表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
33/106

北へいこう(閑話・モスタラー隧道4)

モスタラー隧道編はこれで終わりです。

 なんとも言えない混沌の温泉が終わり、皆はくつろいでいた。

 男たちはそれぞれに談笑したり飲み食いしている。この程度の順延は旅には当たり前の事であるから慌てる者も怒る者もいなかった。

 現代日本の旅行事情を思えば非常にのどかに思えるかもしれないが、だがそれはある意味偏見というものだ。たとえば日本においても、航空便がないうえに船で25時間半かかる小笠原諸島に旅するのはやっぱり日単位、もし何かあったら週単位の話になりかねない。つまり飛行機や高速鉄道に慣れすぎているだけの話で、現代地球でも本来の旅の時間の流れはツンダークのそれと大差ないのである。

 さて。そんなこんなをしているうちに一同は眠くなってきた。

 幼児であるチロはとっくにおねむであり、保護者である老夫婦もまた然り。ただヒルネル・ほむらぶコンビはこの隧道を出てからの打ち合わせがあった。アメデオはリュックの中でとっくにおやすみ中だが、夜行性であるロミはアメデオと成り代わるように元気であった。時々戻ってきてヒルネルの肩に張り付いている他は、ちょっと興味をひくものがあると、パタパタ~っと羽音を響かせて確認にいき、また戻ってくる事を繰り返している。

「それで、ソーヤに着いたらその先はどうするの?」

「大陸橋を渡ったら、迎えが来ているはずなのよね」

「迎え?」

「そ。例のサトルくんのお仲間のモンスターがね」

「へぇ。種族は何なの?」

「わからないわ」

「わからない?」

「うん」

 ほむらぶの言葉に、ヒルネルは首をかしげた。

「それで大丈夫なの?」

「メイもそうだけど、テイマーってどうにもそういうとこアバウトな人が多いみたいね。動物とばかり交流しているせいなのかしら?」

「……言葉以前のものばかりやりとりしてるって事?」

「そうね。よくわからないけど、そうなのかもしれないわね」

 テイマーではないしテイマーの友達もいないヒルネルだが、ほむらぶの言わんとする事はわかるような気がした。

「まぁ、それについては今悩んでいても仕方ないわ。注意している事にしましょう」

 そう言うとほむらぶは立ち上がった。

「もう寝る?」

「ええ。貴女はどうするの、ヒルネル?」

「もう少し起きてるわ」

「大丈夫?」

「ええ」

「……そう」

 ほむらぶは少し考えるようなしぐさをしたが、思い直したように「それじゃあおやすみ」と何か含むように言い、そして馬車に戻っていった。

「……」

 ヒルネルはしばらくじっとしていた。ロミもヒルネルにつきあうように静かにしていたが、

「出といでよ。用があるんでしょう?」

 そう、近くの物陰に向かって声をかけた。

「ほう。わかっていて相棒を逃がすとは殊勝なこった」

 何かを勘違いしたのか、そこからひとりの精悍そうな男が現れた。

 密偵のようだが、おそらくただの密偵ではないのだろう。他になんの気配もない事もあり、おそらくは単独任務を得意とするタイプと判断した。

 ツンダーク式の密偵にはいくつかの種類がいるが、このタイプが最も厄介だ。共に動く仲間を持たず、たったひとりであるがゆえに見つかりにくい。そして戦闘になったとしても一騎当千の猛者が多い。一筋縄ではいかない相手なのだが。

 だがしかし、ヒルネルは特に怯えてはいなかった。

「どこかのギルド関係者かと思ったけど、まさかの国家関係か。この期に及んでバカを送りつけるやつがいるとはね。ツンダークの国家関係ってもしかして能なし揃いなのかしら?」

 男はヒルネルのためいきが理解できないようだった。

 しかしそれ以外の行動は確かにプロにふさわしいものだった。そのまま無言で正確に、ヒルネルに向かって斬りつけてきたからだ。余計な一言もナメた発言もない。そのへんはただの暴漢とは違うという事だろう。

 派手な音も何もなく、その一撃は行われた。ヒルネルはその瞬間、首から胸にかけてばっさりとやられた……はずだった。

 だが。

「なるほどねえ」

「!?」

 背後からヒルネルの声がして、男は一瞬眉をしかめた。

 おかしい。では目の前にいるターゲットは誰だ?

