あるひとつの最終日(3)
俺はモンスターたちに囲まれながら、静かに時を待っていた。
フラッシュの容態は悪くない。うちの群れのウサギたちの多くは戦闘そのものよりも支援や後の世話を担当する者が最近は増えているんだけど、フラッシュは彼らの祖であり、まさしく女王であったからだ。人型に成長した子供たちの一部が常に張り付いて世話をしているもので、最近は特に上げ膳据え膳の状態になっているが。
だが、その生命の炎が今にも消えそうなのは俺にもわかった。
通常、魔獣が進化する際には、どこかで延命につながる能力を獲得する。そうして時間を稼ぎ、その時間を使ってさらなる進化を遂げるためだ。
なのにフラッシュはそれを選ばず、つい最近まで第一線の戦士であり続けた。そればかりか、戦う力をもたない俺の近衛までこなし、上位のドラゴンとすらフラッシュは渡り合ったのだ。当然だがそんなウサギは空前絶後である。
もちろん、その理由も俺は知っている。そう。本来なら延命に使うべき部分までもフラッシュは戦いのために使っちまったんだ。つまり、この俺のために。
だけど俺は泣かない。頭もさげるつもりもない。
だって、フラッシュが望んだのはそんな俺ではないだろう。こいつが望んだのは、常に自分とゲラゲラ笑い、共に飯を喰い、このツンダークの大地を駆け巡った俺なんだ。
だから俺は泣かない。最後まで笑ってこいつを見送ろうと決めていた。
フラッシュに明らかな衰えが見え始めたのは、いつだったろうか。
俺が閃光と呼んだほどの素早い動きに陰りが出て、怪我が増え始めた。神業の隠密行動能力だけは相変わらずだったが、スタミナなどの面でも無理がきかなくなってきた。
それに気づいた時、俺はフラッシュがもう長くないって事を知った。
今からでも何とか取得できないか、そもそも秘薬か何かで延命できないかと。
だけど、当のフラッシュに断られた。そして、フラッシュの言葉を要約したフラッシュの子どもたちには、こう言われた。
『お母様の願いは長生きではないのです。お父様が一人前になるまでつきあい、短くも激しく、笑って怒って泣いて喜んで、命を燃やし尽くす事こそがお母様の願いだった。
なので延命はいらないのです。それより、最後までお母様のそばにいてあげてください』
そこまで言われては、俺も何も言えなかった。
言えなかったがその代わり、活動拠点をゲームでいうファースト……つまり、あの『はじまりの町』のある地域に移す事にした。
長らく留守にしていたあの土地。そして俺とフラッシュの出会いの地に。
懐かしい森が見え、野原が見えた時にはちょっと涙が出そうになった。少し目をやると、あの頃より良くなった俺の目には例のキノコが生えているのもしっかり見えた。相変わらずみたいだな。
ひとつ摘んでみる。
フラッシュに試しにいるかと訊いてみたが、フスッと息を吐いて目をチラッと横にやる。そこには見覚えのない、まだ幼いウサギが。
どうやら、フラッシュの後輩らしい。
「今年生まれの子か」
くれてやれという事だろう。ほれ、と差し出してやると、あの頃のフラッシュのようにニオイを嗅ぎ、そしてやっぱり俺の手ずから食べ始めた。
あははは、変わらないものだなぁ。
思わずフラッシュの方に目をやると、とても優しげな目線でそのチビすけを見ていた。
と、そんな時だった。
「ありゃガラムさんかな?」
なんか、道具屋のガラムさんらしき人がいる。
試しに顔を出してみたら、やっぱりだった。
「サトル!サトルじゃないか!そうか、テイマーがいるんだろと思ったがサトルだったか!」
「お久しぶりですガラムさん」
ガラムさんは豪快に笑うと、ばんばんと俺の肩を叩いた。あいかわらずだなぁ。
「すごい集団になったなぁ。本当に驚いたぞ」
「それもこれもガラムさんのおかげですよ。あの時にお世話にならなかったら今の僕はないです」
ガラムさんは採集にきたらしい。俺たちがここを占領しちゃってるからな。種類を確認してからこっそり指示を出した。
しばらくすると、一頭の子狐が現れた。最近ウサギに混じって伝令やってる変わり種の子だ。口に薬草袋をくわえている。
「今、種類のわかる仲間に集めさせました。時間がないので各自一本ですし、あまり綺麗でもないですが」
「何?いいのか?」
「ここを仲間たちが占領しちゃってますから。おわびと思って受け取ってもらえれば」
「それはそうだが。すまんな」
ガラムさんは袋を受け取り中身を確認、ウムと頷いた。
「ああ充分だ。これだけあれば、多少まずいのがあっても必要分は余裕で満たせるだろう」
「相変わらず初級ポーションなんですか?けどそれって初級じゃ使わないですよね」
「最近は異世界人の初心者もまずいないしな。依頼注文で作る薬の方が主流になりつつある。まぁ、おかげで道具屋の方はさっぱりでな」
