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モンスターといこう  作者: hachikun
サトルとテイマーとウサギの章
17/106

撤退(2)・とある女のケース

「縁談は断るって、(みなみ)、あんたどうするつもりなの?」

「ごめんお(かあ)ちゃん、新しい仕事するからもう忙しくて忙しくて」

 困った顔の母親の前で、軽く頭を下げる女の姿があった。名を(みなみ)

 南は進学や就職で苦労させられていた。閉鎖的な田舎だった事、家の方針もあって四年制の大学に行かせてもらえなかったのである。

 ちなみに短大行きはパス。彼女の里の感覚では女の短大はただの腰掛け扱いだった。つまり外に行きたがる娘を縛り付け、縁談やら友人攻撃でさっさと嫁がせよう。そういう目的で使われているのだった。

 高卒では仕事が限られる。なのに上に行こうとしたらコレだ。

 南はただ、自分で仕事をし、生活したいと思っていただけなのだが。

 いや、正しくは、そこいらの男の嫁になるという人生がどうも想像できなかった、というのが正しい。小さい頃から、将来の夢のところでお嫁さんと言う友達を、内心醒めた目で見ていたように南は思う。そういう人生に良い未来を感じていない南は、きらびやかなお嫁さんのイメージに引っ張られる年代の子どもたちの横でひとりだけ首をかしげていた。つまりはそういう事だった。

「そうはいってもねえ……」

 母親が渋るのも無理はなかった。

 親の視点でいえば、南はおそろしくアクティブな娘だろう。いつのまにか自力で情報処理の資格をとり、それを伝手に自分で仕事を見つけた。閉鎖的なド田舎の平凡な女の子のはずなのに、年頃の女の子らしい友達はいつしかほとんどいなくなり、専門職で身を立てる方向にまっすぐ歩んでいった。

 だがそれでも、今までは両親の理解できる範囲だった。今までは。

「外国の研究機関だなんて。そんな所でいきなりお仕事なんて大丈夫なの?」

「だから、今までもぼちぼちやってたんだって。それが、今の職場でやりにくくなってきたから本格的にお誘いがきたんだって……って何回言わせるの?もう!」

 両親が驚くのも無理もない。

 日本の常識的にいって、高卒で働いているはずの娘のところに、いきなり米国籍の大きな仮想世界研究プロジェクトから名指しでお誘いがかかったらそりゃ普通は仰天ものだろう。たとえその娘がどんなに優秀であろうと、である。もちろん日本でも高卒で研究員になる人がいないわけではないが、いくらなんでも突然すぎる。なんでいきなり海外なのか。

 余談ながら、ちゃんと日本の大学でVR研究をしている教授の推薦も付いている。このあたり、日本の田舎の現実まできちんと配慮されているのがわかる。

 日本の大学機関にも手がまわり、しかも細かい配慮までできる組織。これなら確かに問題無さそうではある。

 だがしかし、だからといって親としては納得できるわけがない。

 そのための縁談。つまり遠回しにだが、仕事なんかやめて帰郷してこいというわけだ。

「まぁ、わたしだってさすがに召喚は驚いたよ。でもね、今のお仕事があまり調子よくないわけだし、先方からも『今までは余暇にいわばボランティアで手伝っていただいていたわけですが、いつまでもご好意に甘えているわけにはいきません』っていう事で、正式にお給料を出すのでお願いしますって事なのよね。わたしだって本来は技術的興味から好きでやっていた事なんで、願ったりかなったりだし」

「そう。じゃあ南、きくけどあんた結婚するつもりあるの?」

「ごめん、ない」

「南!」

 ふたつ返事で答えた娘に母親は怒った。しかし、

「ねえお母ちゃん、なんで怒るの?」

「あんたのために言ってるのよ?歳を考えなさい歳を!いつまでも若い娘じゃないんだから!」

「ええそうよ。いつまでも頭脳は若くないわ。学業にせよ仕事にせよ、柔軟にやれる今のうちにたくさん実績を積み上げないとね」

「そんなものいつだってできるでしょ!女の幸せはどんどん遠ざかるのよ?後悔してからじゃ遅いってなぜわからないのあんたは!」

「はぁ。ねえお母ちゃん」

 大きくためいきをついて、そしておもむろに南は言った。

「ひとつ聞きたいんだけど、イエス以外は求めない『問いかけ』にどういう意味があるの?」

「は?」

 何いってるのこの子、と眉をしかめる母親に娘は言った。

「お母ちゃん、さっきから自分の意見を押し付けよう、押し付けようとしかしてないよね?しかも、ひとの仕事捕まえて、そんなものいつだってできるってどういう事?ねえ」

 南は腕組みすると、眉をつりあげた。

「このさいだからハッキリ言わせてもらうよ。

 あんた、ひとのやってる事、大事にしてる事を頭からくだらない、いつでもできるとか言い切るのやめなよ。せっかくいい事言っていても誰も聞いてくれなくなるからよせって昔からわたし何度言った?何度も、何度も何度も何度も口すっぱくなるくらいに言ったよねえ?どうして理解しないの?

