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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
35/106

北へ行こう(4)

 北部大陸。

 中央大陸群『ゴンドル大陸塊(たいりくかい)』最大の大陸である。

 ツンダーク中後期のプレイヤーが多く拠点とした西大陸よりもさらに巨大なのだが、そのほとんどは無政府地帯である。理由は気候的および地理的問題。南部の平原地域は寒すぎて入植者が極端に少なく、それ以外となったら一年のほとんど、あるいは年中を通して氷雪の世界だからである。全土が常に氷に閉じ込められた北極大陸塊ほどではないが、ひとが生きるにはあまり向かない土地。また中央大陸以外の土地からは遠いという事もあり、非常に広大であるにもかかわらず、どこの国家権力も積極的に関心を持っていない。

 ところがこの北部大陸、かつての旧帝国時代には温暖で肥沃な土地だったとも言われる。

 詳しいところは不明だが、それを裏付けるのが遺跡の数である。確かに発見された遺跡、痕跡のみを残す遺跡、そして存在するようだが氷漬けだったりいろんな理由で接近できず、正体のわからない遺跡など、とにかくこの北部大陸には大量の遺跡が存在するのである。そしてそのほとんどが旧帝国時代のものだろうと言われており、しかもその設備の一部は今も生きているという。

「まぁ、確かに生きてるんでしょうね」

「そうだね」

 巨大なノーザ大橋。海峡にかかるその巨大な橋をとぼとぼと歩くふたりの小娘。ほむらぶとヒルネル。

 前を見ても後ろを見ても誰もいない。対岸はまだまだ遠く、また橋を横切るように常に西から冷たい風が吹き付けていた。今は止んでいるが最初は雪混じりのミゾレが吹き付けており、北に向かうという確固とした目的がふたりにもしなかったら、天候回復するまでソーヤで連泊を決め込んだかもしれない。

 それほどの巨大な橋なのに。

「明るいねえ」

「うん」

 柔らかい白色の外灯が定期的に灯っているのだ。

 昼間なのに作動しているのはソーヤの人たちいわく、天候の悪さで視界が悪いせいだという。なんでも普通の昼間はきちんと消灯し、夜間と視界の悪い時だけ点灯するのだという。

 それらはすべて自動。

 そんなものが作動しているという事はつまり、電力供給源があり、そして保守されているという事だろう。エネルギー自体は太陽光などで得られるかもしれないが、悪天候が連日続く事もあるこの土地柄には向かないようにも思えるし。

 それに。

「これ、誰かが保守してるね。たぶんだけど」

「そうなの?」

「うん」

 なぜか自信満々にヒルネルが言った。

「とりあえず行こう。せめて夜がくる前に、あのたくさん光ってるとこまで行きたいし」

「そうね」

 ヒルネルの指さした先……おそらくは橋の中央付近に、何かきらきら輝くものが見える。何かの設備のようだ。

 なんとなく、それはどこかで見たような気のする風景だった。

 

 

 

