エンディング・モンスターといこう(2)
エンディングにむけて、時間がとびました。
突然ですみません。
ツンダーク・第七期統一歴四百七十七年。
異世界人なんて言葉も聞かれなくなり、その言葉も忘れ去られて久しい。
五百年ほど前に大きな天変地異が起きて多くの国家が機能を失い、神殿主導で復興が行われた。その際に第六期の終わりが宣告され、第七期統一歴が施行され……そんな時代からも、さらに470年という途方も無い時間が過ぎ去っていた。
そんなある晴れた日。
かつて、はじまりの国と呼ばれた土地の一角に、ひとりの女の子が育っていた。
「どうしても行くの?」
「いく」
「そう……はっきりいって、今のあなたにはまだ早いと思うのだけど?」
「早くないです!」
心配そうな巫女服の女性に、女の子はガーッと噛み付いた。
「だって、待ってるんだもん!ずっと、ずっと、泣いてるんだもん!フーが行かなくちゃ!」
「……そう」
自分をフーと呼ぶ女の子は、この近所で拾われた。今どき珍しい私生児で、さらに珍しいウサギ系獣人だった。
神殿巫女にはウサギが多い。ゆえに彼らは、何かの導きであろうと、この女の子を育ててきたのだが。
『いかなくちゃいけないの』
自分には、行くべきところがある。それが自分の使命であると。フーはそれを言い続け、決して譲らなかった。
はじめて言葉を発した時からそうで、まるで何かに急かされるように足腰を鍛え、いつのまにか森のウサギたちと仲良くなり、いつのまにか全ての準備を整えていた。
そう。
彼女はたった9つで、はるか大陸を渡る大冒険の旅に出ようとしているのだ。
普通なら止める。当たり前の事だろう。
だが彼女はこの歳で、すでに一人前のテイマーなのだ。はじまりの町のギルドもフーを一人前と認めているわけで。
技能職で一人前と認められた人間は、ツンダークでは成人と見なされる。
つまり、もう彼女を止める方法はない。
「じゃあ、これをあげようね」
「え?これって」
それは、ツンダークにはない、まるでボールのような丸い異国の鈴があった。
女がいつも腰につけていて、フーが何度も欲しがり、断られていたものと同じだった。縄まで同じデザインのものがついている。
「わたしの鈴と同じでしょう?」
「うん」
「わたしの鈴は、わたしの、ひいおばあさまが作ってくださったもの。もうずっと、ずーっと昔にね。
だからフーちゃんの鈴は、わたしが作ったの。
その鈴はフーちゃんしか使えないし、誰にもあげられない。きっと、どこまでもフーちゃんについていってくれるよ?」
「おぉ!」
フーは目を丸くして、そして、うれしそうににっこり笑った。
「知ってると思うけど、それは鈴のカタチをした杖だからね。有効に使うんだよ?」
「うん、ありがとう!」
そして、今度こそフーと立ち上がった。腰に、女からもらった鈴をしっかりと結びつけて。
「じゃあ、ほんとに行くよ。さよならミミ……じゃなかった」
そこでフーは一度言葉を止め、ちょっと照れくさそうにコホンと咳をしてから、
「じゃ、じゃあ行くよ……えっと、ミミばあちゃん」
その言葉に、女……ミミはムムッと眉をしかめた。そしてフーの耳をむんずと掴んだ。
「いたっ!あいたたたたたたたっ!痛いいたいっ!」
「誰かおばあちゃんよ誰が」
「痛いってば!だってミミって千年以上生きてるんだろ?だったら母ちゃんじゃなくてばあちゃんだろ?」
「ええいまだ言うか!」
「あだだだだっ!」
「だいたい、わたし大物忌になってから全然歳とってないんだから関係ないもん!まだピチピチだもん!」
「……妖怪ミミばばあ?」
「こらっ!!」
最後の別れの時ですら、いつも通りの激突を繰り返すふたりに、周囲の神殿関係者は苦笑するばかりだった。
しばらくたち、やっとフーは出立した。
「お疲れ様です、ミミさま。最後までいつも通りでしたね」
「そう?あの子ったら、泣きそうになるたびに照れ隠しにわたしに突っかかるもんだから、もう。困ったものよね」
「いい子じゃないですか」
「ん?いい子よフーは。……なに?その、物言いたげな顔は?」
「いえいえ」
フーは癖の強い子だった。
拾われたのは赤子の時。神殿前に捨てられていたのだが、神官や巫女たちが触れると泣きだして、どうしても落ち着かない。皆が困っていたその時、五十年近くも閉じたままだった休眠室の扉が開いたかと思うと、中から現れた大物忌姿の女がフーを保護。その瞬間、フーは静かに泣き止んだ。
以来、フーはその女……ミミを母親のように慕い、ミミもフーをかわいがっていた。
周囲は首をかしげた。
