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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
37/106

北へ行こう(6)ウサギの大将

「どうも、はじめまして。サトルといいます。ミミさんからお話は伺ってます」

「はじめまして、ヒルネルです」

「はじめまして、ほむらぶよ。驚いた、てっきり来るのはウサギさんだけかと思ったのに」

 グリディアの一行には、うさぎの大将ことサトル青年も同伴していた。

「そのはずだったんですが、たまたま探索中にあのオオカミたちに遭遇したんですよ。試しに接触してみたんですけどね」

「その感じだと、オオカミは仲間になってくれなかったのかしら?」

「ウサギ臭いのが気に入らないみたいです。あえて言えば『オレサマ、オマエ、マルカジリ』って反応ですかね?まぁ、また挑戦してみますけど」

 サトル青年の言い方に、横で聞いていたヒルネルが小さくクスッと笑った。どうやら元ネタのある言葉のようだが、ほむらぶにはわからなかった。彼女は特定のアニメにとても入れ込んでいるというだけで、広い知識を持つわけではなかったからだ。

「ふうん。まぁ、それでも食べられないんだから大したものね。そのあたりがテイマーたる所以かしら?」

「ええ。ま、うちは強力な護衛がいますから」

 噂にたがわず、サトル青年の周囲はウサギ尽くしであった。

 まず彼はグリディアでなく、スノービッグと呼ばれる北部大陸産の巨大ウサギに乗っていた。激しい寒さに対抗するためか耳が他のウサギよりも小さく、そのため知らない者が見るとウサギというより牛サイズの巨大な謎生物に見えるかもしれないが、彼らはれっきとしたウサギ。エサとなる植物類さえあれば極寒の極地にすら住み、食えると思えば海草類すらも食す。大きくたくましい、ツンダークならではの特殊な寒冷地ウサギ族である。

 おそらく、サトルが護衛といったのは彼らだろう。

 ツンダークにはトナカイやヘラジカのような寒冷地の大型のシカが少ないのだが、それらのニッチを分け合うように彼らが住んでいる。ウサギに似合わず物静かでおとなしい性格のため誤解されがちなのだが、生存競争の厳しい寒冷地でのうのうと繁栄できるというのは、もちろんそれだけの理由がある。つまり強いのだ。実際、このでかいウサギを好んで乗用にする部族もいるかと思えば、怒り狂った彼らに滅ぼされた村落があるとも言われている。

 スノービッグは全部で七羽いた。彼らを指さし、みんな凄いんですよと楽しげにサトルは笑ったが、休憩よろしくのんびりとそのへんの草を探して()んでいる姿はやっぱりウサギには見えない。むしろ耳のでかい毛長牛。ほむらぶたちはちょっぴり複雑な気持ちでその不思議な巨大ウサギたちを見ていた。

「それで、その子が噂のピンちゃん?」

 サトルの横には、中型犬くらいに成長したウサギがいた。こちらは一般的なウサギの姿で、大きめの耳をピンと立てている。

「ええ、そうです。ピン、ふたりにご挨拶できる?」

 サトルの言葉に、ピンと呼ばれたウサギはフスっと鼻息を吐いた。どうやら人間の言葉は喋れないらしい。

 だが、

『コンニチハ』

「!」

 たどたどしいが、確かに『こんにちは』らしきニュアンスが直接、ほむらぶたちの頭の中に響いた。

「え、今のって……?」

「面白いでしょう?頭の中に直接話しかけられるみたいで」

 にこにこと楽しげにサトルは笑っている。

「どういう原理かは僕も把握してないです。だけど、この子は大陸を超えて通信を送る能力を持っているのは確かです。実際に確認しましたから。

 おふたりは、この遠話能力がほしいんですよね?」

「可能ならですけど。でも本当に使えるのかしら?」

 確かに凄い能力といえる。頭の中に直接、声とも意思ともつかないものが響き渡るのだから。

 しかし。

「正直、どう使えばいいのか想像もつかないんだけど?」

 ぶっちゃけたところを言って肩をすくめるほむらぶ。

 しかし、そんなほむらぶの態度に気を悪くする事もなく、サトルはにっこりと大きく笑うと、

「『大丈夫ですよ。ほら、こんな簡単にできますし』」

「!?」

 いきなり、ピンの真似をしてふたりに話しかけてきた。

「すご、サトルさんもできるんだ。しかもすごく鮮明に」

「能力的には僕の方が低いんですよ?イメージが明確なのは、同じ人間だからでしょう。

 あと、ピンのイメージが明確でないのは、単にピンがまだ若いせいもあると思います。その代わり力の強さは段違いですけどね」

「ふむ。具体的には?」

 ヒルネルの言葉に、サトルはハイと頷いた。

「おふたりは魔力がおありで魔術の心得もあるでしょう?そういう人は受容の素質があるから比較的カンタンなんですが、魔力のない人や魔術の心得のない人に声を届けるのは大変です。方法が皆無とはいわないけど条件がとても厳しくて。しかも一方通行になってしまいますしね。

