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モンスターといこう  作者: hachikun
サトルとテイマーとウサギの章
19/106

あるひとつの最終日(2)

 本来、神社が顕現するあたりは何もない野原になっている。いつもは特に意味のない場所なのだが、そこには今、なぜか大きめの焚き火が燃やされ、その周囲にはプレイヤーとおぼしき者たちが数名集まっていた。

 そう。最後の瞬間をここで迎えようという者達だった。

「ミミちゃん久しぶり。いやぁ、あの頃とちっとも変わらないねえ」

「ノマさんこそ。もうお会いできないかと思ってました」

 どうやら、かつてのペット愛好者集団が中心になっているらしい。

 焚き火のまわりに集っているのは、ミミ、ノマ、菜種油。そしてほむらぶのサブとヒルネル。ヒルネルは火を嫌って焚き火から少し離れているが、別に綺麗に円陣を組みたいわけでもなし。そもそもそれを言うなら、なぜか焚き火の上に調理器具をしかけ、鍋を回しているミミだって似たようなものだろう。

 そして、そんな面々のそばにはウサギ、そして巨大な狼。実は白猿とコウモリもいるのだが、コウモリは小さいのでヒルネルのかけているポシェットの中にいる。そして白猿はほむらぶのしょっているリュックの中。リュックから顔を出して眠っているあたり、まるで親子か何かのようで微笑ましい。

「ところで、ほむらぶさん、ひるねるさんがサブキャラなのは何故かしら?最後くらいメインの方がいいんじゃ?」

 当然の疑問をノマが言ったのだが、そこでひとこと。

「ううん、わたしはこっちが本体だから」

 ヒルネルが小さく微笑む。ひとでない赤い目を隠しもせずに。

「吸血鬼ロールプレイねえ。吸血鬼がいるって都市伝説じゃなかったんだ。今知ったよ」

「ノマさんはツンダーク離れて長いですし、知らないのも無理ないです。まぁ、今でも都市伝説扱いですけど」

「うんうん」

 ほむらぶの説明に、ヒルネルも同意するようにうっすらと笑う。

「そっか。まぁそっちは色々あったっぽいから追求しないよ。じゃあ、ほむらぶ君はどうしてサブの方で?わたしとしては、その溢れるキャラ愛を語るところの本人の暴露話を最後に期待していたわけだけど」

「どういう期待ですかそれ……」

 ちょっとうつむき、こめかみを押さえるように眉をしかめたほむらぶ。やけに女っぽさが筋金入りになっている。というか、過剰演出でもなく、さりとて粗雑な格好でもなく、あまりにも自然な普段着っぽい衣装で固めている事もあり、どう見てもそこいらを歩いている女性にしか見えない。

 むむむ、とノマはほむらぶのそんなサマを見て、そして思ったままにつぶやいた。

「あの頃は気づかなかったけど……まさかほむらぶちゃん、女の人?」

「!?」

 ノマの爆弾発言に、ほむらぶだけでなく菜種油も目を剥いた。

「えっと、なんででしょう……その、まさか見破られるとか」

「いやいやいやいやノマさんそんな馬鹿な!コレが女?まさか……ってオイ、見破られるってどういう事だ?」

 菜種油がノマの発言に言い返そうとしたところで、その耳にほむらぶの呟きが届いてしまった。そのため、途中から菜種油は二度驚かされる事になってしまった。

 対して、ほむらぶは涼しい顔だ。

「ん?どういうって、だから女だけど?」

「いやいやいやいやちょっと待て、色々と待て。だってその姿、アニメキャラだよな?女の」

「何、差別するの?女が女キャラ好きでおかしいっての?」

 悪くはないんだがと言いかけた菜種油。だがもう遅い。

「前にも言ったけどわたし、ほむ(あい)にかけては誰にも負けないつもりだけど?ちゃんと名前にもそう書いてるでしょ?」

 ほむ(らぶ)は当然のように言いきった。

「この()はね、女の子だけどヒーロー、それもダークヒーロー的立場の子なのよ。たったひとりの友達のために人生ぶん投げて走り続けて……ってそれはネタバレだから言わないけどね、とにかく、なんかヒーローって感じでしょう?それていて、すごくけなげでね。たとえ嫌われても、憎まれてもこの子のためなら、みたいな。だからわたしは」

