立場の相違(2)
うさぎとなかよし。
それはいい。いいんだけどさ、このゲームって本来はやっぱり戦闘なり生産なりして過ごすもんだよね?まぁ吟遊詩人とか例外もあるけどさ。俺だって戦う気ゼロだったわけじゃないわけで。
いやま、別にうさぎと戦いたいわけじゃないけどさ。現にフラッシュと殴りあって勝つのに二時間もかかったんだぜ?まぁ、確かに俺も素手、フラッシュも爪は出してなかったわけだが。
うさぎ一匹と二時間殴りあうレベルのプレイヤー……まぁ、我ながらその、なんというか。
「……それにしても」
「?」
なんだよ、といわんばかりに、にんじん齧っているのはフラッシュ。くそぅ、体力あるなおまえ。
え?ここはどこかって?
ここはたぶん『はじまりの森』の地下だと思う。『と思う』っていうのは不明だからだ。
そもそも、はじまりの森に地下空洞があるなんて攻略資料にもない。あまりに身近すぎて誰も気づかなかったのかもしれない。
だけど事実はこの通りだ。なんかクマか何かの穴みたいなとこがあって、そこから先導されるままに入っていったら、ヒカリゴケに照らされた広大な空間があって……そして、そこはフィールド・ラビットたちの寄り合い空間のようになっていたとまぁ、こういう始末。
しかし大丈夫なんだろうか?いくら俺がフラッシュの仲間扱いだからって、彼らは種族も違うんだが?
だけど現実には、行き交ううさぎたちは「ん?ああおまえか」くらいの反応しか示さない。まぁ天井低くて這うか隠密行動的な動きをするしかないんだけど、それにしてもなぁ。動物アニメか何かの世界に迷い込んだ気分だよ。この光景だけでも動画にしたら、チート扱いされて叩かれるかもな。
で、だ。とりあえず、休憩所みたいな広い場所に俺たちはいる。
フラッシュが喰っている人参は俺のリュックから抜き出したものだ。ちなみに一応だが気づいた時点で「食い過ぎるなよおまえ」とは言ってある。わかっているのかどうかは知らないが。
ん?そうだよ、気づいたんだ。
昨日の俺なら、隠密行動で人参盗みにかかったフラッシュに気づかなかったろう。だけど今日の俺はちゃんと気づいた。んで、満足そうにフラッシュは人参食ってるわけで。
……ん?
もしかしてこいつ、俺の事テストしたのか?わざわざ人参に手を出して?
「……」
いや、さすがにまさかだよな。単に人参食いたかっただけだろ。
うん、まぁいい。
それはそれとして、恒例のステータスチェックをしよう。
どれどれ。
隠密行動:Lv51(先日から18up!)
Lv50で【バックスタブ】、【見敵必殺】Lv1、【忍び早足】のスキルを取得しました。
……もう驚く気もしなくなってきたぞ。
Lv51て。まだ三日目なんだけどなぁ。しかもスキル追加て。
「……」
そうか。そういう事か。
要するに、ここに入ってきたのも、ここまでのおっかけっこも、全部がぜんぶ、修行になってるってわけか。
そりゃあ確かにすごい疲れたけどさ……。
なるほど。じゃあ、この取得スキルの中身はどうなんだ?