「それは仕方ないですよ」
新規プレイヤーなんて滅多にいなくなってたろうし。
「仕方ないですむか馬鹿。道具屋と違って薬屋はな、主力の商品は全部自分で作るのが当たり前なんだぞ?」
「ガラムさん、それがめんどくさいから道具屋になったんでしたっけ。ままならないもんですねえ」
「くそ、サトルもか。なんで皆そう要らん事ばかり覚えてる?」
「あははは」
町の古馴染みにもさんざん言われたのだろう。苦笑いするガラムさんに、俺も笑いが出た。
「しかし珍しいな。これだけ大所帯だと人間の町に近づくのも大変だろう?やっぱり例のアレか?」
「はい。最後を迎えるのはやはり、はじまりの土地であるここがいいだろうって」
「そうか。そういやあのウサギはどうした?さすがにもう巫女になっちまったか?」
ああ、ガラムさんフラッシュのことも覚えててくれたんだ。
「フラッシュならそこにいますよ」
「え?進化してないのか?」
フラッシュを指さすと不思議そうにガラムさんが言う。
「中身は物凄く進化しましたよ。ただ、フラッシュは人化も人語取得も選ばずに、全部能力的な進化に進んだみたいで」
「ほう、ウサギなのに戦闘向けになったのか。それはまた珍しい」
「僕はとても助かりましたけどね。なんたってつきあい長いからどうにでもなるし、付き人はダメってとこでも「人じゃないでしょ」ってなし崩しに入れちゃったりしましたし。しかも戦闘力はボス級ですから」
「なるほどな」
「ただ、ウサギとしての寿命はそのままになっちゃいましてね。さすがにもう歳です。子どもたちがやたらといますし、あの通りに人型を選んだ子たちも多くてね。今じゃすっかり女王様です」
最後が近いことまでは言わなかった。
だけどガラムさんの方が年の功だった。俺の雰囲気で気づいてしまったみたいだ。
「そうか……まさかここで?」
「ええ。何とか間に合えばいいんですが」
ふむ、とガラムさんは頷き、そして自分の袋を探り、薬をひとつ取り出した。
「非常用の回復薬だ。当人が弱っていては本来の効果は望めないが、少しくらいは時間を稼げる」
「ガラムさん、でもそれは」
「いいからとっとけ。使わずにすむ事を祈るが、あって損はあるまい」
「……ありがとうございます」
「こっちこそな。サトル」
「なんでしょう?」
「夜が開けたら一度うちに遊びに来い。町の仲間ともども歓迎してやるからな」
「はい!」
そう言い残すと、ガラムさんは丘を去った。俺はその背中に、静かに頭をさげた。
ありがとうございます。
しばらくして、今度は招かれざる来客がきた。
『父様、冒険者が来ました』
『テイマーとその群れである事を伝えたか?』
『伝えましたが聞く耳もちません。戦闘態勢に入ったようです』
やはり出たか。
この数相手でも来るとはなぁ。死に戻りまで狩りを楽しむっていうアレか。間違いなくプレイヤーだろうな。
『よくわかった。仕掛けてきたら皆殺しにしてやれ。相手は死兵と同じだ、遠慮はいらない』
『わかりました』
ファーストと西の国にはいつも長居しなかったのだけど、理由はこれだった。
西の国には未だにテイマー排除すべきって連中がたむろっているし、ファーストにいる一部の馬鹿は、他人のペットだろうと何だろうと経験値になりそうなら関係なく襲う。いかに時間が流れようとそういうバカはゼロにはならなかった。
もちろんとっくに犯罪者認定されている。しかし、同じように犯罪者の生産者プレイヤーとつるんでいるから始末が悪い。相手も通報されるような証拠を押さえられないように巧妙化していたりして、鬱陶しい事件がしばしば起きた。運営だって、怪しいと思っていても現場を押さえない限りはなかなか問題にしにくいようだった。
無意味に争うのは好きじゃない。だから活動拠点を変えていた。
だけど今は違う。この「帰郷」は俺の意思によるもので、妨げるものは容赦しない。
『今回に限り、勧告を無視したのなら敵と認定して構わない。特にプレイヤーは確実に皆殺しにしろ』
『了解です。戦闘開始します』
『うむ。くれぐれも注意しろ。そして何かあれば知らせるように』
『はいっ!』
ゲームとしてのツンダークは今日で終わる。だからここをゲームとして認識している者たちは、これが最後と愚行に走る。
だけど、今の俺たちの邪魔をするなら消えてもらう。
「ん?」
フラッシュがこちらを見ていた。遠話を聞きつけたのだろう。
「大丈夫。俺たちはここで待っていよう」
俺のその言葉に、フラッシュは目を閉じて、フスッと息を漏らした。
少し前に空がキラキラ光った。もう時間も残りわずかだ。
その時だった。
唐突にメッセージがオンになった。何かと思ったらグループメッセージとある。
なんだこれ?
