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モンスターといこう  作者: hachikun
最終章『モンスターといこう』
104/106

[5]真相

次回更新がたぶん、最終エピソードとなります。

今まで本当にありがとうございます。

 青空の下。

 かたや、陸地に溢れんばかりにずらり、揃った巨大なうさぎの群れ。

 かたや、海を埋め尽くす勢いで集まった巨大な烏賊や蛸の群れ。

 どちらも果てなど見えない。見えるはずがない。

 そもそもツンダーク・ウサギの一般サイズというと、サトル青年がはじめて出会った、あのフィールドラビットなのだ。だいたいあれが平均サイズであり、特に進化後は人間サイズかそれ以上になる事が多い。大型種になれば、ウサギとはいえ人間が騎乗できるサイズになる。

 そんなものが百万近くいたらどうなるか。その答えが今の状況だった。

 見渡すかぎりの陸地には大小のウサギがひしめきあい、遠くの方は白や黒の絨毯のようにすら見えた。あのあたりには茶色の子が集まってるな、等と指さして世間話ができるくらいだった。

 対するタコたちの方も大差ない。

 確かにクラーケンや巨大烏賊(ケトラード)はいちいちデカい。標準個体ですら二十メートルに達し、神種レベルだと百メートルを超える事も珍しくないわけで、その途方も無い大きさそのものがまず脅威だ。しかもそれが多数ひしめいているわけで、対峙しているお互いの目線から見える範囲、つまり数キロ程度の視界の中では、もはや海面がどこにも見えないほどになっている。

 そして、絡み合う異臭。獣臭と軟体動物の臭気が交じり合い、異様な状況になっていた。普通の人間ならば眉をしかめる程度だが、テイマーにとっては鼻もまた重要な器官のひとつ。もっとも生物系の異臭には耐性があるのもテイマーだから、やっぱりそこは眉をしかめる程度ですんでいるのだが。

「ふうん」

 さて。そんなクラーケンの上にいる女は、値踏みするように兎幼女(フー)を上から下まで見た。

「こんにちは。さて、こんな大勢ひきつれてどういう趣向なのかしらね、ウサギさん?」

「あなたに用があって来たんだよ、女王さん」

 なぜかその瞬間、フーはとてもやさしげに微笑んだ。視線にも敵対するようなものは見当たらない。まるで旧知の相手に対面するような雰囲気だった。

 女は一瞬とまどったが、それが兎幼女(フー)の作戦であろうとも考えた。そして眉を寄せた。

「見た目だけは可愛らしいけど、そんな、あざとい発想をするあたり、伊達に歳月を重ねてないようね。

 えーと、フーとかいったっけ?…………いえ、ここはやっぱり、フラッシュと呼ぶべきなのかしら?

 そうなんでしょう?彼が最初に仲間にしたウサギさん、それが戻ってきたんでしょう?」

「……へ?」

 フーはその言葉を、ポカーンとした表情で聞いた。まるで想定していない返答だったようだ。

 そして、首をかしげながら言った。

「フラッシュ?それ誰?フーはフーだよ。誰でもないよ?」

「ふうん、あくまで誤魔化すつもりなのね」

 女はためいきをついた。

 どのみち、ウサギに深海へ攻め込む力はない。多くの獣もそうだ。そして少数の竜種は確かに脅威ではあるものの、れっきとした神種であり海の支配力の強い海魔たちの護りは絶対に破れない。

 だが、おそらく間違いなく籠城戦になるのだろう。彼らの大将がはるか水底深く眠っているのだから。

 やれやれだが仕方ない。

 さて。

 そんなこんなで開戦といくわけだが、別に彼女は大規模戦闘がしたいわけではないし、顔見せはもう終わった。この後はさっさと海底に戻り、籠城戦を開始する予定だった。のんびりと仲間の探してきてくれた本でも読みながら。

 そもそもテイマーは好戦的でもない。

 五百年前もそうだった。彼女らは単に深海に引きこもり、竜種の攻撃を二十年以上にわたってシャットアウトし続けたのだ。

 いかに水に強い竜であろうと深海では大きな力をふるえず、そしてこちらは深海こそホームタウン。テイマー特有の気長さで長期戦にかかると、その防備を破るのは並大抵の事ではなく……そしていつしか、攻撃もやんでいた。

