遺跡で(7)足りないものは何とかしましょう。
「要するに魔力が足りない、という事ね」
「面目次第もないです」
当然といえば当然だが、何とか復活したほむらぶにヒルネルはお説教された。
ここは寝室である。あの後、復活したほむらぶはヒルネルに本を回収させ、まずはここに戻ってきた。そして意見交換を行った。
共通の懸念事項としてあがってきたのが、ふたりの魔力がそもそも、あまり豊富でないという問題だった。
「吸血されてみてよくわかったけど、物理的な血液を吸うだけが全てじゃなさそうね。むしろ魔力をまず吸って、それが枯渇したら生命力を吸ってって感じかしら。んー、でも、そしたら、魔力がなくて生命力の弱いお年寄りなんかは?」
「たぶん死んじゃうかと。お年寄りと子供は吸った事ないからわからないけど」
「そうなの?」
ヒルネルは大きく頷いた。
「外で吸血するのって、騎士や冒険者、それから同じプレイヤーが多かったから」
「なるほど。年寄りの騎士や冒険者なんて引退済みだし、ツンダークは18禁だから子供もいないか」
「そういうこと。まぁごまかして子供がプレイしてたケースも多々あるけど、それでもツンダーク上じゃ子供じゃないもの」
「ま、生命力の問題は今度、なんらかの方法で検証するとして」
ふむふむとほむらぶは唸ると、それじゃあと言い出した。
「長期的な魔力アップはどのみち必要だと思うけど、まずは短期的問題を片付けましょう?」
「短期的問題?」
「そ。これ」
そう言うと、ほむらぶはアイテムボックスから小さなキノコをとりだした。
「これ知ってる?」
「何、この毒キノコっぽいの。えーと……グリモアきのこ?」
ヒルネルの解析ウインドウには、こんな情報が出ていた。
『グリモアきのこ』
主に魔力回復薬の素材となるキノコ。なお食べると猛毒で、鍋にいれると一本で村ごと滅ぼすくらいの威力がある。魔女の毒キノコという別名がある。
「ずいぶんと物騒なキノコよね?」
「錬金素材なんだけど、それも解析できたかしら?」
「魔力回復薬の素材になるって出てきた」
「あー。そっか、『ひるねる』の方じゃないから詳細までは出ないのね。スキルはどうなってるの?」
「ダメ。吸血鬼になって以降、スキルや職業系が全然触れなくなってるから。ポイントだけは貯まりっぱなしなんだけど」
「もったいないわね。それ」
ツンダークサービスは終わっても、彼らプレイヤーとその仲間たちは、変わらずメニューシステムの恩恵を受けていた。
だがそれはペットの進化問題同様、メニューに縛られるという事でもある。
ヒルネルはその最悪の例で、いくら経験を積んでも新しいスキルを得られず、体力や魔力の上限値も上げられないという、ひどい縛りプレイ状態になっていた。
それでも今までは問題なかった。中央大陸の遺跡に危険なモンスターなんて出現しなかったし、現状でも対人なら無双状態。だからこそ、長い間この問題を放置してしまっていた。
「まぁ、発電所まで行けば何かのヒントがあると踏んでるんだけどね」
「そうね。情報通り北の発電所にメニューシステムの元締めがあるなら、何かしらの手は打てるかも」
「うん。そう思う」
「ま、そこはおいおいやっていきましょ。話戻すわね」
そういうと、ほむらぶはグリモアきのこの話に戻った。
「この施設の中、どうもあちこちにグリモアきのこが生えてるみたいなのよね。本館の方は見てないからわからないけど、こっちだけでもかなりの量あるみたい」
「そうなの?」
「ええ」
ウンと大きくほむらぶはうなずいた。
「ヒルネル。あなた、あのゴーレムに話して許可もらってきてくれるかしら?施設内に生えてるものだから勝手に詰むのはまずいと思うから。あと錬金部屋の有無と使用許可もね。なかったら寝室でやるけど」
「わかった。今すぐの方がいい?」