 もうそろそろ学習してくれてると思ったんだけど、どうやらダメだったみたいね」

 きっぱりと娘は言い切った。

「南、あんた……!」

「何怒ってるの?悪いのは自分なんだから反省なさい反省」

 そう言うと南は立ち上がった。

「さて。曾祖母(ひばあ)ちゃんとこ行くね。ご挨拶して、そしたら帰るわ」

「は?」

 何言ってんのと言いかけた母親に、南は一言告げた。

「なに?用はすんだでしょ?お仕事変わって引っ越ししますって報告にきたんだけど?わたし。

 そこに勝手に縁談話ねじこんだり説教しようとしたのはそっちの都合、わたしは関係ない。そうよね?巻き込まないでくれる?」

「南!」

 背後から聞こえてくる呼び声を無視して、南は歩き出した。

 

 

 仁科家は確かに名家ではない。だが古い。

 地元の土俗信仰と古くから関係のある家で、ある時代には神社の巫女全員が仁科の家の者だったし、仁科家の者が神主業務をしていた事もある。一般的なイメージの神道とは色々異なるので一概に比べる事はできないが、古さだけでいえば千年を遡る事は可能だった。

 しかし、今はそのつながりも時代に押されている。フルタイムで仕事していた最後の巫女は南の曾祖母であり、彼女ももちろんとっくに隠居ずみであった。

「……」

 そんな曾祖母も最近、ボケが進んでいると聞いていた。

 南が訪れた時、ちょうど彼女は大きな神棚のようなものに向かい祈っている最中だった。

 神社ではないのでもちろん装束は着ていないが、その姿は認知症の進んだ老人にはとても見えない。そこは元プロという事なのだろう。

 普通ならここで声をかけるのかもしれない。

 だがこの曾孫(ひまご)は、曾祖母の仕事中は邪魔しないというのが染み付いていた。だから、そのままスッと斜め後ろに、小さい頃お手伝い(・・・・)でついていたポジションに膝をつき座った。

「……」

 曾祖母はピクリとも反応せず、そのまま祈りを続けた。しばらくして当然のように顔を向けて南にも促してきた。おまえもやれという事だろう。

 家を出てからご無沙汰だったが南も忘れてはいなかった。昔曾祖母に習ったようにそのまま祈りを捧げた。

「ふむ。向こうでもお勤めしておるようじゃな。ええ事じゃ」

「はい」

 まさか仮想世界で続けてますなんて言えない。だが毎日お勤めしているのは事実なのでハイと答えた。

 だが、続いた曾祖母の答えには、さすがの南も絶句してしまった。

「しかしまさか、よその神さんに曾孫をとられるとはのう。そこは残念じゃが」

「え……あの、おばあちゃん?」

 言っている意味がわからず、南は困惑した。

「なんじゃ、ごまかす気かい。今の祈りの姿勢や動き、気づいておらぬのか?儂が教えたものとは違うではないか?ん?」

「あーいえ、それはほら、しばらくやってなかったから」

 南は慌ててしまった。

 いつのまにか、ツンダーク巫女の作法が染み付いてしまったらしい。まさかリアルにまで影響が出ているとは、さすがVRというべきだが。

 だがそれを説明するわけにはいかない。なんとか誤魔化そうとしたのだけど。

「ほほう、それにしては迷いが一切ないのう。どうやら儂らの信仰に近いもののようじゃが」

 なるほど、と南は同意しかけて慌てて口をつぐんだ。そして、どう言い訳しようか考えていたのだが、どうにも浮かばない。

 困ったなぁと眉をしかめたのだが、

「こりゃ。神前で平然と嘘をいうではないぞ。言えぬ事は言えぬでよい」

 ぺし、と頭を叩かれた。年寄りとは思えない一撃に南は、ぐうっとうめいた。

「痛いよ、おばあちゃん」

「痛いよではないわ。

 確かにこれは神棚で、あの頃のような大きな神社とは違う。じゃがな美々(みみ)、これでもれっきとした神前なんじゃ。神様はの、祈りを捧げる者をその金や力で差別なぞせぬ。ちゃーんと、見てくれておるんじゃぞ?

