閑話・とある国の王宮の話。
短いです。すみません。
「全滅だと!?」
国王謁見の間に、信じられないと言わんばかりの叫びが響いた。
「女ひとりに精鋭率いて攻め込み全滅だというのか?あのカークス隊だぞ?そんな馬鹿な!」
「それだけではありません!モニョリでも配置していたガードが突破された挙句、冒険者・商人・職人・狩人の4つのギルドに証拠つきで我が国の騎士団がその女を攻撃した事が伝えられておりますれば!」
「潰せ馬鹿者!伝令を飛ばされる前に支所を押さえろ!なんなら皆殺しにしてもかまわん!他国のギルドに広がれば我が国は」
各ギルドは国を超えた連絡網を持っている。狩人ギルドや職人ギルドは本来そこまでの力がないが、彼らを取引相手と考えている商人ギルドが手助けする事で、やはり横のつながりをしっかり持っている。
そのような組織を敵に回せばどうなるか?
答えは簡単だ。それらの組織と敵対したくない各国は、一斉にこの国を見限るだろう。
だが。
「それは不可能ねえ」
「不可能だと?いったいそれはどういう……!?」
男たちの会話の中にボソッと、女の声が混じった。
この場には女はいないはずだった。侍女さえも下がらせていたのだ。いったいどこにと首を巡らせたが、
「誰だ貴様!そこを誰の席と思っておるか!」
なんと、黒いローブ姿の女が玉座に座っているではないか。しかも堂々と。
「誰の席?神様の招いた異世界人に宣戦布告した、おばかさんの大将の席でしょう?……いいけど安物ねこれ」
そういって女は立ち上がると、汚いものでも腰についているかのようにパンパンと叩いた。
「ああやだやだ、妊娠してないでしょうね、汚らわしい」
「き、きききき貴様ぁっ!女と思って見ておれば!」
「はいはい喚かない。そもそも質問があったんじゃないの?」
そういってクスクスと楽しげに笑う。王以外は完全武装している男たちの前だというのに、臆する風もない。
そして、王はそういう態度を示す者を知っていた。
「貴様……異世界人か?」
「ええそうよ、ようやく気づいたの?」
ざわ、と男たちの空気が変わった。
「うん、誰だって言われたわね。それじゃ自己紹介しておこうかしら?」
なんとなく、その女は奇妙な違和感を伴っていた。
その違和感の意味を彼らは知らなかったが、その違和感が王以外の彼ら全員を警戒させた。危険だ、近寄ってはならないと。
「アタシはカフラ。マスター・ウイザードだけど特定ギルドには所属してないわ。ちなみに元の世界での名前は、ハヤオ・カキザキね。たぶんもう会う事はないと思うけど、以後よろしくねぇ」
「ほう」
男たちの中には、日本名からその意味を探れる者は残念ながらいないようだった。
女は、そんな男たちの反応に「つまんないわねえ」と失望したような顔をしていた。だが思い直したように再び顔をあげた。
「ま、アタシの事はこの際どうでもいいのだけどね。
そんな事よりあんたたち、さっきギルドの支所を皆殺しにして情報を伝わらないようにしようって言ってたでしょう?
でもね、それは無理よ。だって、もうとっくに世界中に広まっちゃってるんだもの」
「は?何を言っとるんだ?」
「何を言ってるも何も。そもそもアタシがこのニュース聞いたのって西の大陸、サイゴン王国の魔術師ギルド詰め所なんだけど?ま、そのアシでここまで転移してきたわけなんだけど」
「た、大陸間転移だと!?」
「ハッ、何をくだらん事を。転移魔法で飛べるのはせいぜい見通し距離まで、そんな事は子供でも知っておる事ではないか。ええい、いいかげんにこのおかしな女をさっさとつまみ出せ!」
「やれやれ。ま、いっか。この国がどうなろうとアタシの知った事じゃないし。さて」
そう言うと女は楽しげに笑いつつ、まるで誰もいないかのように平然と歩き始めた。
「この……貴様どこへ行くつもり……!?」
男のひとりが女を取り押さえようとした。だが、まるで幻に触れようとするかのように、触れる事すらできない。
対する女はケラケラと笑い出し、
「あらあら、女を力で捕まえようとか無粋よねえ。そういうオバカさんには、こうかしら?」
そして男の胸に手を突っ込んだ。まるで幻のように鎧も何もかも突き抜けて。
だが、
「!?」
その幻の手が入った瞬間、男は「ぐぉぉ」と苦悶の声をあげはじめた。まるで見えない手に心臓でも掴まれたかのように。
「あーら、随分と年老いた心臓だこと。あなたロクに運動してないんじゃないの?ま、潰しちゃうから関係ないけどねえ!」
「!」
女がそう言った途端、男の身体が一瞬、硬直した。そして目が白目になり、そのままゆっくりと昏倒した。
「む、面妖な!妖術使いか!」
「は?」
男たちの言葉に、女は呆れた声を出した。
「あんたたち、この世界の支配階級のくせにウイザードの魔法すら見た事ないの?」
「なに?」
「あのね。アタシが西の国で教えてる孤児たちだって、簡単な基本魔法くらい半年もかからずサクサク覚えるっていうのに……どんだけ低レベルなのよ?