 そして、続けて反射的にその声の主に向けて攻撃した。視線すらも向けないまま。

「へぇ、すごいねえ。ほとんどタイムラグなしで対応できるんだ。こわいねえ」

「!?」

 また別の方向から聞こえる。

 そもそも、男は出てこいと声をかけられた時点でヒルネルの術中であった。

 ほむらぶもそうだが、ヒルネルはこういう事で決して冒険しない。相手をわざと呼び出して挑発する事もないわけで、わざわざ声をかけて呼び出したという事はつまり、すでに打つべき手は打ったという事に他ならない。

 だから、その事に気づけない時点で男の運命はもう決まっていた。

「うーん。とれそうな情報は特にないみたいだねえ。はい、ストップ」

「!?」

 男の体が、その意志に反して停止した。

「はい、そしたら元きた道をたどって隧道の外に出てね。外に出たら道路を汚さないように道を外れてから、自分の首を刃物でかっさばきなさい。そこまで終わったら山の方を向いて座って、意識がなくなるまで笑い続けなさい。いいわね?」

「……その命令は実行できない」

「あら、どうして?」

「催眠などで操られた場合への対応として、自害の類が禁止されているからだ」

「そ、だったら自害するのは勘弁してあげる。外に出たら服を全部脱いで道端に畳んで放置なさい。そして街道を歩いてモニョリまで移動なさい。ちょっとお腹がすくかもしれないけど、まぁ危険はないしあなたなら簡単でしょう?」

「わかった」

 ちなみに危険がないのは事実である。ここからモニョリまでの大陸縦貫道(トランスランドロード)は事実上の安全地帯で、餓死したり足を怪我しない限りはまず問題にはならない。お金もないので歩くしかないわけだが、彼がモニョリに着く頃にはヒルネルたちもソーヤに着いているだろう。つまり依頼人の仕事は失敗に終わる。

 だが、もちろんこれには裏もある。

 はっきりいえば、こんな形で全裸で帰還すれば暗殺者としての商売はもうできない。それどころか、こんな事をすれば確実に目立ってしまうわけで、依頼主が口封じに彼を殺しに来る可能性も高いだろう。

 つまりヒルネルがやったのは、この場で殺さないというだけで事実上の死刑宣告であった。

 だが。

「ひとつ頼みがある」

「へ?あなたが?何かしら?」

「俺の命運がもう尽きるというのなら、せめてこれだけは頼みたい」

 男は懐からひとつのお守りのようなものを出し、そしてヒルネルに手渡した。

「何これ?」

「我が家に伝わっていたものだ。旧帝国の貴族の紋章らしい事、それから『これを持ち帰れ』という古い言い伝えだけが残されていた。だが、どこに持ち帰ればいいのか、どうすればいいのか、俺にはとうとう最後までわからなかった。

