遺跡で(4)お風呂はどこだ
遺跡の中に一歩踏み入れたところで、ヒルネルの筋肉はもう悲鳴をあげていた。
「ほむちゃん、ちょっとここ座ってて」
「あ、うん。わたしどうしたんだろ、なんだか」
なんだか、まで言ったところで口ごもった。どうやらほむらぶ本人もさすがに気づいたようだ。
しかし内容が内容だけに、理解してしまったら逆に言えないだろう。ヒルネルも当然、知らんぷりでこの話題は黙殺する事にした。迂闊に話題にしてもロクな事にならないだろうし、ほむらぶに恥ずかしい思いをさせるだけなのだから。
「とにかく、落ち着くまでここにいるといいよ。探索はわたしがするから」
「うん、でも」
「大丈夫、遠くへはいかない。アメデオ、ほむちゃんの事よろしくね」
本当なら話し相手になってやり、落ち着くまでフォローすべきなのだろう。それにヒルネルの身体も慣れない力仕事で限界になっていた。ほむらぶのそばにいたい、そして少し血をもらいたいという欲望を必死に押さえこむ。
だめだ。今は安全確保の方が優先なのだから。
そしてアメデオも、驚くべき事にそういうヒルネルの葛藤を理解しているかのようだった。自分用の小さなダガーを腰にさし、行って来いと言わんばかりにキッと小さく鳴く。人間の赤子ほどしかない小さな猿である事を別にすれば、なかなか様になっている。
「ロミ、行くよ」
ポシェットから出て、いつものように肩にしがみついているロミにそう言うと、奥に向って歩き出した。
遺跡の中は暖かかった。ただしコンディショナーが動いているという感じではなかった。なぜかというと、建物のあちこちに通風口みたいなところがあるのだが、そこから少しずつ温風が流れでていたからだ。
「ふうん」
案内板に従って中に進む。途中、気になった通風口に触ってみると、口のあたりは相当に温かい。
「何かの予熱を通風口に回してる?」
入り口周辺はお世辞にも温かいとは言えなかった。場所によっても寒暖差がかなりあり、通風口が近かったり大きなパイプが壁を這っていると思われる部屋は廊下よりずっと温かい。
つまり。
「何かの余剰エネルギーを通風口経由で外に逃してるって事かな。設備が温かいのはむしろ副産物?」
『いかにもその通りじゃよ、お嬢ちゃん』
「!」
通風口に向ってつぶやいた途端、その通風口からおっさんの声が響いてきた。
『やぁ、いらっしゃいお客人。伝声管を通して何やら聞こえるでな、どうやら来客のようじゃと声をかけてみたんじゃが』
「……この遺跡を壊してるドワーフ?」
『壊してる、か。違うと言いたいがある意味そうかもしれんの。
ところで、正面入口の方にいるのはお連れさんかね?』
「ええそうよ。少し体調を崩したので入り口で休ませているわ。……つまらない真似してないでしょうね」
『ほう、それはどういう意味かな?おまえさんが何者かは知らぬが、わしらはドワーフ、その槌はモノづくりのためにあって人を傷つけるものではないぞ?』
「そうかしら。西の国の依頼でやってきたドワーフさん?ここが旧帝国のどういう設備でどういう性格のものかも知らずに弄り倒してるのかしら?もしここの意味がわかっていたら、迂闊に余剰エネルギーを熱交換して放出させるようなバカな真似はしないと思うのだけど?」
『なに?』
ヒルネルの言葉を聞いたドワーフの声色が、おもむろに変化した。
『ちょっと待て、それはどういう意味じゃ?おまえさん何か知っとるのか?それなら』
「はいはい、もうわかったわ。そんじゃまたね」
ヒルネルはドワーフたちに興味をなくし、一方的に会話を終わらせた。後ろで何か喚いているのを無視して部屋を出る。
「さて、急ぎ戻りますか」
ヒルネルは気配を殺しつつ、急いで元きた道を戻り始めた。
さっきの言葉で、ヒルネルはここにいるドワーフたちの現状をだいたい把握した。
まず、ドワーフたちはここの事を知らない。旧帝国の遺跡である事は知っているだろうけど、そもそも彼らは旧帝国の文字を読めないし、ここの設備も理解できていない。ただ過去におそらく、いくつかの類似の設備を見た事があるから、その経験で対応しているのにすぎないのだろうと。
(バカバカしい。読めば書いてあるのに)
そこいら中に書いてあるし、案内板にも言葉があるではないか。
戻ってみると、ほむらぶと二人のドワーフが会話していた。ドワーフたちから見えない位置に移動し、そっと聞き耳を立ててみた。
『いえ、わたしは連れを待ってますから』