「だぁぁぁ、ストップストップ!わかった!よぉくわかった!確かにおまえはほむらぶだ!よぉくわかったから今はちょっと待て!」

「え?あ、うん、まぁいいけど」

 うっかり、ほむらぶの地雷を掘り当てたと気づいた菜種油は、あわてていつものようにそれを鎮めた。まったく心臓に悪い爆弾処理である。

「そうか。しかし驚いたな。俺、おまえと何だかんだで結構かなり長いつきあいのつもりだったが。やれやれ。それにしても、じゃあどうして男のふりを?」

「ネットで女がウロウロしてると、ネカマと思われたりヘンな男がよってきたりするでしょう?うざいから、だったら男って事にしとけと」

「そりゃま、そうだが。それじゃ何でヲタ男のキャラで?」

「それが一番馬鹿が寄り付かないからってのもあるけど……わたしがほむ愛を語ってたらヘンな女に言われたのよね、ヲタ芸っぽいって。ヲタ芸ってそういう意味じゃないだろってムカついたんだけど、だったらもっとヲタっぽくしとけばそういうキャラと認識されて馬鹿よけになるんじゃないかって。まぁ、本物のヲタを呼び寄せちゃうって危険もあったし、うっかり同志に出会ってツンダークでそっちの談義をするハメになる可能性もあったわけだけど、幸か不幸かツンダークにそのテのヲタってあまりいなかったしね」

「……」

 もしかしたら、ヲタでない代わりに腐っているのではあるまいかと菜種油は思った。だがそれを口に出すほど彼は馬鹿者ではなかった。

「でもノマさんよく気づいたね。わかるものなの?」

「あー、あれから少しは人生経験積んだかもねえ」

 うひゃひゃひゃとノマは笑った。

「ほら、あたしのサブ覚えてる?執事みたいな戦士」

「うんうん」

 執事みたいな戦士、のくだりでミミが喰いついた。

「あれ、実は不倫相手の顔だったんだよね。もう終わっちゃったけどさ」

「!?」

 あっけらかんと重い話を持ちだされて、周囲の目がノマに集まった。

「いやぁ、うちの子が風邪で高熱出してね。ほっとけないってヤツが泊まり込みでついててくれたんだけど、ヘンな疑惑を持たれないために絶対泊まらなかったのにそれでしょう?ひと騒動になっちゃってね。しかも、騒動になったはいいけどうちの子の風邪をあっちに持ち帰っちゃったもんだから、余計に話がややこしくなって」

「うわぁ……」

「そうですか。それはまた大変でしたね……」

 あちゃあ、という顔をした菜種油に、ノマは苦笑した。

「いやいや、むしろ良かったっぽいよ。その事件のおかげでヤツの本性もわかっちゃったしね」

「本性?」

「あー……」

 首をかしげた男性陣に、どこか納得顔の女性陣。

「暗い話になっちゃうから省略するけど、まぁホント色々あったよ。だけど捨てる神あれば拾う神ありでね、その事件のおかげで、パートでいってたコンビニの店長が味方になってくれてね。『ノマ、迷惑じゃなかったらオレもまぜろ、あいつらムカつく』とか言い出して。まぁ、あれよあれよってうちに上司が旦那になっちゃったというか」

「……そ、そうですか。なんかご苦労様です」

「あはは、ありがと。まぁ終わり良ければ全てよしだよ。うちの子は元気になったし、何より、お父ちゃんどこっていう年頃になる前にパパができたわけだしねえ」

 にこにこと笑うノマの笑顔は、多少の陰りこそあるが嘘は感じなかった。

 色々問題はあったのだろう。そして今も問題はあるに違いない。

 しかし、全てが好転しているというのなら。

「大変だったんだね……ごめんなさい、なんかお気楽に聞いちゃって」

「話したのはあたしだからね。ありがとミミちゃん」

 うふふと笑い合うノマとミミ。と、そこでふと菜種油が思った。

「そういやミミさんは気づいてたの?びっくりしてなかったよね、ほむらぶの事」

「まぁ、薄々だけど。あやしいなーって事もあったし」

「へえ。どのあたりが怪しかったのか聞いていい?僕には全然想像もつかなかったんだけど」

「あー、それはねえ」

 ちょっと言いにくそうにミミがほむらぶに目を向けた。そこで「ああ」とほむらぶが頷いて、

「あんまり露骨じゃなかったらいいよ」

「そ、そう。あのね、ほむちゃんて、時々INしない日とか、INしても大人しい日が定期的にあったんだよね。それ何度か見たり体調不良のお話してて、ああ、そうなのかなって」