【バックスタブ】不意打ちスキル。相手の僅かな隙や気がそれた瞬間を的確に判別できるようになる。これを用いて奇襲攻撃をすると、場合によっては即死もありうるほどの大ダメージを与える事ができる(もちろん条件に大きく依存する)。暗殺者とテイマーが取得可能だがテイマーは武器制限のため、本スキルを有効活用するには暗殺者がお勧めである。なお、それ以外の職種だと『不意打ち』になり、そちらもバックスタブほどではないが悪くない。
【見敵必殺】狩猟神の恩恵。隠密行動時、スリングや弓矢、ダーツ等のいわゆる投擲武器に命中補正がかかる(五段階あって高レベルになるほど補正が跳ね上がる)。効果はそれだけだが、命中率が上昇するので不意打ち系スキルと組み合わせると無双の可能性を残す。狩人、テイマー用。森や野原で獣になったつもりで溶け込むような行動をとり続けた場合に取得できる事がある。
【忍び早足】隠密行動状態のまま駆け足速度で走れる。ただし疲労が早くなる。誰でも取得できるが、鎧もローブもなしに隠密行動状態で、自分と同等以上の敵かモブの徘徊するフィールドを2日以上さまよう必要がある。
暗殺系スキルか。まぁ名前から想像ついたけど。
バックスタブはモロだな。暗殺者専用みたいなスキルだ。これをテイマーが取得できるっていうのは不思議だけど、どちらかというと、それがもたらす奇襲成功率の高さの方がメインなんだろう。まぁ、暗殺者みたいに即死攻撃が必須なわけじゃないし。うん、たぶん。
見敵必殺もわかりやすい。思えば、弓をやってないだけで、やってる事は狩人にも近いのかもしれない。そもそも盗賊と狩人、暗殺者は隠密行動って意味では共通点があるわけだし。
しかし、忍び早足は……この取得条件って罰ゲームか?これじゃ完全武装の攻略チームの人たちは絶対取得無理だろ。いや、彼らが意気地なしってわけじゃないけど、これレベルがなまじ高いと物凄く危険だよねえ?正直、俺みたいにぺーぺーの上にフラッシュの助けがあるような奴だからこそ逆に取得しやすいというか。
ふむ。
確かwikiに出ていた隠密スキル、Lv50越えてるのって攻略組でもほとんど居ないって書いてあったなぁ。中には「相手が強敵であるほど、鎧がボロいほどあがりやすい」なんてコメントもあったけど、あくまで経験則であって、それ以上の探求はなされてないっぽい。
そして結論は、「無理に育てようとしても割にあわない。成長遅いのは確定だから長い目でみよう」とか書いてあったっけ。
成長が遅い、ねえ。
その成長遅いスキルが正味3日でLv50越え到達なんですが?
いったいどうしてこうなった?
ステータス画面を閉じ、アイテムボックスから指南書を取り出して開いた。
先日は気づかなかったんだけど、この指南書、あちこちに小さなトピックが散りばめられているんだよね。まるで、おばあちゃんの知恵袋の如く。で、だ。フィールドラビットについて書いてある項目をさらに読み込んでみると、こんな一節があったんだ。
『テイマーのはじめての仲間にはフィールドラビットが適切。彼らは穏やかではあるが俊敏で隠密性にも富むが、それだけではない。彼ら自身もテイマーにあわせて成長していく。一緒に勉強させてもらうのがお勧め』
ああ。それは本当によく実感しているよ。
ところで次の行を読んだ時、俺は一瞬だがギョッとしてしまった。
『モンスターの仲間になるというのは面白いが、これはテイマーの『所属』が一般プレイヤーは違うという意味でもあるので充分に注意してほしい。
たとえば、あなたが吸血鬼を仲間にしたとする。そしてその状態で吸血鬼退治のクエストを受けたとして、その村なり屋敷にいったらどうなるだろうか?最悪の場合、あなたも吸血鬼の一味として討伐対象になりかねない。もちろんこの場合、俗にプレイヤーと呼ばれる異界からの戦士たちにもこれは適用される。つまり、テイマーもプレイヤー戦士のひとりでありながら、モンスターの一味として一緒に退治されてしまう危険性をはらんでいるといえる』
うおぉぉぉぉぉぉぉい!討伐対象って……おいぃぃぃっ!
さすがに戦慄した。したのだが、次の文章にはそのフォローも一応書いてあった。
『これは確かに非常に危険である。この点を大問題と考えるなら、テイマー職を今からでも思い直す事をお勧めする。狩人か暗殺者への転向なら少ないコストですむだろうし、今のあなたとうさぎたちの交流までも無くなる事はない。ただ、それ以上伸展しなくなるだけだ』
なるほど。魔法使いが戦士になったからって、いきなり呪文が使えなくなるわけもなければ、突然魔力がガタ落ちするわけでもないって事ね。まぁ、怪しげな神殿で『おまえは今日から戦士だ!』と言われた途端に武道着が『装備』できなくなりスリ足も忘れる武闘家ってありえないしなぁ。どこの怪しいゲームだっつの。
『さて上記のお勧め対応である。
まず第一に、テイマーが冒険者クエストを受ける時点でお勧めしない。ギルドでクエストを受けるのは名声をあげ実績を積むにはいい方法なのだけど、そもそも人間社会に認めてほしい者がテイマーやる事自体が間違いである。
テイマーを志す理由は様々だろう。筆者の友人など「もふもふしたい」という謎の理由であったし、とある女の子は軟体動物フェチで海底に屋敷を構えて住み着いた。だがどれにも共通しているのが、人間社会での栄達よりもモンスターたちとの生活を欲している点である。
あなたもそれに習い、個人的交流はともかくギルドへの仕事は受けない事を強くお勧めする』
……えーと、軟体動物フェチの女の子ってあたりでピクッとした野郎は手をあげろ?
