遠話の重要性(1)
とりあえずは近郊の町までの移動なので、警戒しつつも退屈な移動となった。
退屈になれば当然、話題は先刻の事になる。ヒルネルは当然のように不思議なほむらぶの弓について質問してきた。ほむらぶは最初、出発する時に焚き火から回収した焼き魚をのんびりと食べていたのだけど、そもそも半分は焦げてしまっていたから引き延ばすにも無理があった。そして逃げ道がなくなり、苦笑いしながらそれに答えた。
「あれは晴天弓というの。空を穿ち、一時的にその地域の雲を晴らす精霊の弓よ。2つとないものだけど戦いには使えないし、わたし以外の誰も使えない。そういうものよ」
「アーティファクトか何かなの?でも、あんなの見たことも聞いたこともないんだけど。むしろ」
そう、むしろ。
「あれって、ほむちゃんの大好きなあのアニメに出てきた弓だよね?」
「あー……ヒルネルあれ見てたんだ。そっか」
「ん?チラッとね」
「何がチラッとよ。あれ最終回にしか出ないんだからね」
やれやれとためいきをつくほむらぶ。
ツンダークでは何年ものつきあいなのだが、そもそもゲーム時代にはこの手の話は当然しておらず、また今となっては映像を見る事すらできない。そんな話が出なかったのも無理もない。
「まぁ、わざわざネトゲでよそのアニメの話なんかしたくないものね。世界観ぶちこわしだもの」
「そうね。なぜか『ほむらぶ』なんて名前つけてるおバカさんはいるわけだけど」
「あら、『昼寝る』なんてアバターにつけたうえにサブキャラにゴスロリ着せちゃった人がそれを言うのかしら?」
「なぁに?」
「なにかしら?」
ヒルネルとほむらぶは、にやにやと気味の悪い笑顔で睨み合った。
いや、ふたりともわかっているのである。お互いに馬鹿さ加減では似たようなものだと。ヒルネルは元男性だけあって自分のこだわりには執着があるし、キャラ愛に燃えるほむらぶも以下同文。お互い、絶対譲れない領域には決して踏み込まない事で友好的態度を保つ、ある意味不思議な関係だった。
一般的には、趣味趣向も性別も異なる者同士が対等な関係を築くのは難しいだろう。このふたりだって、ペット狩り事件という接点がなければ、今のように続いてはいなかったに違いない。
今となっては、いろんな意味で得がたい関係と化しつつあったが。
「それで話が戻るけど、どうしてあの弓なの?そっくりなのを誰かに作ってもらったわけ?」
「それでって……まぁいっか。いいえ違うわ。話せば長いんだけど……」
そうして、ほむらぶはひとつのドラマを語った。
新大陸を捜索していて森に迷い、その先で精霊の誕生に出くわした事。そしてその精霊が、なぜかアニメに出てくる主人公の最終形態と同じ姿で、弓はその彼女から託されたのだと。
「なにそれ?なんでツンダークにそんなヨソのアニメの仕掛けがあったりするわけ?タイアップでもしたとか?」
「ないない。そもそもナキール大陸の東端なんて最後までユーザー攻略のwikiにも出てなかったのに、そんなとこに版権キャラなんか仕込んでどうするのよ」
「ナキール大陸って……ほとんど真っ白のまま終わった大陸じゃないの」
「そうらしいわね。あ、これわたしが調べた地図なんだけど要る?」
「ほむちゃん。あんたって……」
wikiにも出てなかったはずの詳細な新大陸地図をもらい、ヒルネルは唖然としてしまった。
「まぁそこは交友関係かな?未踏破の大陸って錬金素材も当然豊富でさ。あっちに住んでる友達に呼んでもらって、そこを拠点に素材とり大会してたのよね。で、友達への報酬は作った薬の一部をあげる事ね」
「なるほど」
思わず納得した。プレイヤーがまともに踏破してない地域なのだから、そりゃ錬金素材なんてとり放題だろう。
それにしても。
「あんな地域にも住んでるプレイヤーがいたってことね」
「そうね。そういうプレイヤーは高確率で居残り組だから、今もいる可能性が高いけど」
ネトゲにおける情報共有には賛否両論あるのだけど、ツンダークにおいては少し事情が違っていた。つまり、通常ユーザーは進んで共有するのだけど、いわゆる居残り組、つまりツンダーク世界に入り込みすぎてしまった一部の者達は、とたんに情報を出さなくなる現象が知られていた。
実際、吸血鬼化で裏側に潜ってしまったヒルネルもそのひとりだ。β時代から情報ブローカーだったほむらぶと違い、ひるねるはちょっと風変わりなRPをしているだけの一般人だったのだから。
さて。話は精霊に戻る。
「それで精霊の容姿なんだけど、どうも精霊誕生の時に近くにいた者……つまり、わたしの記憶から拾いだしたらしいのね。記憶の中で最も印象深いものを選んだっていうんだけど」
ほむらぶはそこで言葉を切り、苦々しく笑った。
「ははぁ、それでアニメキャラになっちゃったのね」
つまりそれは、ほむらぶの脳内が本気でアニメ尽くしだという事になる。いいけど、一般的女性としてはどうなんだろうかと、そういう部分のよくわからないヒルネルは首をかしげた。
「その言い方はちょっと異議を唱えたいんだけど。わたしはアニメが好きなのでなく、ほむ愛を表現しているだけで」
「うん、そうでしょうね。でもそれじゃあアメデオくんは?」
「アメデオはアメデオだからいいの!」
アメデオの名の由来もまたアニメネタである。
ただし小さい時に見た二十世紀の名作アニメのキャラなわけで、ほむらぶにはアニメネタという自覚がそもそもない。かわいい猿といえばアメデオ。昔の人間でたまに、子鹿をバンビと呼ぶ人がいるようなものだろう。
「話を戻すけど、それで姿を決めてくれたお礼だっていって弓をもらったの。一時的にだけど、どんな曇り空も晴らす精霊の弓だって」
「そっか」
ツンダークには「RPGによくあるお使いイベント」がない。なぜならツンダークの場合「三丁目のおじさんが洞窟にいったまま帰らない」なんて事件をプレイヤーの数だけいちいち起こすわけにはいかないからだ。世界には一貫性が必要で、しかも通常生物はリスポン(定期的に湧いてくる事)もない。
ではいったいどうしていたのか?