「……」

「……」

「な、なるほど、そりゃ僕じゃ気づかないな」

 妙な沈黙があたりを支配した。

 さて、そんなこんな話をしていたのだが、

「みんな、そろそろ切断十分前だよ。特別なイベントはやらないって運営は言ってたけど、何か始まるかも」

 じっと黙っていたヒルネルが、唐突につぶやいた。

「お」

「あれは……」

 次の瞬間、空にキラキラと光が浮かびはじめた。

「ゲームシステム側……じゃないね、本当に天空が輝いてる」

「うん……ラーマ様の気配がする。あれはたぶん」

「おいおい、神様自ら演出ってか?」

 菜種油が驚いたように言った。

 ちなみにこの面々は、ツンダーク異世界談義という例のやつに参加した事はない。そして、ここが異世界なのか、それともAIの作った仮想空間なのかというあの不毛な議論にも関わりを持たなかった。ツンダークから離れていたノマは当然だし、ノーコメントを貫いていた菜種油とミミも、そして地元に没入しすぎてそういう話題にすら加わった事のないヒルネル、ほむらぶ組も然りである。

「神様、ね」

 クスッと微笑むようにノマがいった。

「そういえば、そんな議論あったねえ。懐かしいなぁ」

「ま、これだけリアルじゃそんな話も出ますよね。それに、例の『居残りしませんか通知』もそうですし」

「地球を離れて異世界で暮らしませんか、かぁ」

 クスクスと笑い出すノマ。

「ノマさんはどうしたいです?仮定ですけど」

「あたし?いやぁ、凄く面白そうだけど、うちの坊主がいないからねえ。残念」

 そもそも笑い話のせいか、ノマの反応は軽かった。だがそれでも子供をとるあたり、本当にそれが本心なのだろう。

 そんな会話をしていたら、唐突にグループメッセージがオンになった。

「あら?これ誰かしら?」

「全グループにブロードキャストってなってるな。こんな事できたのか?」

『こちらは西の国のプレイヤー協会ギルド、自分は代表のボコボコ王子です。このメッセージは運営に頼んでオンにしてもらいました。鬱陶しかったら拒否してくれてもかまわない。そして、もしよかったら少しだけ耳を貸して欲しい。

 今、接続しているキミ。キミは居残りの手続きをしてしまったかな?

 いや、手続きをするしないは自由だ。だけど、ひとつだけ言いたい。

 自分たちは、このツンダークで何をしてきたかな。生産組は少し違う意見かもだけど、基本的には戦いにあけくれていたんじゃないかと思う。ぶっちゃけ、殺して、殺して、殺して、殺しまくるっていうのがこのツンダークでの生き方だったと思うんだよね。

 そんな自分たちのコピーをこの世界に残す。本当にこれはいい事なんだろうか?

 確かに、運営の申し出には好意的な意見が多い。たとえコピーであっても、自分たちにつながるものがサービス終了後もツンダーク世界に残るとしたら、これは何かワクワクするものを感じるものね。たとえそれが、運営と、その後ろにいる研究機関が仕事を終えてサーバが停止するまでの、ほんの短い間だけの事だったとしてもね。

 だから、自分たちは敢えて提案したい。

 残したいと思って手続きをしたキミ、まだ遅くない。今からでもそれを取り下げるんだ。メニューからできるようにななっているそうだからね、今からでも簡単にできる。ひいては……』