 そんな彼女らである。とりあえず相手を確認したのでもう用はない、その発想に至るのはむしろ当然だった。

 だが、フーの方は彼女とは全く違っていた。

「うーん困ったなぁ。渡さなくちゃいけないのに」

 ムムムと子供っぽく悩みつつ、そんな事をのたまっている。何を渡すつもりなのかは定かではないが。

 と、そんな時。

「あ……?これはもしかして?」

 感覚の隅っこにぴりりと触れる特有のものに、フーは顔をあげた。

「……ふうん」

「なぁに?何か口上でも述べようっていうの?」

「ちがうよ?どうやらフーが、せつめいするまでもないなって」

「説明するまでもない?いったい何を……え?」

 まさかという顔で、女は振り返った。

 その視線の先……はるかな海の底には、彼女のお城があるはずだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 何度目かの襲撃の後だったか。

 僕はようやくウサギ巫女さんと話す機会を得た。

「どうですか■■■様。これでも聞こえませんか?」

「あー、やっぱり無理だ。そこだけ塗りつぶされたみたいに聞こえない」

 会話はちゃんと聞こえるのに、僕の呼び名のところだけ聞こえない。

「そうですか……」

 あからさまに残念そうだった。耳もしょんぼりと垂れ下がっているみたいで、なんだか申し訳なかった。

 でも、どうしてだろう。僕の呼び名だけ聞こえないなんて。

 いや、それもそうなんだけど……。

「そもそも、俺は誰なんだ?」

 何がおかしいかって、自分が誰かわからないって状況を、どうして今まで疑問に思わなかったんだ?

 それを言ったら、巫女さんは少し考え、こう言ってきた。

「おそらくですが、もうすぐなんだと思います。ですから一時的に精神が輝きを取り戻し、周囲が見えるようになったのでしょう」

「もうすぐ?」

「はい。……その、■■■様のお命が」

「……はい?」

 えっと、僕の命がもう少しだって?

「そもそも■■■様、今の状況をどうお考えですか?」

「んー……正直よくわからない。教えてくれないかな?」

 はい、と巫女さんは頷くと、話してくれた。

「覚えてらっしゃらないと思いますが、■■■様は本来、もうおなくなりになっているのです。五百年ほど前に」

「……そうか」

「えっと……もしかして、あまり驚かれてないのですか?」

「いや、びっくりしてるよ。してるけど……納得はしたかな?」

「納得ですか?」

「うん」

 僕は巫女さんの言葉にうなずいた。

「それがね……たった今わかる範囲の記憶でも、子供から育てたウサギが大人になるの、もう回数忘れるほど見てるんだけどさ」

「はい」

「歳もそうだけど、まず僕自身が食事をした記憶が全くないんだよね。これってつまり、俺が普通の状態じゃない事なんだろうなってね」

「……」

 巫女さんは悲しげにうなだれた。

 うーむ、やっぱりそうだったのか。ちょっぴり寂しい気はするが、まぁ仕方ないよな。

「ま、それより今の状況が知りたいね。命がもう少しというのなら、せめて今の状況を何とかするだけはしたいよ。何かわかるかい?」

「あ、はい。外から来ている者たちの大本が原因と思います」

「大本?」

「はい」

 巫女さんは大きくうなずくと、驚くべき事を言ってきた。

「あの悪意はそもそも、ここのウサギたちでなく、ウサギたちが慕う■■■様を狙っているのです」

「……なに?」

「まず、この世界なんですが、■■■様の夢の中の一角なんです。ですが、夢の一角でありながら、ここだけは■■■様の心の世界ではないんのですよ。この森はいわば、■■■様の心の中に作られた神域なのです」

「神域?俺の心の中に?なんでそんなものが?」

「はい。ここはいわばゲストルーム……夢の中に間借りして作られた謁見場と言いましょうか。

 ■■■様は覚えてらっしゃらないと思いますけど、■■■様が起きてテイマーとして活動なさっていた時代からここは存在したのですよ?巫女たちが総出でここを作り上げ、そして管理してきたのです」

「作り上げた?なんのために?」

「……ここまでいうと思い出されませんか?以前、ご自分がここで何をなさっていたかを」

「……」

 そんなものは知らない、と言いたい。だが言えなかった。

 なぜかって?

