遺跡で(3)ラッキー?
吸血樹を焼き払い、跡地を綺麗に均した一行は、ようやく遺跡の入り口に到達した。
遺跡は文字通り、大きな山の中に作られているようだった。立派な入り口が山肌、いやむしろ山壁とでもいうべき場所に据え付けられていて、入り口には魔力とも電力ともつかない不思議なエネルギーが満ちていた。
入り口の手前には何か大きな石像のようなものが二体、倒れている。よく見るとどうやら壊れた守護者らしい。どうやらこの入口を守っていたものと思われる。
「誰が破壊したのかしら」
「ドワーフじゃないかな?」
「どうしてドワーフだと思うの?」
不思議そうに言うほむらぶに、ヒルネルは何も言わず、ただあるものを指さした。その方に目をやったほむらぶだったが、
「……魔法の鍵?」
巨大な入り口の扉に、明らかに後付けっぽい錠前がついている。そして微量な魔力を感じる。
「西の国の紋章。西の国から派遣されたドワーフかも」
「ねえヒルネル、西の国なのはわかるとして、なんでドワーフなの?」
「この遺跡は稼働中でしょう?」
「え、うん。たぶんそうね」
「西の国の遺跡研究って産業主導なのは、ほむちゃんも知ってるでしょう?彼らは、本当の意味での研究者なんて派遣して来ないの。つまり、ここにいるのは実際には鍛冶師だと思うのね」
「……施設の有効性を探りつつ同じものを複製、国で利用できないか調べる人って事?」
眉をしかめたほむらぶの指摘に、うんうんとヒルネルは頷いた。
「前に、西の国の特使とやらが来た事があるんだよね。わたしの事をお宝泥棒と最初から決めつけててさ、宝集めに励むのをただちにやめろとか言ってるんだけど、続く言葉がね。なんていったと思う?」
「さあ。なんとなく想像はつくけど」
「それがね。『今持っているお宝を西の国に返却し、西の国の遺跡研究チームに仕えて利益をもたらすというのなら罪一等減じる事も考慮してやる』よ?もう、どこから突っ込んでいいのやら」
「うわぁ……何それ」
ひどいにも限度があるだろう。
だいたい、いつから古代遺跡が西の国の所有物という事になっているのか。当時、ヒルネルが調査していた遺跡というと、お姉様の情報を元に調査した中央大陸のものがほとんどなわけで、仮に所有権を主張するなら、それは、はじまりの国であるはず。
そして、利益というあたりが実に臭い。
本来、学問は金食い虫だ。直接利益より探求や解析に重きを置くのだからむしろ当たり前で、たとえ即物的にお金になりそうなものだったとしても基礎研究段階ではやっぱりお金にはならない。副産物くらいはあるかもしれないが、そちらに気をとられすぎて本来の研究が止まってしまっては元も子もないのだから。
その意味で、西の国の方針は明らかにおかしい。国策事業なのかもしれないが、まともなものとは言えまい。
「で、当然断ったわけよね。具体的にはどうしたの?」
「もちろん帰らせたよ。『寝言は寝て言え』って手紙を持たせて、帰って雇い主の前で首掻っ切って死ねって指示した」
さもありなん。
ほむらぶは乾いた笑いを浮かべた。ヒルネルの言葉に誇張がないと知っているからだ。おそらく、本当に手紙をもたせた上で、命令者なり雇い主の前で死ぬように命じたのだろう。
「よくそれで指名手配されないわね」
手配されれば、ほむらぶの情報網にも当然ひっかかるわけだが、彼女の情報網にそれはない。
ほむらぶの質問に、ヒルネルは黙って首を横にふった。
「指名手配は無理だと思う」
「ふうん。根拠は何かしら?」
「彼らは、わたしの背後関係を掴みかねてる。指名手配をかけた結果、その背後にある組織が動き出す可能性を警戒してるわけ」
「背後関係?」
「要するに彼ら、お姉様が何者かわからないみたいなのよね」
「……あー、そゆこと?」
「うん、そう」
ヒルネルの『お姉様』といえば、吸血鬼たる彼女の保護者。何千年も眠っていたという旧帝国のお姫様の事だ。
「もしかして例のお姉様って、言動とか行動とかおもいっきりお姫様全開?」
「うん。すごく浮世離れしてる」
「なるほど。それで正体不明なら、そりゃ、わたしだって警戒するわ」
「でしょう?」
「ええ」
怪しいトレジャーハンターを調べてみたら、どこぞの王侯貴族らしき女が一緒にいたと。しかも、調べてもどこの所属なのか、さっぱりつかめないと。
そして、ヒルネルの背後にはどこかの国、または王侯貴族が関わっていると邪推するわけだ。