『こちらは西の国のプレイヤー協会ギルド、自分は代表のボコボコ王子です。このメッセージは運営に頼んでオンにしてもらいました。鬱陶しかったら拒否してくれてもかまわない。そして、もしよかったら少しだけ耳を貸して欲しい。
今、接続しているキミ。キミは居残りの手続きをしてしまったかな?
いや、手続きをするしないは自由だ。だけど、ひとつだけ言いたい。
自分たちは、このツンダークで何をしてきたかな。生産組は少し違う意見かもだけど、基本的には戦いにあけくれていたんじゃないかと思う。ぶっちゃけ、殺して、殺して、殺して、殺しまくるっていうのがこのツンダークでの生き方だったと思うんだよね。
そんな自分たちのコピーをこの世界に残す。本当にこれはいい事なんだろうか?
確かに、運営の申し出には好意的な意見が多い。たとえコピーであっても、自分たちにつながるものがサービス終了後もツンダーク世界に残るとしたら、これは何かワクワクするものを感じるものね。たとえそれが、運営と、その後ろにいる研究機関が仕事を終えてサーバが停止するまでの、ほんの短い間だけの事だったとしてもね。
だから、自分たちは敢えて提案したい。
残したいと思って手続きをしたキミ、まだ遅くない。今からでもそれを取り下げるんだ。メニューからできるようになっているそうだからね、今からでも簡単にできる。ひいては君らの、失礼、キミやみんなの良識に期待したい。
以上です。聞いてくれてありがとう』
唐突に切れた。
「やれやれ。なんなんだ」
なんだかわからないが鬱陶しい。西の国じゃ高レベルのプレイヤーが地元政府を無視して治安維持機構を作ったり、自治厨の温床になっているのは知ってるが、こんなバカまで生き残ってたとは。清々しいほどに笑えてくる。
だが、今はどうでもいい。実害がなければ放置だ。
気づくと、またフラッシュがこっちを見ていた。何か言いたげなんだが、珍しく意味が掴みにくかった。
とりあえず、フラッシュにもたれるように張り付いてみた。
少しゴワゴワしている気もしたが、あの頃と同じもふもふだった。明らかに弱くなった心臓の音は、それでも脈動を俺の耳に届けてくる。それだけで安心できた。
そしてなぜか、急に眠くなった。
アレっと思う間もなく、俺の意識は眠りに飲み込まれた。
『あれ?ここって』
気がつくと、古い異国のお城のような場所にいた。
見覚えがあった。たまに見る変な夢の舞台のようだ。あちこちに人の気配があるので目線を投げてみると、
『ああ。やっぱり』
そこにいるのは、巫女服をまとったウサ耳の女性たち。
ん?そうだよ、彼女たちは獣人ではない。ウサ耳と丸いしっぽが可愛いけど、それ以外はほとんど人間の女の子たちだ。ツンダークではあまり見かけない種類の『獣人』たちだね。
間違いない。夢で何度かこの光景を見た。
『思い出したかしら?』
『!』
唐突にすぐ横で声がした。もちろん俺はその主を知っていた。
『フラッシュ』
『ええ』
ウサギじゃないのに、ひとめでわかった。
えらく妖艶な美女、いやウサ耳美女だった。薄衣だけをまとった姿なのにどこか神々しく、エロティシズムよりも芸術のそれを思わせた。
だけど、その目だけは……目だけはフラッシュと全く同じだった。
『ふふふ』
静かに笑う。その目もやはりフラッシュだ。確かに彼女はフラッシュなんだ。
『ここはウサギの離宮のひとつ。もちろん現実ではないわ。いわゆる神域の類よ。
決まったカタチがあるわけじゃないから、景色や姿がどうなるかはサトルの心次第といったところね。
どうかしら?ちゃんとわたしらしく、人間の美女に見えてるかしら?』
『ああ、そうみたいだな。うん、見えてる』
ウサ耳と尻尾にはとりあえず触れないようにしておこう。それを消すなんてとんでもない。
わたしらしくとか珍妙な寝言も聞こえたがこれもスルーだろう、うん。
それにしても。
『で、ここ覚えがあるでしょう?何度かサトルをここに連れてきたものね』
『ああ。あれってやっぱり夢じゃなかったんだ』
確かに連れて来られた記憶がある。
まぁその時、なんかエロエロしい夢までも見た気もするが、さすがにソレは夢なんだろうな、うん。全裸のウサ耳美女に囲まれてハーレムとか、おまえバカかって内容だったし。うん。
しかしウサギの離宮か。いやまてよ、神域だって?