「それにしても、不思議ね」

「何が?」

 冷風吹きすさぶ、洋上の橋の上。とぼとぼと北に向かい歩く防寒服姿のふたりの少女。ある意味シュールな光景だった。

「まだ生きてる設備もあるのに、どうしてどこの国も狙わないのかしら?」

「学者の派遣くらいはしてるはずだけど、そういう意味でなく?」

「うん」

 ほむらぶは情報には(さと)いが技術そのものには明るくない。そのあたりは平均的女性のそれだった。

 そして現在の世界情勢はヒルネルの専門外だが、技術的側面ならば比較的得意だった。

 ふむ、と首をかしげたヒルネルはひとつの仮説を出す。

「利用価値がないから、じゃないかな?」

「利用価値がない?」

「うん」

 ほむらぶの疑問を「あくまで推測だけどね」とヒルネルは引き取った。

「たとえばだけどさ、日本のケータイをツンダークに持ち込んで使うには何が必要かな?」

「え?んー、コンセントと……」

「うん、あとは無線で使える電話網(でんわもう)だよね」

「でんわもう?」

 いまいちピンと来ないらしい。

 ヒルネルは苦笑すると話を続けた。

「ほむちゃん、ほむちゃんも使ってたと思うけど、あの小さいケータイだけで世界中とお話できるわけじゃないのはわかるよね?」

「あー、うん。基地局っていうのがいるんだっけ?」

 基地局という言葉はかろうじて知っているが「それがないとケータイが使えない」という以上の認識はないようだ。

 よくそんなので情報ブローカーなんてできるなぁとヒルネルは内心苦笑するが、逆にいうと、門外漢の技術に対する認識なんてのはそんなものだろう。

 若いころ(・・・・)、交換系のシステム構築やプログラミングの仕事をしていたヒルネルとしてはちょっと複雑だったが。

「誤解を承知でざっくり簡単にいうとね……ケータイの電波を基地局が捕まえるでしょう?でもね、その基地局にも上位の存在がいるんだよ。で、その上位のシステム同士がすごい速さで通信してるわけ。何番のケータイが何番にかけた、そのケータイはどこにいる?よし、鳴らせーみたいな感じで」

「へぇ」

 ほとんど理解してないとまるわかりの反応だった。しかしヒルネルも負けじと話を続ける。

「まぁ、難しい事はいいよ。重要なのは、あの小さな携帯で便利なサービスをあれこれ提供するためには、その裏で信じられないくらい巨大なシステムが連携をとりつつ自立稼働していたんだと理解してくれれば」

「うん。わかった」

 最後のイメージだけではあるが、とりあえず理解したらしい。

「利用価値の話に戻るけどさ、これでもうわかったと思う。旧帝国のこういうオーバーテクノロジーをそのままツンダークの各地に移植して、それがそのまま使えるかというと」

「電波もないし充電もできないのにケータイ持ち込むようなもの?」

「うん、そういうこと。サービスは受けられない、充電もできない、壊れても修理できない。ほら、使えないでしょ?」

「なるほど。わかった」

 今度こそ納得げなほむらぶに、ヒルネルはちょっと満足そうに、だが二度苦笑した。

「まぁ、だからこその学者の派遣なんだろうけどね。

 確かに今は使えない、でも将来的には宝となるものがあるかもしれない。数学みたいなものかな」

「なるほど」

 そのたとえは、ほむらぶにもわかりやすかった。

 ほむらぶは、自分が理系に向いてるという意識はない。だが、数学のような学問が今すぐ役立つような種類のものでなく、何世紀もたってから唐突にひとつの理論が脚光を浴びる事があるような、そういう地味でなおかつエキサイティングな側面をもつという事は知っていた。

「『数学』でわかるんだ。ほむちゃん、何か本でも読んでた?」

 ほむらぶの反応に彼女が理解したらしい事を悟ったヒルネルは、ふとそんな質問をするが、

「ん。時間を越えるってよくわからなくて」

「あー……それもまた、ほむ愛ってか」

「ええそうよ。悪い?」

「いや、むしろ納得したかな」

 どこまでも大好きなアニメキャラから離れないほむらぶの歪みなさに、ヒルネルはふたたび苦笑した。

「とにかく急ぎましょ。このままだと休憩所につくまでに完全に夜になりそうだし!」

「そうだね」

 ちょっぴり生暖かい目線のヒルネル。その目線にどこか年長者のそれを見るようで、微妙に眉をしかめているほむらぶ。

 だが彼女(ほむらぶ)は気づいていない。

 そう。

 幼女じみた今の外観、そして元々のアバターの青年姿に惑わされがちだが、実は、ヒルネルの実年齢はほむらぶの二倍やそこらでは効かない事を。

 そして、

「……」

 ほむらぶを親しく見ているヒルネルの目線に少しずつ、少しずつ……もっと生暖かい、湿った感情が入り込みつつある事にも。

 ただし。

「……」

 ヒルネルがそんな目線を向けるたび、それを察知したアメデオがほむらぶの肩ごしに睨みつけてきて、いまいちそれ以上進めないのも事実ではあったが。

「……」

 ごくり。

 なかば無意識に、ヒルネルの喉の奥が渇望の音をたてた。 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 さて。ここで少しだけ未来の事に触れよう。先日の暗殺者の件である。

