ラーマ神殿
女の人がようやく泣き止んで、ようやく落ち着いたところで俺たちは合流した。
え、女の人って誰かって?
「あれ、そういえば自己紹介してませんでしたっけ?」
「僕が忘れちゃったのかもしれませんが」
あははとお互いに笑い、そして改めて自己紹介した。
「わたしはミミ、魔織士よ。で、この子は相棒のチック。今日までペットだったんだけど、ついさっきわたしのサブ職が巫女になった事で、正式にパートナーになったの。改めてよろしくね」
ミミさんか。シンプルだけど可愛いなぁ。よく似合ってる。それに、おつかれモードの相棒を大切そうに後ろから抱いていて、そしてその相棒もなんだか満足そうだ。仲いいんだなぁ。
って、なんだフラッシュ、なんでそんなにグイグイ押してくるんだ?
「サトルです。職業はご存知でしょうけどテイマーです。こいつはフラッシュ、こいつ共々駆け出しですけどよろしく」
「メイナよ。彼にはさっきお話したけど、最初のテイマーである『メイ』のウサギだったものよ。今は巫女修行のために別行動してるけど」
メイナさんの自己紹介をきいて、ああやっぱりとミミさんは微笑んだ。
「その装束、ツンダーク・ラーマの巫女服ですよね」
「ええ、その認識は間違いないわ、し……いえミミさん。今回は貴女のお手伝いのためにきたの」
「わたしのですか?」
「ええ」
不思議そうに言うミミさんに、メイナさんは頷いた。
「巫女になったといっても職業欄に追加されただけでしょう?ラーマ神の巫女となるからには、まずは主人であるラーマ神様にお会いしなくてはね」
「会う……神様に?」
「もちろん。神殿に入ってね」
どういう事だろう?
「サトルさんもいらしてくださいね。モンスターハートを最高レベルまで育てたようですし、その件でお話があるはずですから。
それではミミさん、さっそく始めましょう」
「始めるって……?」
事態の展開についていけないだろうミミさんが首をかしげている。
いやミミさん、俺もわかりませんから。
そんなことをやっていると、メイナさんはふふっと笑った。
「おふたりは、プレイヤーの皆さんのいう『はじまりの町』がどうして聖域扱いなのかご存知ですか?」
「ビギナーへの配慮じゃないんですか?」
「安全対策だと思っていたんですが」
ミミさんと俺がいったが、メイナさんは首をふり、そして微笑んだ。
「この町は、神殿の入り口にあるんですよ。ただ普段は隠されているんです」
それは、いつか見たPVと同じ光景だった。
「ミミさんは、わたしにあわせてください。大丈夫、候補とはいえ巫女なら身体が知っていますから」
「あ、はい」
町外れでふたりの巫女が舞を踊りだした。
途端に周囲が光り輝きはじめた。それは短い舞の間にだんだん強くなり、終わると同時に大きな光のゲートに変化した。
おお凄い。これが神殿の入り口ってやつか!
PVの内容って映像会社の作ったものかと思ってたよ。まんま、そのまんまじゃないか!
「こちらです。サトルさんたちもどうぞ」
「チック、手貸そうか?」
「……」
なんか、フラッシュと同じように「フスッ」て息吐いただけなのに、意地を張ってるように聞こえるのはなぜだろう。さっきまでミミさんの腕の中で伸びていたくせに。そのミミさんの声に「フ、まかせておけ」と言わんばかりに立ち上がりやがった。うん、こっちからは脚が微妙に子鹿モードなの丸わかりだが。
ははぁ、もしかしてこいつオスなのか?
