[終]そして……。
「ここって……?」
彼、サトルが気づいた時、そこは、どこかで見たような町の入り口だった。
少しだけサトルは悩んだが、とにかく止まっていても仕方ない。一瞬だけ静かに首をふると、へぇぇと唸りつつ町を見物して歩きはじめた。
見ればみるほど懐かしい、どこかで見たような町。
(うん、やっぱりそうだ。でもおかしいな、僕は死んだはずなのに)
どう見ても、そこは懐かしい『はじまりの町』としか思えなかった。
道行く人々は時々サトルを見るが「ああ、またか」と思うだけのようで、それ以上は気にしない。強いて言えば、彼があまりにものんきっぽいのを気にする者はいるようだが。でも、大抵は「ま、なんとかなるだろ」と言わんばかりに自分の日常に帰っていく。
(うーん……どうしたものかな?)
迎えに来てくれていたはずの相棒の姿も見えない。いったいどこにいるのか。
「やれやれ困ったな。困った……いや、まてよ?」
ふと考える。
「まさかとは思うけど……行ってみるか」
全く期待せずに。でも何となく、サトルはそこに向ってみた。
すると。
「うわぁ……あるよ。ガラムさんの店」
とっくに無くなったはずの道具屋がまだあった。
「これはもしかして、夢か何かの中なのかな?」
そもそもサトルは死んだ事なんかない。だから死後の世界がどうなっているかなんてわからないが、こうも都合よく知り合いの店があるのはおかしいだろう。
とにかく、声をかけてみる事にした。
「まさか、ガラムさん本人がいたりしないよな……まぁちょっと聞いてみるかな?」
サトル式ツンダークの基本。迷ったら現地人に聞けだ。
「こんにちはー」
入り口の押戸の感触も懐かしく、サトルは中に入っていった。
「いらっしゃ……おお、サトルじゃないか!」
「ちょ、ガラムさん!?なんで本人がいるの!?」
「なんだ、いて悪いか?ここは俺の店だが?」
「いやいや悪くない、悪くないっすけどね。そういう問題じゃなくて……」
「ははっ、わかってるさ!で、どうした?何か困ってんのか?」
「いやその……うちのフラッシュの姿が見えなくて」
「ん?」
ガラム氏は不思議そうにサトルを見て、そして「ああ」と納得顔をした。
「なんだ、おまえさん随分と遅れたんだな」
「え?」
「え、じゃないさ。あのウサギがいねえって事は、この町に来たの今日なんだろ?」
「はぁ……まぁ、そうですけど。すみません、右も左もわからなくて。ところで、ここはどこなんです?」
「ふむ……そこから説明が必要か」
なるほどとガラム氏は腕組みをすると、にっこりと笑った。
「ここはラーマ神様のお膝元って奴さ」
「神様の……お膝元?」
ああ、とガラム氏はうなずいた。
「大きな功績をあげたもの、色々な理由で神様に気に入られちまった奴がここに連れてこられるんだな。ちなみに、はじまりの町に似ているのは逆だ」
「逆?」
「あの町は元々、ここをモデルに神殿の横に作られた町なのさ。異界からの来訪者や神殿関係者、なんて人々の助けになるためにな。要するに、あの町自体が普通ではなかったって事だな」
「へぇ。じゃあ、ガラムさんも神官か何かだったの?」
「いや違う。違うが色々あってな。死んで気がついたらここにいたってわけだ」
「ここにいたって……それでまた、ここでも店を?」
「ああ。何しろ森にいけば薬素材がたんまりあってな。これで薬作らなきゃ錬金術師じゃねえだろ?」
「……でもそれ、売れるんですか?」
「普通は売れないな。でも注文がくるようになったぞ」
「注文が?誰が使うんだろ」
「ここで使うんじゃないと思うぞ。狩人とか、たまに迷い込んでくる奴がいるらしくて、そいつらにくれてやるんだと」
「なるほど」
楽しげに笑うガラム氏。どうやら、充実したあの世生活を送れているらしい。
「ま、俺の事はいい。さっさと相棒を迎えに行ってやれ。話はそれからだ」
確かにその通りだった。
ここについての疑問があまりにも大きかったが、相棒との合流がまず第一。それは間違いない。
ガラムと話した事で安心感が生まれたのか、フラッシュとすぐにでも合流したくなっていた。
「はい、そうします!必ずまた寄ります!」
「ああ、待っているぞ」
ガラム氏にお礼を言い、そしてサトルは勢い良く飛び出していった。
だからサトルは、ガラムがその後につぶやいた言葉を聞けなかった。
「ラーマ様の神域に招かれる事自体はそう珍しい事でもないが……こっちでもテイマーってのはさすがに珍しいよな」
◇ ◇ ◇
そんなわけで、やってきましたよ町外れ。
空は快晴、日差しは心地よい。町から出るとやっぱりそこはフィールドで、街道がずっと続いている傍ら、そのまわりに広がっているのは野原。そして遠くに林。
ふう、と深呼吸をした。いろんな匂いがする。
「変わらないもんだなぁ……ああ、やっぱりいた」
フィールドラビットたちも普通にいる。ぶっちゃけ、ただの野うさぎなのだから当然なのだが。
とはいえ、何度も言うように地球のウサギとはサイズが違う。比較に人間の成人男性を持ち出すような大きさの個体がわらわらいるわけで、もちろんただのウサギとナメてかかれば怪我ではすまない事もある。つまりは野生動物だって事だ。