 だって……まさにたった今、次々と思い出してきたからだ。その、昔の夢とやらを。

 

 

 

『どうかしら?ちゃんとわたしらしく、人間の美女に見えてるかしら?』

 ウサギのまま耳としっぽに気づいてないのか、そんなアホな事をのたまった○○○○○の笑顔。

 

 

 

 僕は周囲を見渡した。

「あずまや……そうだ。ここ、東屋(あずまや)じゃないか」

「ええ」

「昔、夢の中でその……なんというか」

 遠い昔、あの日、◯◯◯◯◯が言った言葉が蘇ってきた。

「はい。私たちにとっても夢のような場所でした。ここでなら種族の違いも何もなく、私たちは皆、夢のような時間を享受できたのですから」

「う……やっぱりあれってそうなんだ」

「ええ」

「夢じゃなかったのか……」

 そうだ。

 あれがただのエロ夢じゃなくて、ここでの事だったというのなら……僕はここで彼女たちをとっかえひっかえ、酒池肉林していたって事で、その……。

「最低じゃん……俺orz」

 だけど、そんな僕の反応と巫女さんの反応は違っていた。

「とっかえひっかえ。それがおかしな事ですか?」

「……はい?」

「ああ……でもそうですね。人族とは少し違うかもしれませんね。

 簡単に申し上げますと、作れるうちに作れ、産める時に産めっていうのが私たちの感覚です。もちろん誰でもいいというわけでなく、ここぞという相手が望ましいのですが。

 ましてあの頃なら、■■■様が身近にいる唯一のオスですよね?ならば当然の事だと思いますけれど?」

「……さいですか」

 あー、そういやそうだった。ウサギって人間顔負けの年中発情期だっけ。出産直後でも次つくろう!ってなっちゃうくらいだとか。

 いやいや、ちょっとまて。そういう問題じゃないだろ。

「その論理は破綻してないか?」

「そうですか?」

「俺はテイマー、人間だぞ。どうやって作るんだ、どうやって産むんだ?不毛じゃないか」

「もちろん。だからこそ神域なのですが?」

「?」

「ご存知なかったのですね。

 まぁ、ありていに申し上げますと、神域では種族が違っても問題がありません。よく半神半人なんて存在が現れるのはなぜだと思います?そして、いわゆる精霊や神獣の類が、自分の作り上げた異空間にお気に入りを拉致するのは何故だと思います?

 そう。そういう無茶な交配も、神域ならば問題ないからなのですよ。神域ならば、作れるし産めてしまうのです」

「……なんだって?」

 まて。ちょっとまて。それってまさか。

「そもそも■■■様、どうしてご自分がお父様とかパパとか呼ばれていたと思うのですか?それに、頻繁に利用する必要があったからこそ、■■■様の心の中になど神域をこしらえていたわけですけど?」

「……おい」

 いろんな意味で頭痛がしてきたよ、おい。

「子孫繁栄で良かったじゃないですか。……ひいひいひい、おじいさま?」

「なにその爆弾発言!?」

 頭を抱えそうになった、そんな時だった。

「……あれ?」

 不意に、何か魔力が満ちてくるのを感じた。

「なんだこの魔力」

「へ?あー……もしかして、近くに『仲間』が来ているのかもしれません」

「仲間?それってもしかして」

 いや。もしかしなくてもテイマーの僕に他者から流れ込む魔力といったら。

「ちょっと待て、俺は長いこと昏睡してたんじゃないのか?」

 そんな状態なのに、仲間が残っているわけがないじゃないか。

 だが。

「長命種になった仲間の八割は残っているはずです。あと、世代交代を繰り返しつつ契約を受け継いでいる一派もあるみたいです」

「八割?まさか」

「事実です」

 まだ群れが残っててくれてたなんて、僕には信じられなかった。

 でも、確かに魔力を感じる。それどころか、どんどんどんどん、すごい勢いで僕の元に魔力が集まってくる。

「これだけあれば、覚醒できるかな?」

「できますね……でも、お体の方はどうにもなりませんから、もって数分と思います。そして今度こそ」

 今度こそ、完全な死亡って事か。

「皆に別れの挨拶くらいならできるだろ。……群れのすぐそばに行けるかな?」

「転移を使えますからお送りできると思います。でも■■■様、あと鍵がふたつ足りないようです」

「鍵?」

「はい」

 巫女さんと大きくうなずいた。

「ひとつは、貴方自身のお名前。これがないと外に出る事ができません。

 そしてもうひとつは、貴方を導く者の名前。ここを仕切っているのがその者なので、ないとこの森から出られません」

「なるほど。ちょっと待ってくれ」

 そういうと僕は目を閉じ、思い出に身をゆだねた。

 

