狩られる猟師(1)
第二部開始。ほむらぶ・ヒルネル組が中心になります。
もちろん、彼らの相棒もしっかり登場。これがなくちゃ始まらないし(`・ω・´)
ゲームにおける生産職の立場は、どちらかというと縁の下の力持ちだと彼女は思っている。華々しく目立つのはやっぱり、武器なり魔法なりで戦っている面々だろうと。
これは生産職が悪いのでなく、むしろゲームシステムやシナリオの問題ではある。つまり、敵を殺して勝つ事が前提としてあるのだから、積極的に戦わない生産職が花形に見えないのはむしろ当然という事だ。そして、やはりゲームシステムの都合上、プレイヤーたちはフリーの冒険者、または騎士なりなんなりに取り立てられない立場のお子様などになりがちである。その方が演出上も都合がいいし、しかもゲーム好きな中二病世代の子どもたちにも適合するからだ。
だがこれは当然、あくまでもゲームの話である。
角が立つ事を承知のうえで意地の悪い言い方をすれば、現実には、冒険者なんぞ「冒険者くらいしかできる仕事がない犯罪予備軍ども」だろうし、戦闘技術もなければ社会的立場も対人スキルもない子供たちなぞ、大冒険以前に雑魚にあっさり殺されるのがオチであろう。ちょっぴり悲しい気もするが、それが現実といえる。
反面、ガキ向けのゲームじゃ軽く見られがちだった生産職は現実には「手に職のある人たち」である。魔物が跳梁跋扈するような世界では腕のいい鍛冶屋は引っ張りだこだろうし、戦いがなくなったとしても生産職の仕事はなくならない。そして時間をかけて信頼も獲得していけば、いつまでも、ならず者の冒険者なんぞやる必要はないし、またやるべきでもない。そういうものであろう。
何が言いたいかというと、それがつまり彼女、ほむらぶの目の前で露骨に見え隠れしていたからだ。
ツンダーク世界には社会保障制度はない。そんな世界で安心の未来を得たいと思えば、一番の近道はなんだろうか?そう、村から町やらに入って堅気の仕事につく事だ。
そうなってしまった時に勝つのは手に職のある者、そしてコネのある者というのはどこの世界も変わらない。
この点、β時代から狩人として地元民と交流をもち、さらに錬金術師としても関わってきたほむらぶは問題なかった。問題なかったのだが、別の問題が起きていた。つまり、食い詰めた元プレイヤーの『新住民』の一部が『天才的錬金術師の若い女』の話を聞きつけ、手篭めにして甘い汁を吸おうと群がってきてしまったのである。
少し解説しよう。
新住民はその全てが地元にコネもないし、お金もない。しかし高い能力を持っているうえにきちんと教育を受けた落ち着きをもつ者も多かった。だからほとんどの者が冒険者や傭兵として重宝がられた。そこから士官の先を探すもの、安定した職種につかんと修行する者など、思い思いの道に進んでいった。
だけど、やはりどこの世界にも生きるのが下手な者、欲をかいて自爆する者などは存在する。
そして、能力だけは高いそいつらを道具として、バカな事を企む奴も出てくるわけだ。
ほむらぶは決して攻撃的な人間ではない。だけど、やたら組織化されたバカどもに突然襲われ、隷属の首輪をはめられ金や財産を巻き上げられそうになったのだ。もしほむらぶが情報ブローカーとして用心深く暮らしてなかったら、男どもの雌奴隷にされたうえ、財産も何もかも奪われてしまうところだった。
当たり前だが、さすがの彼女も激怒した。
即座にひとりを残して皆殺しにし、さらに死にかけのボス格の者に強力な向精神薬を食らわせた。隷属の首輪は簡単に手に入るものではない。おそらく黒幕がいるだろうと即座に判断したほむらぶは、強引に首輪の入手元を吐かせた。
錬金術師は確かに戦闘向けの職種ではない。しかし無力な女とナメきったバカどもは、透明化と隠密で姿を消した彼女を捕まえる事などできなかった。そして全員麻痺させられた時点で、彼らの命運は尽きたのである。
さて、元締めはなんと、ほむらぶが住んでいる国の大貴族だった。その者は彼女を奴隷化して所有し利益を独占、さらに容姿だけは美少女であるほむらぶを、そういう意味でも自分のものにしようとしたようだ。
ほむらぶは即座に行動した。
もちろんその者も殺したが、それだけではすまさなかった。今はもういない西の国のプレイヤー『ボコボコ王子』の名で告発文を書き、国王とその側近にそれぞれ送りつけたのである。
ただ、この件でほむらぶは改めて実感した。ここは日本ではないのだと。
手に職を持っているのは重要だ。
しかし、それだけではダメなのだ。理不尽を押しのける力と知恵がないと、優秀なだけでは誰かの喰い物にされてしまう。この世界の人間には人権思想すらもないのだし。
今回、権力の担い手である重鎮クラスの大貴族が黒幕だった、その事は大きな衝撃だった。
だってそうだろう?
