[6]なんだって?
(すみません。入りきらないので、もう一回かかりそうです)
「あ、はいはいメイちゃん、久しぶり~。いきなりだけど、フーちゃんの事よろしくね?
え?ああそれ?知ってるよもちろん。メイちゃんならきちんとフォローしてくれると思って。いやいや、性格はわたしのせいじゃないよ?えー、それひどいなぁ。わたし、ピチピチだけど性格お子ちゃまじゃないよぉ。あ、ひど。いいもんいいもん、ほむちゃんに言いつけてやるんだから。ふーんだ。
うんうん、大丈夫。その鈴はわたしが作ってプレゼントしたの。うん、心配してくれてありがと。そんじゃあね、悪いけどよろしく。うん、またー」
ここはゴンドル大陸塊の中央神殿。
それまで何かの神事をしていた女が突然に動きを止め、まるで電話か何かのように一人で何かしゃべっていたかと思うと、ふむ、とうなずいて微笑んだ。
「どうされました、大物忌様?」
「深海の女王から連絡がきたわ。無事にフーちゃんが着きましたって」
「もうですか。早いですな」
「サトルくんのお仲間さんの手を借りたみたいなのよね。ま、勉強不足のところは女王様にお任せしましょう。同じテイマーだし」
「……大丈夫なのですか?」
「何が?」
「その……相手は、あの深海の女王ですよね?クラーケンを従えた伝説の」
「……?」
女、ミミは神官たちの質問にちょっと眉をしかめると、苦笑いした。
「メイちゃんは普通のテイマーだよ?たまたま仲間に海の生き物が多いってだけで」
「たまたまですか?しかし」
「問題ないって。みんな、ラーマ神様に仕える身なのに、どうしてそう心配性かなぁ?」
「……」
「ま、五百年近くも放置した理由は何っていう話もあるけどね。おそらくはラーマ様的な理由があると思うんだよ?なんの意味もなく時間引き伸ばしたりしないって」
「……うーむ」
どこぞのガラス娘が聞いたら盛大に異議をとなえそうな発言だが、これは確かに嘘ではない。
どんなに珍妙に見えようとラーマ神はラーマ神。それなりに考えがあり、そして行動しているのは間違いないのだから。
「さて。わたしもお仕事がすんだ事だし、そろそろ神様の元に帰ろうかしら?」
なぜか幸せそうに頬をそめるミミ嬢。
神様の身許に何があるのかと周囲は首をかしげる。だがミミ嬢は何も言わないので、何か神様的にすごい事があるのだろうと、彼らは勝手に考える。
「大物忌さま、まだお仕事が残っておりますが?」
「え?何かあったっけ?」
「はい。遺跡調査に同行する話が」
「あー、そうだった」
「どうされますか?取り消しもできるかと思いますが」
「……ううん、やっぱり参加する。今からネルちゃんに連絡するわ」
「そうですか」
「うん。悪いけど、もうちょっとだけお世話になるわね」
「とんでもない。ごゆっくりどうぞ」
この発言は社交辞令ではない。
ミミは仕事には厳しいが、そうでない時は子供のように笑い、時にはおかしな騒ぎまで起こす。やる事がいちいち可愛らしいせいか、歴代の大物忌の中でもかなり人気が高い。帰って欲しいという者はほとんどいなかった。
それに、実は一部の者が、ミミの言う『鯖の塩焼き定食』とやらを探しに駆け回っている。どうやら継承され、生き残っているらしい。そして彼らはぜひともミミにそれを食べてから神様の元に戻っていただきたいと考えている。
やさしい時間がながれていた。
◇ ◇ ◇
南シネセツカ、別名ナキール大陸南端。
ナキール大陸の南半分は地球のパタゴニア地方同様に風が強いが、その中でも特に強いのがこの南端地域である。乾いた荒野は砂漠化するほどではないが空虚で植物も少ない。北のハチ、南の風というと旅人に有名なシネセツカの厄介者。だが同時に名物ともされている。
時刻は深夜。月夜である。
そんな場所で、二頭の獣が眠っていた。仲良く団子になって、すやすやと。
いや。片方の獣は少し奇妙だった。小柄というのもそうだが、髪の毛らしきものが見える。体型もどこか人間の小娘っぽい……もっとも、全身のほとんどを毛皮に覆われた人間がいればの話だが。
「……」
大きい獣がまず、目覚めた。むくりと顔をあげた。
のんびりした寝相とは裏腹に精悍そうな顔だった。どうやらサーベルタイガーのオスのようだが、そこいらにいるサーベルタイガーとは迫力が全く違っていた。また、粗野というよりどこか神々しく、まるで神が獣の姿で地上をうろついているかのようだった。
どこかに異変でも感じたのだろうか。その目は、はるか北北東をじっと見ている。
「……んー……」