ひどいもんねえ。なるほど、転移のイロハすら知らないのも頷けるわぁ」
「何?ウイザー?なんだって?」
「魔法使いの上位職の事だけど?知らないの?」
女はゴミを見るような目で男たちをみた。
「ああ、そうか。この国でなんて言うのかはアタシも知らないわね。西の国じゃウイザードっていえば魔法使いの上位職でちゃんと通じるわよ?全属性を極めないと到達できないから、ウイザードってだけで尊敬してくれたうえに、先生してくれないかって相談されたりね。うふふ、こんなアタシがねえ。まさかツンダークで夢が叶うなんてねェ」
馬鹿にしたような笑いが、次第に優しげなニコニコ笑いに変わってきた。本来の女の性格らしきものが見えてくる。
だがそれも一瞬で、何かに気づいたように気を取り直した。
「おっといけない、忘れるところだったわァ。
ねえあんたたち。ほむらぶちゃん……錬金術師の『ほむらぶ』に隷属の首輪をつけて奴隷にしようとしたオバカさんはどこにいるのかしら?そいつに用があって来たんだけど?」
「貴様、いいかげん口の聞き方に「だまれキリア大臣」しかし!」
騒ぐ男たちを王が黙らせた。
「カフラといったな。『ほむらぶ』なる錬金術師の娘、そやつを隷属させようとした男はもうおらぬぞ」
「いない?」
「うむ。もちろん隠し立ててはおらぬ、といっても証明のしようもないのだが」
「え?ああソレはいいのよ別に、アタシ真偽を見抜く祝福持ちだもの、嘘ついてない事くらいはわかるわ。
だけど、いないってどういう事かしら?もしかして逃げた?」
「いや、死んだ。検死した者の結論と目撃者の証言からすると、娘が殺したようだな。あまりの所業に腹をたてて殺し返したのであろう」
「なるほど」
ふむ、と女はつぶやいた。
「そもそも、錬金術師に隷属の首輪なぞ馬鹿馬鹿しいにもほどがある。錬金術師は鍛冶師ではないのだ、部屋に閉じ込めてどうして錬金素材の目利きが養える?全く愚かしい。
だからこそ、平和裏に専属化の打診をせよと命じたというのに、あの痴れ者が」
そこまで言うと王は、大きくためいきをついた。
「だが、部下の不始末は責任者の不始末でもある。ひいては最上の責任者ならばわしの責となろう。
カフラといったな。そなた、わしを討つか?もし討つというのなら、せめて後の事を皆に託す時間をもらいたいのだが」
「王!」
「黙れ!」
まわりの男たちが騒ぎ出したが、王はそれを一声で止めた。
「ふむ……」
女は男たちを見て、そして王を見た。
「ふ、どうやらアタシが出る幕じゃなさそうねェ」
「ほう?それはどういう意味かな?」
「言葉通りの意味ヨ。アタシゃ魔法なら誰よりも得意だけどサ、政やら権力やらには興味がないもの。ほむらぶちゃんに手出ししようとした犯人がもういないっていうんならァ、アタシのやる事はもうないネ」
やる事だけでなく、女の発言もだんだん微妙になってきていた。
発音というか語調がおかしいのだ。まるで無理やり女言葉を使っているような不自然さがあった。
「そうか」
王はひとつ頷くと、一言付け足した。
「もう行くというのなら、ひとつ教えてくれるかな?」
「何?」
「『ほむらぶ』嬢とおぬしの関係かの。もしや、かなり親しい者かな?これは王としてでなく個人的に気になるのだが」
「は?いやいやとンでもない」
ブンブンと音がしそうなほとに首をふり、女は否定した。
「彼女は『元』同志さネ。もっとも、一方的にコッチが同志だと思い込んでいただけなんだけどネ」