 俺がここで終わりというのなら、おまえに託したい。おまえが無理なら学者でも何でもだれでもいいが。

 どうだ。引き受けてもらえまいか?」

「私に託す意味は?」

「おまえの事は仕事を受ける前から知っていた。だが小娘の身で世界の謎に挑むなど、眉唾だろうと高をくくっていたのだ。今にして思えばまったく愚かな話だが」

 そういうと、男は頭をさげた。

「代金は払えない。強いていえばこの武器くらいしかないが、これは使い込んでいるというだけで業物ではない。大した金にもならんだろう。

 本来、こんな事を頼めた義理ではないのはわかっているが」

「そう」

 ヒルネルは少し考え、そして、そのお守りのようなものを受け取った。

「わかった、これは引き受けましょう。それから、ひとつ言いたい事があります」

「なんだろうか?」

 ひざまづく男にヒルネルは小さく微笑んだ。

「私は、これが何かだいたいの想像がつくわ。まぁ、あてずっぽだけどね」

「な……それは本当か!?」

「ええ。それに、かりに間違っていたとしても確認の手配もできそうだし、少なくとも『これが何か』の解明には問題ないでしょう」

「おお……おお!」

 男の目から涙が流れだした。

「そこまでいえば、あとは私の言いたい事もわかるでしょう。おまえは、自分が追い求めていたヒントをむざむざ殺そうとした。そうよね?」

「ああ、そのとおりだ」

 がっくりと膝をついた男。

「私だけじゃないわ。今まで何人殺してきたのか知らないけど、その中にも、もしかしたらこれを解明するヒントをもつ人物がいたかもしれないのよ?その意味はわかってる?」

「ああ……よくわかったとも」

「そう」

 そこまで言うと、ヒルネルは男の顔をのぞきこんだ。

「モニョリまで歩く間、その事を考えながらいくといいわ。そして、無事生き延びられたらどうするかもね」

「そうだな。わかった」

「いい返事ね。さ、行きなさい」

「ああ」

 そう言うと、小さくお辞儀をして、そして、歩き去っていった。

「……」

 小さくなっていく男の背中を、しばしヒルネルは見つめていたが、

「終わったみたいね」

「うん」

 いつのまにか戻ってきたほむらぶが、ヒルネルの横でつぶやいた。

「どうして彼を助けたの?ここで殺さなかった理由はわかるけど」

 幼児もいるこの場で血しぶきをまき散らすのは避けたい。ほむらぶの立場でもおそらくそうしたろう。

「ここで殺すと失敗がちゃんと伝わらない可能性があるでしょう?モニョリまで辿りつけなかったとしても伝わる確率はこのほうが高いと思う」

「そっか。それだけ?」

「?」

 ヒルネルは「どういうこと?」と言いたげな顔でほむらぶの方を見たが、

「ほむちゃん、変な顔」

「ひどいなぁもう」

 にやにや笑いのほむらぶの顔を見た時点でその意味をなんとなく悟り、ためいきをついて話を流すのであった。

 

 

 翌朝になった。

 ほむらぶたちは異様な涼しさを感じて目覚めた。ヒルネルはとっくの昔に起きていて、隧道内の熱波が明け方に消え去った事を告げた。

「ロミが出口まで飛んでいって確認したわ。まもなくドワーフさんたちの知らせも来ると思う」

「そっか。順調に行ったのね」

 どうやら熱対策もできたようだと、一同は胸をなでおろした。

 やがて作業着姿のドワーフたちが現れ、問題が解決した事が正式に告げられた。

 出発前という事で保存食中心の簡単な食事となった。ふたりが初めてソーヤに向かう等の話であれこれと旅の注意、特に寒さについての話が出た。皆の親切にふたりは「ありがとうございます」と素直に返事をし、終始賑やかに時間は過ぎた。

「そんじゃ、そろそろ行きますか」

「皆さん準備はよろしいか?忘れ物等ございませんか?」

「出発、しゅっぱーつ!」

 モニョリを出た時のように大声で伝え合い、そして馬車たちはゆっくりと隧道の中を出た進み始めた。

「風が冷たくなってきたね。なんとなくだけど」

 この向こうは中央大陸の一部であるものの、もう気候的には北部大陸に近い。政治的にもこの山地の向こうは飛び地のような扱いで、中央の声も届きにくくなる。

「壁のむこうに魔力が集まってる」

「換気システムの横を通過中じゃないかな?構造的に」

「そうなの?」

「たぶん」

 この隧道は一部、広くなったり狭くなったりしているものの基本的に一直線である。

 古いトンネルにもし興味がおありなら、天城越えで有名な伊豆半島の天城山隧道(あまぎさんずいどう)について調べてみるといいだろう。天城山隧道は総天然石でモスタラー隧道に近い構造をしているのである。もちろん天城の方は表面をコーティングされていないし魔法で強化もされておらず、また作業坑と呼ばれる工事用の隧道も並走していないが、モスタラー隧道の構造について視覚的に理解しやすいと思う。特に下田側の出口の方には総天然石の石組みである事など、技術的なことの書かれた看板があり、とても参考になる。

 さて、モスタラー隧道が一直線である件に戻ろう。

 大型のトンネルというやつは常に換気や排水の問題を抱えている。そのため、たとえばトンネルによっては拝み勾配といって、わざと中央付近を高くする構造にして水が中央にたまらないようにしたり、全体にゆるく傾斜したトンネルにしてみたりする。モスタラー隧道の場合は後者を採用したようで、そのため、全体が少し斜めになっている事を除けば、このキロ単位の巨大隧道は巨大な定規で測ったようにまっすぐだ。製作者の設計センスとドワーフたちの技術力がうまく噛み合った結果といえるだろう。

 また換気についても工夫が必要だ。ただでさえ隧道の中では換気が滞りがちなのだが、特に長大隧道ともなると、場合によっては呼吸困難を引き起こすほどに悪い空気が淀む事すらある。もちろんこれはまずいので、双方の気圧配置と気温によって隧道の中の風が停滞してしまわないよう、地熱から変換された魔力で換気装置が数カ所に据え付けられている。

「出口だ!」

 暗くて退屈な隧道の中にいいかげん飽きていたのだろう。前を見ていたチロが遠くの光点を見て叫ぶ。

「あと数百ってとこかな?まだ風は感じないけど」

「うんうん」

 どちらにしろもうすぐには違いない。

 チロほどではないが、ふたりの頬も緩んでいた。地球ではもちろん、ツンダークでものんびりした旅行なんて本当に久しぶりだったのだ。特にサービス終了からこっちはいろいろな事があり、なかなかのんびり休めずにいたのだし。

「……」

 そして、そんな三人の女子供を後ろから見ている老婆も、別の意味で楽しげな顔を隠そうともしていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