がんばって歩き出したけど必死感が強い。うん、憶測にすぎないがきっとオスなんだろう。
ならば俺のやるべき事は、ツッコむ事じゃない。男同士、やせ我慢なんて見ぬふりしてやる事だ。
チックの後に俺が続き、俺にくっつく形でフラッシュが光の扉をくぐった。
中に入ると、風景はガラリと一変した。
輝く神殿、という言葉がまさにふさわしい場所だった。石材すらほとんど使われていなくて、透き通ったクリスタルのような素材で床も、柱も、すべてが作られている。壁や天井はなく、見上げると昼間だというのに青空に重なって星空まで見える。
なるほど、と思った。
ここは、何かが住む場所ではない。あくまで儀式の場、逢瀬の場なんだろう。だからこそ平素は隠され、必要な時、必要な者だけにその姿を現すと。
巫女ふたりはお立ち台のような場所に移動した。俺とフラッシュ、チックの三名は、謁見の場みたいな位置に置き去りにされたカタチだ。
そして、中央にある祭壇めいた場所には。
『我が神殿によく来た、客人たちよ。そして新たな巫女志望者よ、よくぞここまでたどり着いたな』
長い白ローブに、地面まで届くかっというくらいの長い白いヒゲ。そして禿頭。
なんていうか、いかにも賢者という感じ、あるいは伝説の魔道士という感じの爺さんが立っていた。
ふむ。あれがラーマ神か?ちょっと印象は違うな。むしろアレは……。
そんな事を考えていると、巫女用のお立ち台にいたミミさんがそのものズバリの質問をしたようだ。ウムと爺さんは大きく頷いた。
『我に決まった容姿はない。老人の姿なのはそなたの印象であろう。うむ、こういうのも悪くはないが』
なんか満足そうにヒゲなでてるし。なるほどミミさんの印象なのか。
だよなぁ。俺はどっちかというと菩薩、いやファンタジーっぽい女神か。さすがにギリシャ神話じみた白ひげの爺さんは考えなかったなぁ。失礼かもだけど、ラーマってお名前がどうも朝の台所とかパンと目玉焼きの朝食を思い出させるもので。
『ふふふ』
「!」
な、なんだ?なんで唐突にこっちみて笑ったんだ?
『ふむ、それでは単刀直入にいこうか、ミミよ。そなたにひとつの選択を与えよう。その耳を貸すがよい』
そういうと、ラーマ神は音もなく移動し、ミミさんのそばで何かボソボソとささやいた。
「!!」
ミミさんはそれを聞いて仰天した。少し悩んだようだが、やがて大きく頷いた。
『ほほう、即答でよいのか?その選択は、そなたの生涯を大きく変えてしまう事になるが』
なんだ?なんの話をしている?
ミミさんの声が聞こえないからわからないが、ラーマ神の声からすると、選択肢とやらは相当に重いものみたいだな。で、ミミさんはそれに対して即答したと。
いったい、何を答えたんだろう?
あ。今、ミミさんが光った。そして……。
「おお」
光がやんだかと思うと、ミミさんはメイナさんと同じ巫女装束に変化していた。
『新たな巫女、新たな息吹、新たな笑顔にわが祝福を。そなたは今やわが妻、わが下僕、わが娘である。この世界に新たな豊穣を与え、ねがわくば命を育まんことを』
『はい、ラーマ様。全力を尽くします』
『うむ』
うお、唐突にミミさんの声も聞こえだした。完全に巫女さんとして覚醒したって事か?