 流れる魔力のせいなのか、戻り始めた記憶が次々とトリガーになっているのか。

 こうしていると、たくさんの風景が蘇ってくる。ほんのちょっと前まで真っ白で、ここでウサギの世話をしてる以外の記憶なんて空っぽだったのに。

 ああ……あれは、あの懐かしい風景は。

『ははは、兄さんがテイマーやるようになれば、指南書を買ってくれる人も増えるかもしれないだろ?そのくらいは投資のうちだよ』

 そう。ガラムさん。はじまりの街。あの頃だ。

 そうそう。ガラムさんに指南書もらったんだよなぁ。それでお店に泊めてもらって。あの日が僕のツンダーク人生のはじまりで。

『このフィールドラビットとの間に契約する準備が整いました。契約しますか?』

 はじめての契約。あいつ(・・・)の顔を思い出して。

 ……あ。

 ああ、そうか。だったら僕の名は。

お父様(・・・)?」

「ああ……悪いなカーナ。ずっとそばにいてくれたのに、一番おいしいとこをやれないなんて」

「思い出されたのですか!?」

 ウサギの巫女さん……長女のカーナが、僕をじっと見ていた。

 うん、人間なら泣くとこなのかもしれないな。

「うん、どうやらね。……悪い、先にいって待っててくれ。すぐ行く事になると思うからさ」

「はい……はい!では!」

 それだけ言い残すと、カーナは幻のように薄れて消えてしまった。

 ふう。そうなんだよな。あの子は……カーナは、あの時の戦いで死んでしまったんだ。そんな事も忘れていたなんてな。

 

 さて。

 森は今までと同じ森で、そして森の外にはたくさんの異形が押し寄せている。異形たちは今も昔もかわらず、たぶん僕の心を奪おうとしている。それがたぶん、僕を瀕死のまま延命してくれている、あのひとの仲間。彼らの願いなんだろうけど。

「ごめんね」

 僕はそう、謝る事しかできない。

 だって僕には待ってる奴がいて。他は選べないから。

 さぁ。言葉に魔力をこめて、鍵を開こう。ずっと、ずっと閉じっぱなしだった鍵を。

「俺の……いや、僕の名前は、サトル。サトルだ!」

 その瞬間、パキン、と、何かの封印か鍵が壊れた気がした。

 ──くる。

 封印が割れた途端、森の外から異形が侵入してきた。僕の意思を奪い、自由にするために。

 だけど、もう遅い。

「来てくれ……いや、来い、フラッシュ!!」

 あいつの名前を叫んだ瞬間、世界が一瞬、ものすごい閃光(フラッシュ)に包まれた。

 そして。

「……」

「お、来たな。待たせたな、本当に久しぶりだ」

「……」

 フラッシュは、いつぞやの夢で見たウサ耳女じゃなくて、はじめて出会った頃のフィールドラビットの姿だった。なぜか不満そうに僕の事を見ている。

 ん?もしかして人間風のほうがよかったのかな?

「まぁいい、積もる話はあとだ。とにかく出るぞフラッシュ!」

「……」

 フラッシュは僕の言葉に反応するかのように、ぷうっと鳴いた。

 そして、その次の瞬間、僕はウサギの群れの中にいた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そんな……」

 私は、その場に崩れ落ちていた。

 視界の向こうには、何百年も目覚めずにいたはずの存在がいた。人型のウサギたちに支えられ、満ち足りた顔で何かを話している。

 その笑顔に、私は自分の望みが絶たれた事を知った。

「……これじゃあ私、なんのために……」

 悲しかった。

 彼を手元にとりこんだのは治療のためで、独占したかったわけではない。でも、生き物としては完全に死に体なのに皆の愛情だけで生き続け、ずっと死に抗っていた彼に、いつしか引き込まれてしまっていたのも事実だった。

 でも……それももうおしまい。

 そんな私のそばに、トテトテと彼女……フーが近づいてきた。表情からは何も読み取れない。

「……なによ。笑うつもり?」

「ちがう。フーのしごと、果たす。手をだせ」

 仕事?どういうこと?

