テイムするという勘違い
「これは……」
この指南書書いたのってプレイヤーじゃないね。けど興味深いな。
【第一章:テイムするという言葉を忘れよう】
『テイマー、テイムという言葉自体が一種の罠です。この言葉には操る、奪うといったニュアンスがあるので、戦ったり特殊能力で自由を奪うイメージが先行しがちなのですが、それ自体がこのテイマー職を設定した女神の罠なのです。悪意ある者にはできない職種、これがテイマー職の正体なのです』
冒頭からいきなりコレ。驚きの内容だった。
でも、これが正しいのならむしろ素晴らしいかもしれないな。もしかしたら……。
いやいや。今は先を読もう。
『では、どうすればモンスターをゲットできるのか?本書は指南書となっていますが、近道を教えるのではありません。テイマーにならんとする人が進むべき道を照らすだけです。実際に見つけるのは貴方。厳しいようですが、貴方が実際にこれという手段を考え、体当たりで試す事。それこそが、テイマーを育て上げる二番目に正しい道なのです。
ええ、二番目です。一番ではありません。
では一番とはどういうものか?
簡単です。一番目というのは、もともとモンスターと親和性の高い人たちなので、悩むまでもなくモンスターを仲間に加えられるのです』
「これって……」
その、何ともいえない論調のテキストが第一章、あとは各モンスターの系列別の性質や特色のデータだった。役立ててくれって事らしい。
うーん。
やっぱりこれは……そういう事なんだろうか?
ここはやはり試してみるしかないね、うん。ダメならダメだった時の話だ。
◇◇◇
そんなわけで、やってきました町外れ。
うん。空は快晴、日差しは心地よい。町から出るとそこはもうフィールドで、街道がずっと続いている傍ら、そのまわりに広がっているのは野原。そして遠くに林。
「ああ、いるいる」
モンスターだ。動画ではともかく、直接見るのはお初かな?あれはえーと、
「……てか、野うさぎだろアレ」
名前はフィールドラビット。要するにただの野うさぎだ。
ただしサイズが違う。どう見たって地球産ならギネス級のサイズだし、しかもその巨体で元気にビュンビュン駆けまわるらしい。
「……あの蹴り喰らったら、うさぎとはいえタダじゃすまないな」
あとで確認してみたら、やっぱりそうだった。このバカでかいうさぎをナメてかかって蹴り殺される奴がたまにいるらしい。さすがファンタジー、うさぎも危険なモンスターってわけだ。
だが。
「とりあえず気にせずおこう」
調べたところ、あのウサギが人里近くを徘徊する主目的は人間の農産物だ。まぁウサギだしな。
だけどそれだけではないらしいんだな、これが。
ウサギが移動したのを確認して、気配を殺し近づく。奴がウロウロしていたらしいあたりを探ってみる。
「……あった」
本当にありやがった。
【ラビットマッシュルーム(別名・うさぎキノコ)】
『フィールドラビットが大変好む事で酪農家の間に知られているキノコ。しかし食べ過ぎると毒になるので、彼らを飼う時は生活圏にこのキノコが自生していないか確認したほうがよい。なお、彼らはこのキノコを好むが発見するのは苦手らしく、ウロウロと探しまわっている近くを探すと人間の方が先に発見できる事も珍しくない。人間が食べたり体内に取り込むと幻覚を引き起こすので要注意』
……白いキノコかよ。そのまんまじゃねえか。
え?喰い物で釣るのかって?いや、さすがにそう簡単にはいかないだろう。交流くらいはできる可能性があるが、それとテイムする、あるいは仲間にして一緒に戦うかどうかはまるで別問題だもんなぁ。
「ふむ……ぉ?」
手にもってキノコをながめていたら、いきなり耳元でフンフンと獣の息の音がした。