「うん、お願い。わたしはその間に……!」
その間に準備するからと言おうとしたところで、ほむらぶは気づいた。入り口に静かにゴーレムが立っていたからだ。
「何か用かしら?」
「失礼しました。ちょうど今、通りかかったのですが、施設内の植物採取についてのお話とお見受けしましたもので」
「ええそう。この種類のキノコなんだけど、どうかしら。錬金材料に欲しいのだけど」
「ふむ。ちょっと失礼いたします」
ゴーレムはほむらぶの持つキノコを覗き込み、何か調べているようだった。
「なるほど、製薬の材料になさるのですね。はい、かまいません。ただし採取の際、見てわかるほどの穴が壁にあいてしまったり、冷たい風を感じるようならすぐにお知らせいただけますか?ただちに修理いたしますので」
「そ、ありがと。ところで錬金部屋はあるかしら?なければここでやっていい?」
「はい。専用のお部屋はありませんが……少々お待ちを」
ゴーレムは壁に移動していき、そして何かを操作した。
「!」
その瞬間、部屋に何らかの結界が張られたのにふたりとも気づいた。
「これは……」
「簡単に申し上げますと、菌類の胞子や雑菌を拡散させないための結界となります。また、このお部屋自体につきましては、おふたりがお帰りの後、もしくはお申し付けくだされば洗浄いたします」
「ありがとう。ごめんね、手間ばかりかけて」
「いえいえ、とんでもございません。それでは」
ゴーレムはおじぎをすると、音もなく去っていった。
「あった」
グリモアきのこは形こそシイタケに似ている。ただし見るからにファンタジーというか派手な色合いで、間違っても食べようという気にはならない色・つや・形をしていた。もちろんそのまま食べてしまえば、種族的問題で毒の効かないヒルネル以外は間違いなく死んでしまうのだが。
だけど意外に見つけにくかった。
そもそもキノコ類は、物陰などに生えている事が多い。しかし人口の建造物は自然に比べて物陰が少ない傾向があり、設置物の裏とか樹木の茂る影とか、一見わかりにくいところを探す必要があるわけで。
ヒルネルは、飛べるうえに狭いとこにも入れるロミの助けを借りつつ探していたが、さすがにこれは参ってしまったわけだが。
さて。
最終的にこの面倒な作業に意外にも役立ったのは、なんと巡回していた補修ゴーレムだった。もしやと思ってヒルネルがロボットを捕まえ、「このあたりでこの種類のキノコ見なかった?」と尋ねてみたのだが。
「『やるね。まさか、そっち専門でもないのにキノコが見分けられるなんて。助かるよ』」
「『オソレイリマス』」
補修ゴーレムは客室系より知能部分が単純らしく、さすがに旧帝国語以外は無理だった。しかしヒルネルなら問題ないわけで、予想外の早さで大量のグリモアきのこが集まった。
「『わたくしガ把握シテイルノハ、コレガ全テデス』」
「『ありがとう、もういいよ。本当に助かった。お仕事邪魔してごめんね?』」
「『オヤクニタテテ、コウエイデス』」
そう言うと、補修ゴーレムはゆっくりと去っていった。
飛び回って疲労したロミを肩に張り付かせヒルネルが寝室に戻ると、そこは即席の錬金部屋と化していた。
ベッドの片付けられた空間の中央に、携帯かまどにふたつの釜、それから錬金台があった。携帯かまどの中には薪や炭の代わりに火魔法の精霊石が収められており、おそらくは中で発熱しているのだろうと思われた。ほむらぶは、アメデオに手伝わせながらふたつの鍋と火を調整しているのだが、状態異常耐性つきの薬剤師ローブをまとったその姿は、なんていうか、怪しげな魔女そのものだ。
まぁそれ以前に、いかにも毒の鍋を煮てますっていう強烈な臭気がアレなのだけど、ヒルネルも男アバター時代は錬金術師だったから、そのへんは問題ない。
「何か失礼なこと考えてない?」
