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モンスターといこう  作者: hachikun
サトルとテイマーとウサギの章
18/106

あるひとつの最終日(1)

いよいよラストエピソードです。数話に分かれています。

 さて、最後にひとつのイフを語りたい。

 サトル少年がテイマーにならんとログインしたその日に始まったこの物語は、もちろんこの後も続いていく。だがしかし、この物語を見聞きしてきた皆さんの中には、疑問を持っている方も多いのではないだろうか?

 結局のところツンダークとは何なのか?

 サトルやミミたちの末路はどうなるのか?

 世界の謎に挑戦するハメになったヒルネルや、何やら暗躍モードのほむらぶの行方は?いやそれもそうだが、一度登場したっきりのミミのペット仲間、菜種油氏やノマさんについても知りたい方がいらっしゃるのではないかと思う。

 そこで、ここでひとつの結末を語りたい。

 この結末は全員の末路を確定しない。あくまでもひとつの可能性にすぎない。だけど、きっとそこから何かを読み取り、ひとつの感慨を持っていただけるのではないかと思う。

 とある『最終日』の物語を始めさせていただきたい。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 長く続いていたツンダークシステムがサービス終了を告知したのは、とある冬のはじめの日の事だった。

 いわゆるRPG型のネトゲとしてはとっくの昔に旬を過ぎていた。かつてのパソコンMMORPGと違ってフルダイブのVRMMORPGの場合、必要なデータ量の半端なさから世代交代は遅いのだけど、それでも長い時間の間には新たなサービスがたくさん立ち上がったのだ。特にツンダークを研究したその成果を元に作られた第二世代のRPGは優れていた。リアリティを求めるあまり『世界』にゲームの皮をかぶせるという豪快な構造になっていたツンダークの問題点を見直し、よりゲームとしてスマートなものを提供する事に成功したからだ。ツンダークのレベリングにそろそろ飽きてきていた攻略系のゲーマーたちが、これで一気に新天地に移っていった。

 リアリティの極地にたどり着いたVRMMOが、再び進化の時代を迎えたのだ。

 そればかりではない。

 ツンダークのもたらしたリアルなVRMMO世界の技術は、医療や福祉、果てはレジャー、アダルト業界までも塗り替えた。まさにファンタジーかSF世界のように幻とも現実ともつかないサービスを提供できるようになり、人々の生活は携帯電話が普及した時の革命的な変化に匹敵するほどの劇的な変化を遂げていった。その意味で、ツンダーク計画は大成功だったと言えるだろう。

 だがそれは当然、ツンダークサービス本来の役割が終わる事も意味していた。

 多くのネトゲがそうであるように、サービス終了まで生き延びているプレイヤーというのはまったり系かやりこみ型、あるいはその世界自体が好きな者たちがほとんどであろう。だから彼らは「とうとう来ちまったか」という万感の思いと共にその広報を聞いていたが、最後についてきた一文には、さすがに目を剥いた。

 それは『居残りについて』というタイトルがついていた。こんな内容だった。

 

 

『長いことツンダークを愛していただき、本当にありがとうございました。

 既にご存知と思いますが、ツンダークはVRの実験世界という意味合いも持っております。ゆえに公開サービス終了後もすぐさま完全停止するわけではなく、それらの完了を待って本当の意味での接続停止となります。

 さて。

 プレイヤーの皆さんが去った後のツンダーク世界は、基本的にこの世界本来の住人たちだけの森羅万象の世界となります。ですが皆さん、この「その後の世界」にご自分のコピーを残したくはありませんか?

 もちろん、それはあなた自身ではない。あなたの性格をよく反映した別人となる事でしょう。

 ですがその、あなたを引き継いだ者はこの世界本来の住人と混じり、ひとつの個性として生き続ける事になります。

 いかがでしょう?この世界におけるあなたを、この世界に居残らせませんか?

