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モンスターといこう  作者: hachikun
世界の謎を追いかけてみま章
25/106

遠話の重要性(2)

 モニョリという名の町がある。ちょっぴり奇妙な名前なのだが無理もない。実は文字通り日本のネット用語「モニョる」が語源なのである。

 β時代、森の近くに住み着いた木工職人プレイヤーがいた。その者を中心に村が出来、町ができた。その者は残念ながら居残り組にはならなかったが、後輩の育成にも精力的だったようで、今ではモニョリの木工品といえば周辺各国の間では有名である。

「ようこそモニョリへ。失礼ですが身分証はお持ちですか?」

「はいどうぞ、狩人ギルドの証明書よ」

 町の入り口で早速門番に声をかけられたが、ほむらぶは証明書を掲げた。それも一般人用ではなくギルド幹部用のもので、戦乱時でもない限り完全フリーパスのものだ。

 ところが、証明書を見た門番は一瞬だけ眉をしかめた。通路も開けようとはしない。

「何?」

「異世界人の方ですか。お名前を教えてもらえますか?」

 はあ?とほむらぶは眉をしかめた。

「あなた証明書見てないの?見たわよね?」

「はい。それでお名前をいただけますか?」

「意味がわからないわ。こっちはギルド幹部なんだけど?なんでいちいち町の入り口なんかで名乗らなくちゃいけないの?ふざけないで」

 ちなみにこれは当たり前である。特に組合やギルドの幹部などは名乗らなくてもいい、むしろ名乗るべきではないと言われている。町の入り口とはいえ、誰が見ているともわからないからだ。目の前の門番も含めて。

 それなのに名前を聞いてくる。これは?

 ほむらぶの表情が一瞬、無表情になった。状況を素早く計算している時の彼女の癖だ。

「すみません。異世界人の方はお名前を伺いなさいと指示を受けているもので」

「質問に答えなさい。あなたは今、狩人ギルドに対して宣戦布告をしようとしているのよわかってる?正式なギルド幹部に町の門前で名前を聞き、聞かねば通さないっていうのはね、国王の命による命令書でもここで読み上げない限りは絶対やっちゃいけない事なのよわかってる?

 指示を受けたといったわね?却下よ、こっちの権限が上なんだからそんなもの知った事じゃないわ。

 ほらさっさと答える!答えないなら今すぐ道をあけなさい!」

「すみません、そう言われても。異世界人の方の場合、お名前を伺わないと通してはならないと指示を受けておりますので」

「しつこいわね、では簡単に言い直すわ。狩人ギルドの人間はモニョリの町には入れないというの?イエスかノーかで返答なさい」

 おや、とヒルネルの眉が動いた。ほむらぶの態度が口調だけでなく、雰囲気まで険悪になったからだ。

「いえ、とんでもありません。もちろん入れますとも」

「イエスかノーかとわたしは言ってるのよ。耳ついてないの?」

 さらに周囲に聞こえよがしに大声をはりあげた。

「イエスです」

「だったら問題ないわよね。さっさと通しなさい、ほら!」

 だが門番は動かない。それどころか慇懃無礼な笑みを作りはじめた。

 なるほどとヒルネルは思った。この男はほむらぶをナメてかかっているわけだ。たかが小娘と見ているのだろうか?

 さて、ほむらぶはどう出るのだろうか?

 すると、ほむらぶはついに表情を変えて高圧的な態度になった。もはや完全に戦場モードだ。

「ふん、よくわかったわ。そっちがそういう事なら最後通牒いくけどいいのね?」

「はぁ、そう言われましても」

 口調は戸惑いだが、表情はもはや完全ににやにや笑いである。のらりくらりと時間を稼ごうとしているのが見え見えになってきた。

 だが、ほむらぶはそれにつきあうつもりは当然ない。

 懐からやたらとギラギラ光るダガーをとりだした。かなり危険な付呪がかかっているのは言うまでもない。

「狩人ギルドの名において命令するわ、今すぐ道をあけなさい。あけない場合、公務執行妨害扱いでおまえを殺して押し通るわ。さあ!」

 門番はここで間違いを犯した。外見だけはただの小娘であるほむらぶの行動を、ただの女のせいいっぱいのブラフだと思ってしまったのだろう。ダガーもただのコケオドシと理解したようだ。