一種ビビったけど気をとりなおし、横を見た。
そこにいたのは、座った俺と目線をあわせるくらいのバカでかい、茶色のウサギだった。なんか、イギリスあたりのお話に出てきそうな。
「なんだ?これ欲しいのか?」
ウサギは言葉に出さず、鼻息をフスッと吐き出す事で返事した。
「ほれ」
差し出してやると、すんすんと少し臭いを嗅いで……そして、もしゃもしゃと食べ始めた。
おいおい。野生なのに手ずから喰うのかよ。
それにも驚いたが、平然と俺の横にいる無防備さはなんだろう?俺もいちおうプレイヤーなわけで敵なんだがなぁ。今だって、確かに武装してないが素手で戦う事くらいはできるのに。
悩んでいるうちに食べ終わったらしい。ついでに手まで舐められた。
「ん?まだ欲しいのか?」
すんすんと鼻を鳴らしている。ほしいらしい。
「そうか。だが俺も探してんだよ。今はもう持ってないぞ」
さすがにスキンシップには早いだろう。それに野生は野生だ、手ずからメシ喰ったからって懐いたと勘違いしないほうがいい。いつ気が変わってカプッといくかもしれないのだから。
だが逃げようとしない。欲しそうな顔はしているが。
「しょうがないな。一緒に探すか?」
返事を待つのもなんだ。勝手に探す事にしよう。
しばらく探すと、またキノコがあった。さっきより少し大きい。
「ほほう、またあった……ってウオッ」
また耳元でフスッときやがった。ちょっとビビった。
ふむ。しかし隠密度高ぇな。さすが野生。
「喰うか?でも食べ過ぎるなよ?」
フスッと息を吐いたかと思うと、今度は警戒する事なくモリモリ喰い始めた。現金なやつだなぁ。
キノコをもりもり喰う変なうさぎを見つつ、こっちはちょっと休憩。
ふう。さっきから隠密行動しっぱなしなんだよなぁ。
あくまでここはフィールド、安全圏じゃあない。だからこのウサギならいいが、敵対モブになんか出会っちまったら洒落にならないんだよな。
だって、こちとら丸腰で鎧もないんだし。
さて。待っている間にデータチェックでもしてみようかな?インベントリにラビットマッシュルームの項目が追加されていたので、フィールドラビットがよく食べるが食い過ぎると毒らしいとでもメモしておこうじゃないか。
だが。
「……なにこれ」
現れた自分のステータスを見て、目が点になった。
隠密行動:Lv33(21up!)
ちょっとまてオイ。何が原因でこうなった?
あわててログを確認する。すると
「フィールドラビットに発見されました」
「フィールドラビットから隠れる事に成功しました」
「…フィールドラビットに発見されました」
「フィールドラビットから隠れる事に成功しました」
「フィールドラビットに発見されました」
「フィールドラビットから隠れる事に成功しました」
「フィールドラビットに発見されました」
「…フィールドラビットから隠れる事に成功しました」
:
:
こんな感じで延々と、このウサギ君とかくれんぼ状態になっていたらしい記録が落ちていた。とんでもない量。
「あー……もしかしてそういう事か?」
隠密行動のレベルって、相手に見つかるかどうかって瀬戸際が延々続くと上がりやすいって事か?
しかし21upは無茶苦茶すぎないか?いやま、元のレベルが低すぎただけかもしれないが。
おや?まだ何かあるな。スキル増えてる?
モンスターハート:Lv1(new!)
『獣タイプのモンスターに信頼されやすい。野生動物タイプのモンスターの群れのボスが持つが、テイマー職もこれを使う。ただし本技能があるから必ず使役できるわけではない。まずは信頼を得て、仲良しになってから説得してみよう!』
おおお、凄いじゃないか。いかにもテイマーらしい。
でも、どうして最初から持ってないんだ?