たまたま今回は貴族だったわけだが、もしこれが国王だったら?参考人として出頭を命じられ、行った先で拉致され、奴隷にされそうになったとしたら?
思わずゾッとした。
なんだかんだいって彼女も日本人である。少々汚い奴がいたとしても、そこまではやらないだろうっていう甘えがあったのだ。文字通り、冷水をぶっかけられた気分だった。
(なんだかんだでプレイヤーに役立つコネクションばかりだったって事よね。そっちも早急に何とかしないと。
ああ、ほむらぶって名前も売れすぎたかな。いっそ、葉月とでも改名しようかしら?)
だがすぐに考えなおした。名前を変えたって仕事が同じならなんの意味もない。それよりも、防衛力強化するほうがずっとマシである。ネコミミでもつけとけ。
そんなわけで、ぼちぼちと再鍛錬していた弓を、本格的に鍛え直す事にしたのである。
ツンダークの弓矢の扱いはかなり地球に近い。
ほむらぶは、リアルで弓道場の体験に参加させてもらった事がある。まともに射る事はほとんどできなかったが、その感触は非常に印象強かった。元々は好きなアニメキャラを理解するため、という実にマニアな、いやむしろ信者的な理由だったのだが、その印象は強烈だった。矢の描く放物線、リリースした時の感触。
もちろんキャラスペックも違い、弓のタイプや用途も違う。この世界には和弓もないし、だいいちこの世界には『召喚矢』なんて夢のようなブツも存在する。そのままでは参考にならない。
だが弓というもの自体は世の東西を問わずやはり弓である。その意味で参考になる部分は実に多かった。
さらにいうと、これらの知識や経験は当然、ゲームシステムとは無関係だ。だから狩人に就業していない現在の自分でも多少なら弓を扱えた。少なくとも触ったこともない剣や槍よりは全然やりやすかった。
ここまでアドバンテージがあるのなら、それを鍛えない手はない。
彼女は残留を決めるだいぶ前から、サブの方でも弓矢を鍛えはじめていた。錬金術の技能に矢や刀剣への一時的な付呪があり、組み合わせが大きな戦力になる事はわかっていたからだ。この世界では発煙筒を敵陣に打ち込む時も、普通の弓に付呪して撃ちこむなんて代用法もある。つまり、ただ戦力になるだけでなく、応用範囲もかなりある。
元々やっていた事を強化するのだから、話は早かった。
「っシッ!」
シュバッと風の音だけをたて、白い矢が疾走する。やがてそれは遠い的にあたり、軽い音をたてる。
「ふむ」
ほむらぶは、そのさまを満足するでもなく嘆くでもなく、ただ淡々と見ていた。
「う~ん、そこそこかしら」
ほむらぶの背中にはリュックがあり、その横には矢筒がある。
だが今、そこにある矢は使われていない。ほむらぶが魔力を込めて右手を動かすと、いつのまにか弓には矢がつがえられている。で、あとはそれを使って射るのである。
これこそ、俗に召喚矢と言われる魔力の矢。
召喚矢は威力が低いので実用的ではない。しかし何しろ魔力が続く限り連発できるほか、実態がないくせに錬金薬で付呪はちゃんとできるのだ。そのため、特に錬金術師であるほむらぶには便利すぎる魔法で、いろんな状況で便利に使っている。
今回もそうだ。本物の矢に似せて少し重みをつけた魔力の矢で、果てしなく練習を続けていた。
「アメデオ、そっちの矢の方はできた?」
ほむらぶが問いかけると、キッという声が足元の方でした。
足元には、小さな白い猿がいた。胴体が細いが手足の事を考えると、満一歳かそこいらの人間の赤子サイズと言えるだろうか?そして顔のあたり、それと手先がピンポイントで黒いのが面白い。
ツンダークでホワイトモンキーと呼ばれる種族である。
はじまりの町近くにはいないし可愛らしさではウサギに譲るが、小さな身体に似合わず底力もある。賢いうえに性格も悪く無い。まぁ猿だからたまにいたずらはするが、飼い主がボスと思っている限りは問題ない。