 だが、知らないですむならこの世に犯罪者はいない。

「ははは、そのような態度をとられると、自らのお立場を悪くされてしまうと思いますよ?それにご婦人のなさる顔ではないかと」

「それが答えね、わかった」

 そう言うと次の瞬間、

「!」

 ほむらぶのダガーがフッとブレたその瞬間、男はビシッと奇妙な音をたてて固まってしまった。

「ふう」

 ほむらぶはためいきをつくと、固まった門番にガスッと蹴りをいれて物理的に道をあけた。

「まったくもう。自分の立場くらい正しく認識できないものかしらね!」

「なに、今の。なんかビュッと」

「え?ああ、このダガーって加速化と麻痺の付呪ついてるから」

「そうなの?付呪って2つも込められるものなの?初耳なんだけど」

「ゲームでは無理だったわね。けどこっちの先生に師事したら最上級付呪のところで習うわよ?まぁ、本人しか使えないとか変な制限がついちゃうんだけどね」

「へぇ……」

 なにげにプレイヤーの知らない世界だったようだ。

「それで殺したの?」

「まだ死んでないわ。ああ、でも通さないと殺すと宣言しちゃったんだっけ」

 ふうっとためいきをつく。

「ああいやちょっと待ってほむちゃん、別に無理に殺さなくても!」

「いいえ、宣言しちゃった以上そういうわけにはいかないの」

 ヒルネルの言葉に、ほむらぶは首をふって答えた。

「殺すとはっきり宣言したうえで倒したでしょう?この場合、もしこのまま助けてしまうと、次からどうなると思う?あの女は物騒な事いっても実行しないってこいつが情報広めちゃって、次からはこいつの陣営の全員がそれ前提に動くようになるから。最悪、殺さなくてもいいやつまでどんどん殺すハメになっちゃうのよ?」

「いやな情報共有ねえ。言い切るって事は経験あるんだ?」

「ええ。抑止力って言葉の意味を何度も思い直したくらいはね」

 そう言うと肩をすくめ、そして門番をころがして顔の前にダガーをみせびらかした。

「さて、そんなわけだから宣言通りに殺させてもらうわ」

 そう言うと男の胸元に手をいれ、騎士証を取り出した。

「やっぱりね。門番じゃないのはわかってたけど!」

「あら騎士証!ゆうべ森で襲ってきた人たちと同じエンブレムだねえ!ほんとにニセの門番さんだったんだ!」

 なぜか妙に声がデカい。

 その意義をうっすらと理解したヒルネルも、ほむらぶに合わせて大きな声を出す。いくつかの視線が町からこっちに向いていて、ふたりの声に露骨に反応していた。

「それでどうするの?」

「もちろん殺すわ。この騎士証が本物なら貴族階級だけど、まさか本当の騎士様じゃない(・・・・・・・・・・)でしょう?」

「たしかに、それはないよねえ」

 ヒルネルの反応が苦笑いを含んできた。理由は簡単で、ふたりとも騎士証は本物で、この男もたぶん本物の騎士だと知っているからだ。

 ではなぜニセモノ扱いするかというと、その方が聞いてる一般人には通りがいいからに他ならない。即興で一種の茶番を演じているわけだ。

「じゃあ、どのみち偽証罪で断頭台行きじゃないの。むしろ息吹き返して襲われる前にとどめをさしておきましょう」

「あー、そうよね。でも正当防衛と認められるかしら?」

「どうせこの後商人・職人・冒険者の3ギルドに顔出すのよ?偽の騎士団に襲われて撃退したって申告しとくわよ。変な言いがかりつけられても嫌だもの」

「なるほど。じゃ、そうしよっか」

「ええ」

 そう言うとほむらぶは、男の胸元にダガーをトスッと落とした。

「!」

 その冗談のような一撃に男の身体はビクッと反応し……そのまま死んでしまった。

「はいおしまい。あ、もういいわよ」

「りょーかい」

 大きな声はもういい、という事だろう。わかったとヒルネルも頷いた。

「ちなみにこれ、死因ってどうなるの?」

「心臓麻痺よ」

「心臓麻痺?でも麻痺って」

 いわゆる麻痺の魔法は動けなくなるだけであり、重要臓器の動きを止めて殺すような『麻痺』魔法はないはずだった。

「ええそう。麻痺の魔法って本来、命に関わるようなところまでは麻痺しないわよね?