「え……手って、私の手?」

「もちろん。さ、出せ」

「え?あ、うん」

 言われるままに手をだし、フーの手と触れ合わせた瞬間、私の目の前には違う景色が広がった。

 

 

 

 それは遠い昔。まだツンダークサービスがβだった時代の事。

『やったぁ!ふふ、あなたはツン、ツンよ!』

 はじめて契約に成功し、狂喜乱舞する自分の姿。

『ちょ、ちょっとまって!あたしのために、あーらーそーわーなーいーでー……え?お馬鹿?なによそれ!』

 仲間同士が喧嘩してしまった時の事。

 そこにいたのは、遠い昔の自分自身と仲間たちだった。

 次々に仲間を集め、精鋭でパーティーを編成した。テイマー職はゲームテンポが違うから他のプレイヤーとはパーティを組みにくく、仲間たちだけで編成した。

 研究を繰り返し、あらたな仲間はどんどん増えた。そして仲間が増えれば増えるほど、自分自身も、戦闘力こそないものの、タフな存在に変わっていった。

 そして、あの日がやってきた……。

『こんな雑魚と遊んでてもつまんねえだろ?ほれほれ!』

 ゲラゲラ笑いながら、ちびちゃんを蹴り殺したやつがいた。

 ただのナンパ野郎だった。殺す気はなかったのもわかっていた。そして通信兵(コネクトラビット)のちびちゃんはすごく弱かった。だから事故といえば事故。

 だけど、そいつは死んだちびちゃんを見て、謝るどころか腹をかかえて笑った。

 だから迷わず殺し返した。

 プレイヤーは死んでも死に戻りするだけ。でもちびちゃんは帰らない。永遠に。ふざけんな!

 なのに。

『テイマーはPKできるって事だろう?危険情報は皆で共有されるべきだ。テイマーに関するあらゆる情報を提供しろ、でなければテイマーを今すぐ廃業してもらおう!』

『ほう。犯罪者を養護するどころか被害者に対して脅迫?ずいぶんと頭のおかしい事言ってくれるのね。で、それがあんたたちの総意ってわけかしら?』

『犯罪者とは君の事だろう。君のテイムするモンスターがプレイヤーを殺したんだからな』

『たった今、GMがそれを問題ないと判断したよね?あんたたち目も耳もついてないの?』

『運営の判断はおかしい。いくらゲームでも最低限の秩序はあるべきで、ツンダークではPKは禁止となっている。危険な者を放置はできない』

『へえ……そう。ようくわかったわ、ええ。ようっくね』

 いったい何様のつもりなのか。

 完全に頭にきた。

 そして宣戦布告して彼らを引きずりだし、徹底的に皆殺しにした。

 単に死に戻るだけでは相手にダメージがない。だから単に殺すだけでなく、ひと工夫もした。

 死んだ敵からレアアイテムやお金をとりあげるスキルを使いまくり、戦士から剣も鎧もうばったあげく、逆さ吊りして嬲った。死にかけたら回復し、またギリギリまで嬲りまくり、また瀕死になったら回復し。それを四十八組の拷問担当全員が飽きるまで繰り返させた。

 いわゆるエナジードレインでジョブが1になるまで繰り返しレベルを下げさせたあげく、壁キャラを壁の役にもたたないようにして潰した。しばらくして確認しようとしたら、キャラクタ自体が削除されていた。

 ギルドホームを設定せず、街の噴水前に戻っている奴を狙って強力なドラゴンをずらりと並べた。死に戻ってダメージ有効になった瞬間に状態異常で固めた上、わざと弱火でゆっくりと苦しませ焼き殺すというのを三日三晩にわたって繰り返させた。

 効果はテキメンだった。

 二度とツンダークに戻らなくなった者が続出したし、関わったギルドはそのほとんどが潰れた。残った者もテイマー絡みやペット関係とみると、惨めなほど怯えて逃げ出すようにもなった。