『お連れさんならもう中に案内されとるよ。わしらは代理で迎えに来たんじゃ、さあ』
『本人が戻るまで待ちますので。わざわざありがとう、どうぞお戻りください』
どうやら、なし崩しに中に入れようとしているらしい。他意はないのかもしれないが、怪しいにも程がある。
それに、必要な情報はとれた。とりあえず彼らに関わるつもりはもうない。
ヒルネルは物陰から姿を現した。
「あ、ヒルネルおかえりなさい」
「ただいまー」
「!」
ほむらぶは普通に反応し、男ふたりはギョッとした顔をした。
「あら、ドワーフさんたち?わたしの連れに何か用かしら?」
「ああこんにちは。わしらの仲間が声をかけたはずじゃが?」
「ええ声かけられたわよ?見物してたら伝声管でね。それがどうかしたの?」
「いや……」
ひとりのドワーフが口を濁したが、もうひとりが意を決するように口を開いた。
「すまんのじゃが、ちょっと奥の詰め所まで来てくれるかの?ここに入ったものは記録するようにと決められておるんでな」
「それは、あなたの雇い主である西の国の都合よね?ここは西の国ではないし、わたしにそれに従う義務はないけど?」
「お主の言いたい事はわかるんじゃがな、そういうわけにもいかんのじゃ。まぁこっちも仕事なんでな」
「あ、そう。もういいわ」
そこまで言うと、ヒルネルの目が妖しく輝いた。
「……」
「……」
ドワーフの男たちの目がたちまち輝きを失い、ふたりとも、ぼーっと立ち尽くしてしまった。
「さて。よく聞きなさい。
わたしの名前はハルカ・ウルラド・ミスヴァーン。はじまりの国の名誉技術顧問よ。あなたたち西の国がこの施設で行っている破壊行為は確かに記録させてもらったわ。たった今から五分以内に、わたしが見聞きしたすべての情報は、わたしのお友達経由で、はじまりの町にある中央神殿の巫女に伝えられるわ。
ゆえに、あなたたちの雇い主に伝えなさい、最優先でね。
この施設に集められているエネルギーに手を出してはならない。現時点でこれに手を出せば最悪の場合、北部大陸の南半分および中央大陸の北部山岳地帯までを根こそぎ破壊する結果となる。これは中央大陸の『はじまりの国』および中央神殿に対する侵害行為にもなり、ひいては各国政府の間で長年守られてきた慣習『北部文明遺構を完全に解析できるほどに技術が進歩するまでは、決して遺跡群にてを出さない』という約定を真正面から破る行為ともなる。
この事を本国に伝えなさい。
……ああそう、今さら報告を妨害するのは不可能よ。繰り返しになるけど、この情報は即座に中央神殿に流れるの。中央神殿の担当巫女は各種ギルドや西の国以外の周辺各国の王族にも伝手があるから、あっというまにあなた方が何をしているかの情報は共有されてしまうでしょう。
ゆえに、西の国は今後、西の国以外の全ツンダーク国家、および関連各種ギルド、そしてラーマ神殿に危険国家認定され、敵とみなされる可能性があると知りなさい。
以上よ。間違いなく伝えなさい」
「はい」
「そう。さ、わかったら行きなさい」
ヒルネルが指示すると、ふたりのドワーフは頷き、そして去っていった。
「ねえヒルネル」
「ほむちゃん、急ぎじゃなかったら後にして。先にピンちゃんにお願いしたいから。今の事をミミさんに流してほしいって」
「あ、うん」
一度、外に出たふたりはグリディアの頭上にいたピンに、中で見聞きした事を全部伝えた。
『ワカリマシタ。父上、ト、みみ様ニ、ツタエマス』
「お願いね」
わざわざ外に出なくとも伝える事はできた。では、どうして外に出たかというと、監視していたろうドワーフたちへの牽制だ。「さんざ脅しておいて、ただのブラフかよ」と思われてしまっては意味がない。風が吹く外での会話まで聞き耳をたてられるとは思わないが、見られ、聞かれている事を前提に行動していた。
「それじゃ、わたしたち裏手に回るんだけど、ピンちゃんたちはどうする?」
どうする、と聞いてはみたが、実をいうと連れて行くのはまずい。大きすぎるグリディアは、どう隠してもドワーフどもに行動を悟られてしまうからだ。
さて、そんなピンたちの反応なのだが。
『近郊デ、待機シテマス』
「そう。ごめんね」
『イイエ』
実に空気の読める子だった。本来、言葉持たぬ動物なのだから当然なのかもしれないが。
さて。
こっちだよ、とほむらぶたちを誘導していくヒルネルだが、ほむらぶには当然事情がわからない。ドワーフたちの事はいいのだが、なぜ今、遺跡の裏手に行かなくちゃいけないのか?
