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モンスターといこう  作者: hachikun
サトルとテイマーとウサギの章
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危機そして交差(3)

 今日の気分は最悪だった。

 わたしだって人並みに悩みくらいある。そして今日のそれは、ちょっとばかし痛撃すぎた。

 リアルの事をツンダークに持ち込むのは主義じゃない。だからこういう日はINしない事もあるんだけど、なぜか今日はINしている自分がいた。

 いいや、と思った。

 今日は何もせず、チックと遊んでいよう。もふもふして、もふもふして、もふもふしてもふもふしてもふもふするんだ。それでいい。ただただ、癒やしだけが欲しい。そう思っていた。

 ギルドからのメッセージに「すみません体調不良です。個人スペースでモフっておねむなので、もしも緊急の事態があればその時は呼んでください」と伝えた。

 返事には苦笑のマークと共に、おだいじにと書いてあった。空気を読んでくれたらしい。

 ふう。

「チック?」

 名前を呼んでみた。どこにいるのか知らないけど、反応してくれるだろう……と思ったら、

「え?」

 なんとチックは、枕元でデーンと座ってこっちを見ていた。

 いったいいつから?

 チックの隣には、先日ログアウト前に読んでいた本がある。あの道具屋……ガラムさんのお店で買った本だ。といってもメニューにはない。wikiにも、そんな本があるなんて誰も書いてない。口頭で、ガラムさんが直接売ってくれた本。

『テイマー指南書』。

 こんな本が存在したなんて知らなかった。だから驚いたけど、そう高いものではないから買ってみた。そして時間ギリギリまで読み進めていたんだけど。

 読んでみると、色々なことがわかる。もっと早くこの本と出会えてたらなぁ。

 いや。

 たぶんだけど、新人(ニュービー)時代のわたしなら意味不明だったろうとも思う。それに、つい数日前のわたしでも理解できなかっただろう部分もある。その意味では、出会うべくして出会ったという事なのかもしれない。

 うん。

 いくつか確認できた事もある。たとえばチックの事。生産職をする仲間の中には仕事中はペットを中に入れない人もいたんだけど、わたしはチックをそばに置いていた。退屈かもしれないけど、危ないかもしれないけど、でもたぶんその方がいいと。

 このテイマー本には同じ事が書いてある。時間ある限りふれあい、無意味と思ってもどこにでも連れ歩けと。そのままズバリ書いているわけじゃないしあちこち分散しているけど、でもわかる。

 いや、いい。今はチックとの時間を……って、あれ?

 遊ぼうとも言わないのに、チックはそのままベッドに潜り込んできた。そればかりか、座っているわたしの身体にも巧みにからみつき、一緒に寝かされてしまう。

 おう。なんか、うさぎと添い寝状態っす。

 えーと、チック?なんでまとわりついてくるの?こら、変なとこニオイ嗅ぐな。人間だったら犯罪だぞ。

 しかもとどめにこやつ、ぽんぽんと前肢(まえあし)で指南書を叩いてる。

「ついててやるから読めってこと?」

 うーん。返事はないが、そういう事だろう。

 チックがわたしにこんな反応したり、こんな要求するなんて、今までなら絶対ありえない事だった。

 サトル君と出会ってから。テイマーの事をもう一度考えるようになってから。

 ペットと飼い主にすぎなかったわたしとチックの関係は、何か決定的に違うものになりつつある気がする。

 うん。いいや、読書しようか。

 チックのもふもふを全身で堪能しながら、わたしは指南書をまったりと読み始めた。

「……可能なのかなぁ」

 別に今さらテイマーしたいわけではない。色々と問題が多そうでもあるし。

 だけど、わたしにはどうしてもクリアしたい問題があった。それは『チックのレベルアップ』である。

 チックはフィールドラビットLv49で止まっている。だけど感触として、とっくに上位種になっているはずだと思うんだ。

 では、なぜチックは進化しないのか?

 実は、前にこういうペットが「開放」された瞬間を見た事がある。なんと、その瞬間に上位種に生まれ変わったみたいなんだよね。当時の菜種油さんの推測では「ペットとなった時点で種族的に固定されていたんじゃないか。それが開放されたので本来のステップアップをしたんだろう」って。

 だったら、それはわたしのせい。わたしがチックの成長を止めちゃってるって事だ。

 でも、だからといってチックを手放すなんて絶対にイヤ。

 なんとかならないものか。

(ん?)

 ふと見ていて『レアケース』という項目に目がいった。

 見ると、変わった経緯で得たモンスターについて主に書かれていたのだけど、中にひとつだけ変な項目があった。それは、

「巫女?」

 なにこれ。ツンダークにこんな職種あったっけ?

 読んでみると、いきなり奇妙なことが書いてあった。

『巫女とはラーマの神職であり、テイマーと同じツンダーク土着の職種である』

「土着の職種?」

 え?どういうこと?土着の職種って?