「なんの事?それよりグリモアきのこ。ほら」
「え、もうそんなに採ったの?どうやって?」
「補修ゴーレムにありそうな場所教えてもらった」
「あー……なるほど、それは想像つかなかったわ。さすがね」
「あはは」
負けたわ、と言わんばかりに肩をすくめたほむらぶに、思わずヒルネルは苦笑した。
「ま、それだけあれば当分は大丈夫でしょう。短期間にそれ以上はどのみち飲めないし」
「飲めない?」
「短期間に飲み過ぎると魔力中毒起こすのよ。薬物中毒とは違うからヒルネル、あなたも危ないかもよ?」
「そうなの?」
「あくまで推測だけどね。試してみたい?」
「全力で遠慮します。ところでこれ、なにを煮出してるの?」
「そのへんは元ご同輩ね。こっちはマギラ蜘蛛、これで作ったお茶には強烈な幻覚作用があるんだけど、グリモアきのこと組み合わせると、おなかの中で変質を起こして、周囲のマナをオドに変換して取り込む魔力回復薬になるわ。濃度や量にもよるけど、魔力の回復速度は通常の三倍程度、そして効果は腸の中で消化・分解されてしまうまでね。あとマナを変換する時に少し発熱するから、寒い土地で暖をとるのにもいいのよ?」
「おー。そんなのあるんだ」
「ヒルネル。あなたって地産派だっけ?」
「違うよ。そもそも地産かどうかって選択肢に出会う前に姉様に出会っちゃったし」
「そっか」
地産派とは、地元で採れるもの、それと自力で収穫したものを中心に使う錬金術師の事だ。もちろん遠方のものは購入したり他人に頼む事もあるが、それはあくまで地元に類似品がない場合に限られる。
中央大陸にはグリモアきのこがあまり分布しておらず、むしろナモラ草の根または球根を使う。だから、グリモアきのこを知らないヒルネルを、ほむらぶは地産派かなと思ったわけだ。
さて、話はもうひとつの釜に移った。
「こっちは西大陸産のナメクジよ。貧血と冷え性の治療に使うんだけど、グリモアきのこと組み合わせると、きのこの魔力回復効果を何倍にも跳ね上げて、しかもきのこの中毒性を抑えるの」
「なるほど」
やっぱり魔女鍋だなぁ、とヒルネルは思った。だが口には出さない。
「さ、きのこちょうだい。粉砕するから」
「ああいいよ、それはこっちでやる」
「え。結構たいへんだよ?」
「だって、ぼけーっと立って待ってるのも何でしょ?」
「そっか。じゃあふたりでやろっか?」
「りょうかい」
まず、きのこを乾燥させる。今回は時間がないので、ふたりとも手のひらの上で乾燥呪文を使った。
次に、乾いたきのこを薬研という古典的粉砕機にかけ、ごりごりと荒く砕く。
同じような感じに粉砕できたら、釜をかきまぜつつ、ここに少しずつ落としていく。材料が反応を起こしているのを確認しつつ。
「そして、後は濃度が濃くなって、いいかなってとこまででいいんだよね?」
「はい、正解。そのへんは職業外しててもわかるんだねえ」
「当然だと思う。あれだけ調合しまくってたんだもの」
いくらキャラクタが違うといっても、実際に行った作業の記憶まで失われるわけではない。錬金術師をつけてない、つけられない今のヒルネルの状態でも初級ポーションくらいなら作れた。
これはプレイヤー全体に言える事でもある。
メニュー側のスキルシステムに頼りきりだと、当然だが他キャラの経験を活かす事なんてできない。だが、たとえば鷹の目をもつほどの弓使いが生産職に転職したとして、その瞬間に全く弓が使えなくなるかというとこれは否だろう。アクロバティックなスキル技などが使えないからといって、どう弓で狙うか、どのタイミングで離すか、なんてシステムと関係ない部分まで失われるわけがないのだから。
そんな話をしながら、ふたり並んで抽出を続ける。そろそろいいかなと火をとめ、錬金台で最後の過程をしていく。
「ありがとう。ここからは現役のわたしがやるから。詰めるのはよろしくね」