そんな、大きな獣のそばで、小さな獣の方がゆっくりと目覚めた。
「ん……ん?」
大きな獣が小さな獣の顔を、大きな舌でべろべろとなめた。
「ううん、やだ……んー……」
だが小さい方はされるがままだ。半分寝ているような顔をあげる。
人とも獣ともつかない風体だった。骨相などの基本部分を見る限り人間風なのだが、全身はもとより、顔でさえもその多くが毛皮に覆われている。ただし目鼻だちなどの部分には人間要素が多く残っている。かりに彼女が人間であったなら、野性的でかわいらしい娘だったろう。虎のような長い尻尾があるが。
「……」
しかし、背中をそらして伸びをし、ぷるぷるっと震えるあたりは獣にしか見えない。衣類の類も全く身につけていない。体についているものといえば、大きな獣の毛皮と同じ模様にデザインされた首輪をつけている事だけだが、それだけ見るとまるで、彼女が大きな獣に飼われているかのように見える。
「……ねえリトル。なんか知らないけど悲しくなかった?誰かがいっちゃったー、さびしいよぅ、みたいな」
「……」
「気のせい?そうかな?んー……」
不思議そうに首をかしげた小さな獣だったが、大きな獣がなぜか小さな獣の背中を舐め始め、ビクッと反応した。
「あ……するの?」
舐めあげる舌に秘められた意味を知ったのだろうか。小さい獣の目が再び眠そうに……いや、睡魔とは明らかに別の意味で細められた。
「ここでするの?」
「……」
大きな獣がそれに返事する代わりに、周囲の空間が陽炎のようにゆらぎはじめた。
「ねえ。先にごはん食べちゃダメ?ねえ……」
小さい獣が何か大きな方に要望していたが、やがて陽炎は大きくなり、二頭をすっぽりと包み込んだ。
そして陽炎が消えた時、そこには獣など残ってはいなかった。
◇ ◇ ◇
ゴンドル大陸塊・中央大陸の某所。大深度地下。
まるで坑道のような場所の一角で、どこか小柄な少年と、腕力のありそうな大柄の青年、それに一匹のコウモリが食事をしていた。
といっても、少年が食べているのは少量の赤い果物だ。適当にすましているようには見えないが、量はけっして多くない。コウモリと二分して食べており、目の前の青年がガッツリ、もりもりと食べているのとは対照的だった。
「あいかわらず、父さんもロミも食べないな」
「食べるのは嫌いじゃないが、あまり量が入らないからね。あいつが育児に専念しているうちは手抜きさせてもらうさ……ほらロミ、これも食べろ」
クスクスと楽しそうな少年をみて、青年は目を細めた。
少年は小柄なだけでなく、こんな坑道にいるとは思えないほどに華奢だった。顔立ちもやさしく甘くかわいらしい。そして声も明るく可憐だ。明るいベビーブロンドの髪の毛を短く切り詰めていなければ、少女の姿をした大きな人形に男の子の服を着せたようにしか見えない。
少年の名はネロ。ただし彼の妻や親しい者はネルとかヒルネルと呼び、誰もネロとは呼ばない。ネロでは可愛くない、縁起でもないと誰も認めてくれず、ちょっと涙目だったりする。ネルではまるで女の子ではないかと。まぁ、さすがにかわいそうではあるのだが、解説も本人の主張するネロの名でなく、通りがよく混乱のないネルの方で書こうと思う。許せ。
もちろん見た目通りの年齢ではない。彼はその筋では有名な遺跡探検家であり、同時に、何年生きているかもわからないほどの大吸血鬼でもある。
青年の名はコウヘイ。こちらが年上に見えるが、ネルの息子である。
コウヘイの方が年上に見えるのは、生まれた時には彼は人間だったからだ。人間といってもダンピールという人間と吸血鬼の混血状態であった。年齢とともに吸血鬼要素が増大していき、青年になったある日に完全に転化。両親同様に彼も吸血鬼になった。
ちなみに、両親は生まれながらの吸血鬼ではないので、息子が望むなら人間として生きさせる事も考えていた。
だが息子は父親の仕事……遺跡探検をして古代の謎を探る探索者である……を手伝うという強い意思があったため、人間では時間が足りないと吸血鬼化を主張、押し切った。まぁそんなわけで、ここに吸血鬼親子の探検家が成立したのである。
なお、息子が大きくなった事で、ネルもそれまでのゴスロリ美少女姿をやめた。ネロと名乗り始めたのもその頃である。肉体が少女のそれなのは変えようがないが、せめて父親らしくしようという意識からのものだったと思われる。いよいよ鉱山めいた場所での発掘が増え、ゴスロリでは動きにくいというのもあったが。