「はぁ。メッセージ拒否しました」

 ぼそ、とミミがひとこと言った。

「僕も止めた。ていうか、彼らホントに歪みないねえ。それのわがままを平然と受け入れる運営も太っ腹だが」

「えーと、今の何者なの?」

「ほら、例のテイマー事件の時、最後までテイマーの危険性について説いてた人たちいたでしょう?あれ」

「ああ、そういえば」

 ノマも思い出したようだ。

「そういえば、この中に『残る』手続きをした人っている?」

「僕はしてないかな。どっちでもいいとは思ってたし。残ったとしても、それは僕じゃないわけだから」

 すぐに返答したのは、菜種油だった。

 それに続いて、ほむらぶが言った。

「わたしもしてない。だけど、わたしの場合は必要ないから。念のために確認もしたよ」

「え?必要ないって、どういうこと?」

「それがね。ツンダーク社会に関わる職種の場合、だいぶ前に同意が求められてるんだよね。それも極端な場合は、その職種についた段階で。ね、そうだよねミミさん?」

「あー」

 話をふられたミミが、困ったように微笑んだ。

「あ、うん。わたし、巫女になった時に同意求められたよ?オッケーした」

「巫女になった時って……まさか、あのテイマー事件の時?」

「うんそう」

「うんそうって……ほとんどサービス開始直後も同然じゃない!?」

 ノマの驚愕に、うんうんとミミは笑って頷いた。

「ほら、ツンダークの目的は、プレイヤーを異世界に召喚するためじゃないかって話があったでしょう?噂の出どころはコレだと思うよ。たぶんだけど」

「……だろうね。そんな前からそんな事してたんなら」

 ふむう、とノマは唸った。

「それにしても徹底してるんだねえ。いや、そこまで徹底してるからこそ、実は異世界じゃないか、なんて噂もたつのか」

「うん、たぶんそうだね」

 ふふふと笑うミミ。その向こうはヒルネルも苦笑していた。

 それから少し、そういうツンダークの都市伝説についての話が流れた。何年も続いた、しかもリアルなサービスだけあって、実に色々な都市伝説が作られた。おかしな話は異世界伝説ばかりではなかったのだ。

 たとえば、フルチンで戦う変態魔法使いの話。

 たとえば、恋人や夫婦でプレイすると謎のスイートルームに入れてくれるという宿屋の話。

 たとえば、落語家のようにしゃべる奇妙な杖の話。

 そんな、ありふれたような、そしてなかなかないような、そんな話を。

「そういえば、ネトゲ終了に定番の連中はいるのかな?ギルド吹っ飛ばすとか、身の丈越えた大冒険にわざと出て派手に玉砕するとか」

「いるでしょうね」

 菜種油の指摘に、ほむらぶが答えた。

「わたしが知るだけでも、3つのギルドが爆破を決めてたし、派手な戦闘をしようって人たちもいたと思う。

 だけど、ある程度から先はラーマ神によって打ち消されると思うけど」

「打ち消される?どうして。最後だからやらせてあげればいいのに?」

 ノマが不思議そうに言った。

「その人たちにとっては最後だろうけど、この世界はその後も続くから。

 拠点の爆破だって、市街地にあるギルドで『ヌークリアス』みたいな極大攻撃呪文使ったりしたら当然、町にも被害が出るでしょう?今までは町に被害が出れば犯罪者として追われただけど」

「あー……これが最後だからってそれは困るもんねえ。そもそも町がなくなりかねないし」

「ええ、そういうことよ」

 余談だが、ヌークリアスは Nuclear をもじった名前だと聞いている。モンスターのいる巣をまるごとぶっ飛ばして浄化しようとか、こういう豪快な作戦に使うもの。さすがに核攻撃の威力はないが、その名を語るにふさわしい馬鹿げた威力の魔法だという。

 核兵器は張子の虎と言った政治家も地球にはいるが、あいにくこのヌークリアスの欠点も核兵器と大差ない。つまり威力がデカすぎ、扱いが面倒過ぎなのだ。しかも高レベルの魔道士数名の合同詠唱が必要なため、通常のパーティ戦で使われる事はまずない。なかばネタ魔法ともいえる。破壊系魔法をカンストしたような物好きが最後に覚えるもの、とも言えるだろう。

 だが皮肉なことに、拠点爆破なんて事をやらかすにはピッタリなのも事実だ。思わずためいきをついていたら、

『ツンダークサービス停止三分前です。皆様、本当に今までありがとうございました。終了記念イベント等行わない方針ですが、せめて最後の星空をお楽しみください。これは地球の星空の映像ではなく、ツンダーク世界オリジナルのものです』