 でも。当たり前だけどこっちの犠牲もただごとではなかった。

 その戦いは結局、当時連れていた、ほとんどの仲間を失う結果にもなった……。

『……』

 ごめんね、みんな。

 私が我慢すればよかったんだ。ちびちゃんの分だけ意趣返しして、あとは穏やかにやっていれば。そしたらこんな事には。

 ごめん。本当にごめんね。

 おびただしい死骸の群れが、おまえがこれをやったんだと訴えてくる。

 ごめんなさい。

 ……なのに。

 気がづけば、そこにあるのは、あの悲しい戦場風景ではなくて。

 かつて愚かな戦いで失った、仲間たちがいた。

 ぺろり、と、泣き顔をなめられた。

 そこには、怒りはなかった。優しい目と、いたわりの目と……そして、喜びの目だった。

『ありがとう』

『だいすきだよ』

 やさしい気持ちが、ひしひしと伝わってきた。

 そんな馬鹿な、と思った。

 みんないい子たちだった。それを馬鹿な戦いで失ったのは自分であり、彼らには非難されて当然のはず。憎まれて当然のはず。こんな都合のいい話があるものか。

 なのに。

 確かにわかる。そこにいるのは、死なせてしまったあの子たちで。

『伝えたかった』

『ありがとうって』

『だいすきだよって』

『やっと伝えられた』

『やっと届いた』

『うれしい』

「う……うう」

 気がつくと、私は泣いていた。

 泣きながら、やさしい心に取り囲まれていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 見渡すかぎりの獣たちの群れ。ウサギを主体にした、おそらくは現地上最大だった僕たちの群れ。それを僕は見ていた。

 いや、違う。

 これは確かに僕の群れ。だけど、本当なら僕はもういないはずの人間。

 だからせめて、あの時に言えなかった言葉を、僕は言う事にした。

「ごめんね、みんな。こんな長い事待たせちゃって」

『……』

 優しい心が伝わってくる。愛しさやら寂しさやら、そういう心も感じる。

「おかげさまで、僕はずいぶんと長く生きられたよ。信じられないような冒険もしたし、僕なんかが名乗るにはおこがましいような栄誉まで賜る事ができた。本当に楽しかった。

 でも……そろそろ幕を引きたい。待ってる奴がいるからね。許してくれるかな?」

『……』

「ありがとう。本当にありがとうな」

 悲しみの声。そして、ねぎらいの声。

 よし。じゃあ、始めるか。

「じゃあ、はじめるよみんな。

 僕、サトルは今この瞬間に『あらゆるテイマー契約の終了を宣言』する。理由は、僕自身の命のおわりだ。

 ……みんな、受理を頼むよ。今まで長いこと本当に、本当にありがとう!」

『……』

 ためらうような空気が、獣に満ち溢れた巨大な空間を満たした。

 だが次の瞬間、

「……うん」

 僕の体が力を失いはじめた。契約の解除が始まったんだ。

 そうそう、あの教本にも書いてあったっけ。テイマーという言葉に騙されちゃだめだって。僕らテイマーの『契約』はその名の通りの『契約』であって、一方的に自由を奪い、操るようなものではないって事。お互いのどちらかが死ぬか、それとも同意の上で契約解除しない限り、契約は破棄されない事。

 でも今、僕はみんなの力で生かされているわけで。

 だから、これを終わらせるには……意図的に契約を切るしかない。

「ああ、そうか」

 そういえば、ひとつお礼を忘れてたぞ。

 顔を巡らせると、そこには泣いているあの人……メイさんと、小さな女の子がいた。大事なお話の最中らしい。

 そして、僕にはそれを待つ時間はない。

 うーん。本の作者さんにお礼をまだ言ってなかったんだけど……仕方ない。死んでから機会があれば、何か考えるか。

 ん?