だがネルの要望の大部分は、妻の「それはそれでソソるけど、でも女の子の姿でいてちょうだい」の一言で却下されてしまった。
それでも問答無用で髪を切った時にはマジ泣きされてしまい、ずっと一緒だったベッドまで別にされてしまった。仕方がないので謝りまくり、家では今まで通りの女の子の格好をする事でようやく許してもらった。しかも、元通りに髪を伸ばしたら今度はロココ+ゴスロリにする事まで確約させられてしまった。
もともとは男性なのに、かわいいもの好きの妻に女装を強要される。しかも第三者視点では確かに美少女なので、息子以外は誰もかばってくれない。
なかなか難儀な人生である。
さて。
「いくか。ロミ、おいで」
食事がすんでネルは立ち上がった。その肩にはコウモリが……ロミがしっかりとしがみついて。
服装や髪型こそ変わったが、はるかな昔から変わらぬ彼らのスタイルである。
「先に行ってる。慌てず最後まで食べてから来い」
「はい」
今ではコウヘイも普通の食事はいらないのだが、息子は母の教育の成果かよく食べ、そして食を楽しむ。吸血鬼となってもここだけは母親譲りらしい。
さて。
しばらくしてコウヘイも食べ終わると、後を追った。
いくつかの通路を通り抜けると、そこは巨大な発掘中の縦坑だった。
巨大な、縦長の人造物が埋もれているようだった。縦坑はそれを掘り出すために縦にのびていて、至るところに階段やはしごが見え隠れしていた。といっても作業している人材は彼らの他には、バイトの発掘師が来てくれる農閑期ですらせいぜい数名。この巨大さのほとんどは、こつこつとした長い年月の積み重ねと、土木魔法の組み合わせの結果だった。
「?」
やけに静かだった。先に父親が来ているはずなのに発掘音がしない。
視界を巡らせてネルを探すと、今朝掘っていた発掘場で
「父さん、何見てるの?」
「来てみろコウヘイ……今朝見えていた『とっかかり』なんだが……やっぱりというか、すごいものだったぞ」
「?」
コウヘイは父の元にいき、そして背後から覗き込んだ。
「なにこれ?古代文字?」
「ああ。第一期よりさらに、さらに古いものだ。完全に神話時代のものだな」
「読める?ていうか、そもそもそれ、なに?」
「たぶんだが、銘板だな」
「メイバン?」
「ほら、ここを見てみなさい。それが銘板だよ」
そう言うとネルは、魔道削岩機と呼ばれる小さな道具のひとつを息子に手渡した。
「コウヘイ、何て書いてある?」
「パルミラ工業……製品番号……製造年月日?」
「うん、それが銘板。誰がいつ作ったかとか、そういう事が書かれている。プロはこれを見てメンテナンスしたりするのさ」
「へぇ……」
刀剣の時代でも銘は刻まれていたが、もっと象徴的なものだった。
だが魔道具の時代になると、複数の人の手を渡ってメンテナンスされる事が増え始めた。そこで登場したのが銘板であり、作った人や年代などのデータを入れた板を目立たないところにつけておく。後に保守や改修する者の参考にする、あるいは「ここは自分たちが作ったんだ」と誇るためでもある。
もともと地球の近代建築物にも銘板はあるため、ネルにはとても馴染み深いものだった。
「それで、そっちの銘板にはなんて書いてあるのさ?」
「それなんだがな……」
「?」
ネルは困ったような、嬉しいような、複雑な顔をしていた。
「どうやら我々は、とんでもない秘密を掘り当てたみたいだぞ」
「へ?」
「このロボット……おそらくだが、神話時代に宇宙戦争で墜落したものだ」
「……へ?」
コウヘイは、ぽかーんとしていた。ネルの言葉の意味がよくわからないようだった。
「何を驚いてる。このツンダークに過去、星まで届く文明があった事はおまえも知ってるだろ?」
「う、うん。もちろん」
「ひとがいるところ、戦争もある。帝国だって戦争で滅んだんだぞ?まぁ、帝国の場合は単に地上から撤退しただけで、宇宙ではちゃんと今も帝国政府があるみたいだけどな」
ふふっと楽しげにネルは笑った。
「楽しそうだね父さん?」
「ん?まあな。ちょっと面白いことを考えてるのさ」
「面白いこと?」
「ああ」
息子の言葉に、ネルは大きくうなずいた。
「こいつがまだ生きてるって話をしたろ?もしこれを修理して起動したら、宇宙にいる現帝国人の連中は気づくかな?」
「なるほど……」
息子は父の言葉の意味に気づき、興味深そうに俯いた。
だが。
「……」
息子は、父の見ている銘板の文字と、その周囲の飾りをみて「あれ?」と眉をしかめた。
「いや、父さん……それまずいかも」
「なに?」
