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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
43/106

遺跡で(5)手紙

長くなってきたので二分割しました。

 ヒルネルたちがお風呂の準備をはじめていた頃、さきほどの接客ゴーレムは大浴場にいた。

「『もう行かれるのですか。もしや、何かサービスに問題がございましたでしょうか?』」

「『ううん、あたしの都合だから気にしないで。それより、アレを頼むわね』」

「『はい。あちらのお客様に、さきほどの荷物をお渡しするのですね?』」

「『ええ。悪いんだけどよろしくね』」

 ゴーレムの目の前には、ショートカットの若い女がゆったりと湯に浸かっていた。

 いかにも日本人顔の、しかし綺麗な女だった。特に隠すでもなく堂々と全裸で風呂を堪能するその姿は、よく言えば豪放で、悪く言えば恥じらいに欠けている。おそらくはその短い髪も、入浴などで傷めないために短くしているのだろうと思われた。

「『ところでお客様。たまには正規の出入口からお帰りになられても』」

「『んー、今回はその予定だったんだけどごめんね。今はちょっと顔を合わせたくない知り合いがいるから』」

「『あちらのお客様ですか。何か問題がおありで?』」

「『ううん、問題はないわ。単に、あたしがあの子たちの邪魔をしたくないだけ』」

「『そうですか。いえ、はい、わかりました。それでは、このお荷物は確かに。是非またいらしてください』」

「『ええもちろん。いつもありがとね』」

 女はそんな会話をすると、そのまま湯船の中に沈み……そのまま戻ってこなかった。

 ちなみに、ここはただの大浴場である。お湯を導入する大きなパイプはあるが、魚ならともかく人間が泳いで通れる広さはない。だから、湯船の中からどこかに行くなど、ありえなかった。

 だが事実、女はよく玄関口でなくここに来訪し、ここから去る事がよくある。当人いわく、湯脈の一部が海につながっていて、遡るとここまで泳いでこられるのだというが、もちろん人間技どころか魚だって無理だろう。ここの源泉の温度はそう高くないが、それでもお湯といっていい温度だし、そもそも息継ぎのできない、しかも暗黒の地下を長時間泳がねばならないという事になる。さらにいうと、取水パイプは人間が泳げる広さをもつが、途中、何箇所か狭いところがある。最も狭いのはこの浴槽の入り口で、間違っても人間が通れる大きさではない。

 だが。

「『……またのお越しをお待ちしております』」

 ゴーレムはうやうやしく頭をさげた。

 そして、ほどなくして入り口にヒルネルたちの声が聞こえて、彼は振り向いた。

「ほむらぶ様、ほむらぶ様はおられますか?お荷物をお預かりしておりますが」

「はい?」

 

 

 

 ツンダーク旧帝国には入浴の習慣があった。公衆浴場もあったのだが、いくつかの点で日本の公衆浴場とは違っていたので注意が必要である。

 まず、改まった脱衣場がない。

 どういう事かというと、各自の部屋で脱いでいくからである。それで恥ずかしくないのかと日本人的には思えるかもしれないが、どうも帝国式には、宿泊用の部屋のある区域から、そのすべてが浴場の一部という考え方らしい。道理で、宿泊部屋のある区域と最初のロビーまわりとは雰囲気が全然違うわけだと、ほむらぶは苦笑した。

「しかし、すごいわね。建物に植物が侵食しまくってるじゃない。大丈夫なの?」

「お姉様いわく、侵食も計算のうちなんだって。帝国では、ある時代から『自然界に融合した建物に住む』事が流行するようになって、巨木になる苗をわざと家のそばに植えたりしたんだって。当然、家は歪むし土台も壊れたりするんだけど、それを如何に見事に修理して、その土地と融合していくかがプロの大工さんの腕の見せ所だったそうだよ」

「へえ。じゃあ、ここもそうやって修理しつつ使ってるわけ?」

「たぶんね。ほら、さっき廊下の修理してるゴーレムいたでしょ?ああいうのね」

 ここまで歩いてくる途中、壁の修理をしているゴーレムがいたのだが、どうにも動きがおかしかったのだ。壁を這っている野生らしい蔓草を切らないよう、ただし虫などに侵入されないよう、丁寧に穴を塞いでいた。

 本来、このあたりは寒い土地だし虫もいないのだが、温泉や変電設備のおかげで中は暖かい。となれば蔓草たち同様、虫も出ているのだろう。

「人間がやったら人件費で大変だけど、ゴーレムなら数を揃えればいいだけだもんね」

「……技術大国バンザイって感じなのかしら?」

「たぶん」

「まあ、いい雰囲気なのは確かだけど」

 本来はもっとゴツゴツした粗雑な建物なのだろうに、こうして視界を回しても植物が目に入らないという事がない。そしておそらく、そのすべてが自然に生えてきたもの。おそらく有害なものだけを丁寧に排除しつつ、大切に管理されているのだろう。