『フラッシュ、おまえ神に昇華するのか?』
そんなバカな。フラッシュは獣神ラビにはならないはずだ。
『獣神、つまり自然界の精霊神ではないわ。そもそも、だったらわたしに死はないもの。別の命に変わるだけ』
『だよなぁ。でも、だったらどうして?』
『ラーマ神様のおそばに呼ばれているの。サトルと戦ってきた日々が認められたのよ』
静かにフラッシュは微笑んだ。
『わたしの命はもう尽きる。
だけど泣かないでサトル。わたし、サトルとまた会える日をずっと待っているから。ね』
『いや、泣いてないが……?』
言われて気づいた。いつのまにか目頭が熱くなっていたんだ。
自覚してしまったらもう止まらなかった。俺はボロボロと涙を流し、フラッシュにしがみついた。
だめだ。行くなと言いたいけど声にならない。
『大丈夫、だいじょうぶよサトル』
やさしい手が、俺の顔をなでる。
『ここは人間は来られない場所。たとえ喚んでもね。だけどサトルはここに来た、何度も。という事は』
そこでフラッシュは一度言葉を切った。
『つまり、いつかまた会えるって事よサトル。今は少しだけのおわかれ……』
やさしい声。やさしいぬくもり。
いつしか、俺はその中で、またしても眠ってしまった。
ハッと覚醒した。
時間はいくらもたってないように思えた。だけどメニューを開くと、そこにはこんな文字があった。
『ツンダークサービスを終了しました。皆様、長らくのご愛顧ありがとうございました』
その文字の横に時計があり、一分が経過した事を示していた。
「終わったみたいだなフラッシュ。……フラッシュ?」
フラッシュは、静かに瞳を閉じていた。そして心臓の鼓動が聞こえなくなっていた。
「……」
何も言葉が浮かばなかった。まだあたたかいこの世界最初の相棒を、俺はただ抱きしめた。
「ぷー、ぷー、」
「ぷーぷーぷー」
まわりからウサギたちの声が響きだした。
俺はあいかわらずウサギ語はわからない。だけど意味なんて考えるまでもないだろう。
悲しみ。
うちのウサギの何割かにとってフラッシュは母であり、祖母であり、伯母でありご先祖様だもの。皆だって当然悲しいんだ。
ウサギの鳴き声は大きくない。だからそんな遠くまでは届かない。
だけど彼らの声は空間いっぱいに広がり、遠くまで届いているような気がした。
そんな時。
リィィィィィィィィン、リィィィィィィィィン、と澄んだ鈴の音が響いた。
不思議な音だった。
ツンダークには存在するはずがないけど、日本式の鈴を思わせる澄んだ音色だった。きっと原音はウサギの鳴き声同様、大きな音ではないだろう。まるで空を包み込むように広がっているが。
そう。まるで、ウサギたちの声に応えるみたいに。
音はしばらく響いていた。だけどウサギたちの声から悲しみの色が抜けてくると、それに応じるように鈴の音も消えていった。
「……」
不思議な気分だった。
「なんだったんだ。今のは」
誰かが慰めてくれたのか?泣くなって。
動かないフラッシュを見た。
そして、まわりにいるウサギたちに気づいた。
近衛ウサギ。フラッシュの六人の実娘たちだ。なぜか獣人型にばかり成長しており人語も喋る。俺をサトルでなく父と呼ぶのが特徴だ。
「……ああ、すまん」
俺は涙をふいた。
「お母様、行ってしまわれましたね」
「ああ、そうだな」
「どうなさいます?」
「うん……そうだな」
俺はフラッシュを見て、そして頷いた。
「わがままですまないが、フラッシュは食料にせず、ここで眠らせる。穴掘り組から二匹ほど呼んでくれ」
「は。ただちに」
一匹が頭をさげ、そしてもう一匹がうなずいた。
「わがままではありません父上。おふたりあっての我々なのですから」
俺はゆっくりと立ち上がった。
正直、当たり前だがものすごく悲しい。ふっと気をぬくとまた泣いてしまいそうだ。
でも俺は泣かない。たとえ今日いちにち、ずっと上をむいて歩く羽目になっても。
俺はテイマーであり、ここは決して安全な場所ではないのだから。
「冒険者はどうなってる?」