そう思っていたら、詳細項目にきちんと説明がついていた。
本スキルはテイマー職についたからといって最初から持っているわけではない。ハンマーを持ったからって今日いきなりインゴットが作れるわけがないように、敵対モブもしくは中立で警戒心の強いモンスターと実際にとことん遊ぶ事でテイマーとしてやっていく資格を得、本スキルが取得できる。
なお通常職が同じ事をした場合、取得できるのは『和解』となる。こちらはペットシステムとして有名であるので、もしテイマーが自分の職種を隠したいのなら動物タイプのモンスターのみを見せ、ペットであると押し通せばよい。他人からはペットの契約やステータスは見られないので、外見以外では区別がつかない』
(なるほど!へええ、かゆいとこまで手が届いてるんだなぁ。
……ん?まてよ?
モンスターに信頼される?群れのボス?)
あ。もしかして?
「……?」
いつのまにか食べ終わったウサギが、俺をじっと見ている。
「まだ欲しいのか?」
フスッっときた。そうか。やはりか。
「そうか。だが俺も、ただ働きするのはどうかと思う。そこでどうだ?どっちが強いか決めないか?」
人間の言葉で言ってみる。野生のウサギ相手に何やってんだって笑われそうだなぁ。
だけど実際はというと、ウサギ君は「うむ、それはいいな!」と言わんばかりにフスッと息をした。
「ん、じゃあやるか!」
どうやら言葉はいらないらしい。バトル開始だ。
よし、やろう!
◇◇◇
数時間後、俺とウサギ君はフィールドでのびていた。
いつのまにか、遠巻きに他のウサギたちも見ていた。呆れたことに観戦モードなのか、キノコや野菜をかじりつつ見てる奴すらいた。
ヘンな奴らだな。確かにうさぎは敵対モブじゃないが……?
うーん、まぁいいか。今はそれどころじゃないし。
「ふ……ふふふ」
思わず笑いがこぼれた。
「この勝負、俺の勝ちだ。いいな?」
「……」
仕方ねえなと言わんばかりに、ウサギ君は大きく息をはいた。
「そんなわけで、おまえ俺と来い。そのかわり、俺は俺のゲットしたキノコを最優先でおまえに食わせてやろう。
どうだ、やるか?それともこのまま、どちらかが死ぬまでボコりあうか?」
「……」
ウサギ君は起き上がり、俺にも起きろと促してきた。うむ、無駄に偉そうだなこいつ。
何か差し出すように頭をつきだしてきたので、なんとなくそれに手を置く。
そしたら、
「お」
何か光り出した。これは……もしかして契約の魔法陣ってやつか?
驚いていたら、ぺろっとテロップが出てきた。
『このフィールドラビットとの間に契約する準備が整いました。契約しますか?』
もちろんイエスだ。イエスと答えた。
『名前をつけてください』
おお名前つけキタ━(゜∀゜)━!
「よし。じゃあ、おまえの名前はフラッシュだ。すげえ素早かったし、あの蹴りはやばかった。閃光のようなヤツって事でフラッシュ。どうだ?」
お。なんか「まぁいいだろ」って感じでフスッて来やがった。
『フィールドラビットに了承されました。彼、フラッシュはサトルの仲間となりました』
おおおやっだぜ!ついに自力でテイムできた!
だけど、喜ぼうとした俺は、その次の瞬間に驚く事になった。
「……え?」
ウサギ君転じてフラッシュ、彼のフィールドマーカーが『仲間』に変化したのだけど。
同時に、周囲にいる全てのうさぎたちのマーカーが一斉に変化したのだ。『中立モブ』から『友好的存在』に。まぁ村人と同レベルといっていい。
な、なんだこれ?何が起きてる?
あ、メッセージが来てる。どれ。
『フラッシュが仲間になった事により、全てのフィールドラビットはあなたに対し友好的になりました。仲間と同じ種族の者たちです、邪険にせず仲良くする事をお勧めします』
「……」
…………はい?