 さて。お風呂の話に戻ろう。

 ほむらぶたちがお風呂の入り口にくると、なぜか先ほどの接客(ベルボーイ)ゴーレムが待ち構えていた。

「ほむらぶ様、ほむらぶ様はおられますか?お荷物をお預かりしておりますが」

「はい?」

 ほむらぶは首をかしげた。

「ほむらぶはわたしだけど……誰からのお荷物?」

「メイ様とおっしゃる方からです」

「ああ、メイね……って、メイ?なんで?」

「お荷物はこれですが……身に覚えのないお荷物で?」

「あー……ないけど、あるかな?」

 それは、封筒と、それから妙に光沢のある袋。中身は本だろうか?。

 ほむらぶは、その封筒に見覚えがあった。以前、友達にもらったお手紙を入れていたものと同じだった。確か封筒も便箋も自作だと言っていた。

「うん。たぶん、確かにわたしの知ってるメイのものだと思うけど……本当にメイかしら」

「すみません、そちらはわかりかねます。ただし」

「ただし?」

「この方はうちの常連のお客様でして、もう何度もいらしてくださっています。何でもご自宅からここが比較的近いとの事で」

「あー……本当にメイっぽいわね。いいわ、ありがとう。あとの確認はわたし自身でする」

「そうですか。一応、外側からの安全は確認ずみです。どうぞ」

「ありがと」

 ほむらぶはその封筒を受け取り、ゴーレムは「それでは」と去っていった。

「まず、この中は……ああ、やっぱり本ね」

 ほむらぶは何か呪文を唱えて袋の封を開くと、中を覗いて「ふむふむ」と言った。

「『世界の謎探求・北部大陸編』だって。これはヒルネル、あなたが見てくれるかしら?」

「わかった。とりあえず中は湿気でダメになりそうだから、ここの玄関横に置いとく」

 お風呂の中は紙の本には大敵だろう。

「ほむちゃん、そのお手紙は大丈夫なの?」

「その本は包装が耐性防水だけど、こっちの手紙は紙自体が耐水性なの。その代わり魔力で巻き込まなくちゃいけないんだけどね」

「へ……そんな紙あるの?」

「ええ。魔織紙(まおりし)っていうのよ。実はミミさんの発明だったり」

「え、そうなの?」

「そうよ」

「へえ……ああ、そういえばミミさんて巫女さんやる前は生産職だっけ」

「あら、今もミミさんは魔織師(まおりし)よ?もともと巫女が兼業だったのが逆転しちゃったけどね」

「そうなんだ」

「ええ」

 かつてのテイマー事件を思い出したのか、ヒルネルはちょっと懐かしげだった。

 ところが、ヒルネルがミミの昔を懐かしんでいると、なぜかほむらぶの顔が少し不機嫌になった。少し眉をよせ、ムッと口をキュッと切り結ぶと、むんずとヒルネルの腕をつかむ。

「え、なに?」

「いいけど、さっさと入りましょ。裸でウロウロしてるのもなんだし」

「ああ、そうね。うん、入ろ」

 わけがわからないままに、ヒルネルもほむらぶに連れられて中に入った。

「……」

 そしてその後に、ロミを背中にはりつけてコウモリ猿状態のアメデオが、とことこと入っていった。

 

 

 

「あははは、さすがに広いねえ」

 大浴場の中は、巨大な湯船があり、逆にいうとそれだけだった。

 あいにく、旧帝国式のお風呂には洗い場がない。ただ、ここには誰のリクエストなのか洗い場のようなスペースが後付けで設置されていた。それも今日利用されていたようで、日本人のハートを直撃しそうな懐かしいデザインの石鹸と、ケ◯リンと書かれた黄色い洗面器がヒルネルを苦笑いさせた。

 なぜかアメデオがケ◯リンの洗面器に心惹かれたようで、手でいじくってみたりしている。もちろん頑強なそれはびくともしないが。

「懐かしいな、それ。むかし、個人購入して持ってたんだよね。でも旅行で持っていくと、どこの銭湯でかっぱらってきたのかって皆に言われたなぁ」

 日本では、この洗面器は同名のお薬を作っている製薬会社のものだ。東京オリンピックの前年、昭和38年に話が持ち上がり、以降、少しずつ納入されていて、21世紀には累計何百万という数が日本中に出回っていたという。ちなみに80年代後半以降には東急ハンズなどのちょっとマニアックなお店でも断続的に扱われていた。ヒルネルがむかし購入したのも、そうした物販枠のものだ。

 黄色い洗面器の中に乗り込んでみたりしているアメデオを、ちょっと笑いつつヒルネルは見ていた。

 さて。

 ヒルネルがアメデオの相手をしているのはもちろん理由がある。ほむらぶが手紙を読むのに集中したいから、ちょっとひとりにしてと言っていたからだ。アメデオもロミもほむらぶの邪魔をするような事はしないが、ここは自分の役目だろうと、ヒルネルはほむらぶから距離を起きつつ、二匹の相手をしていたわけだ。