 そんなメッセージが唐突に流れてきた。

「へぇ、星空なんて適当に作ってるのかと思ってた。これもオリジナルなのねえ」

「はい。天体も全て『この世界にあるもの』だそうです。地球の空と同様に、近い星では1年、遠い星では何億年もかけて光が届いているんだそうですよ」

「あはは、そんなとこまで凝ってるんだ」

「はい」

 楽しげなノマ。それに沿いつつも、どこか微妙に寂しげなミミ。

「あれ?ミミちゃんごめん、あたし何か悪い事言った?」

「いえ、違います。もうすぐノマさん、菜種油さんとはお別れなんだなって」

「そうだね。おっと、あと二分か。皆のメニューには警告出てる?」

「もちろん」

「出てますー」

「そっか。じゃあ、改めて最後に挨拶しよっか」

 自然と、菜種油が音頭をとった。

 彼らが交流をもったのはβのペット狩りの時代だから、もうずいぶん長くなる。後にそれぞれの所属ギルドに散っていた後も、ペット好きという観点からこのグループはずっと共存してきた。ノマは途中で離脱してしまったが。

 その、一番最初の頃にリーダーシップをとったのも菜種油だった。彼はそういうキャラクタなのだろう。

「ここで僕らのツンダークは終わる。だけど、もしできるならまたこうして会いたいね」

「そうね。もし会えるなら」

「うん、同意です」

「はい」

「いいね。じゃあ、もし会えたら」

 自然と、皆は丸くなり、それぞれの手をだし、あわせた。

 それを見た狼も、のそっと立ち上がり顔を突っ込んできた。といっても大きいので、ノマの横に無理やり顔を出す感じだが。

「あはは」

 狼に間に入り込まれたノマとミミが笑う。

「お、一分前だ」

「みんな今頃騒いでるかな?」

「騒いでるとこもあるだろうね。そういや、ミミさんたちは誘われなかったの?」

「わたしはペット関係で集まるからって」

「うちはもうギルドで残ってるの、ひるねるとわたしだけだし」

「うんうん」

「あれ?そういやミミちゃんのウサギは?」

「チックはこういうの混じらないんだよ。つーんって横向いちゃう」

「あはは、なんか男の子してるねえ」

「ん、くるぞ三十秒前」

 全員のメニューに『最終カウントダウン』と『いままでありがとうございました』という言葉が写った。そしてその横の数字が、じりじりと減っていく。

「あうぅ。なんか寂しいよぅ。ノマさぁん」

「あーミミちゃん、菜種くんとアド交換してるから、今度なんか連絡しよっか。ね?」

「頑張ってみる……」

「が、がんばる?」

 不思議そうな顔をするノマに、えへへと困ったような顔で笑うミミ。

「えっと、ごめん。わたしメカ音痴 orz」

「そうなの!?」

「うん」

 そんな会話をしていたところで、

「あ」

「おう」

「あはは」

 

 

 キュンっと強制切断特有の軽い音を残し、菜種油とノマが消えた。

 

 

「……」

「……」

 数秒間、ミミ・ほむらぶ・ヒルネルの三者は固まっていた。

「なに、このタイミング……」

「うん、時間通りだし。ミミさんらしくていい終わり方なんじゃない?」

「ほ、ほむちゃあん!」

 ミミが涙目で苦情をあげた。

「ひとごとだと思って!あれじゃノマさんに変な子だと思われて終わったよ!」

「うん、だろうね」

「そこ!だろうねって普通にいうな!肩ぽんぽんすんな!」

 悲しそうなミミ。それを慰めるように肩を叩くほむらぶ。

 そんな横でヒルネルは、何か空を見上げるようにしてあれこれ調べている。

「メニューは残ってる。GMコールは不能、ログアウトは無効か。

 なるほど、運営はあっち側だから不可能で、ログアウトは接続が切れたから働かずってとこかな?うん、現時点ではデスゲームってやつに近い状態かも。へぇ、サービス停止後のネトゲをネトゲ側から見るってこんな感じなのか。面白いねえ。

 ちなみに、まだメニューが生きてるからって死んでみちゃダメだよ?死に戻りがまだ機能するっていう保証はないからね。スキルシステムもジョブ管理も今まで通り使えるかどうかわからないし」

「そうね」

 ミミの相手をしつつ聞いていたほむらぶも、大きくうなずいた。

「メニューが生きてるの?けど、メニューを統括してるのはデータセンターのプログラムよね?なのにどうして?」

「え?ああそれは簡単。データセンターがそもそもこっち側にあったからね」

「へえ、そうなんだ……って、ほんと!?」

「ほんとほんと」

 ニヤ、とヒルネルは笑みを浮かべた。

「ほむらぶ、あんた、ツンダーク世界とメニューシステムが完全独立なのは知ってるよね?」

「もちろん。どこにあるかは知らないけどね」

「おけ。メニューシステムは地球側のシステムじゃなくて、ツンダーク側に実装されてたのよね。理由も簡単で、要はそれが一番簡単だったからね。北部のネマ山脈の奥にアマルトリア帝国時代の大型発電所みたいなものがあるんだけど、それがまだ生きててね。そこに神様が世界干渉用の汎用システムを設置して、召喚された地球側の開発スタッフがプログラミングする形で作ったんだって」