「ああそれ。サトルくんが言ってたお風呂と寝所って、遺跡本体の中じゃないみたいなのね。裏手の別の施設なの」
「別の施設か。でも、どうしてそれがわかったの?」
「どうしても何も。入り口正面のプレートに書いてあったじゃん。お風呂とお泊りの方は裏にお回りくださいって」
「正面のプレートって……」
ほむらぶは少し考えこみ、そして顔をあげた。
「ヒルネル。あなた古代文字が読めるの?」
「旧帝国の文字なら読めるよ?お姉様に教えてもらったし」
「へぇ。すごい」
「ありがとう。でもね、ほむちゃん。これがわたしの専門分野なんだから当たり前だよ」
ほむらぶの素直な賞賛に、苦笑しつつも胸をはるヒルネル。
ヒルネルは、いや、ふたりとも気づいてはいないが、ほむらぶの中でヒルネルの株は先刻の転倒事件から上がりっぱなしであった。もともと、ほむらぶはヒルネルを可愛いが結構侠気のある子だと認識していたのだけど、今日のヒルネルはなぜだかカッコイイ。こんな子がまだいたんだなぁと、ほむらぶはヒルネルの事を結構、本気で見なおしていた。というか、本人気づいてないが、だんだんと胸がときめいちゃったりもしていた。
だが、このほむらぶの考えには大きな誤解がある。
まず、ヒルネルはその外見こそ幼女じみているが、実年齢はほむらぶよりもはるかに上だという事だ。ほむらぶは当初、ヒルネルの外見や態度に対して母性本能をくすぐられまくっていたのだが、実はそのヒルネルこそ、ほむらぶの外見や行動に漢の庇護欲をかきたてられまくっていたわけで。
そして、とどめに、両者の心情がどんどん接近していくのを、ふたりのペット、かつ相棒であるアメデオとロミはしっかり気づいていたわけで。ついでにグリディアやピンたちも。
要するにまぁ、知らぬは本人たちばかりなり、ではあった。
話を戻そう。
帝国文字が読めるヒルネルに従い、ふたりと二匹は遺跡の裏側に回った。裏側といっても地上部分だけでも大きな建物だし、帝国文字の案内の読めない人には一見、わからないように綺麗に風景から隠されていたが。
「ここが入り口だよ」
「これ、入れるの?」
ドアがあるようには見えない。ただの壁だ。
しかしヒルネルは微笑んだ。
「『こんばんわ。お風呂と宿泊したいんですけど!』」
「ヒルネル。なんて言ったの?」
「旧帝国語で、こんばんわ、お風呂とお泊りしたいんだけどって」
「はぁ?」
ほむらぶが首をかしげた、まさに次の瞬間だった。
ピシッという音がして、壁に隙間が開いた。やがてそれはゆっくりと広がり、ちゃんとした入り口サイズになった。
「……音声認識?」
「さ、入ろう?」
「あ、うん」
ヒルネルを先頭に、全員はぞろぞろと中に入っていった。背後で扉がゆっくりと閉まった。
「『いらっしゃいませ!ようこそ』」
人間サイズの石製のゴーレムらしきものが、ヒルネルたちを静かに出迎えた。
「『お客様は何名様でしょう』」
「『人間がふたり、あとは猿とコウモリよ。ちなみに、わたしは人間の分類でいいのよね?』」
「『吸血能力を保持しておられると認識しておりますが、間違いございませんか?』」
「『ええそうよ。わたしと、連れのコウモリが吸血持ち。こっちの人間と猿は持ってないわ』」
「『問題ありません。ただしひとつだけ、お連れ様以外のお客様に吸血行為はおやめいただけますか?その場合は退去いただく事になります』」
「『もちろん了解。ところで、わたしたちの他にお客がいるの?』」
「『はい、本日は一名様がおられます。それでは、しつこいようでございますが吸血の点だけは、よろしくお願いいたします』」
「『ええ、もちろんわかってるわ。注意ありがとう』」
「『いえいえ。他にございますか?』」
「『わたし以外は帝国公用語を使えないんだけど、サービス受けられる?』」
「『可能でございます。ただし、帝国のお客様である、あなた様のお連れである事が前提でございますが』」
「『なるほど。わたしがいない場合は宿泊できないという事なのね?』」
「『はい。申し訳ありませんが、帝国語話者である事が前提となっておりますので』」
つまり、今泊まっているという客も旧帝国語が使えるという事だ。何者なのだろうか?