「……」
俺はあまりの事に、しばらく頭の中が真っ白になっていた。
「……てか、テイムじゃないだろコレ」
魔物使い?いや違うな、そうじゃない。これはむしろ。
「ん?」
ふとみれば、ちみっこいお子様うさぎが俺のリュックの匂いを嗅いでる。
「ああ、そういやニンジン買ってたんだっけ」
そもそもうさぎ用に買ったんだけど、あまりの展開にすっかり忘れてたよ。
「おまえら食うか?あんまりないけどな」
農家に直接行って量単位で安く売ってもらったんだけど、こんないたらすぐなくなるだろ。
ごそごそと出してやると、全部のうさぎが一斉に反応した。いい食い付きだなオイ。
「まてまて、ちびすけどもが先だって。フラッシュ、おまえいるか?」
フラッシュは前足で器用に一本だけとり、あとは好きにしろと言わんばかりにツーンとよそ向いて食べだした。
うーむ、こうして見ると意外にわかりやすいヤツだな。
「ようしまずは来いちびすけどもって、うわっ!」
次の瞬間、俺はものすごい数のちびうさぎにもみくちゃ状態になった。
「……」
一瞬だ見えたフラッシュはというと、ニンジンをぼりぼりかじりつつこっちを見ていた。
その目線はなんとなく「しょうがないやつだなぁ」といっているような気がしてならなかった。
ちなみに余談だけど、俺はこの日の体験を隠した。フラッシュを町に連れ帰った時にプレイヤーに声かけられたが、なんか懐かれたのでペットにしたと言っておいたのだ。わざわざ指南書に隠す事について書かれていたのもあるけど、別の理由もあった。
いや、だってそうだろ?
もちろんいずれはバレる。フラッシュはたまたま野うさぎなわけだけど、かりにレベルあげして成長したフラッシュが、ダンジョンでしかお目にかからない凶暴種や、魔大陸にいるという巨大うさぎに変貌したらさすがにもう隠せない。
だけど、今は俺も、こいつもまだ弱い。今、変に注目されて、攻略ギルド関係で聞くように、第一発見者を脅してレアアイテムを強引に共用させるような馬鹿が絡んできたら、とても対抗できない。
そう。まず俺たちは成長しないといけないんだ。
で、それはいいんだけど。
「おまえ、そんなもん食って大丈夫なのかよ」
「……」
「いや、ドヤ顔でフスッてしなくてもいいから」
俺の定食に妙に興味持つんだよね。
で、少しわけてみたら食うのなんのって。面白いからもう一人前注文して、それも半分こしてみたらこのありさま。
「フィールドラビットって雑食だったのか。はじめて知った……」
ちなみに俺たちがいるのは食堂だ。衛生面で文句言われるかと思ったが、なんとペット連れ用席っていうのが別にあって、そちらだとOKだったんだよね。いいのかそれで?
「この子たちは元々敵対モブじゃないし、慣れるとおとなしいからねえ」
「なるほど」
黙々食べてるフラッシュをはさみ、俺と反対側には女の人がひとり。彼女もうさぎを連れているが、なぜか首輪にリードつきだった。つまり、相席のご同輩ってわけだ。
「それにしてもお行儀のすごくいい子だねえ。うちの子なんか、普段はおとなしいけど何か興味もったらタターッて行っちゃうからね。さすがにリードもなしじゃ心配だよ」
「あー、一緒に戦った仲だからかも」
「戦った?」
「うん。遊んでる最中にはぐれ狼みたいなの来てね、ひとりと一匹でがんばって撃退したんですよ」
「へぇ!なんかそういうのってあるのかな?一緒に戦ったり、一緒にごはん食べると仲良くなるとか」
「わかりませんね。でも確かに、ありえない事じゃないのかも」
ごめん。俺たちのはたぶんペットじゃないからだと思う。
だけど、確かにお姉さんの言葉は一理あった。
「戦いはともかく、一緒に食事は確かに友好度あがるんじゃないかと思いますね」
「あ、やっぱりキミもそう思う?そっか。うん、みんなに提案してみようっと」
「みんな?」
お姉さんは「ああ」と少し納得したように頷いた。
「『ツンダークにおけるペット連れ友の会』っていうのがあるの。ほとんどβからのユーザーばかりなんだけどね」
参加しない?って誘われたけど断りました。
いや。秘密抱えて参加とか逆に申し訳ないし。うむ。