「先刻の者たちは全員、死に戻りとなりました。ですがその後、異世界への道が閉じた直後から、怪しげな噂が飛び始めています」
「怪しげな噂?」
「はい。異界起源の新住民の中にテイマーを敵視したり犯罪に走る者たちがいるのではないかと」
「……」
そうか。出たか。
接続が切れた今、ツンダーク内で今も動いている元プレイヤーは大きくわけて二つに分かれるはずだ。
ひとつは、俺や巫女さん……ああそう、ミミさんだ。彼女みたいに残留を選んだ組。
そしてもうひとつが、新住民。今回のアナウンスで新たに加わった者達。
俺やミミさんたちは、長い時間をかけてこの世界に定着している。だから、この俺が本物のサトルなのかって言われると俺自身にすら説明できない。まぁ、俺自身はまさに『永住』感覚なんだが。
神様は結局、この問題に答えてくれなかった。
だから、本当は俺が元のサトルの模造品にすぎないのか、それとも本当に異世界転移って奴が起きて元の地球に俺はもういないのか、なんて事は確認する術がない。たぶん再度神様にきいても、たぶん答えてくれないだろう自信がある。
まぁ、そういうのは『世界の謎』を追いかけてるような奴の領分だ。彼らに任せておこう。
さて。それより問題は新住民の方だ。
彼らは単に記録から「それっぽく」再現された者たちにすぎないはずだ。いち住民という意識があるから暴走する者なんてほとんどいないだろうけど、そもそも彼らはレベルも高く、しかも戦闘職が多い。厄介事が起きない、なんて事は期待できないだろう。
「悪いけど、ただちに噂の真偽を確認してくれ。俺はこいつを埋葬して、お別れしてからガラムさんとこに挨拶に行く。それから合流するよ」
「いえ、代理くらいは私たちでもこなせます。ずっとお母様の側にいたのですから、たまにはゆっくりなさってください。久しぶりにお友達とのお話も」
そういうわけにも、と言おうとしたところで別の近衛が先回りしてきた。
「それと、いい機会ですからお父様にふたつのお願いです。人間社会側の、お父様ご自身による情報収集をお願いします。あとこの子の初期教育を」
「え?」
みると、その近衛の後ろにはさっきのチビすけがいた。
「さきほどの餌やりで契約条件を満たしたようです。さすがですね」
「あー……」
なるほど。フラッシュの時とは俺のレベルが違うもんな。
「この子、フィールドラビットに見えますが通信特化の変異種のようです。ご存知のように変異種は私たちの育成では手に余る事も多いので。お手数ですけど、最初だけでもお父様にお願いしたいのです」
「うん、わかった。それは間違いなく俺の領分だからね」
あの頃のように、ちびすけに手をかざした。光があふれだした。
「よし、おまえはピンだ。それでいいか?」
フスッ、とピンが鼻息を吹いた。妙なとこがフラッシュに似てるようだが、とりあえず了承したらしい。
どれ、ステータスを見てやろう。
『ピン』種族:コネクトラビット Lv1 性別:female
特記事項: エクストラコネクタ(超長距離遠話能力)
生まれながらに強い精神力をもち、遠方まで意思を飛ばす通信特化のウサギである。ただし低レベルのうちは弱いので大切にしてあげよう。
なお彼女は、フラッシュと同じ森の生まれの子孫である。ウサギは繁殖スタイルの都合上、同じ群れの出身なら姉妹、あるいは家族とみなしてかまわない。その意味で、ピンはフラッシュの姪であり子孫である。
そうか。そうだよな。
顔をあげると、ちょうど穴掘り組がきたようだ。
「おう、頼むぜ。埋めるのは……こいつだ。そのように掘ってくれ」
やってきた巨大アナウサギ二匹はフラッシュのニオイを少し嗅ぐと、悲しげにプウと鳴いた。そして俺の顔を再度みて、納得したように穴を掘り始めた。
「……」
そんな光景を、契約したばかりのちびすけは、じっと座ったまま見ていた。
見上げた夜空は冷たく淋しい、だけどどこか暖かい、冬のはじまりを思わせるものだった。
(本編おわり)
とりあえず本編は完結です。
ありがとうございました。