いやいや素晴らしい、じゃなくて!うむ、みんな色々なんだなぁ。
それに、この言葉が嘘じゃないなら、既にテイマー職で独立してる先達がいるって事だな!
むう。それは興味深い。
『第二に、人間の町に入る時は無難な動物タイプのみをお勧めする。その意味でもうさぎは問題がないわけだが、実は問題皆無というわけでもない。なぜなら、フィールド・ラビットとて成長するし、テイマー連れのうさぎがカンストまで成長すると、ほぼ確実に別の種族に進化するからだ』
ほほう、それは初耳。一覧とかあるかな?どれ。
「フィールドラビットLv50→ボーパルバニーLv1」
「ボーパルバニーLv50→ラビノイドLv1」
「ラビノイドLv50→獣神ラビLv1」
ん?ボーパルバニー?なんか不吉な予感がするのだけど……?
『ボーパルバニーとは英米ファンタジーでおなじみの殺人ウサギである。クリティカルもちの戦闘ウサギでもあり、かわいさに油断すると一瞬でどんな強者も殺されかねない、厄介なダンジョンの殺戮者である』
うわぁぁぁ、やっぱりかよっ!
『ラビノイドとは獣人スタイルに変身可能となったウサギである。本来は獣神に仕える巫女でもあり、戦闘支援や回復職としての活動もするようになる。
獣神ラビとは天狐等と同じで、巫女が修行の果て、ついには神にまで昇華したウサギである』
ウサギが神様?ああ、だから獣神なのか。
『そもそもウサギ族には神に仕えるという属性がある。つまり、ただのウサギが生き延びて戦士となり、さらに修行の果てに巫女に至り、さらなる修行の果てに神へと至るという道筋が読める。こうした経緯をたどる種族は獣系のほとんどすべての種族が該当するが、ウサギ族は典型的なこのケースであると言える』
なるほど、自然神の誕生というわけか。
まぁ実際にフラッシュが神様まで進化できるのかどうかは知らない。知らないが興味深いね。
それよりも俺には気になる事が。
「ラビノイドって獣人の巫女なわけね。けどフラッシュって」
確か『彼』とテロップが出たからオスだよね?そう思いつつフラッシュをじっと見たわけだが。
『フラッシュ』種族:フィールドラビット Lv27 性別:female
サトルのパートナーに落ち着いたウサギ。自己主張が激しく賢い。サトルが気に入って近づいたが、それは同時に彼女が将来、女神に至る可能性を開いたともいえる。
ほらやっぱりオスだ、femaleって……え?「fe」male?「彼女」?
「……おい」
なんで?だって確か前テロップで「彼」て……。
いや、確かにステータスまでちゃんと見てなかった、見てなかったけど、だけどさ!
え?……えぇ?
「?」
「なぁ。おまえメスだったの?いや、もし気悪くしたらごめんな?」
自分で言っててバカだろとおもった。いくらなんでも、そんな日常会話レベルまで聞き取ってるわけないもんな。
だけど。
「……」
俺の漏らした言葉に、フラッシュは「何を今さら?」と言わんばかりに不思議そうに首をかしげた。
そして何かに気づいたように唐突にパチパチと目を動かした。で、不機嫌そうにフスッと鼻息をたてて少し距離をとり、つーんと顔をそらした。
「あら?いや、もしかして、そこまで俺の言葉……まじ?」
「……」
うわぁ、マジかよ。
ていうか、いかん、ますます怒らせたっぽいぞ!
「いや、だから悪かったって」
「……」
だめだこりゃ。完全無欠におかんむりになっちまった。
「なぁ。人参いらないか?」
「……」
人参のキーワードに瞬時にこっちを向いて、だがしかしまた、つーんとよそを向いた。
よし、ツカミは得たぞ。あとはがんばろう。
結局、持っていた人参を全部献上する事でフラッシュはご機嫌を全部直したのだった。
ふう、あぶねえあぶねえ。いや、単に嫌われるのも嬉しくないが、今の俺にとってフラッシュは先生みたいなもんだからな。その意味でも大変よろしくない。
で、なぜか俺のステータスが少しだけ変化していた。
モンスターハート:Lv2(1up!)
『単なる仲良しでなく、命を預けられる関係。あるいは種族の垣根越えてラブコメする関係。さぁ、君はどっちだ?』
……やかましいわ!
遊んでるだろ運営、おい!
最初のテロップで「彼」となっていたのはツンダークシステムのバグです。使い魔やテイム関係は利用者が少ないうえ、主人公以前にいたらしい先達は女の子だったせいか、仲魔がどいつもこいつもオスか性別不明ばかりだったんですね。