「うん」
ほむらぶが最後の処置を行い、どんどん薬ができていく。
しばらくして、満タンの小さな薬瓶がふたりの前に大量に並んだ。
「はい、おわりー」
「こっちが回復強化薬、こっちが魔力回復薬だよ。どう分ける?」
「もちろん半分こでしょ」
ほむらぶは、ふむと頷いた。
「わたしは錬金術師だから、魔術師のあなたほどは魔力使わないのよね。
だけどヒルネル、あなたに吸われたら一発で魔力欠乏するのがわかったからね。だからやっぱり半分でお願い」
「あ……いやいやちょっと待って」
ほむらぶの言いたい事に気づいて、ヒルネルは慌てて訂正した。
「いやいや、そんなしょっちゅう欲しいわけじゃないから!当分大丈夫だから!」
「へえ。そうかしら?」
ほむらぶは疑い深そうな目を向けていた。
「これはあくまで推測だけど、自分で必要な血の量とか把握してないんじゃないの?でなきゃ、あんな前後不覚みたいな状態になるまで放置しないわよね。違う?」
「……」
真正面から問題を指摘され、ヒルネルは絶句した。
「あなたのお姉様……例のお姫様の人物像なんてわたしは知らないけど、相当にあなたを大切にしてるみたいね。吸血鬼になってからもう何年もたつのに、まだそんなお気楽状態でいるって事は。
どう?何か異論あるかしら?」
「……ありません」
思わず、内心「orz」になっていく自分を感じつつ、ようやくヒルネルは返事した。
「で、今までは何日ごとに血をもらってたの?まさかと思うけど『お姉様』がいる時は毎晩もらってた、とかだったりする?」
「……それは」
「どうなの?」
「えっと……はい。毎晩、です。でもどうして?」
「どうしてって?簡単よ、モニョリからの馬車の中で、あなた既にちょっとおかしかったもの。あんな小さな男の子とラブラブしちゃったり。まぁ、思い出せばだけどね」
「いや、してないから」
「はいはい、あんたがにぶちんなのはわかったから。ふむ、でもそっか。そうすると」
ふむふむとほむらぶは少し悩み、そして言った。
「じゃあ、今夜から毎晩飲ませてあげるから。感謝なさい」
「はあ。毎晩……毎晩!?」
「あったりまえじゃないの」
ふう、とほむらぶはためいきをついた。
「いくらあんたの魔力が少ないからって、純魔法職じゃないわたしより少ないわけがないのよ。しかも種族適性もあるだろうし。
でも今回、そっちも枯渇しちゃったんでしょう?
という事は、何日も吸血してない事で毎日、少しずつ上限が落ちていった可能性が高いわけよね?」
「うん。それはそうだけど、でもだからって毎日は」
「ハン、恨むなら自分の必要量すら把握してない間抜けさを恨むのね。
必要量や適切な間隔がわからない以上、安全牌をとって多めにやっとくのが当然の選択でしょう?
それとも何?毎日吸われてると問題が発生するわけ?だったら考えるけど」
「いや、それはないよ。大丈夫」
「だったら問題ないじゃないの」
「……」
「で、お返事は?」
「……はい。すみませんよろしく」
「ん、よろしい」
そんなわけで、ヒルネルはこれから毎晩、ほむらぶの血がもらえる事になった。
確かに、吸うだけならほむらぶには問題ない。少しずつ取り込むようにして、精のつく食事で造血を促すという古典的方法で対処できる範囲だろう。
だが、本当は全くの無害というわけではなかった。当たり前だ。無防備な身体を毎晩さらし、完全なゼロ距離で相手の身体にむしゃぶりつき、あるいはむしゃぶりつかれるのだから。よほどの朴念仁でもない限り、肉体的問題はなくとも確実に影響は出る。
だが。
「……」
「……」
そんなふたりを見ているのは、ペット用非常食を勝手に少し取り出して切り分け、食べているアメデオとロミだけだった。
やっとグリモアきのこ出た。
単なる魔力系錬金素材なんですけど、うん。