 あの事件から二週間ほどたったある日、その激震は起きた。

「失敗だと!?」

 ここは西の大陸。かつて自治厨と呼ばれたプレイヤーたちが中心となっていた西の国の大統領室である。

 西の国ではプレイヤーたちの意見を取り入れ、米国のように大統領府を頂点に置いた議会制民主主義を取り入れていた。他の国同様、ラーマ神の影響はもちろんすべてに及んでいるものの、神に頼らず自分たちの力でこの世界を切り開くのだという、自立心の強いプレイヤーに強い影響を受けた者達の国。実際、その政策はある意味成功していて、現ツンダークの中では最も科学レベルが高いのはこの地域だとされている。

 それは、いろんな意味で奇跡的な事だった。

 いかに「限りなく現実に近い」VRMMOとはいえ、その世界に存在しないはずの政治体制をまるごとひとつ、しかもプレイヤーたちの力で再現したというのだ。間違いなく空前絶後であり、その偉業はVR仮想世界の歴史に残るほどのものだろう。ましてや、そのプレイヤーたちは「自分たちがINできなくなった未来」を見越して自分自身は矢面に立たず、あくまで黒子に徹しつつ運営のノウハウをNPCに伝え、時には協議しつつやってきたというのだから。無論、年月のかかる部分の短縮にプレイヤーとしての技能を部分的につぎ込んではいるものの、結果的に彼らの作った国家体制はツンダークサービス終了という試練を超えて生き残り、今や西の国はツンダーク唯一の議会制民主主義国家として成立している。これは誇るべき奇跡といえよう。

 ただし、当然だがこれはいい事ばかりではない。

 突然に「進歩的な」社会体制を得たという自負は、彼らの目をくらませる。そも、これらを伝えたプレイヤーたちの大半が民主主義こそ進歩だと盲信している部分があったから、それを教えこまれて育ってしまった彼らが自分たちと他の国々をひきくらべ、自分たちこそ世界のリーダーだと勘違いしてしまったのもある意味仕方のない事だ。資本主義的競争原理で支配的地域が国の枠を超え、他地域へと広まりだしている事もまた、彼らの「自分たちが一番」という選民意識を助長してしまう。

 その結果が、自分たちの「進歩した」学者以外を北部大陸から排除する、という極端な行動に彼らを駆り立てていた。

「これは困りましたな。無学の輩などに貴重な古代文明の遺産を蹂躙させるわけにはいかないというのに」

「全くです」

 彼らはこの国の大統領、そしてそれを支える知識階層の者達だった。

 いわゆる『新住民』をも含んでいるが、ほむらぶたちのような純正のプレイヤーは誰も居ない。西の国にいたプレイヤーたちの中でも内政で活動していた者たちの多くは、ある意味国家運営のシミュレーションを集団でやっていたようなものといえるが、彼らはツンダーク終焉に際してこの世界に残ろうとせず、また最後の運営の居残りのお誘いにも呼応しなかったからだ。ここにかろうじている『新住民』は、それでも居残りを希望した、ごく一部の住民の『気まぐれ』の結果であった。

「かの超文明の遺産は誰のものでもない。そして今の世にはあれを有効利用する準備が整っていない。だからこそ専門の学者以外の研究をさしとめ、北部大陸への人の入りを制限していたというのに」

「全く。世界の謎とか言い訳だけは達者ですな。中身はただのお宝泥棒の分際で」

 どうやら、彼らの狙いはヒルネルらしい。お宝狙いとか妙な誤解をされているが。

 誤解のないように言っておくが、彼らのいうお宝泥棒というのも確かに実在する。そして彼らの泥棒排除政策自体はきちんと成果をあげていて、かつてのエジプトのように墓荒しに荒らしまくられるような事態も最低限に収まってはいるのだ。

 ただし、残念な事にその想いはかつての大英帝国、あるいは現在の米国のような状態になっている部分もある。つまり、最も重要なものは、最も繁栄している自分たちが管理する事こそ正しいという思いあがりだ。そんなところまで似てしまうあたり、やはり人間の(ごう)はどこにいっても変わらないという事か。