 ご希望される方は、いつでも運営まで』

 

 

 前代未聞の提案に、皆騒然となった。

 通常、サービス停止となれば個人情報の一部ともいえるアカウント情報も削除される。なのにアバター情報側だけとはいえ削除せずに再利用し、新たな住人のひとりとするというのだ。サービス終了後の閉じた仮想世界の中だけの存在とはいえ、それは驚くべき提案といえた。

 それと同時に、これは皆の間で広がっていた一つの都市伝説に、ある意味で説得力を与える結果にもなった。

 

 

 曰く、ツンダークは仮想世界でなく実在する異世界であると。

 さらに曰く、ラーマはAIでなく異世界の神でもあると。

 そして曰く、ゲームとしてのツンダークの真の目的は、ツンダーク世界に異界の血を入れ活性化を図るためであると。

 

 

 究極に進歩してしまった仮想世界は、本物の異界ともはや区別がつかなかった。

 そして運営元もまた、その噂を放置して肯定も否定もしなかった。実は彼らにも実情がよくわかっていないという話もあったが、それは否定された。リソースの拡張などの分野で彼らが現実を知らないわけがなく、彼らは当然その事情を知っているはずだと思われたからだ。オンラインサービスの常として安全のためにデータセンターの場所は秘匿されていたが、LANケーブルの先端が異世界に消えている事を信じて疑わない者と眉唾と笑う者は常に拮抗し、議論の的になった。

 こんな声もあった。「運営の人間もツンダークに移住してるのではないか?」と。

 長く続いていたツンダークサービスだが、運営の人間が話題に登る事は皆無といってよかった。彼らは、オートバイ好きにおけるヘルス・エンジェルス等と呼ばれる連中がビールとガソリン代のためのみ世の中と関わるように、ツンダーク運営のためにのみこの世界と関わっているように見えてならない、そんな声もあった。

 だが、どの議論についても物証を欠いていた。

 そして、そうしているうちに他のサービスがツンダークの成果を使い、さらなるVRMMOの提供をはじめた。追求者の数が減り始め、結局、それらの結論は出る事なく、うやむやになったままマンネリ化していった。

 そんな中での今回の発表である。

 かつての議論者、追求者たちは再び顔を向け合った。だが「ついに目的の人数に達したとか?」「いや、別のサービスで人を集め始めたのかもしれない」などとたくさんの意見がとび交うばかりで、結局はやはり結論に達しなかった。いかなる頭脳が集まり意見を飛ばしたところで、完全な物証がないのだ。そして、当の移住を疑われる人たちの中にはリアルの自分を公表した人も少しいたのだが、彼らが有名人ではないとはいえ公人の顔を持つ人だったがために、再び議論は暗礁に乗り上げてしまった。

 そんなこんなを続けているうちに、とうとうサービス最終日を迎えたのである。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 かつて、はじまりの町と呼ばれたところから少し離れた丘。そこに、おびただしい魔獣の軍団が鎮座していた。

 ずっと昔、そこは最初のテイマーが呼び寄せた魔獣軍団と、当時のプレイヤーたちによる殺し合いが行われた場所なのだが、その当時の記憶はとうに薄れていた。もっとも町から採取に来ていた初老の男はそれをよく覚えていたし、覚えてなかったとしても、見渡す限りを埋め尽くすほどの途方も無い魔獣の群れを見て仰天しないわけもなかった。しかもである。かつての殺し合いのおりには魔獣というべきものよりも通常の野生動物の方が多かったのだが、この集団は違う。どこからどうみても、最低でも魔獣、それどころか災厄クラスの超高位の怪物すらもチラホラ見られるありさまだったのだから。

 なんだこれは。まさかこのタイミングで神魔級の世界戦争でも始まるというのか。

 さすがに冷や汗が出た。

 だがその群れの中からヒョイと顔をのぞかせた青年を見て、男は一気に破顔した。

「サトル!サトルじゃないか!そうか、テイマーがいるんだろと思ったがサトルだったか!」

「お久しぶりですガラムさん」

 はははと笑い合い、かつての少年と道具屋の亭主は、抱きあい再会を喜び合った。

「いやぁ、すごい集団になったなぁ。本当に驚いたぞ」

「それもこれもガラムさんのおかげですよ。あの時にお世話にならなかったら今の僕はないです」

 採集にきたというガラムに何を集めるつもりだったのかとサトルは聞いた。その種類を確認してから何かゴニョゴニョと言ったかと思うと、群れの中から一頭の子狐が現れた。口に薬草袋をくわえている。