 注釈を追いかけてみると、これについても解説があった。

 

 

『職種には二種類ある。レベルのあるやつとないやつだ。戦士や魔法使いみたいな職種には必ず職種自体にレベルがある。だけどテイマーと巫女にはそれがない。たとえばテイマーにはモンスターハートという必須スキルがあるが、テイマー職自体にはレベルって概念自体が存在しない。

 以下は確定でなく、あくまでわたしの友人(あけみちゃん(仮名))の推測なので注意。

 あけみちゃんによると、レベルがない職種というのは本来、ツンダークシステムの対象外だったものらしい。こうした職種はツンダーク社会そのものの維持に関わる職種、あるいは地の生態系維持に関わる職種が多く、本来プレイヤーが就業する事を想定しておらず、そこを推して就業すると矛盾やリスクを抱え込む事になるし、ゲーム本来のレベリングを楽しむ事もほとんどできない。

(たとえば、テイマーは元来、羊飼いや牛追いに近い職種らしい。戦闘力を持たない代わりに身を張って、本来敵対する種族同士でも和解させるいわば『調和師』。モンスターに満ち溢れたこの世界では必須で、非戦闘員の多い村や町が城壁なしで維持されているような土地にはテイマーはなくてはならない存在なのだそうだ)

 そして、それでもその職種を欲する者には、それぞれに応じた特別な試練が与えられる。そしてその試練を乗り越えた者には、それぞれに応じた何かが与えられる。これがツンダークにおける土着職種についての、あけみちゃんの得た結論だそうだ』

 

 

 なるほど、わかりやすい。

 この『あけみちゃん』って誰なんだろ?ちょっと気になるなぁ。

 うーん、それにしても。

 なんていうか、今までの常識がぼろぼろと崩壊していく気分だなぁ。

 でも興味深い。

 さて、巫女の項目に戻ろう。

 

 

『巫女職は神殿で神事を行う職種であり職務上、補佐をつけられる事になっている。補佐には人間ではなくモンスターかその上位種が強く推奨されていて、テイマーからの転職ならば最も親しいテイムモンスターが、いない場合は身内にいるモンスターがこれに選ばれる。ただし注意点としては、ペットの場合は種族固定が開放されるので一気に上位種族に変化してしまう可能性があり……』

 

 

「……これって」

 つまり、巫女になればチックはレベルアップできるって事だよね?

 ふむ、常にやるお仕事じゃないんだね。依頼された時とか必要な時、指示にしたがって神事をすると。

 ほほう。これならサブ職にできるんじゃないかな?

 思わずチックの顔を見た。

「?」

 なんか、わたしを押しつぶしてドヤ顔してるし。ふふ、なーんにも知らない顔しちゃって。

 ようし目標決めた。目標、巫女さん!

「……あれ?」

 いや、ちょっと待って?

 巫女さん目指すのはいいんだけどさ、何か重要なことを忘れてるような?

「……」

 そうだ。

 神殿で神事やるったって、その神殿はいったいどこにあるの?ツンダークで神殿みつけたなんて聞いたことないんだけど?

 うーん……話は振り出しかなぁ。

 と、そのときだった。『ぴこん』とシステム音が鳴ったのは。

「あれ?」

 これ、イベント開放時に鳴るようメニュー設定してたやつだよね?なんでいま、鳴るの?

 首をかしげつつメニューオープンしたわたしは、思わず固まった。

 

 

(ログメッセージ: ラーマ神があなたに強い興味を抱きました。

 隠しクエスト『巫女』がスタンバイしました。開始条件が適合すると強制的に開始します。

 『ラーマの特別加護』: ラーマ神が非常に注目しています)

 

 

「何これ!?」

 思わず声に出してしまった。

 知らないよこんなイベント。それに強制的に開始ってどういう事?なんかこわいよ。

 あわててクエスト画面を開くと、たしかに巫女って項目が追加されている。その詳細画面を開くとこう書いてあった。

 

 

『大切な友達のレベルアップの方法を探していたら、巫女になるのがいい方法だと知った。安堵したが、そもそも具体的にどうすれば巫女になれるのかわからない。教えて神様。

 あなたは以前からラーマ神に注目されていました。あなたの気持ちを受け取ったラーマ神はあなたを巫女候補と位置づけ、専用の特別加護を授けました。

 神殿への道を探してください。神殿への道が開けばそのとき、あなたの願いはかなうでしょう』

 

 

 どうしてこうなった。

 ううん、イヤだってわけじゃない。チックのレベルアップに希望が出たのも嬉しい。

 だけど、だけどね。

 メニューのクエスト欄の横に、解除ボタンがないんだよこれ。強制……ってことだよね?

 なんだろう。なんだかこわいよチック。

 

 

 思わずチックに抱きついた。

 チックは……もちろん意味なんてわかってるわけがないんだけど、逆らうでもなく、ただフスッと息を吐いた。

「ごめんねチック。しばらくこうさせて」

 ただ、ぬくぬくのもふもふに包まれた。

 うん。ごめん、わたし、自分でいうのもなんだけど、不安っていうかストレスっていうか苦手なんだよ。リアルでも、何かあって誰かと激しくぶつかっちゃったりすると、その時はちゃんと勝てても、シャワー浴びてて泣きそうになる。そんな弱虫。友達にもむかし、メンタルが豆腐って笑われたんだけどね。

 そんなわたしがわかるんだろうか?チックはギュッとしても怒りもしなかった。

 そんな時間が、ゆっくりと過ぎていった。


 

 小さな安らぎの時間がどれだけ続いたろう。

 それは、ピッという電子音と共に突然にやってきた。

『ギルド未登録、フレンド未登録のユーザーから直接チャットの申し込みがありました。該当者の情報を見ますか?』


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