 じゃから嘘はいかん。言えない時は言えないと言えばええが、嘘だけはいかんのじゃ」

「はい。ごめんなさい」

「よろしい」

 ふふ、と老婆は笑った。高齢でしかも認知症の疑いのある者とは思えない、力強さを感じる笑いだった。

「それで、どういう神さんなんじゃ?見たところ神事はあまり変わらぬと見たが。(よこしま)なものでもなさそうじゃな」

「……そんなことまでわかるの?」

「わかるともさ。邪心があれば透けて見える。風紀が悪けりゃ身体に浮かぶ。狂信に憑かれておったら純粋すぎて気味が悪いものさね。ふむ、まぁ運動は足りておらぬようじゃが?」

「よくわかんない。っておばあちゃんどこ見てるの!」

「修練をせい修練を、ふふふ」

 笑いがこぼれた。

「まぁよい。儂には見える、それだけじゃよ」

「うん」

 これは隠せそうもない。言える範囲だけだが話す事にした。

「説明は難しいよ。衣装も神社も見た目は全然違うしね。でも確かにすごく似てる、おばあちゃんの言うとおりだと思う」

「そうか。まぁ、饅頭でも食べなさい」

「はい」

 曾祖母と遭うのは久方ぶりだというのに、やっぱり神事の話になってしまった。相変わらずだなぁと南は思ったが、その笑いは苦笑いではなかった。むしろ嬉しそうだった。

 南は、おばあちゃん子だった。

 将来なにになりたいかと聞かれても苦笑するような子だった南だが、曾祖母が巫女をしていた頃は迷わず「みこ!」と元気に答えていたものだ。実際、当時母が撮影した南の写真というと、神社の人たちが作ってくれたちびっ子用の巫女服をきちんとまとい、祖母のやる神事を真似しているものや、実際に神事に参加しているものまで、そのほとんどが神社関係のものばかりなのだ。

 もちろんただの子供であり時としては邪魔だったのだろうが、お祭りの時など参拝客に可愛いと人気者だったという。

(ああ、そういやそうだった)

 ミミという名前をアバターにつけた意味を、南はようやく思い出した。

 そうだ。この曾祖母はいつも彼女を(みなみ)でなく、「な」を飛ばして美々(みみ)と呼んでいた。この名前は南もお気に入りで、この名で呼んでくれる曾祖母が大好きだったのだ。

 登録時にはそんなこと忘れていた。だけど指先はそれを覚えていたのだろう。

 物心つく前から、南は曾祖母にべったりだったという。

 面白い話をする人ではない。曾祖母はむしろ男のように無愛想で、黙々と仕事をするタイプの人だ。

 だけど南は当時、その曾祖母に一番懐いている子だった。

 実のところ、南は当時も今も曾祖母に負けないくらい頑固者でマイペースなところがあった。だからこそ、頑固一徹過ぎて厳しい曾祖母をみなが敬遠していた時も、南は普通におばあちゃんと張り付いていた。大好きだから側にいるのも全然苦ではなかった。ただそれだけの事なのだ。

 ただ、若すぎる南は気づいてない事がひとつある。

「……」

 そんな南を見つめる曾祖母の目もまた、目に入れても痛くないほど可愛い曾孫を見る目なのだが。

「美々(みみ)、これを持っていくがよいぞ」

「え、これって」

 何やら鈴のようなものだ。飾り縄の先に小さなものがふたつ。

「どうせ俗世のものは何も持って行けぬのじゃろう?ならば、せめてこれをやろう。おまえは覚えておらぬじゃろうが、それは(えにし)ありしものでな。きっと、どこまでもおまえについていくじゃろう」

「……」

 南は、言葉が続けられなかった。いや、言葉がなかった。

 曾祖母はツンダークの事なんか知らない。おそらく理解もできない。ただ、自分の理解できる範疇で曾孫のことを理解し、そして祝福してくれようとしている。それだけなのだ。

 母たちが心配してくれないというわけではない。本当はむしろ逆で、いったいこの子は何をしているのかという母たちの態度の方がおそらくは正しいのだ。少なくとも客観的には。

 だけど南には、何も知らないはずの曾祖母の言葉がとても重く感じた。

「美々や」

「はい」

「いつでも帰って来い、とは言わぬ。

 じゃがな美々、儂やおまえは神職のはしくれじゃが、アレらは違うのじゃ。俗世の者に神事の事はわからぬし、そして、アレらの心配もまた無理もない事なのじゃぞ?そこだけは忘れてくれるな」

「はい」

「そしてな、できる事なら、アレらを……おまえの母親たちを泣かせない程度には顔を見せてケンカしてやれ。できるかぎりでかまわぬから。

 それが儂との約束じゃ。わかったか?」

「はい……はい!」

「うむ、しっかりやりなさい」

 南は半泣きになりつつ、大きく頷いた。

 老婆は、そんな可愛い曾孫の頭を抱えて、そして見つからぬように涙を拭いた。


なぞの女……いやいや、要はミミ嬢の事情ですね。彼女の実家は田舎の古い家で、地元の土俗宗教に古くから関わってきたのです。が、既に寂れつつあり、専業の巫女さんもミミさんの曾祖母が最後となっています。ミミさんは幼い頃は曾祖母について神社に入り浸りで、ぷち巫女状態でした。


そんなミミさんがツンダークで巫女に。そう、彼女はもともとそっち系の適性もちだったのですね。


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