 だけどピンの場合、そんな人でも当たり前に声を届けてしまいます。しかも、相手がきちんと特定されている場合、相手の応答の意思をはるか遠くから読み取って、仮の返答として受け取る事もできるんです。つまり、能力のない人とでも会話が成立するんですね。

 凄いでしょう?」

「すご……」

「ええ、すごいわね」

 驚きのあまり言葉につまっているのはヒルネル。ちょっぴり疑わしげに同意しているのはほむらぶだった。

 サトルの方は、そんな二人の温度差の方は想定内のようだった。うんうんと納得げに頷くと、

「ま、理屈より実践ですね。おふたりとも、素手でピンの体に触れてください。そっとですよ?」

「え、いいの?」

「かまいません。やさしく触ってくれれば」

 おずおずとふたりの手が、ピンの頭と背中に触れる。

「ピンからもういちど声がかかります。だけど今度はさっきよりずっと強いはずです。

 受けたらそのまま、手を離さずに返事してみてください。今度はすぐわかると思いますから」

「すぐわかる?どういうことかしら?」

「受けてみればわかります」

 ちょっと謎めいた感じでサトルが言った、その次の瞬間だった。

「『クスクス』」

 くすくす笑うようなイメージがふたりの脳裏に投影された。ただし、さっきとは桁外れの強さで。

 それは、単に聞こえたというにはあまりにも強すぎた。強すぎたため、ほむらぶは一瞬、目の前のウサギでなく自分本人が笑っているような、そんな錯覚すらも起こしてしまった。

 もちろん、それが間違いなのはわかる。だが突然の事でほむらぶは驚き、狼狽した。

 そしてその瞬間、無防備になったほむらぶの心はピンからくるクスクスという笑いの意識に引きずられ、一緒になって笑ってしまったのである。

「『クスクス、あはははっ!』」

(え?え?なにこれ、何がどうなってるの?)

 笑いながらも、当然だがヒルネルは心底驚いた。驚いたあまり、パッと手を離してしまった。

「あ……」

 その瞬間、声はピタリと聞こえなくなってしまった。

「な……なにこれ?」

「『しっぱい?』」

 背後から、気遣うような、少しからかうような意識が流れてきた。

「ええ失敗みたいね、残念ながら……って、え?」

 ほむらぶが振り向くと、そこにはアメデオがいた。

「え?アメデオ……あんたなの?」

「『うん。すこし』」

 少しだけ覚えた、と言いたいのか。

 なんと、ほむらぶ本人が苦闘している横で、アメデオの方が先に習得してしまったらしい。

 ちなみにヒルネルの方はというと「へえ、おもしろい!」と言いつつロミと会話をはじめていた。どうやらあっちは普通に対話が成立した模様。

 ということはつまり……。

「わたしだけ……なんで?」

「いや、ほむらぶさんくらいが普通ですよ。ぶっちゃけ、一発会話成立なんて普通まずありえませんし異常です」

「そうなの?でも彼女は」

「ヒルネルさんでしたっけ。僕は皆さんの事情を知らないので詮索しませんけど、彼女、人間じゃありませんね?」

「!」

「基本は人間で容姿も変わらず、だけど別の存在。僕はそっちの系統って吸血鬼くらいしか知りませんけど」

「そうだよ。でも内緒でよろしくね」

 ギョッとしたほむらぶの横で、あっけらかんとヒルネルが答えた。

「ええわかってます。それに、僕的にはヒルネルさんの種族がなんだろうと別にかまわない。

 ただここで重要なのは、ヒルネルさんが本質的に幻惑系かアストラル系に特化した存在だろうって事です。これは今まで僕がいろんな種族に手ほどきした実績からの感触なんで、たぶん間違いない。

