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モンスターといこう  作者: hachikun
最終章『モンスターといこう』
102/106

[3]深海底の嘆き

 ゴンドル大陸塊、北大陸の近く。水深約千二百メートル。

 深海といえば、永遠の暗黒と沈黙の空間と思われがちだが、そこは上とは別の意味での異界というだけで、命のざわめきも、そして戦いの嬌声も存在する。ただ声のカタチが違ったり、姿が異様であったりするだけだ。

 そんな場所に、彼女はいた。

『……』

 巷では深海の女王などと言われているが、おそらくツンダーク上で彼女について想像する、あらゆる全ての人の妄想とくらべても、ここは全くの異質であった。

 そもそも空気がない。そして光もない。

 ただ、ここの主人である彼女は水中でも平気だし深海の巨大な圧力にも平気であり、さらにこの場所には、彼女が起きている間だけであるが、周辺の深海生物には探知できない種類の光が灯るようになっていた。だが今は当人が眠ってしまっているし、彼女が眠っている間は、彼女の世話役である巨大なクラーケンが神殿の隙間をほとんど埋め尽くしているため、光ってもほぼ意味がないのだが。

 それは一見、古代ギリシャのパルテノン神殿に似ている。

 はるかな古代には陸上にあったというこの城は、第一期のはじまりの頃、建っていた土地ごと海底に沈んだという。以降、ゆっくりと海溝に向かって沈降しているそうだが、向こう数万年は現在の深さにとどまるだろう。彼女は自分の寿命をまだ知らないが、まさか万年は生きないだろうと考えているし。

 通称、竜宮城。あるいは水魔の里。

『……ん?』

 ピクッとうごめくものがあった。彼女の目覚めだ。

 それに呼応するかのように、乱立する巨大な柱のあちこちが輝き出す。

『……』

 彼女は布団も衣服もなしの全裸だが、クラーケンが分泌したと思われる粘液の膜によって守られていた。

 恒温動物である彼女にとって深海の水温は氷のように冷たいのだが、本人が冬眠のように活動力を下げて眠っているし、また粘液の膜はその外見と裏腹に、どんな寝具よりも暖かく彼女の身体を守っていた。そのふたつの強力な加護により、彼女は何年もこの海底のお城で眠り続ける事もできるのだった。

 さて。

 むっくりと起き上がった彼女の『視界』に映るのは、彼女と一番仲良しのクラーケンだった。彼女がいない時はここを守り、そして彼女がいる時は彼女を守る。だが、本来あまり長命ではない軟体動物なのに彼女と同じ時間を生きている事でもわかるように、このクラーケンはそもそも普通のクラーケンではない。

 海魔。

 それは海における神種。彼らは人間のような音声の言葉がないので当然、音声による名前も持っていないが、彼女は親しみをこめて名前をつけている。

『おはようグノール。守ってくれててありがとう』

 水中なので肉声は出ない。会話は、いわゆる遠話(えんわ)の類で行われている。

『別ニカマワナイ。我ニハ悠久ノ時間ガアルノダカラ』

 あれはいつだっけか。グノールと契約した時の事を彼女、メイは思い出す。

 愚かな戦いでほとんどの仲間を失ったメイは、新天地を求めて海にきていた。この世界のイルカとの契約に成功し、海中にも巨大なフィールドがあると知らされたメイは、そこがプレイヤーの寄り付かない、寄りつけない土地である事も理解した。そんな矢先の事だった。

 深海よりあがってきたグノールを見た時の衝撃は今も忘れられない。

 まぁいい、今はそんな追憶の時ではないだろう。

 粘膜のあたたかいベッドを抜け出すと、海底の冷たさがたちまち襲ってくる。アイテムボックスから耐水性の水着をとりだし着用する。これは実用的な意味はあまりないのだが、さすがにフルタイム全裸で生活するほどは、いかに彼女でも人間を捨てられなかった。