 フスッという息を吐く気配がした。その感覚に懐かしさがあり、僕はその方をみた。

「ああ」

 そこにはフラッシュ(・・・・・)がいた。一緒に遊びまわっていた頃の瑞々しい姿で。

 うん、今度こそ本当に迎えに来てくれたんだな。

「よう。待たせたな」

「……」

 ぷう、ぷう、と小さな声で鳴くと、フラッシュは歩き始めた。ついてこい、と言わんばかりに。

「ああ、いこうフラッシュ」

 そう言うとフラッシュについて、僕も歩き始めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「!」

 その声は突然、地の果てまで届けとばかりに強烈に響き渡った。

 私はびっくりして、その声の元の方をみた。

「ぷうー」

「ぷう、ぷう、ぷう、ぷう、」

「ぷうー」

 見渡す限りの、視界を埋め尽くすほどのうさぎたち。それが一斉に鳴き始めたのだと気づいたのは、すぐの事だった。

 そして、その声に秘められたものにも、すぐに気づいた。

「ぷうー」

「ぷうー」

「ぷう、ぷう、ぷう、ぷう、ぷうー」

 それは、悲しみ。

 それは、ねぎらい。

 そう。

 長い長い年月、このウサギたちの中心となっていた人がこの瞬間……ついに亡くなったのだと。

「……っ!」

 その悲しみが、私の心にも来る。涙がとめられそうにない。

 こんな優しい子たちの主人を、私は五百年近くも捕まえてたのか。そう思うと、申し訳無さでいっぱいになる。

 でもそんな時、隣で声が響いた。

「フーを育ててくれた人のマネだけどな……『鈴よ響け、癒やしの声、安らぎの声を皆にとどけよ』!」

「!」

 驚いた横を見ると、そこにはフーと名乗ったウサギ獣人の女の子だった。見覚えのある鈴を手に持っていた。

 鈴が突然、リーン、リーン、と激しく鳴りはじめた。

 鈴の音は大きなものではなかった。だがフーの魔力に乗り、果てしなく続いている群れの隅から隅まで、静かに、しかし強く響き渡っていった。

 そして気がつくと、ウサギたちの悲しげなぷう、ぷうという鳴き声は、みるみる鎮静に向っていた。

「……」

「ツミとかバツとか、そういうのはニンゲンの考え方だと思う。気にする事はない。何か間違ったんなら、これから気をつければいいだけの事だとフーは思うぞ」

 フーは私の方を少し見て、そう言った。

「ねえ。結局あんたって何者なの?」

「ん?フーはフーだといったぞ?フーは誰でもない。えーと何だっけ。Foobar(フーバー)のフーだと言えばわかるって言われたぞ。あと、ジェーンドウとかホゲフガでも少女Aでもいいが、それでは可愛くないからFoo(フー)にしたと言ってもいいとも言われたぞ」

 フーバーとかホゲとかよくわからないけど、よくわからないが、ジェーン・ドゥや少女Aで私にもわかった。つまり太郎、花子レベルの意味って事らしい。

「それ誰に言われたの?」

「フーの企画を作ったってオッサンだぞ。やたら歌がうまかったり、女に化けたりもする変態だけどな!」

「ああわかった。意味わかんないけどよぅっくわかった。なんかヲタっぽい元プレイヤーって事ね。ありがと」

 まぁ、フラッシュとかってウサギの化身じゃなかったのは正直ありがたかった。色々と。

 いくらなんでも、ウサギと愛憎たっぷりの喧嘩したくないしね。

「それであんた、どうするつもりなの?これから」

「それは……」

 少しだけフーは考えた。

「この群れはフーが契約した群れじゃない。フーは単に旗印として先導しただけで、それもフーの力でやったわけじゃあない」

「なるほど。じゃあこの中に本当のフーの仲間っているの?」

「いた。ウサギが二羽」

「いた?今はいないの?」

「育ての母とその仲間たちに、フーが一人前とみせびらかすために仮契約で手を貸してもらったのだ。そうでないと旅に出してくれなかったからな!」

「……色々言いたいことはあるけど、まあいいわ。で、その子たちは?」

「契約は果たされたので、もう森に帰るといってた」

「フー。あんたいくつ?」

「9つだ。もう大人だぞ」

「なるほど。ようっくわかった」

 鈴に見覚えがあるはずだ。この鈴はたぶん、ミミちゃんのものだろう。

 9歳で中央神殿だまくらかして逃げてきたとな。冗談じゃない、とんでもない大物だよこの子。

 よし。絶対逃がさない。

 どうせこのままだと当分ひきこもって泣くはめになりそうだし、こんな面白そう……もとい、育てがいのありそうな後輩、ほっとけるもんですか!

「よしよし、とりあえずごはん食べようか?」

「ごはんか?フーはおなかすいたのだ」

「うんうんわかった。そんじゃ何か食べよう?」

「おう」

 私は思った。

 これはなかなか、面白いおもち……もとい、後輩を手にいれたと。



 

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