調べても所属なんてわかるわけがない。そも、ヒルネルの『お姉様』は、ヒルネルが起こしてしまうまで実に千年単位で遺跡の中で眠っていた人物なわけで、現在のどの国家群にも彼女の足あとはない。
わからない、という事は疑惑と疑念を呼ぶ。
そして、それは迂闊に手出しできない、という意味でもある。
やぶをつついて蛇どころか竜が出た、なんて事になったら笑い事ではなくなってしまう。いかに西の国でも慎重にならざるをえないだろう。
「なるほどね」
ほむらぶは納得したようにうなずいた。
「話を戻すけど。じゃあ、入ると危険ってこと?」
「たぶん大丈夫だと思う」
「根拠は?」
「西の国にはドワーフ住んでないから。彼らは外から雇われた者だと思う。もしかしたら、隧道にいた人たちと同じとこのドワーフかも」
「……なるほど。でも一応、戦闘態勢で入るよ?」
「わかった」
とまぁ、そんな感じに同意。グリディアから降りる事になったのだが。
「ピンちゃん、貴女たちはどうするの?」
『ココデ、マッテル』
ピンはそう返答してきた。
『ぐり、コノナカ、ハイレナイ。イセキ、キケン。イキタクナイ』
グリディアの入れない場所には行きたくないらしい。ピンは通信タイプの個体で戦闘力をほとんど持たないのだから無理もない。
「わかった。でも一晩くらい待たせちゃうかもだけど大丈夫?」
『モンダイナイ』
サトル青年の厚意で、ピンとグリディアは目的地の北部発電所手前の丘まで送ってくれる事になっているのだ。
ちなみにほむらぶたちは知らないが、この二匹の他にスノービッグの『マロン』も同行している。しかしマロンは遊撃ポジションなので、彼女は近づいてこない。
「わかった。じゃあ、降りよう」
そういって、ほむらぶ、アメデオ、ヒルネルの順に降りた。なお、ロミは寒いのでヒルネルがぶら下げているポシェットの中に避難ずみである。
ところが歩こうとした瞬間、
「わ、あわ、あわわわわわっ!」
突然、ほむらぶがつるっと足をすべらせ、すってんと見事に転んでしまった。
「ほむちゃん大丈夫?」
「あいたたた……げ、ところどころ凍ってるし。ヒルネル、なんで貴女平気なの?」
「ん、お仕事で北海道にいた事あるし」
「ちくしょー裏切り者ぉ、っていうかアメデオ、あんたまで……」
アメデオまで、ヒルネルの隣でなぜか得意げにしていた。
寒いのにアメデオがほむらぶのリュックに入らなかったのは、きっとコケると予感したせいだろうか?妙なところで頭の回るお猿である。
「それより大丈夫?おしりぶつけた?ほら」
ヒルネルに支えられて、ほむらぶはようやく立ち上がった。まだ足元が頼りないが。
「どう?どこか痛くない?」
「……大丈夫。なんとか」
「そう?ちょっと待って」
心配そうにヒルネルがほむらぶの体をあちこち触れ、場所によっては軽く押して見る。ここ痛くない?大丈夫?とか確認しながら。
「!」
「ここ痛いの?」
「う、ううん違う。だ、大丈夫!」
「……そう?無理しちゃダメだよ」
「うん。大丈夫」
そこは確かに痛かった。したたかに打ち付けたのだから当然だ。
だが、ほむらぶが反応してしまったのはその点ではない。
(今の、なに?)
ヒルネルの手が服の上からほむらぶのおしりをなでた瞬間、ヒン、と無意識にヘンな声が出てしまった。とても小さい声だったので、たぶん気付かれなかったろうとほむらぶは思ったが。
ほむらぶは男性経験が一切ない。地球でもツンダークでも。いわゆる色事関係は完全に耳年増で、とことん追求してみた事もない。そして思春期等、同性のコミュニケーションでお互いの身体を触った事などもあまりない。せいぜい、お風呂で敏感なところに触ってみたくらいの経験しかない。
ついでにいうと、その場所は背中側なわけで、自分で頻繁にさわり確認する場所でもない。
だから、わからなかった。自分に何が起きたのかも。
そして。
「さ、中に入ろう?そろそろ夕方だし、外にいるともっと寒くなるよ?」
「……う、うん」
なぜだろうか。いつもより随分とヒルネルが頼もしく見える。こんなに可愛いけど、やっぱり中のひとは男の人なんだなぁと、そんな事をぼんやりと考える。
ヒルネルに支えられ、なぜかヒルネルに不快感を示しているアメデオを不思議そうに見つつ。
自覚のないお姫様とその一行は、遺跡の入り口から中に入っていった。
◇◇◇
(え?)