こんなホワイトモンキーであるが、実はペットとしては人気がない。なにせ自然界にいる時はプレイヤーが通りかかると樹上から木の実を投げつけてくる存在なのである。しかも地味にダメージでかい。まぁ要するに「あんな鬱陶しいやつ要らねえ」ってやつなのだが、だからといって別に、生まれながらの対人敵対者というわけでもない。
証拠はここにいるアメデオである。彼はこう見えて、β時代からのほむらぶの相棒なのだ。
アメデオの手元には、一本の矢。シンプルな木の矢だが、出来は悪くなさそうだ。
「いいわね、それちょうだい」
ひょいとほむらぶが右手を出すと、ほいさとアメデオが矢を渡す。ほむらぶは形状と先端を確認すると頷き、懐から赤いラベルをはったボトルを出すと栓をぬき、受け取った矢先を一度潜らせた。
出てきた濡れた先端に呪文を一発かけると、鈍い輝きと共に付呪ができた事がわかる。
「まぶしいから目に気をつけなさい。……いくわよ」
そう言いつつ、今度はその矢を引き絞り、発射した。
放たれた矢は、さっきの魔法の矢とは少し違う重量感をもつ軌跡を描き飛んだ。そしてやはり目標にささると、
「!」
ドン、と小さくない衝撃を伴い、爆発した。
改めて見なおした時、さっきまでの目標は粉々に砕けていた。
「ふん、爆発系も悪く無いわね。……アメデオありがとう、もう少し矢をまっすぐにしてほしいけど、まぁなかなかいい出来だわ」
ふふん、となぜか得意げなアメデオ。もちろん猿だから人間のようなドヤ顔はしないが。
「さて、そろそろいい時間ね。キャンプに帰ろっか……ってこらっ!」
帰ろうという言葉を聞いた途端、アメデオはほむらぶの背中にまわり飛びついた。慣れた調子で彼女のリュックにもぐりこみ、そこから首だけ出して落ち着いた。
「アメデオ。何度もいうけどわたし、あんたのお母さんじゃないんだけど?そもそも、あんたもう子供じゃないでしょうが」
だめだ。幸せそうにあくびなんかしているし。
ほむらぶの悩みはいくつかあるが、このアメデオの行動にも少し困っていた。メインアバターの時は本当によい相棒なのだが、女キャラになるとコロッと態度が変わるのだ。いや、仕事中は変わらず有能なのだが、その合間が何かおかしい。暇をみつけてはベタベタと近くにはりつき、移動時にはリュックに潜り込む。リュックがなければ肩車かおんぶをせがむ。
女だからナメられているのか。ほむらぶはそう思った。だけどテイマーの友達に相談したら思いっきり笑われたものだ。
『なんで笑うの?』
『ごめんごめん、心配ないよそれ。単にあんたに懐いてるだけだから』
『そうなの?』
『うん、間違いない。育てのママって認識してるっぽい。メインのほうがパパ?』
『なによそれ……』
『まぁ、ほっといても下克上とかしないと思うから、命令無視とかしない限り個性と思っときなよ』
『なんで笑いながらいうの?』
『いやぁ、あんたでも男の子にモテるんだねえ』
『……ケンカ売ってるの?』
あのときは、しみじみとためいきをついたものだ。
とはいえ、このべったりと張り付くぬくもりは嫌いじゃなかった。確かに無条件の信頼が伺えるし、悪い気はしない。
「さて」
とりあえず頭を切り替えると、忘れ物を確認する。
ちなみにリュックが空っぽだったのはアメデオを入れるためでなく、大きな獲物がとれたら入れるためだ。そしてアメデオはそういうときは決してダダをこねない。ちゃんと切り分ける頭を持っているのだ。
そんなに頭がいいのなら、ベタベタ甘えなきゃいいのに。
だがほむらぶは自分がわかってない。彼女はちっとも嫌がってはいないのだ。
「……」
それをちゃんと理解している猿は、今日も満足そうにリュックのぬくもりを堪能するのだった。