 話を戻そう。

 彼ら西の国はヒルネルを、そうしたお宝狙いのならず者と勝手に断定した。そして暗殺の専門家にヒルネルたちを襲わせたわけだが、その試みは失敗したようだ。実行者はモニョリの街に全裸で現れ、追い剥ぎにでも追われたのかと尋ねた門番に対し、若い娘を襲ったが逆に身ぐるみ剥がされ殺されそうになったと真っ正直に告げたという。身柄はモニョリの騎士団に押さえられた。もっとも職業意識から決して依頼元を白状はしてないそうだが、現状ではあらゆる方法で自白をさせる事を試みた後、処刑されるであろうと推測されている。

 だが、この作戦は彼らの完全な作戦ミスだったと言えるだろう。なぜなら。

「まさか、ふたりとも『居残り組』の異世界人とは。いかに有能な暗殺者といえど、単独で敗れたのも無理はない」

 そうなのだ。

 彼らはヒルネルの事を、外見こそ幼いが優れた魔法使いである事くらいしか掴んでおらず、道連れの錬金術師がほむらぶである事も認識していなかった。ふたりが急ぎ旅だった事、ヒルネルの方に目がいっていて当初、ほむらぶについてはノーマークだった事により情報が錯綜していたのも事実なのだが、もしふたりとも異世界人で、しかもほむらぶが複数のギルドに強力な伝手(つて)を持つ人物でもあると知っていれば、職業暗殺者など安易に差し向ける事はしなかったろう。

 だがもう遅い。

「この期におよんでは、非常事態として出兵も辞さない覚悟で行動する必要がありそうですな」

「無理を申すな。二人組のひとりは複数の多国籍ギルドにおける重要人物ですぞ。うかつな討伐などすれば断じられるのは我が国の方になってしまう!」

「ですな。いかに正義が我らにあろうとも、周辺各国のすべてをみすみす敵に回す愚策はとれぬ」

 そんな感じで、ああだこうだと意見を飛び交わせていた面々の中。

「ならば、賞金をかけるのはどうかな?」

「!?」

 今までずっと皆の話を聞くだけで、じっと黙っていた男の発言だった。

「大統領!いきなり何をおっしゃるのです!」

「賞金稼ぎなぞの手を借りるなど、民主主義社会の担い手として時代の最先端を進む我が国としては……」

「わかってないね、エディバラ君。だ・か・ら・じゃないか。ん?」

「?」

 周囲の者達の疑問げな顔に、大統領と呼ばれた男は「やれやれ」と肩をすくめた。

「我が国は議会制民主主義をとっておる。もう少し簡単にいうと、民の間から代表をたてるというプロセスを踏む事により、可能な限りストレスなく民意を汲み上げ、それを政治に反映する事で成り立っておる。

 ならば、その民意をもり立て、追い風にすればよいではないか?

 知識階層はともかく、一般民衆にとって賞金稼ぎは粗暴ではあるものの、特に高ランクともなれば英雄に準じた人気をもつ者もいる。ならば彼らの人気を利用し、かの娘たちをこの世に災いをもたらす魔女姉妹と宣伝すればどうなる?」

「……なるほど。魔女を討つべしという声があがりますな。もちろんやり方次第ではありますが」

「搦手で攻撃というわけですか。なるほど、うまくやれば我らはなんの手もくださず、主権者である民や外来の冒険者の手で討伐できますな」

「いかにも」

 どうやら、世論を煽ってヒルネルたちを始末する、という方向に話が進んでいるようである。

 その考えは、確かに正しい。

 だが彼らはひとつだけ重要な事を把握していない。だから彼らの作戦はなかなかうまく実行できず、結局はお流れになってしまう事になる。

 そんな彼らの失敗は長い目でみれば、彼ら西の国にも、そしてヒルネルたちにも結果として、よい未来をもたらしたと言えるだろう。

 しかし、それはまた今回とは別のお話である。


すみません。次回はもう少し早めに更新したいです。


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