 で、そのほむらぶの手紙タイムも終わったらしい。

「ええ、いいわ。ありがとう」

「はーい」

 ほむらぶの言葉に反応するように、ヒルネル、アメデオ、ロミまでもがほむらぶの元に戻った。

 ちなみにほむらぶであるが、手紙を読み始めたあたりから、すっかり雰囲気が落ち着いてきていた。今回の旅をヒルネルと続けてくるうち、本来の字が出たのか、ミミを思わせる子供っぽいしゃべりが増えていたのだけど、ここにきてヒルネルに対する穏やかさはそのままに、きりっとした元のほむらぶらしい雰囲気に戻っていたのだ。

 どうも、何かがほむらぶの中で変わったらしい。

「どうだった?」

「ええ、確かにメイちゃんだったわね。ちなみにヒルネルはメイちゃん知ってる?」

「話に聞いただけかな。確かほむちゃんの最初のお友達で、β時代のテイマーさんだよね?」

「ええそう、プレイヤー最古のテイマーよ。このへんの海に住んでるの」

「海?」

「うん」

「海って……あの海だよね?」

「ほかに海はないと思うけど?」

「どうやって?だって海だよ?それにクラーケンやケトラードは……( ゜д゜)ハッ!」

 そこまで言ったところで、ヒルネルは何かに気づいたように眉をよせた。

「そういや、通称・海魔女王ってプレイヤーの都市伝説があったっけ。軟体動物専門の特殊なテイマーで、耐圧とか水中呼吸とか、未だ知られてないスキルをいっぱい持っていて、クラーケンやケトラードに囲まれて深海のお城で触手まみれの変態生活をしているとか」

 ヒルネルのその話を聞いて、ほむらぶはプッと吹き出した。

「ひどいわね、それ酷い誇張よ。メイちゃんだって最初のお友達はウサギだったし、陸上のお友達もいるし。話盛りすぎだと思う」

「深海に住んでるのと触手まみれの変態は否定しないんだ……」

「ヒルネル、ひとの趣味はそれぞれなんだから、そこは触れないであげるべきよ?」

「……ほむちゃん、そんな事言いながら本音は『変態だー!』とか思ってない?」

「もちろん思ってるわよ。あの趣味にはちょっとついていけないし……でも、お友達なのも事実よ。少なくともわたしはそう思ってる」

「う、う〜ん。凄いというべきなのか何というべきなのか」

 ヒルネルは困ったように笑った。

 ちなみに、ヒルネルがメイに否定的なコメントをするたびにほむらぶのご機嫌はなぜか浮上していた。ヒルネルはもちろんそれに気づいていたが、もちろん突っ込むような馬鹿な真似はしない。そもそもヒルネルはなかば本能的に、ほむらぶのご機嫌がよくなるように話題を誘導しているにすぎないからだ。

「それで、手紙の内容は?」

「ええ。中身はまじめな内容だったわ」

 そう言うとほむらぶは、真剣な顔になった。

「各国でプレイヤーの取り込みが合法・違法の両方で活発化しているそうよ。わたしたちみたいに文明と隔絶したところにいる者以外のほとんどが巻き込まれているって話よ。力あるものはそれぞれの判断で対応、力ない者はコネやギルド関係を使って庇護を求めてるんだって。厳重に注意するべしですって」

「そっか。あれ、でもどうしてその情報をそのメイさんが?」

「たぶんだけど、ミミさんルートか先刻のサトルくんだと思う。彼らがメイちゃんに流して、でもメイちゃんは、ここのドワーフたちが西の国の傘下になっちゃってて、わたしたちが情報を受け取れない事を危惧してくれたんじゃないかな。

 このお手紙は書くのに魔力が必要だけど、裏返せば魔力を使うだけで一瞬でパパッとかけちゃうからね。たぶん情報を受け取ったのは、わたしたちが吸血樹と相対してる時あたりで、わたしが近くに来ているのに気づいて、情報を寄越してくれたんだってとこじゃないかな」

「そっか……ん、でもアレ?」

 そこまで考えたところで、ヒルネルは首をかしげた。

「なにかしら?」

「いや、素朴な疑問なんだけど、どうしてメイさんはほむちゃんに直接手渡ししなかったんだろ。お友達なんでしょ?」

「ええそうよ。でも彼女の不思議な行動はいつものことだし」

「そうなんだ」

「ええ」

 触手女のやさしい気遣いは、どうやら奇行扱いされてしまったようだ。合掌(がっしょう)

「ま、いいわ。とりあえずお風呂お風呂。お手紙に中断されたけど、改めて楽しみましょう?」

「うん、そうだねほむちゃん」

 そうして、少女たちはお風呂を再開した。


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