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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
34/106

北へ行こう(3)

あけましておめでとうございます。

 トンネルをぬけたらそこは雪国だった、というのは有名な言葉だが、彼女たちの前に展開されたのはまさにそういう光景だった。

 ただし、

「さむっ!」

 現実の雪国の寒さも共にあった。

 上空の強烈な寒気にさらされた冷たい北風は半端なものではない。それは雪国でそれに慣れている人々ですら音を上げる事があるものだから。

 嘘だと思ったら、旭川や釧路といった北国の人に、年内で最も寒い季節についてたずねてみるがいい。帰ってくる返事が真冬のそれとは限らないことをあなたは知るだろう。

 寒さとはそういうもの。あくまで主観なので、温度計の数値を過信してはいけないのだ。

 さて、そんなわけで。

「昼過ぎにはソーヤにつけそうですね」

「この天気で問題ないんですか?」

「馬はこのくらいの地吹雪なら問題ねえんでさ」

 晴天に吹きすさぶ地吹雪。人間では寒さ以前に見晴らしがきかないものだが、馬たちには特に大変でもないらしい。事も無げに進んでいくさまは、とても頼もしいものだった。

 ほむらぶはとりあえず安心すると、地吹雪が吹き荒れる窓に目を向けた。

 そも、地吹雪とは地上の雪が強烈な寒風に吹き飛ばされているもの。だから上空は透き通った青空なのだが、ひどい場合は走る車の運転席から窓のワイパーすら見えなくなってしまう。しかも風の強さは子どもが呼吸困難で死ぬほどなのだ。北海道の幼稚園などでは、地吹雪の日はお休みにしたり半ドンにする事もあるといえば、その苛烈さが伝わるだろうか?

 その碧さと周囲の白い地吹雪が寒さをよけいにかきたてる。こうして窓を閉じていてさえも、その冷たさが伝わってくるほどだった。

 ぶるっと一瞬だけ震え上がる。身体にまとわりつく寒気が少し流れた気がした。

「寒そうだね」

「寒いよ」

「あっためてあげようか?」

「いい。アメデオがいるから」

 微妙な間を含んだヒルネルの申し出に、不思議そうな顔をしつつ即答した。

 猿は寒さに弱い。アメデオはかわいそうに、さっきからほむらぶの背中にはりつきっぱなしだった。リュックの中から顔だけは出しているが、ぼく、はなれないもんねと無言で主張していた。

「しかし、見事に気候変わったねえ」

「旧帝国時代には温暖な平原だったって言われてもしんじられないよね。伝説になるのも道理かな?」

「うん」

 歴史を知るヒルネルだって、こうしてまのあたりにすると信じられないようだった。この寒そうな土地が昔、温暖だったなどと。

 しかもその原因となったのが、ひとの作った兵器であるなどと。

「南からの温かい風をせき止めるだけじゃなくて、北風を煽ってさらに冷やしてるともいうよね」

「気象関係は専門外だからよくわからないけど、そうなの?」

「うん」

 まぁ、そこいらの結論はいずれ学者が出すだろう。

 今のふたりにはそんな事より寒さのほうが重要だった。ヒルネルは種族の問題で平気なのだが、ほむらぶはそうはいかないのだから。寒いのはアメデオだけではないのだ。

「それにしても地吹雪がひどいわね。珍しいわ」

「いつもってわけじゃないんですか?」

「もちろんよ。いつもこれじゃあ人は住めないでしょう?」

 老女が穏やかに微笑んだ。

「それにしてもひどいわね。何かなければいいのだけど」

「ですね」

 老女の言葉にヒルネルがうなずいた。

 この天候自体も問題だったが、この悪天候を見越して犯罪を働く者はもっと厄介なのだ。警戒するに越したことはない。

「ほむちゃんも注意しててね。何か見つけたら、取り越し苦労とか思わず何でも教えてね、いい?」

「ええ、わかってるわ」

 何もないのが一番。それは確かにふたりの共通意見だった。

 そして実際、ソーヤの町につくまでは平和だったのである。ソーヤに着くまでは。

 

 

 数時間後。予定時刻を少し遅れ、午後少し遅目になってから一行はソーヤに到着した。

「ソーヤ〜、ソーヤ〜!」

「皆様、お忘れものなどなさいませぬよう。そーや〜!」

 御者たちの掛け声が響き渡る中、乗客たちはそれぞれの手荷物と共に乗合馬車から降りた。

 中央大陸最北の町『ソーヤ』。ここより北には海峡をはさみ、その向こうは謎多き北部大陸となる。また寒い町でもあるので、いくつかの点で中央の方とは違った街並みだった。

 たとえば、中央通りの景観の異質さ。

 中央大陸では基本的に、多くの建物には軒下が存在した。通行人は雨の降る日など家々の軒下をつないで走ったりもするのであるが、このソーヤでは建物に軒下がほとんどない。雨を防ぐ事より、風雨や雪をいかに防ぐかを考えているせいだろう。