そう考えたところで、ゴーレムが突然に帝国語でなく、現代ツンダーク語に切り替わった。
「お客様のご指示により、皆様に第六期ツンダーク共通語によるご案内をさせていただきます。以降は帝国語、または第六期ツンダーク共通語でお話が可能ですが、これは皆様だけの特別サービスでございます。本施設は本来、変電所設備関係者むけの保養設備を限定解放しているものでございまして、帝国人以外のご利用は本来、認められておりません。申し訳ありませんが、その点だけはご容赦くださいませ」
そう言って、ゴーレムは丁寧におじぎをした。
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。お部屋にご案内します。さ、こちらへどうぞ」
そして、ゴーレムを先頭にぞろぞろと歩きはじめた。
「変電所?」
「ほむちゃん知らなかったんだ。ここの遺跡の正式名称って、ツンダーク語に訳すと『帝国南部第二変電所』になるんだよ」
「へえ」
ふむふむ、とヒルネルの言葉にうなずいたほむらぶだったが、
「ちょっとまって。変電所ってことは当然、発電所はここと別にあるって事よね?」
「うん、そうだよ?」
当然のようにヒルネルはうなずいた。
「発電所だの変電所だのってシステムはね、地球でもそうだけど、そう簡単に壊れないようにものすごく頑丈に作るものなんだよ。なんたって必要とされる耐久年数が違うから」
「あー、うん。それはわかるけど、でも何千年だよね?」
現代日本人、いや地球人の感覚だと、古代エジプトの時代から発電や送電のシステムが生き残っている事になる。ちょっと想像がつかない。
「よろしければ、ご説明さしあげましょうか?」
「あ、うん。よろしく」
「はい、それでは」
先頭を歩くゴーレムが説明を引き取った。
「簡単に申し上げますれば、私のようなゴーレムやオートマタが保守作業をしております。我々は、自分たち自身の保守と製造を行うシステムごと現在も残されておりまして、そこから各地に派遣され、帝国の施設の保全に努めさせていただいております」
「そうなの?帝国なんて、もうなくなっているのに?」
「いえ。なくなってはおりません」
ゴーレムは、ほむらぶの言葉を否定した。
「確かに、この地球上の帝国人は、ごくごくわずかとなってしまいました。これでは帝国は国として成り立たない、それは確かでございましょう。かつての栄光は見る影もございません。
ですが、未だこの惑星の外には帝国人、およびその設備が生きて活動しております。
未だ帝国のお客様がいらっしゃるのなら、いつかまたこれらの設備が必要とされる時もくるでしょう。本日たった今、こうしてお迎えした皆様のようにです。
ならば、我々はかつての指示を守り、この場所を守り、お客様をお迎えしつつお待ち申し上げます。たとえ、幾年かかりましょうとも」
「……そう」
ほむらぶはゴーレムの言葉に何か思うところがあったようで、そのまま黙った。
「……」
そして、ヒルネルもまたゴーレムの言葉に、何かを考えたようだった。
部屋に案内された一同は、とりあえず休憩となった。
「ふう」
そこは数名用の部屋のようで、ベッドが4つあった。中央には座談会ができそうな感じの円卓と、それを囲むように4つの椅子がある。さらに大きな窓があり、そこからは夕暮れと共に再び雪が降りだした、北部大陸の景色がよく見渡せる。
「ねえ、ヒルネル。質問なんだけど」
「なに、ほむちゃん?」
「あなた以前、わたしが西の国のボコボコ王子の名を使って犯罪告発した時、ひとの名を勝手に使うのはどうかって言ったわよね。その実、わたしはちゃんとボコボコ王子本人に委任状もらってたのに」