 だけどね、それは表向きなの。上級技っていうかほとんど裏ワザみたいな方法なんだけどね、麻痺魔法を使って心臓を止める事は可能なのよこれが」

「こわ……そんな裏ワザあるんだ」

「何言ってるの。ドラゴンもしびれるほど麻痺毒ぶちこんでも全然効かないイキモノでしょうが貴女」

「いやいやいや、それでも怖いものは怖いから!」

 ヒルネルはブルッと震え、ほむらぶは「やれやれ」と言わんばかりにためいきをついた。

 

 

「そうですか。今、その件で話しておりましたが、やはりそう来ましたか」

「ええ。悪いけど緊急事態って事でこの国での商売を全て停止するわ。つきあってられないもの」

 門での会話から約十五分後。商業ギルドでの一室。

 ほむらぶが顔を出すや否や、彼女の顔を知る関係者がいきなり立ち上がった。そしてギルドマスター経由で別室に通された。で、今この部屋にいるのはギルドマスターとひとりの老錬金術師、そしてほむらぶである。

 ちなみにヒルネルは部屋の外で休憩という名の警戒中。

「わかりました、誠に残念ですが仕方ありません。ちなみに廃業はなさらないのですよね?」

「当然でしょう?いい場所をみつけたらすぐに再開するわ」

「それを聞いて安心しました。はい、ただちに通達いたしましょう。関係する他業種の工房ギルドにも回してかまいませんか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

「お嬢、職人ギルドの方は行かんでいい、わしがやっておこう。さっさと冒険者ギルドの方をすますといい」

「いいんですかお師匠様?

 ありがたいですけど、もうここにも手が回りかけてると思うんです。巻き添え喰うかも」

「かまわん。弟子の非常時じゃからの。切った張ったの役にたてんのが残念じゃが」

 ほむらぶが話している老人は、錬金術師グレオス。ほむらぶの師匠でもある。

 少し解説しよう。

 ゲーム上の錬金術師レベルは、単に錬金を繰り返せば上がっていく。だから彼女はメインキャラで集めに集めた錬金素材を一気に投入し、物量にまかせてレベルを上げまくった。

 しかし錬金術師の極意はレベルだけではない。たくさんの素材の組み合わせや調合・精製を理解し、これを組み合わせる事で大きな効果を得るのがまず第一。そしてもうひとつは、特殊な錬金用魔法と組み合わせる事で物質に付呪をする事。この2つが重要なのだ。そしてここを極めるのは単純なレベル上げでは当然無理で、それゆえプレイヤーの錬金術師ではそこがボトルネックになってしまう。

 そう。

 β時代にメニューの(くびき)から開放されていたほむらぶは、新大陸で錬金素材祭りをした関係でツンダーク人の錬金術師と交流をもった。師事の重要性を彼らに教わり、そしてグレオスの門を叩いた。精霊誕生という不思議なイベントに図らずも立ち会ってしまった当時の彼女は、この世界について新しい視点が欲しかった。この世界をもっと知りたいと思っていた事もその選択の後押しをした。

 グレオスは世にも珍しい異世界人の弟子志望に随分と驚いたようだが、ほむらぶの熱意とその優秀さに興味をもってくれ、そしてほむらぶは本格的に「ツンダークの」錬金術師への道を進みだしたのだった。

 その恩師に迷惑をかけてしまうのだ。ほむらぶが難色を示したのはむしろ当然だったのだが。

 で、その恩師(グレオス)はというと、細かい事は気にすんなと言わんばかりだった。

「錬金術師を使いたいのなら調薬の依頼をすればよい、当たり前の話ではないか。それを力で囲うなど……。職人の横のつながりはこういう横暴に対抗するためにあるのだ。お嬢の件がなくとも放置などできぬわ」