 要するに、ヒルネルさんが一発で覚えたのは種族特性なわけですね。

 それから、動物はもともと人間より適正が高いです。これもまぁ、お察しくださいってところでしょうか。

 だから、ほむらぶさんが遅いわけでも鈍いわけでもないんですよ。むしろ人間としては敏感な方かと」

「はぁ」

 なるほどわかりやすい。理屈としては。

「ありがとう、とてもわかりやすい説明だったわ。

 ところで、そこまで詳しくわかるって事は打開策についての情報はないかしら?わたしもヒルネルと同じくらい、とは言わないまでも、何とか会話できるようにはしたいのだけど」

「ええわかります。僕としても、ヒルネルさんみたいに一発OKになっちゃう方が想定外なんで、ちゃんと対策案は持ってきてますから」

 そういってサトルはにこにこ笑うと、腕組みをしてこう言った。

「一番ベストなのは『裸のつきあい』ですね」

「はあ……どういう事?」

「どういう事、と言われても、まさに言葉のままなんですけどね」

 ちょっと苦笑いを混ぜて微笑むと、サトルは言葉を続けた。

「さっき、直接手で触れましたよね。つまり直接接触すると格段に伝わりやすいんです。ここまではわかります?」

「ええ、まぁ」

 いやな予感を微妙に感じつつ、ほむらぶは答えた。

「要はですね、直接スキンシップするって事です。お二人は幸い、ふたりで旅するくらいは仲がいいみたいですからね。一緒にお風呂したり、一緒に寝たりしながらリラックスして練習すれば、そう時間かからずに上達すると思いますよ」

「思う?確実ではないの?」

「確実、ですか?まあ……もっと確実な方法もありますけど」

 サトルの口調が突然、何か躊躇するような物言いに変わった。

「なに?もしかして、何か危険でもあるのかしら?」

「いや、危険はないんですが……」

「なら教えてくれるかしら?こんな小娘の見た目で申し訳ないけど、中身は一応成人してるから。自己責任でどうするかは判断できるし、それで問題が起きたとしてもサトルさんのせいにはしないわよ?」

「そう、ですか……では、わかりました」

 こほん、とサトルはいちど咳をすると、

「なに、簡単です。要するに全裸、すっぽんぽんで、べたーっと密着してやるのが一番いい方法なんです」

「……は?」

 ほむらぶは、一瞬ぽかーんとしてサトルの顔を見た。

「……!!」

 最初に反応したのは、ヒルネルだった。一気に真っ赤に赤面するとよそを向き、ちらちらとほむらぶの方を伺うように見始める。

「いや、その……それってやっぱり……そういう、事?」

 続いてほむらぶも反応した。ただしヒルネルのように劇的なものではなく、むしろ「え、ほんとに?」と確認する以上の意味を持ってはいなかったが。

 そして、そのほむらぶの確認に、サトルは苦笑しつつ「はい、それでもかまいません」と答えた。

「誤解のないように言い添えますが、要はお互いの精神的距離の近さ、そしてお互いの接触面の広さなんです。ですから、別にエッチな事をしろというわけではありません。まぁご夫婦や恋人同士の場合はそっちがオススメだと僕に教えてくれた人は言ってましたけど、僕自身は相手がいないんで確証をとってませんし」

「……」

「接触の話に戻りますけど、なるべく親しい人と、なるべくべったりと接触しながらやるのが理想的って事になります。ここまではおわかりいただけました?」

「……なるほど。ええ」

 どうやら、ほむらぶは何とか冷静に聞いているようだった。少なくとも見た目だけは。

「まぁ幸い、皆さんも日本人ですからお風呂入りますよね。おふたりだって、少なくともふたり一緒に旅なさるくらいには親しいわけですから、安全な場所で一緒にお風呂にでも入って、それから訓練されるといいと思います。ふたりでね。

 実際の訓練はほむらぶさんメインになるでしょうけど、それによって利益を得るのは二人一緒なんですから」

「なるほど。確かにそうね」

 通信は相手がいるからこそ意味がある。離れていても通信可能になれば、それで利益を得るのが片側だけであるわけがない。

「ちなみに、ソーヤまでは高速馬車で隧道抜けてきたんですか?」

「ええ」

 ふむふむ、とサトルはうなずいた。

「ならば、この先にある遺跡のひとつをおすすめします。中に聖域がありまして、安全に隔離された場所にお風呂と寝所があるんですよ」

「お風呂と寝所?遺跡の中に?」

「はい。まぁ、見ればわかるかと思いますけど」

 サトルはそういうと、ちょっといたずらっぽく笑った。


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