「同志?」
「マァ、あんたにわかりやすく言えバ、アタシはあの娘の信者みたいなものサ。本人は知らない事だヨ」
「ほう……」
女は、苦笑するような笑みを浮かべると、
「いきなり騒がせて悪かったネ。そんじゃあね〜〜!」
そのままその姿はぼやけ、そして幻のように消えてしまった。
「……」
「なんだったんだ、いったい」
「誰か!医者を呼べ!」
まわりの喧騒が激しくなった。
だが女と対峙していた王を含む数名は、言葉もなくそこに立ち尽くすだけだった。
自分の出る幕ではないという女の言葉は、そのうち現実になった。
商人たちがこの国に近寄らなくなったのだ。現在のツンダーク世界は地球と違い、食料品のグローバルな流通などは行われていないから飢餓に苦しむ事はなかった。むしろまともに煽りを喰ったのは貴族以上だった。彼らの欲するぜいたく品の多くは入手困難か激烈に値上がりしてしまったからだ。
いい素材が手に入らなくなった職人たちは、活動を縮小するか弟子ごと他国に移動。狩人や冒険者の数も急速に減り、狩り切れなくなった魔物が町をしばしば襲うようになった。居場所を無くした彼らは聖域のある神殿の町に逃げるか、これまた他国に縁故をたどって逃げ出していった。
それは、国王が退位を表明し、国政の刷新を発表するまで続いた。
発表してからも、一度国の外に拠点のできた人々はもう戻っては来なかった。それでも何とか商人が戻ってはきたものの、年単位でいえば国としての力は半分以下に衰えていた。国土も削られ、領地自体も小さくなってしまった。
唯一その中で衰えなかった町といえば。
「おはようございます、ガラムさん」
「やぁミミちゃん、今朝も精が出るな」
「ガラムさんこそ」
「ははは、素材がちょっと足りなくてね」
「ふふ。そういや領主様の人口調査終わったって本当ですか?」
「らしいな。どうやら二倍強で何とか落ち着いたそうだが」
「そうですか。しばらく大変ですね」
「なに、ここは神殿の町だからな。犯罪に走る奴がいるでなし、ただ食料が足りればいいだけの話にすぎない。おかげさまで開墾する土地は確保できたわけだし」
「そうですね。人手の方は大丈夫ですか?」
「農業経験者が多いからな、むしろ多すぎるくらいだ。一部は道路建設にも回ってもらう。あとは土属性の使える魔法使いがいるから、そいつには土台づくりに奔走してもらってるよ。
ただ、生産者が足りない。特に薬師と錬金術師がゼロなのが痛すぎる。
おかげさまで、こっちも魔力回復薬やら傷薬の増産やら、大忙しになっちまった」
「大変ですね……お弟子さんでもとればいいのに」
「いい奴がいればいいんだがね」
「神様にお願いしておきましょうか?」
「それはありがたい。まぁ、手が空いたらでいいぜ?どうせそっちも大忙しなんだろ?」
「そうですね。結婚式がやたらと増えてます」
「ああ、そりゃ大変だ。みんな他の事はともかく、結婚だけは神前でやりたがるからなぁ」
「うふふ、本当ですね」
笑い合うあたり。
国が揺れる中、なかば聖域にあるに等しいこの町はいつだって安全だった。
とはいえ犯罪者は入れないし、その清浄さを不快と思う人も近寄ってくる事はない。神様を敵に回そうという人はこの世界には皆無に等しいので、それゆえにこの町はいつも安らか。
かつてのプレイヤーで賑わった、はじまりの町。空は静かに、今日も晴れ渡っていた。
女「おれのステーキが……」
「柿崎氏、それネタ危ないからやめて! ><;」