まず、初心者むけのおつかいイベントの多くは討伐依頼や採取依頼になる。それでは変化が乏しいと言われそうだが、これがすんだらここ、こっちもやってほしい等など、その初期のおつかいイベントをこなす事で、基本的なお金を稼ぎ、ある程度のスキルもあげられ、そして世界の基本的な主要都市も回れるという感じになっていた。
さらに「サービス終了後は一切現れない動植物群」も最近明らかになっている。
たとえば、フィールドラビット以上に多くて討伐依頼が切れ目なかった雑魚モンスター数種とか、いわゆる初心者ポーションと、その材料にする一連の植物群である。これらのモンスターはサービス終了と共に姿を消し、植物群も見られなくなってしまった。まぁ「初心者」ポーションという名前の時点で、ゲームシステムに用意されたものだとも言えたが。
実際、これらは以下の点でも確認ずみである。
いわく「あのモンスターや素材は、異世界人が来るのと同時に現れた。それ以前は全くなかった」。
いわく「初心者ポーションなんて薬は昔はなかった。原料のポロポロ草もヨーモの三枚葉もね。異世界人に使わせるために神様が用意したんだろうってみんなで話してたよ」
いわく「あんなとこにダンジョンなんて前にはなかった。中にあふれているモンスターも全く知らないものばかりだったしね。ほら、だから今は元の壁に戻っちゃってるだろう?」
地元民のこういう言葉は、実に率直でわかりやすい。たまに誤解もあるが。
おそらくこれらのモンスター群は、リスポンしないツンダーク本来の動植物を皆殺しにさせないために生み出されていたのだろう。そうヒルネルは、世界の謎を追う者の視点として結論づけていた。
そんなヒルネルの基準からいっても、ほむらぶの遭遇した精霊事件はゲーム由来のものとは思えない。この世界における普通の、しかしレアケースというべき現象だったのだろう。
そして、そのほむらぶの体験はヒルネル的には、ひとつの意味を持つ。
「ねえ、ほむちゃん」
「なあに?」
「ほむちゃんがツンダークに残留決めたのって、それが理由なんだよね?よくわからないけど」
「……」
ほむらぶは少し驚いたように目を見開き、そして苦笑した。
「そっか。ヒルネルは『世界の謎』を追っているんだっけ。こういうケースを他にも知ってるの?」
「うん」
ヒルネルは大きくうなずいた。
「ほむちゃんも少し知ってると思うけど、残留組ってそれぞれに何か『理由』を持っているんだよ。たとえばミミちゃんは神様の巫女さんになったから。実は彼女、リアルでも巫女さんの家だったんだって。知ってる?」
「一応は」
「一応ねえ。ほむちゃんが男だと思ってた頃って、ミミちゃん以外の全員、ほむらぶはミミちゃんが好きなんだって思ってたんだけど?同性だからそれは誤解だったんだろうけど、それにしてもお気に入りだったんじゃないの?」
「お気に入り、か。……うん、そうね。ミミさんは可愛いもの」
「……ほむちゃん。今、なんか変な沈黙あったよね。もしかして女の子が好きってタイプ?」
「ん?そりゃ可愛いものは好きだけど?
ヒルネル、それを言うなら貴女の方はどうなのよ?時々、男の子がにじみ出てるわよ?」
「あ、あはは大丈夫、わたしはちゃんと女の子してるから!」
「そりゃお互い様。変な噂が流れたおかげで可愛い子がみんなドン引きしちゃったら、何を希望に生きればいいっての?あまり心臓に悪いことは言わないでほしいわね」
ふふふ、はははと乾いた笑いを浮かべ合うふたり。いろんな意味で本音漏れまくりだが。
「さ、それより急ごう?あわてる必要はないけど、夜が明けるのは嬉しくないし」
「そうね。確かに少し急いだほうがいいかも」
お互いに地雷を避けるように、ふたりは足を早めた……が、
「あいたっ!」
「ちょっと……何いきなりコケてるのよ」
「足がもつれた……あいたたた」
「そっか。吸血鬼は運動音痴って本当だったんだ。スタミナドリンクいる?試作品だけど、死人も起ったって噂のある最強の品よ?」
「何その怪しいの!?」
こんな事でこの先、はるか北まで旅する事などできるのだろうか?
いろんな意味で不安の残るふたりだった。