「今、種類のわかる仲間に集めさせました。時間がないので各自一本ですし、あまり綺麗でもないですが」

「何?いいのか?」

「ここを仲間たちが占領しちゃってますから。おわびと思って受け取ってもらえれば」

「それはそうだが。すまんな」

 ガラムは袋を受け取り中身を確認した。

「ああ充分だ。これだけあれば、多少まずいのがあっても必要分は余裕で満たせるだろう」

「相変わらず初級ポーションなんですか?けどそれって初級じゃ使わないですよね」

「あー、最近は異世界人の初心者もまずいないしな。依頼注文で作る薬の方が主流になりつつある。まぁ、おかげで道具屋の方はさっぱりでな」

「あー、それは仕方ないですよ」

「仕方ないですむか馬鹿。道具屋と違って薬屋はな、主力の商品は全部自分で作るのが当たり前なんだぞ?」

「ガラムさん、それがめんどくさいから道具屋になったんでしたっけ。ままならないもんですねえ」

「くそ、サトルもか。なんで皆そう要らん事ばかり覚えてる?」

「あははは」

 町の古馴染みにもさんざん言われたのだろう。サトルは笑い、ガラムも苦笑いした。

「しかし珍しいな。これだけ大所帯だと人間の町に近づくのも大変だろう?やっぱり例のアレか?」

「はい。最後を迎えるのはやはり、はじまりの土地であるここがいいだろうって」

 ガラムの道具屋に居候していた日々。フラッシュや仲間のウサギたちと駆けまわった丘。しばらく戻っていなかったが、サトルにはやっぱりここが原点だった。

 そんなサトルをガラムも微笑んで見ていたが、やがてある事に気づいた。

「そういやあのウサギはどうした?さすがにもう巫女になっちまったか?」

 ウサギや狐といった野生動物系の魔獣は、巫女や神官タイプに変化すると修行のために群れを離れる。テイマーについている場合はその限りではないが、それは修行の阻害でもある。ガラムは何となく、サトルはそういう事態になったらフラッシュを開放するのではないかと予想していた。

 動物を飼うという事は、自然の形を歪める事でもある。自称動物好きであっても、家族同様に愛する仲間を手放すとなると踏み切れない者も多いが、サトルはおそらく笑顔で見送るだろうと。また、そういう者だからこそテイマーにふさわしいのだとも思っていた。

 だが。

「あ、フラッシュならそこにいますよ」

「え?進化してないのか?」

 サトルの指さした一群の中に、あの頃と全く変わらないフラッシュがいた。重ねた年輪のせいか少々貫禄がついているが。兎獣人姿の小娘らしき者がそばに張り付いており、なんとなく女王様のようにも見える。

「中身は物凄く進化しましたよ。ただ、フラッシュは人化も人語取得も選ばずに、全部能力的な進化に進んだみたいで」

「ほう、ウサギなのに戦闘向けになったのか。それはまた珍しい」

「僕はとても助かりましたけどね。なんたってつきあい長いからどうにでもなるし、付き人はダメってとこでも「人じゃないでしょ」ってなし崩しに入れちゃったりしましたし。しかも戦闘力はボス級ですから」

「なるほどな」

「ただ、ウサギとしての寿命はそのままになっちゃいましてね。さすがにもう歳です。子どもたちがやたらといますし、あの通りに人型を選んだ子たちも多くてね。今じゃすっかり女王様です」

 どこか寂しげにサトルは笑った。その笑顔にガラムも何かを悟った。

「そうか……まさかここで?」

「ええ。何とか間に合えばいいんですが」

 ふむ、とガラムは頷き、そして自分の袋を探った。薬をひとつ出す。

「非常用の回復薬だ。当人が弱っていては本来の効果は望めないが、少しくらいは時間を稼げる」

「ガラムさん、でもそれは」

「いいからとっとけ。使わずにすむ事を祈るが、あって損はあるまい」

「……ありがとうございます」

「こっちこそな。サトル」

「なんでしょう?」

夜が開けたら(・・・・・・)一度うちに遊びに来い。町の仲間ともども歓迎してやるからな」

「はい!」

 そう言い残すと、ガラムは丘を去った。


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