それにしても。
(ふむ……)
なんとも神秘的な光景だった。
昼とも夜ともつかない空の下。クリスタルでできた不思議な神殿と祭壇で、本物の神様の祝福によって、新たな巫女が誕生する。
うん、どこをどう切り出してもおかしくないくらいに超絶ファンタジーだ。クリスタル素材が出てくるあたりがいわゆる中世風とは違うんだろうけど、そもそもここはツンダーク。地球と同じである必要もない。
だけど。
「……俺はこっちがいいなぁ」
なんとなく、近寄ってきたフラッシュを捕まえてモフった。
なんかフラッシュも目を細めて、されるがままになっている。どうやらモフって欲しかったらしい。
よし。遠慮なくモフりまくろう。隣でもう一匹、つまりチックが呆れたように見ているが知らん。
いやぁ、だってなぁ。
神秘的な神殿で神様と直接対話。そりゃすげえよ。でも、俺の求めるものとはやっぱり違うんだな。
そんなものより、こうしてモフってる方がいいよなぁ。
ところで、そんな事を不埒にも考えていると、
『まぁ、そうであろうのう』
「!?」
そんな声が唐突に頭の中に響いた。まじでビックリした。
顔をあげると、なんか、インドの女神か菩薩様かって感じの、ちょっとお年を、もとい、トウの立ったおばさんが静かに立っていた。
『ほうほう、おばさん呼ばわりしてくれた者もまた珍しいのう』
「あ、失礼だったらすみません」
『よいよい、別に悪意は感じぬからな。しかしそのイメージはいったいどこから来ておるのか?』
いやその、子供の頃に見た西遊記のTVのイメージなんですよ。菩薩様の役を年季の入った女優さんがやってたんですよね。三蔵法師を美人の女の人がやってたのも印象深いけど、あの菩薩様も個人的には良かったんだよなぁ。
その話をすると、ほほうとおばさん、もといラーマ神様は興味深げに頷いた。
『なるほど、自分の理解できる神話や物語のイメージと結びつけておるわけか。流れとしては平凡じゃの。じゃが面白い』
クスクスと楽しげに笑った。
うむ、なんかフランクな神様だなぁ。ていうか、ラーマ神様ですよね?さっきまで白ひげのじい様だった。
『いかにもじゃ。あの娘の方の用件はもうすんだからの』
言われて気づいた。
「あれ、いつのまに?」
モフッていて気付かなかったのか?ミミさんはもう居なかった。チックもだ。
『未来の選択がすんだからの。これからあの娘には大切な儀式が待っておるでな、別れの言葉がなかったのは本人のせいではない、わらわに免じて許してやっておくれ』
「そういう事ですか。はい、問題ないです」
それじゃあまた、程度の言葉を欠くような人には見えなかった。何も言う間もなかったか、あるいは間抜けにも俺が気付かなかったんだろう。
さて。
ちなみにメイナさんはボーッとした感じで立っているが……いや違うな。もしかしたら、誰かに連絡でもとっているのかもしれない。まぁ、俺たちのそばに来たとしても困るが。
『さて、それでは改めて』
「はい」
いよいよか。
モンスターハートの件とか色々あるからな。強制的にレベルをあげてまでここに召喚したんだから、当然何か理由があるはずだ。
だけど、ラーマ神の言葉は俺の予想とは随分と違っていた。
『サトル、そなたに聞こう。そなたは今後もずっと、テイマーとしてこの世界に居続けたいか?』
「は?」
えっと、なんだ?質問の意図がいまいちわからないんだが。
「すみません。何をおっしゃりたいのかわからないんですが」
なるほど、とラーマ神様は頷いた。
『簡単なことじゃよ。このツンダーク世界とそなたらの世界は、今後も当面の間はつながり続ける事が決まっておる。その点は問題ない。されど』
そこで、ラーマ神様の顔から笑みが消えた。
『巫女もそうじゃが、テイマーもまたこの世界にとっては要職のひとつでな。すまぬが他の、普通に「ゲーム」を楽しんでおる異世界人たちと同列に扱う事ができぬのじゃ。都合が悪いから、金が切れたからと去られてしまっては困る、そういうわけじゃな。
ゆえに、ここにひとつ選んでもらわねばならぬ』
そこでラーマ神様は、いったん言葉を切った。
『サトル。そなたはずっとテイマーを続けるつもりがあるか?そうでなくとも、この世界とずっと関わり続けるつもりがあるか?』
うわ、そうきたか。
もしかしてミミさんにもそういう決断を迫ったのか?むう、重いなこれは。