「わが商業ギルドとしても同意見です。権力者が商売に干渉するのはありがちな事ですが、流通には生産者が不可欠です。特に高レベルの錬金術師を閉じ込め奴隷にして無償で生産させようなど、素人まるだしの自爆行為をどうして看過できましょうか。いい薬が得られなくなってしまったら困るのは王城でくすぶる王冠どもではないというのに!」

 そう。

 錬金術師は一箇所に閉じ込める職種ではない。むしろフィールドワークで留守が多いのが当たり前なのだ。いろいろな素材の知識が必要で、それは暗い部屋に閉じこもっていては得られない。また単独行も少なくないので、ひとり安全に旅するための技術も必要とされている。ほむらぶがやたらと危険に敏感なのも、この職業上の習慣が大きかった。

 それを事情こそあれ、力で囲い込もうという時点で反感を買うのは当たり前だった。たとえ国に悪意がなかったとしても、とびっきりの優秀な錬金術師をいたずらに腐らせるかもしれないのだから。

「ケフさん、実は結構過激な方だったんですね……」

「よく誤解されるのですがね、国家関係者というのは実は上客ではないのですよ。何しろ事前通告もなしに大量購入しますし、たくさん買うからと権力を傘に非常識な値切りを強要しようとしますしね。異世界には機械を使った大量生産の手段もあると聞いておりますし、権力者の事情も異なるのかもしれませんが」

「うわ……」

「あいにくこちらは職人の手作業がほとんどですからね。同業者や資産家の方ならそういう話も通しやすいのですが」

「あー、貴重な職人の手を奪われるうえにガッツリ値切られるのね。でも、わたしも買う時は値切るけど?」

「貴女のは希少素材の補完ではないですか。採取と保存以上の手間がかかるとお思いですか?」

「確かに」

 言われてみればそうであった。

「そういう商品は単に在庫の有無ですからね、ほとんど問題になりませんよ。それに職人が足りないといえば考慮してくださるでしょう?」

「そりゃそうよ、でないとお互いに困るじゃないの……ってまさか、人がいないから無理っていってもその配慮すらしないって事?」

「そのまさかなんですよ。全く困ったものです」

「うわ……ないわそれ」

「まったくです」

 ケフと呼ばれた商業ギルドの男は、困ったようにためいきをついた。

 

 

 ふたりは商業ギルドでの手配がすんでから続いて冒険者ギルドにまわり、やはり移転と事件の報告を行った。

 冒険者ギルドでは既に偽門番が来訪者の女性に殺された件が広がっていた。ほむらぶが冒険者登録書と狩人ギルドの証明書を示し、そのうえで商人ギルドで一度まとめて魔術で複写した資料を手渡すと、速攻でギルドマスターがすっとんできた。そのうえで軽く説明を行い、この国を去る事を同じように渋られ、そして廃業でなく転居である事を確認して納得された。

 そしてその後、ほむらぶの行きつけだという店に移動したのだが。

「それにしても、迫真の演技だったねえ」

「なんの事かしら?」

「偽門番の事。あんな攻撃的なほむちゃんって初めて見た」

 ああ、その事とほむらぶは苦笑した。

「わたしって、そんな平和的な人間に見えるかしら?もし見えてたらごめんなさいなんだけど」

「見えないね。だけど、そんな好戦的でもないでしょ?」

「まぁ、そりゃあね。どこのギルドにも属さず生きてるんだから、弱いとこ見せられないし」

「そっか」

 ヒルネルは心のなかで思わず唸った。そこまで割り切ったうえで、その役をああも演じきるのかと。

 実際、ヒルネルがほむらぶを頼りにしているのはこういう点だった。

 とにかく機転が早い。そして信頼できる。強引に突破したように見えても善後策をきちんと考えているし、多少の事なら理詰めだけであっさり乗り切る事も可能。

 もしヒルネルがほむらぶの立場ならどうなったろうか?