さて。
そんなわけで、いつものアレを探す。初対面のウサギと仲良くするには必須のアレだ。
「む」
よし、みつけた。ラビットマッシュルームだ。
あの頃と違うのは、メニューがない事。考えてみれば当たり前なんだけど、そんな事に、ここがもうあのツンダークではない事を実感させられる。
だから、代わりに僕が解説しよう。
ラビットマッシュルーム。別名うさぎキノコとも言われている。マッシュルームという名前の通り、真っ白か薄茶色で、丸っこいかわいい形のきのこだ。
うさぎキノコの別名の通り、フィールドラビットが大好きなキノコで、人里近くだと農家、特に酪農の放牧場なんかによく生える。フィールドラビットが野生動物にもかかわらず人里近くに大変よく現れるのも、このキノコを食べたいから。無害な動物だし、危険な肉食動物がくると警戒音を発したり逃げだすから、農家の人たちも手を出したりしない。ツンダークウサギは雑食でなんでもよく食べるんだけど、栄養豊富すぎる人間の農産物はむしろあまり好まないんだよね。飼い主やテイマーのくれるものは食べるけど、それはあくまで例外らしい。
ちなみにこのマッシュルームは人間が食べると幻覚作用を引き起こすし、ウサギたちも食べ過ぎると毒になるという。でも、人間に有害なのはともかく、ウサギにはそう毒でもないように思う。
危険度でいうなら、そうだね、お酒かな?酔っ払うしクセになるから、きのこ中毒起こしてるっぽいウサギには監視をつけたり隔離する事を薦めるけど、巷で言われるほど注意する必要はないと思うよ。
以上、解説おわり。
「ふむ……ぉ?」
手にもってるキノコをながめていたら、いきなり耳元でフンフンと獣の息の音がした。
一種ビビったけど気をとりなおし、横を見た。
「……」
そこにいたのは、座った俺と目線をあわせるくらいのバカでかい、茶色のウサギだった。フラッシュそっくりの。
てか、フラッシュだった。
「なんだ?これ欲しいのか?」
フラッシュはもちろん、鼻息をフスッと吐き出す事で返事した。
「ほれ」
差し出してやると、すんすんと少し臭いを嗅いで……そして、もしゃもしゃと食べ始めた。
最後の頃、なかなか食べなかったのが嘘みたいだ。はじめて会った頃みたいな健啖ぶりだ。
食べ終わったらしい。ついでに手まで舐められた。
「ん?まだ欲しいのか?」
フスッっときた。そうか。やはりか。
「そうか。だが俺も、ただ働きするのはどうかと思う。そこでどうだ?どっちが強いか決めないか?」
そうしたらフラッシュは「うむ、それはいいな!」と言わんばかりにフスッと息をした。
「ん、じゃあやるか!」
どうやら言葉はいらないらしい。バトル開始だ。
よし、やろう!
数時間後、俺とフラッシュはフィールドでのびていた。
「ふぅ、ちくしょう……久しぶり、なんだから……手加減しろよな、おまえ」
そういったら、フスっと息を吹きやがった。笑ってるなこいつ。
「ふん。とにかくこの勝負、また俺の勝ちだ。いいな?」
「……」
仕方ねえなと言わんばかりに、フラッシュは大きく息をはいた。
フラッシュは起き上がると、俺にも起きろと促してきた。ああ、わかってる。
何か差し出すように頭をつきだしてきたので、なんとなくそれに手を置く。
そしたら、
「お」
何か光り出した。これは……もしかして契約の魔法陣ってやつか?
あの頃とは違うのでテロップとかメッセージは出ない。だが、やり方はなんとなくわかる。
「よし。おまえの名前はフラッシュだ。あいかわらず素早さと蹴りはすげえな畜生、鍛えなおして今度こそ凌駕してやる!」
そしたら、なんか「まぁいいだろ」って感じでフスッて来やがった。……あいかわらずだなおまえ。
さて。
あの頃はビックリしたんだけど、テイマー契約すると、同じ種族全体が友好的になる事がある。フィールドラビットはその典型例なんだが……。
……あれ?
フラッシュと伸びてた俺は、うかつにも気づかなかった。
そう。
いつのまにか俺たちは、ものすごい数のウサギに囲まれていたんだ。
見ればその一羽一羽、全員に見覚えがあった。
「おまえらもか……」
手を差し出すと、ざわって気配が動いた。
それで僕も、その意味に気づいた。
「ちょっとまて。まさかと思うけどおまえら、今ここで全員が契約しろって?」
「……」
あたりまえだろう、といわんばかりに、周囲を埋め尽くすようなウサギがフスッと息を吐いた。
「いや、まて、ちょっと待て!契約ってある程度魔力を使うわけで……」
「……」
「いや、いっぺんには無理だって!」
「……」
「おい、おいおいおいおいおいっ!!」
「……」
僕の横でフラッシュが、ぷうっと満足気な声を出した。
それはまるで「いい気味だ、ちっとは困りやがれ」と言っているように僕には感じられたのだった。
「……ちょ、ちょっと待ってくれよぅっ!!」
ラーマ神様が、どこかで楽しげに笑っているような気がした。
(おわり)
これで本編は終了です。
皆さん、本当にありがとうございました。