それは本当の話だ。ほむらぶはちゃんと、ツンダーク終了後、つまりボコボコ王子本人がいなくなった後の世界で悪事を告発する際、ボコボコ王子の名を使っていいという委任状をもらっていた。彼は自治厨ではあったが、不正行為を何よりも嫌う人間としても知られており、そのネームバリューは小さなものではなかったからだ。
「その委任状って、ボコボコ王子さんは冗談だと思ってたんでしょう?彼は普通のプレイヤーさんで、ほむちゃんがたとえ『居残り』しても、それはほむちゃんのデータを反映しただけの別のナニカにすぎないって思ってた人だし」
「いや、そういう問題じゃないから。委任状はちゃんと有効だよ?血判ももらってるし」
「いやいや。法的に成立したから有効って、内容はほとんど詐欺でしょ、違う?」
「だからそうじゃなくて。ヒルネル、あなた、わざと話そらしてない?」
「そらしてないよ?」
「そうかしら?」
「ほんとだよ?」
「……」
ヒルネルの言葉は間違っていない。ヒルネルは特に話題をそらそうとも何とも考えちゃいない。
むしろ、強いて言えば、それはほむらぶ側の問題だろう。
そう。
ほむらぶがヒルネルを呼ぶ時、それはヒルネルと名前で呼ぶか、あるいは『貴女』だった。どちらかというと丁寧な、悪く言えば堅苦しい呼び方に属するのだが、それが遺跡入口での転倒事件以降、『あなた』の発音から硬さがとれ、『ごく親しい男性』に対するような甘さを含み始めていた。
もちろん、それは意識しての事ではない。
だが、ひとの心は鏡のようなもの。片方が変われば、対面しているもう片方も当然だが影響を受ける。
ふたりの会話に起きている変化とは、ぶっちゃけ言えばそういうものだった。
さて。
「話を戻すけど、ハルカ・ウルラド・ミスヴァーン名誉顧問って、はじまりの国で『なぞの技術顧問』って言われてる人よね?確か遺跡・遺構関係が専門だっけ?」
「うん、そうだよ?」
「そうだよって……あのねヒルネル、もちろん、何か事情があってその名を借りてるんだと思うけど、ミスヴァーン家って、はじまりの国の物凄く古い公爵家よ?事情が知られたらあなた、貴族の名を騙ったって処刑もありうると思うんだけど?」
「心配ありがとう、ほむちゃん。でも大丈夫だよ。だって借りてるわけじゃないもの」
「え?」
ほむらぶは一瞬、ヒルネルの顔を眉をしかめて眺めてしまった。
「それどういうこと?」
「えーと、ウルラド名が普通の養子じゃなく、専門職なんかの平民を貴族が保護する時の名誉名なのは知ってるよね?」
「もちろん」
「だから、そのまんまの意味だよ。ハルカ・ウルラド・ミスヴァーンは、わたしの名前。借りてるわけじゃないんだよ?」
「……はい?」
ほむらぶの目が点になった。
「……うそでしょ?」
「うそじゃないよぅ。ひどいな、ほむちゃん」
わざとらしく、悲しそうな顔をするヒルネル。
「ミスヴァーン公爵家では昔から、旧帝国に関するお仕事をする人で、ここぞという者にそうやって庇護を与えているそうなのね。で、わたしは、ちょっと事情があってミスヴァーンの現当主のご一家と知り合いになってね。中央大陸の遺跡探索をしている時に、ウルラド・ミスヴァーンの名をいただいたんだよ」
「そうなの……でも、どうしてハルカ?」
「あ。それ、実はリアルネーム」
「そうなの?」
「うん」
「……」
ほむらぶは、ヒルネルを上から下までじーっと見て、そして、
「ふうん」
「なに?」
「ハルカくん、だったんだ」
ほむらぶの目線と表情から何かを感じたのか、ヒルネルはたちまち眉をつりあげた。
「その言い方やめてくれる?イラッとくるから」
「あーごめん、悪気があったわけじゃないから」
どうやら何かのトラウマに触れたらしい。そう気づいたほむらぶは、即座に謝った。
「わかってくれたらいいよ。それよりお風呂いこっか」
「ええ、いいわね。いきましょうか」