その瞬間、ヒルネルはほむらぶが示した反応で我に返った。
彼女は、無意識に手に磁気を纏わせていた。本来は手品用に覚えたお遊び魔法なのだが、本人も単に磁気ネックレス的な意味しか考えてなかった。彼女は癒やしの能力を持たないわけだが、何かの役に立たないかと。
そして、ほむらぶへの好意。
リアル男性時代、それも青年時代の事だが、ヒルネルは似たようなシチュエーションの思い出があった。雪の上で転んだ愛しい彼女。微笑んで起こしつつ、ちゃっかりお尻をなでて、そしてコラッと半笑いで怒られた、あの頃の記憶。
それらがヒルネルの中で渾然となり、無意識に同じ行動をさせた。つまり、ほむらぶの腰のあたり、背中側にある敏感なところを昔の経験から推測し、そこを指でマッサージしたのだ。手に魔法をまとわりつかせたまま。
その行動の、どれが有効に作用したものなのかはヒルネルにもわからない。
その瞬間、カクンとほむらぶの腰から力が抜けた。それに気づいたヒルネルは、あわてて彼女を支えた。
(え、これって……!)
ヒルネルは、自分が大変まずい事をやらかしたのに気づいた。
ほむらぶはもちろん、かつての恋人ではない。そういう関係でもない。客観的にいえば、これはとんでもない破廉恥行為だ。
ヒルネルは内心、真っ青になった。
犯罪者になる事に焦ったのではない。この後の行動への悪影響を心配したのでもない。ただこの瞬間ヒルネルは、ほむらぶに嫌われる事を恐れ、あやうくパニックになりかけた。
(じょ、冗談じゃない、うっかり○感帯マッサージとか何やってんだよバカ!)
しかも魔法でピンポイント、まさかの一撃ヒット。
(どこのエロゲーだよ!安物のエロ漫画かよ!)
だが。
(あれ?)
ほむらぶの態度がおかしい。
自分の身体の異変に気づいてないのか、不思議そうにほむらぶは視線を巡らせているだけだった。
(もしかして、気づいてないのかな。まさか)
どうも、そのまさかのようだった。
ヒルネルは、元のほむらぶの実年齢を知らない。だがツンダークサービス自体も長く続いていたし、たとえ出会った頃が十代だったとしても、今の中の人はそれなりの歳にはなっていたはずなのに。
そういえば。
ヒルネル自身はそういう経験がなかったが、むかし、友達との与太話で聞いた事があった。
(そういう経験が皆無な子に強すぎる刺激を与えると、たまに、自分に何が起きたかわからなくてポカーンとしちゃう子がいるって言ってたっけ)
もちろんここは地球ではない、ツンダークだ。そういうとこが地球と同じかどうかはヒルネルにもわからない。
だが、ヒルネルにはそうとしか思えない。
(まいった。まさか、ほむちゃんがこんな子だったなんて)
「こんな子」というニュアンスにはもちろん、可愛いとか愛しいといった感情が含まれている。
そもそもヒルネルは女の子の肉体を使っているという自覚はあるが、自分自身が女という自覚はない。その身体はあくまで人形的趣味でこしらえたものだし、正直、探索者として生きるほうが主題で、肉体の性別には関心を持っていなかった。
その、男としてのヒルネルの心が強く疼いていた。
(……ん?)
ふと見れば、アメデオが不快感を示していた。
『アソブナ。サッサトハコベ』
見ぬかれているらしい。くだらない事考えてる暇があったら、まず彼女を助けろというのだろう。
なるほど、確かにその通りだ。
『そうだね。悪かった』
ヒルネルの筋力は高くない。幼女じみた外見と見合った、とは言わないが、やはり力はそこそこしかない。
だが、ここで潰れるわけにはいかない。いろんな意味で。
(よし、入り口まで頑張る!)
ヒルネルは声を出さずに気合をいれ、グッとほむらぶの身体を支え直した。
愛しいお姫様の身体はいつもより柔らかく、そしていい匂いがしていた。