 決して多くない住民の服装も違う。いかにも防寒に役立ちますといった思い思いの格好で子供すらも遊んでおり、たとえ幼児でも半裸でウロウロしたりはしていない。

「ふう。さすがに風が冷たいわね」

 ほむらぶも防寒服をきっちり着こみ、それでも寒そうだった。

 その横にいるヒルネルも防寒服を着ているのだが、彼女は寒そうどころか全く平気な顔だった。それもそのはず、ツンダークの吸血鬼は炎に弱いぶん冷気には非常に強く、よほど極端な寒冷地でない限りはまったく問題にしないのである。その点、両者は非常に対照的だった。

「お疲れ様。はいこれ」

「今ばかりはヒルネル、貴女がうらやましいわね。ありがと」

 ヒルネルから温熱効果のあるマフラーを受け取り、ほむらぶは小さく微笑んだ。

 老女たちは、このままソーヤの村長宅に向かうようだった。ほむらぶは老女たちと共に村長と逢ってくるという事で、ヒルネルは先にソーヤの北はずれに向かっていた。

 山地に入って消滅していた大陸縦貫道(トランスランド・ロード)だが、ここソーヤから復活する。もっともソーヤの北にあるのは海峡であり、そこにあるのは巨大な橋梁(きょうりょう)なのだが。

「これは……渡るのは半端じゃないねえ」

 大陸縦断橋(たいりくじゅうだんきょう)。別名、ノーザ大橋。

 その名に恥じない巨大な橋だった。わずか20kmもない向こう岸、つまり北部大陸が風景の向こうに見ているのだが、ソーヤの町外れに接岸しているそれはまっすぐに北部大陸に向かって伸びている。

 つまり、長さ20kmに達する海峡大橋という事だ。

「トラス構造かな?」

 トラス構造とは地球の近代橋梁(きょうりょう)によくある形で、三角形を集めたような形になっている。ワーレントラスなどいくつかの種類があるが、三角系が基本になっている事じたいは変わらない。

「横風が強いね」 

 狭い海峡は荒れていた。

 特にこの日は、西から東に向かって強い風が吹いていた。波が橋を乗り越えるような荒れ方こそしてないしトラス構造の骨組みが手すりの代わりになるだろうが、安心していいわけではない。

「ふう」

 ためいきをひとつついた。そして、向こう岸を見たまま目をクワッと見開く。

「……」

 ヒルネルは確かに戦闘向けではない。

 だがそれは魔術師として劣っているという事ではない。

 むしろ、戦闘力について考慮しない部分をすべて特定の魔法種別に割り振っている部分は小さくない。特技のひとつである幻惑などは吸血鬼の種族的補正で大幅強化もされているわけで、本当にヒルネルがゼロから鍛え上げた能力はむしろ、探索や分析に関するものだといえる。そしてそれは世界の謎を追う者として必須の能力でもあった。

「……」

 向こう岸に、何か巨大なものを感じる。

 ひとつは人間ではない。おそらくは『迎え』なのだろうとヒルネルは考えた。

 だが、もうひとつはなんだろう?

「お待たせ」

「……お疲れ。早かったね」

「ええ。田舎だからね」

 ふと気づくと、ほむらぶが隣にいた。

「何か問題あった?」

「橋の向こうに何かいるよ。お迎えっぽいモンスターの気配もあるけど、それ以外にも」

「お迎えって……こんな遠くから気配を感じるわけ?」

「うん、まぁそんなものかな」

「あきれたわね」

 ほむらぶが困ったように苦笑した。

「で、そっちはどうだったの?」

「隧道で出会ったアレの件だけど、背景らしいやつの情報がつかめたわ」

「へえ?早いね」

「なりふり構わず動いてるみたいでね。これ以上なく目立ってるみたい」

 基本的に情報屋のうえにギルドつながりもあるほむらぶは、短い時間でも多くの情報を得る事ができた。

「目的はわかった?」

「ええ。まだ憶測だけどね」

 そこまで言うと、ほむらぶは前を向いた。

「そう」

 ヒルネルもその言葉を飲み込み、ふむと頷いてから前を向いた。

「ところで知ってる?」

「何かしら?」

「たぶん、今日あたりお正月」

「そうなの?」

「うん」

 あら、とほむらぶは肩をすくめた。

 ここはツンダーク。その暦は地球と似ているが同じではない。そしてツンダークの暦では今は正月ではない。

 つまり、ふたりの言う正月とは日本のそれ。

「おめでとう?」

「おめでとう」

 ふたりは少しだけ目を向け合い、そしてクスッと笑った。


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