 ぼんやりと明るい海底のお城に、ひさびさに生気が満ちていく。

 メイはゆるゆると泳ぎだすと、上の方にへばりついているクラゲのような、海藻のようなものに近づいていく。

『おはようケスト。何かニュースはある?』

『おはよう姫さん。あるぜ。ゴンドル中央神殿からテイマーが出立したらしい。まだ子供で、新人だと』

『へぇ。テイマーね。どんな子?』

 とびっきりの変わり種であるが、メイだってテイマーである。

 テイマーは基本的にただの人間であるが、普通の人間と違うところがいくつかある。そのひとつが契約動物からの影響。メイが深海で平気なのも、全く空気呼吸なしで平気でいられるのも、そして、ありえないほどの長い年月をそのままの姿で過ごしているのも、その全てが契約相手からもたらされた恩恵や祝福だった。

 もっともテイマー当人にしてみれば、それは恩恵というより友情の印とでもいうべきものか。彼らともっと仲良くしたい、一緒にいたいという思いがそれをもたらしているわけで、そこに損得勘定はないのだから。

 さて、肝心の新人テイマーの話に戻ろう。

『それが妙なんだよね。まだ新人のガキなのにテイム能力が異様に高くて、どえらい勢いで群れが巨大化しているようで。その全てがウサギなんだけどな』

『……その子、女の子?』

『ん?ああ、そうサ。ウサギ系獣人の女の子だってヨ』

『それ、ほんとに獣人かしら?』

『ハ?というと?』

『その子、実は獣人どころか本物のウサギなんじゃないの?祝福か何かで人間の姿を借りてるだけで』

『……姫さん、もしかして心当たりがあるのかイ?』

『たぶんね……アレを返せってつもりでしょ?』

『アレか……でも姫さん、アレってもう、ほぼ死に体だよナ?』

『そうよ。そもそも延命のためにここに置いてるんだし』

『延命して、そして旦那にするためでハ?』

『……そのへんは察してくれないかしら?』

『ははぁ、フラれたのかイ、そりゃご愁傷様って、おわっ!』

『あんたね。引き裂くわよ?』

 メイは、ひととおりの怒りを示すと、やがて、困ったように腕組みをした。

『ま、あんたの言わんとする事もわかるわ。いいかげんあきらめろって事でしょ?』

『ありていに言えばそうだネ。まぁ、二度と得られぬ同胞っていう点も確かにわかるけどヨ』

『リスクが大きすぎる……そうよね、うん。わかってるんだけどさ』

 メイの目が泳いだ。

『アケミやミミちゃんにも怒られたけどさ……』

 どう考えても勝ち目はない。メイの予想が正しいなら、相手の背後にはラーマ神そのものがついているのだから。

『……』

 彼女はそこまで言うと、フラフラと建物の奥に進んでいった。

『……重症だねエ。イルカの恋慕はひでぇって言うけど、人間も大差ねえナァ』

『オマエモソウ思ウカ?海藻ノ?』

『思う思う。なんたって、神様の指示に歯向かっちまうんだもんナァ』

『フム』

『おや。蛸の旦那はなにか思うところあるのかい?』

『イヤ。らーま様モ懐ガ深イト思ッテナ』

『あー……まぁ、ラーマ様にしてみりゃ姫さんの反抗なんて、軽いお茶目程度にしか見えてないんだろうネ。むしろ可愛いトカ楽しいトカ思ってるかもしれねえヨ?姫さんにとっちゃ腹立たしいだろうけどサ』

『フム』

 ふたつの意識は、奥に向かっていったメイの姿を、じっと見送っていた。

 さて。

 メイがたどりついた場所は建物の奥の端。そこだけは遺跡じみた周囲と違い、何か特殊な金属質の、そしてエネルギーの通った、生きた区画のようだった。いくつものドアのようなものがあるが、取っ手も何もない。そしてその横には文字盤とプレートのようなものがある。あきらかに、上で見かけるツンダーク式のシステムとは異質だった。

