分を殺しかねないこの鳥を平気で罠にかけ倒す。解体してしまえば煮てよし焼いてよしの、実に美味しい鳥なのであるが。
「なんか、モーチットを思い出すなぁ」
「なにそれ?」
「タイのモーチットだよ。でかいマーケットがあるんだけど、観光客なんか行かない奥に迷い込むと闘鶏場みたいなとこがあってね。それ用らしい鶏も取り引きしてたんだけど、やたらとかっこいいし、首も足もゴツくて、日本の鶏のイメージでいるとカルチャーショック起こすような立派な鶏ばかりでね」
「へぇ……」
「なに?」
「ヒルネル、あんた海外旅行なんかしたんだ。買い物ツアー?」
「ううん、アジア旅行マニアの友達のつきあい。華僑用の安ホテルに泊まって、物売りのスイカとパイン食べて、毎日ボーっと」
「退廃的な海外旅行ねえ」
「屋台で食べるのは好きだからね。ツンダークにもやたら増えてるでしょ」
「あー、屋台いいよね」
はじまりの国には屋台がたくさんある。昔は全然なかったらしいが。
そう。
もともとツンダークには屋台はなかった。市場も純粋に売り買いをする場にすぎなかった。
ところが、ツンダークサービスで作られた外食系屋台がプレイヤーのみならず、ツンダーク人にも実にウケた。特に中央大陸のツンダーク人たちはツンダーク式のオリジナル屋台の作成に意欲を燃やしたようで、末期の『はじまりの町』にはサービス側の屋台とツンダーク人の屋台が渾然一体となるありさまになっていた。これらは地元店舗や市場と連動しており、移動運用ではどうしても足りないものをこれらから供給してもらい、そしてお店や市場側では、自分らでやるには面倒なお店の運営を彼らに任せて……という住み分けをする形で、どんどん進歩していった。
なおサービス終了と同時にサービス側の屋台は全部消えたが、あっというまにツンダーク人の屋台で埋まってしまったそうである。
ところで、ここまで人気である屋台にも関わらず、実は西の国では屋台が存在しない。正しくは「一時は出てきたけど消えてしまった」のだが。
これにもやっぱり西の国らしい理由があるのだが。まぁそれはきりがないので別の機会にしよう。今はただ「西の国には屋台はないし、当面は作る事もできない」事だけを覚えていてほしい。
さて、話を戻そう。
「守護者か。アレが復活するとなると、玄関には近づかないほうがいいわね」
「守護者って実は本館の警備システムのキーにもなってるんだって。だから本館にも入らないほうがいいよ」
「へぇ。あ、でもそれだとドワーフたちは?」
「さあ。さすがに異常に気づけば逃げるでしょ?」
「……それって、逃げ切れなきゃ全滅って事?」
「うん」
こともなげに言うヒルネルに、ほむらぶは眉をしかめた。
「警告する気はないの?」
「ないよ」
きっぱりとヒルネルは告げた。
「彼ら、ここが変電所である事すら知らないみたいなんだよ。なのに、どこから来てるのかも理解してないエネルギーを、研究と称して勝手に弄り倒してたし」
「本当に?確証はあるの?」
「昨日、少し話した事で確認とれた」
「……」
「あのね、ほむちゃん。
日本でもそうなんだけど、こういうインフラ設備っていうのは素人がいじっちゃいけないいものなんだよ。ひとつ間違えると何が起きて、どんな被害が及ぶかもわからないんだからね」
「ここのドワーフさんたちは、それを知らなかったんじゃないの?」
「それは理由にはならないよ」
ヒルネルは首をふった。
「彼らは鍛冶師、いわば技術職、プロなんだよ。
プロが仕事をした結果でたくさんの人がなくなり、結果として血みどろの戦争が起きたとして『知りませんでした、てへ♪』ですむわけないでしょう?責任をとらなくちゃならないのは当たり前だよ」
「……」
考えこむほむらぶに、ヒルネルは最後のとどめをさした。
「ほむちゃん、昨日の彼らの態度覚えてる?」
「え?」
「彼ら、私たちを奥に連行しようとしてたんだよ。私たちがプレイヤーとわかっててね」
「!」
最後のところは気づいてなかったのだろう。ほむらぶの顔色が変わった。
「騙して連れて行こうとしていたのは、力ではかなわないと思っているから。奥にさえ連れて行けば、なんとでもなると思っていたのかもね。あるいは催眠なりなんなりで、無力化する設備でも用意してあるのかも」
「なんか態度が変だったのって、そのせいって事?」
「そういう事。つまり彼らは敵だよ」
「そう……。そうだったの」
ほむらぶは少し考え、そして頷いた。
「わかった。そういう事なら何もいわない。彼らには何も伝えずに行きましょう」
「うん。ありがとう」
入り口にはグリディアの巨体があった。わざわざ迎えに来てくれていたらしい。
「『ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております』」
「『うん、ありがとう。またね!』」
送りにきた接客ゴーレムに手をふると、グリディアの上に登った。あいかわらずの巨体だった。
「ピンちゃん、お迎えありがとうね。今日もよろしく!」
『オハヨウゴザイマス』
上から見下ろすと、接客ゴーレムが建物の中に戻り、扉が閉じて元の壁になるのが見えた。
「さて。本館のドワーフたちも気づいたろうから、面倒な事になる前に出発しよう」
『ワカリマシタ。ぐり』
ピンの言葉に応えるように、グリディアはゆっくりと動き出した。建物の表に回り、先日の橋を渡るために。
「ヒルネル、あれ」
「お」
見てみると、昨日はあったはずの石像のようなものがなく、そしてその場に、石像とも生き物ともつかない巨人がいた。ただし、なぜか膝を抱いて座っているのだが。
「もう動いてるのかしら?」
「いや……タイムリーだね。これから起動みたいだ」
「なんでわかるの?」
「帝国のゴーレムって皆そうなんだけど、膝を抱いて座っているのは初期状態なんだよ。動物型なら丸くなってたりね」
「へぇ。なんで統一してるんだろ」
「そういう文化だからじゃない?ほら、地球の電気製品だって、電源は赤いスイッチとかオンオフの記号とか、その会社や国で特有の表現があるでしょ?」
「……そっか。そういうものなんだ」
「うん」
そんなこんなを言い合っていたその時、ゴーレムから一瞬、何か光のようなものがほとばしった。
「なに?」
「起動だね。……もしかして、グリディアに反応しちゃったかな?」
そう言うと、ヒルネルは少し身を乗り出して、旧帝国語で巨人に声をかけた。
「『私たちの事は気にしないで。宿泊客で、もう出て行くところだから!』」
「『……了解。旅の安全を祈ります』」
「なんていったの?」
「旅の安全を祈るだって。ふう、あやうく侵入者扱いされるところだった」
そういうと、ヒルネルは目を細めて、その巨人から微かに聞こえてくる声を聞いていた。
「『設備破壊確認。侵入者複数確認。ただちにシステム保全と復帰、侵入者の排除にとりかかります。抵抗あり。部隊『白血球』全個体始動せよ。分隊ニ、三、四は……』」
やがてその声は風にとけ、ヒルネルの耳にも聞こえなくなった。