だけどメイナさんも言ってたように、テイマーにはそれ自体にレベルの概念がない。それは薄々わかってはいた事で、それには何か意味がある、そう思っていたのだけど。
そうか。本当にテイマーって、そういう職種だったんだ。
「もし、無理だと言ったらどうなります?」
『別の職種を選んでもらう事になろう。もちろんリスクはできるだけ小さくするし、なるべく配慮すると約束しよう』
なるほど。
『フラッシュとは、こいつとはどうなりますか。これから俺、メイナさんの奨めもあって、他にも仲間を増やしたいと思ってたんですけど。今回あやうくこいつを死なせるとこだったし』
そう、ここは絶対忘れちゃいけない。フラッシュは俺の相棒だ。死なせてしまうなんて絶対ごめんだぞ。
『仲間を増やすのは無理だろう』
即答だった。
『知っての通り、一般的な職種での仲間はあくまでペットなのでな。多頭飼いも可能ではあるが職業的な制限が大きくなるし、成長も全て頭打ちになる。さらに意思疎通もペット相応に制限されてしまうわけだが……それでもよいか?』
「いやです」
そんなん考えるまでもない。即答だった。
『ならば迷う事はあるまい。さあ答えてみよ。素直なきもちを』
いや、それはそうなんだけどさ。
「ずっとこの世界にいたいです。ですが」
『ふむ。難しい事があるのか?』
そりゃあねえ。
俺は別に家庭をもつ身じゃないし、一人暮らしだ。その意味では自由きままではあるのだけど、そんな事より重大な問題がある。
「今の仕事や生活がいつまでできるかわからない。ツンダークに接続するのに必要なのはせいぜい電気代とネット代、あとは僕自身の自由時間くらいだけど、それがいつまで維持できるかわからないんです」
今の勤め先、正直やばいんだよね。それがもし破綻したらどうなるか?
路頭に迷うか、それとも実家を頼るか。
どちらにせよ、ネトゲやっている時間なぞなくなってしまうだろう。田舎のネットでは接続維持だって大変だろうしな。
そのままズバリをラーマ神様に告げた。一切飾る事なく。
『なるほど、そういう事か』
ラーマ神様は、ある意味下世話でくだらない俺の事情を笑いも、呆れも、怒りもせずに聞いてくれた。そして、
『では質問を変えよう。
そなたは今、自分の問題について話した。だが、もしその問題がないのなら、ここツンダーク界の住人となりたいか?半端はなしで、イエスかノーかで答えてみよ』
「イエス。もちろん」
即答だった。
ネトゲに溺れた馬鹿者と笑わば笑え。俺はこの世界が大いに気に入ったんだ。
初日から俺を助けてくれたガラムさん。町の人たち。
フラッシュを通じて知り合ったウサギたち。
そして、謎と不思議にあふれているらしい世界……。
しかも、しかもだ。
(本当にここはゲームの世界なのか?)
俺はゲームは素人同然だ。だが仮想世界ってやつなら知っている。かなり超リアルなやつも経験したことがある。
だけど、このツンダークは……リアルにもほどがあるだろ。正直、ツンダーク界っていう異世界があって、AIがやっているのは世界間接続でした、なんて言われてもそのまま信じそうだぞ俺はマジで。
だから、その意味もこめて言う。
もしも、もしもだ。
バカみたいな考えなのはわかってる。でも、かりにだ。かりにもし、この『ツンダーク』が実在する別の世界というのなら、
俺は、そこでテイマーとして生きたい。
『そうか』
ラーマ神様はたったひとこと、だけどなぜか、ひどく嬉しそうにうなずいた。
『そなたの願いは、このラーマが聞き届けたぞサトル。そして我が名において誓おう。決して悪いようにはしないと』
「ありがとうございます」
俺は土下座して感謝した。
架空の神様、所詮はAI。きっとそう笑う者もいるだろう。なんで人工物に人間が土下座すんだと。
だけど、俺にはそうは思えない。
そして、誠意というものは何者であっても同じだろう。それの実現性はともかくとしてだが。
確かに、強い誠意をラーマ様に感じた。
この神様は、ただのプレイヤーにすぎない俺なんかを、本当に、本気で支援してくれるつもりなのだと。
だから俺は、
「よろしくお願いします。ラーマ様」
そういって、頭をさげたのだった。
今回のサトルのストーリーはこれから収束に向かいます。
(書きたいストーリーが増えてしまったので、外伝か続編ができそうですが)