 それは。二十一世紀の地球人ならエレベーターホールを想像するかもしれない。実際、よく似ていた。

 目の前のプレートの一つに近寄り、そして手を置く。

『こちら医療システム。指令受諾。休眠サンプル「サトル」開きます』

『彼は起きてるかしら?』

『今は眠っています。治療は終わっていますが衰弱が酷いので。起こさない方がいいでしょう』

『そう。わかった。見るだけでいいわ』

『了解』

 扉のひとつが開き、淡い光があふれた。

 中は硬質のガラスのようなもので区切られていた。なんの変哲もないものに見えるが、そのガラスは摂氏マイナス120度以下からプラス1800度まで耐える代物である。現代ツンダークで一般的なモフコー・ガラスの最高グレードに匹敵するが、もちろんこんな場所にある事からいってもモフコー・ガラスではない。はるかな超古代のものだ。

 そしてその中に、ひとりの青年が眠っていた。

『……サトルくん』

 眠り続ける青年を、メイはじっと見つめた。

 メイの目には、サトル青年の情報があわせて見えていた。

 

 

 

『サトル』職業:テイマー、サブ職業なし

 特記事項1:瀕死状態

 特記事項2:『囚われのお姫様(だが男だ)』『ツンダークを救った未曾有の大英雄』『ウサギの大将』『鈍感野郎一番星』『人災の相(ただし人外限定)』『神の目を束ねる男』『銀兎(ぎんと)を伴侶とする者』『ウサギとラブコメする男』

 特記事項3:ラビット・カノン

 かつて『ウサギの大将』と呼ばれ、ツンダークの野を駆け巡った男。ウサギを主力とするため瞬間的な戦力はツンダーク最強ではないが、群れの巨大さと戦力の奥深さにおいて比類するものがない。

 ウサギは古いツンダーク語で『神の目』といわれており、事実、高位のウサギはそのほとんどが神職となる。ゆえに、彼の群れはラーマ神にも注目されていた。

 五百年前、彼は惑星ツンダークに落下するはずだった巨大隕石を破壊、落下予想地点だったゴンドル中央大陸を救った。結果としてツンダーク全土に隕石がふりそそぐ、いわゆる第六期の終わりの大異変までは止められなかったが、それでも予想された被害に比べれば非常に小さなものだった。

 全ての仲間たちの魔力を自分に結集、自分自身を発動体としてふるった巨大なエネルギーはラーマ神をも驚嘆させるほどの力強さであり、まさに英雄にふさわしい壮大なものであった。ラーマをはじめとするツンダークの神族や精霊は、こぞって彼の勇気と偉業をたたえた。

 だが、いくらテイマーといっても肉体は人間のもの。傷つき、全ての力を使い果たしてしまった彼はそのまま死亡、神の身許に連れ去られるはずだった。

 しかしここで人災の祝福が発動。死力を振り絞り戦う姿にすっかり夢中になった女の子によって、深海の底に拉致されてしまった。今は囚われのお姫様である。……男だけど。

 

 特技『ラビット・カノン』

  弱い動物である、しかし魔力帯びた動物であるツンダーク・ウサギが外敵に対抗するため生み出した唯一の戦闘獣魔術。最低でも数百単位のウサギをトリガーにして群れの魔力をかき集め、戦う魔力の大砲。群れが大きくなるほどに威力も大きくなり、また、トリガーがウサギであれば群れの内容を問わない。

  だが、中枢となった個体の生体エネルギーを集約の触媒とし、喰い尽くす。それ自体では死亡には至らないが、自然界でこれを使う状況にあるという事は周囲の状況は推して知るべしであり、その個体はまず確実に死亡するだろう。

 

 

 

『あたしゃ人災かい……神様たちも辛辣だよね』

 水の中では涙は見えない。

 だが、メイの目のまわりの温度が急にあがったのはおそらく、暖かいものが流れでたせいと思われた。


一応弁護すれば、彼女は力尽きたサトルの治療をしていたのです。そしてそれは当時、彼女以外にはできない事だった。

でも回復の見込みがない事がわかった時……。


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