「ちょっとこれ見て」
そう言うと息子は『空間書庫』と唱え、何もない空間から一冊の本を取り出した。
「それは……北部のライブラリにあった本じゃないか?」
「うん。先史時代の研究書。姫様が少しわかるっていうから解読してもらってたんだけど……」
「もうできたのか。さすが姉様、仕事早いな」
「うん。で、問題はここなんだよ。ほら」
「先史時代の禁忌物?」
「うん。要は帝国でも『触るな、眠らせておけ』って定めてたって事だと思うんだ」
「……」
ネルは厳しい目でその本を受けとり、その部分をじっと読んでいた。
そして。
「……ちょっとまて。ウソだろ?」
「?」
「いや、でもしかし……なんてこった」
「??」
頭を抱えたネル。意味がわからないコウヘイ。
「と、父さん?」
「おまえ……これ読んでみたのか?」
「うん、少し」
「少しか。どこまで読んだ?」
「神話時代に宇宙から落ちてきたもので、神様に関係するって書いてあったと思うけど……途中から専門用語と名前文字がどうにも読めなくて」
「そうか……」
ネルはためいきをついて、そして「うん」とうなずいた。
「この本の書いている事がもし正しいなら……」
「正しいなら?」
ネルは、まだほとんどが埋もれたままの巨大ロボットを見上げた。
「こいつは……こいつの名は『ラーマ』だ」
「へ?」
コウヘイは、父親の言葉の意味がわからなかった。
「えっと、神様の名前をつけたって事?」
「それなら話は簡単なんだがな……そういう問題ではない」
ふるふるとネルは首を横にふった。
「こいつを作った古代人はな、神を意思あるエネルギー生命体みたいなもんだと思ったらしい」
「……」
「意思あるエネルギー、しかも中身は人間の尺度でいえば無尽蔵、無限大にも等しい。彼らはそのエネルギーに接触し、引き出す方法を考えたという。このロボットは、その試作品の一つだったらしい」
「へえ……」
「問題はその後だ」
「問題?」
「彼らは……これを戦争に投入した」
「!?」
コウヘイは、うげっという声を出した。
「いや、いやいやちょっと待って父さん!神様のロボットなんだろ?しかも試作品なんだろ?それを戦争て」
「人間の業というやつなんだろうな……つまりこれは」
困ったようにネルは苦笑した。
「確かに戦争には勝てた。だけどそれは、ロボットという端末を介し、その後ろにいた無垢なるエネルギー生命体……つまりラーマ神に、人間の心の醜さを教えてしまう結果にもなったそうだよ。結果は……まぁ、この通りという事かな?」
「……」
コウヘイは呆然と、埋もれた巨大ロボットを見上げた。
「それが、もともと本当の意味の神様だったのか、それとも神として崇められた高次元のエネルギー生命体だったのか、それはわからん。それこそ神様本人にすらわからないのかもしれない。だが」
「いや、でも父さん、それはないでしょ!これが、このロボットが!ラーマ神様だったなんて!」
「落ち着けコラ、別にこれが神様の正体だなんて言ってないだろ。これは端末にすぎない」
「あ……うん」
どうやら、何とか落ち着いたらしい。
「あくまで、これはこの本に書いてある内容からの推測だ。事実かどうかはわからない。
とりあえず、私の仮説は……この文献に書かれている神様と、いわゆるラーマ神は同じ神様だっていうのは理解できた」
「同じ神様?根拠は?」
「ツンダーク生まれのおまえはピンと来ないだろうけどな。ラーマ神は人間くさすぎるんだよ。あまりにも」
ふうっと、ネルはためいきをついた。
「神様の正体なんて私は知らない。だけどな、もし神様がいるとするなら、それは人間みたいな生き物とは全然別の存在だろうって事は、いくらなんでも想像がつくさ。
なのに、あまりにもラーマ神は人間くさい。まるで物語の中の神様のように人間に関わりたがり、いろんな逸話を山のように残している。これはつまり」
「太古の文明で『人間の心』に触れて興味をもった、神様だかなんだかわからない高次元の『何か』……これがラーマ神様って事?」
「あくまで仮説だが、な」
「……」
父親と息子は顔を見合わせた。
「父さん、でもこれって……」
「ああ。さすがに、いち研究者の手には余るな。ひとつ間違うと、人災だけでもう一回この世界を滅ぼせるかもしれない」
「どうする?」
「……とりあえず、母さんと姉様に相談しよう。あとは神殿関係者で話のわかりそうな……そうだな、ミミさんか」
「そうだね。まずはそこからかな?」
「ああ」
やれやれと、ふたりはためいきをついた。