 考えるまでもない。面倒と思えばいつも催眠や幻惑で乗り切るヒルネルなので、おそらくソレなしで乗り切るのは限りなく不可能だろう。門番のところで身分証を結局提示させられ、そして名前を見た門番に足止めを食らわされたのかもしれない。

 だが現実には、さっさと見切りをつけたほむらぶはスパッと門番を突破、そしてギルドの立ち寄り先もひとつ減り、さらにはガイドにも出てない超絶裏通りのヘンな建物に連れ込まれ、迷路のようなところを延々通ったあげく、その奥にある軽食喫茶で遅い朝食中である。

 しかもこの店、驚いた事に食券式だった。

 なんかメニューを書いた楕円形の木札をとり、無言で黙々とカウンターの奥で仕事している店主に渡す。あとは店主が頷いたのを確認して勝手に席に座る。原始的だが確かに食券式なのだ。

 しかも驚いた事に、メニューはツンダーク中央語と日本語の両方で書いてあった。

「なに、この店」

 ヒルネルだってモニョリには何度もきた事があるというのに、店も知らなきゃメニューも知らないものばかり。いや、むしろメニューについては逆に知りすぎているというべきか。

「見ての通りよ。マスターが趣味でやってる昭和風の軽食と喫茶のお店」

 つまりはプレイヤーの店だと。まぁ、でないとチキンライスだの炒飯だのがあるわけがないのだが。

 はぁ、とヒルネルはためいきをついた。

 木造建築はツンダークでは珍しいが、ここは完全な木造だった。ただし一般家屋の作りではない。ヒルネルは変わってるなぁという感じで見ているが、ほむらぶはこれとよく似た雰囲気の建築を知っている。

 そう。二十世紀前期の日本における、学校の木造校舎の教室に似ているのだ。

 食券システムなども珍しいが、この雰囲気にあわせた趣味なのだろう。ちなみにヒルネルは飲み食いの必要がないのでコーヒーのみ。ほむらぶが出そうとしたが、なぜかヒルネルが固辞したので料金はそれぞれ別持ちになっている。

「そういや、食べられないわけじゃないのよね?」

「うん、食べられるよ。でも体調不良になりやすいかも」

「そうなの?」

「うん。お姉さまの話じゃ、エネルギー変換の効率が悪いせいだろうって」

「なるほど。吸血種だから血の方が効率いいってわけね」

「うん。そういってた」

 やがて無口なマスターがのそりと動き、ほむらぶの元にメニューがやってきた。

「カレー?朝から?」

 カレーライスの他、フルーツセットがふたつもあった。

「ゆうべ半分しか食べられなかったから。補充よ。アメデオ?」

 ひょいと背中から小さな手がのびてフルーツセットをつかもうとするが、

「こら、ちゃんと座って食べなさい」

 ぺしっと手を叩いてほむらぶが叱ると、アメデオはもぞもぞとリュックから這い出し、ほむらぶの横にちゃんと座った。

「ん、よろしい。おあがりなさい」

 ほむらぶが頭をなでてやると、それを待っていたようにせっせとアメデオは食事を開始した。

「……おかんだよねえ」

「何か言った?」

「かわいいよねって。ほむちゃんが可愛がるのもわかるわ」

「……う、うん。でしょう?」

 見え見えの話題そらしだが、本気で可愛いと思っているのも事実。

 そして、ヒルネルが本気で言ってるのがわかったほむらぶも、ちょっと困ったようにコホンと咳をした。

 きちんと行儀よく、しかし黙々とフルーツセットを食べる猿。確かに妙に可愛い。

 ただし、ヒルネルはアメデオだけでなく、それを微笑んで見ているほむらぶも見ているようだが。

「そういやロミは?」

「寝てる間は食べないの」

 ロミはヒルネルの肩の上で眠っている。不安定そうだが、鉤爪のおかげで落下しないのだろう。

「さすがコウモリ。ある意味究極の夜行性動物だもんねえ」

「そうね」

 と、そんな平和な会話を続けていたその時だった。

「!」

 ふわっと、唐突に空気が変わった気がした。そして次の瞬間、

「こんにちはー、マスター、さばしおください」

「……食券」

「あ、はい。これでしたっけ」

 かごをまさぐり『サバの塩焼き定食』と書かれた食券を取り出すと、マスターの前に置いた。

「席つきなさい」

「はーい」

 そんな会話がなされたかと思うと、その影はほむらぶたちの方を向いた。

「こんにちは、おふたりさん」

「あ、久しぶりミミちゃん」

「こんにちはミミさん」

 そこには、巫女装束もきらびやかに静かに微笑む、ミミの姿があった。


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