「……何その変態ハイブリッド」

「だよねえ」

 呆れたようなほむらぶのためいきに、ヒルネルはクスクス笑った。

「まぁ、わたしもちらっと見たくらいで本格的な調査はこれからなんだけどね。

 そういや、ほむらぶちゃんこの後どうするの?どうせ情報網の構築もユーザー系は全部しなおしなんでしょ?」

「まぁね。ヒルネル、その調査わたしも混ぜてくれるかしら?種族的に行けそうなら」

「あー、寒さ対策はしたほうがいいね。わたしは種族的に平気だけど人間だし」

「わかった。何か考える」

「あわてなくていいよ?あ、なんだったらわたしの妹になる?いっそ」

「今は遠慮しとくわ。そのうち本当に死にかけたら頼むかもしれないけど」

 いつもの調子で平然と会話を再開する、ほむらぶとヒルネル。

「……」

 ミミは、そんなふたりをなかば絶句しつつ見ていた。

 信じられない事に、もともと女だったらしいほむらぶ。だが『彼女』はともかく、ヒルネルはこれで永遠に男に戻れなくなってしまったはずである。もう少し何かありそうなものなのに、まるで変わらない。

 なんて強い。それとも、あえて日常を装っているのか?

 と、そんな時だった。

(あれ?)

 どこかから、悲しげな鳴き声がするのにミミは気づいた。

 どこだろう?そう遠くではない。

「ごめん、ふたり黙って!何か聞こえる!」

「!」

「!」

 ミミの声に瞬間的に反応し、ふたりも黙った。

「……もしかしてウサギの声?」

「そうかも。だが、かりにウサギなら何匹かな、一匹や二匹の声とは思えないけど?」

 ほむらぶとヒルネルも気づいたらしい。耳をすまし、音源がどこかを確認しようとしている。

 だけど、ミミが気になるのはそこではない。

(泣いてる?)

 そう。これは泣いてるのだ。何かを悼み、悲しむ声。

「……」

 ミミはスッとたちあがり、右手を斜め上につきあげた。

 くるっと手を回し、そして何かを掴むような形を作る。すると空間が音もなくゆらぎ、そこに何かが現れる。

 それを見たヒルネルが、小さくつぶやいた。

「……鈴?」

 そう。ミミの手にあったのは紅白の組紐(くみひも)と、その先にぶらさがった鈴。

 さらに、左手が何かの魔力を宿した。

「風よ」

 ミミの口から声が紡がれた。

「風よ、悲しき声にこの鈴の音を届けよ。遠き鈴の音(リィン・ウィンド)

 その瞬間、リィィィィィン、リィィィィィン、と鈴の音が風に乗り、周囲に拡散しはじめた。

「ほう」

「これは……小さいけどオリジナル魔法みたいね。音を遠くまで届けるものか。また器用な」

 単に増幅するのでなく、風にのせ遠くまで流そうという感覚が面白い。ミミ特有の感覚なのだろう。

 しばらくして、遠くから聞こえる声が変わった気がした。

 ミミはそれを確認してから、満足気な顔で魔法を停止した。

「……うん、よかった。少しは慰めになってくれたみたい」

 ふうっと、ミミは静かにためいきをついた。

「さて、そろそろ片付けて帰りましょうか。ノマさんも菜種油さんもいないから、ふたりともちゃんと手伝ってね?」

「へーい」

「うっす」

「大丈夫かなぁ。よりによって、サボり魔ばっかが生き残るなんて」

「ちょっと待って。わたしがサボり魔ならミミ、あんたは何?」

「もちろん、ただのわすれんぼです!」

「威張る事じゃないよねえそれ?」

 呆れたようなほむらぶの声が、星空に明るく響いた。

ほむらぶ「いつからわたしを男だと誤解していた?」

作者「てか、ふつうに皆、男だと思ってたんじゃ……確かに設定資料には『こっそり抱えた大きなひみつ』といみありげに書いてあるが」

ほむらぶ「それ性別逆だから!」


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