なぜなら、大物忌とは神様に直接仕えるのが仕事であり、特に休眠室で眠るほどの大物忌というと肉体を離れ、高次元にあるラーマ神の膝元で直接、神様のお世話をしているという認識だからだ。本来、それは天寿を全うした上位巫女の仕事なのだけど、大物忌はいわば神様のお気に入りなので、生きたまま神様の元にいられるのだとも。
なのに、地上で神事ならともかく、子守りなんかしていていいのかと。
そしたら、ミミは微笑んで言ったものだ。
『フーちゃんはね、特別なお仕事のために生まれてきた子なの。フーちゃんの魂が地上に送り出されるところを、わたしラーマ神様のお膝元で一緒に見たのよ?』
『そうなんですか?』
『ええそう。だから、ここにいてもいいの。ごめんね、こんな大昔の遺物がのうのうと歩きまわってて』
『いえ、そんな!』
そんな会話をしたのも、もう何年前の事か。
フーが旅立ち、静かになった中央神殿は、どこか大昔の、ミミが開いた直後の神殿に似ていた。当時はラーマ神の指示で中央神殿を閉じたままにしていたもので、ミミが開いた後、各地から次々に派遣されてきた神官たちもどこか緊張していた。そしてそのさまが、普通なら神事の時しか起きてこない大物忌が普通に動き回っているせいなのか、今の雰囲気にとてもよく似ていた。
(久しぶりに鯖塩食べたいなぁ。でも、日本風の定食屋さんなんて、もうないだろうなぁ)
鯖塩とは、サバの塩焼き定食の事であるが……残っているかは微妙であろう。かつてミミが贔屓にしていたモニョリの料理人は遠い昔に鬼籍いりしているし、お店も数代続いたものの今はそもそも、モニョリの町自体が存在しない。
そんな事をぼんやりとミミが考えていたら、神官のひとりがあたふたとやってきた。
「なあに?そんな慌てて」
「ミ、ミミさま!お客様が!」
「お客様?わたしに?」
「はい。し、しかし人間ではないようで!」
「えっと」
妙にあわてた神官のさまに、ミミは少し眉をよせた。
「何があったか知らないけど、そんなにあわててはダメよ。上が動揺すると下が困っちゃうでしょう?」
「あ、はい……すみません」
その神官は少し姿勢をただし、そして一度、静かに深呼吸をした。その動作がどこか漫画チックで、ミミは内心クスッと笑った。
「来客は女性です。ただし、どうやら人間でなく吸血鬼のようでして」
「吸血鬼?わたしに来る吸血鬼のお客様って……!」
遠い記憶をたどり、ミミは、ああと微笑んだ。
「わかった。通してくれるかしら?」
「はい!」
やってきたのは、真っ黒なローブをまとった女だった。なぜかリュックをしょっており、そこからはホワイトモンキーらしい猿が顔をだしているが。
「うわぁ、ほむちゃん久しぶり!」
「……いや、待ってミミさん。なんで『ほむ』なの?」
「え?だって、ほむちゃんはほむちゃんでしょ?」
「葉月です」
「ほむちゃんでしょ?」
「葉月ですってば!その名前はナシ!」
「え、そうなの?ほむちゃん、ほむちゃんじゃなくなっちゃったの?」
「……」
うるうると寂しそうに涙を浮かべるミミ。不愉快そうな顔でそのミミを睨む、自称葉月という黒衣の女。
しばらくして根負けしたように、女の方がためいきをついた。
「……ほむでいいです」
「うん、ほむちゃん久しぶりー」
途端にニコニコ笑顔になったミミに、女……ほむらぶは苦笑した。
「久しぶり、ですか。まあ確かに二百四十七年は久しぶりでしょうか」
「ほむちゃん、口調が硬くなったねえ。あんまり黒幕ばかりやってると悪い笑顔になっちゃうよ?ネルちゃんは可愛がってくれないの?」
「あー、口調が硬いのは悪事に走ってるのでなく職業柄でs…………こら、チータ、あんたって子は……ん?」
後ろのリュックに入っていたホワイトモンキーが、いきなり何を思ったのかほむらぶの口を塞いだのだ。
そして、ほむらぶに文句を言われる前に何かお菓子のようなものをとりだし、ほむらぶに食わせようとした。
ほむらぶはその茶色のお菓子を見てちょっと苦笑いしたが「はいはい」と言って直接口で受け取り、もぐもぐと食べ始めた。
「ん、ありがと。……ありゃ、これ今朝の?どこの畑の?……そう。後でチェックしてみようかしら」
「ほむちゃん。その子って、アメデオじゃないよね?」
「違いますよ。知ってるでしょ?アメデオがどうなったか」
「あ、うん。ごめん。いえね、違う子なのにやっぱりリュックに入ってるなぁって」
「不思議なんですよね。孫だと好みも似るのかしら?」
「ああ、アメデオの子孫なのね?」
「はい」
アメデオは優秀なうえに素晴らしい相棒だった。神獣に達する事はなかったが高位の魔道猿となった事で寿命も伸びたのか、神獣化してヒルネルを守り続けるオオコウモリのロミともども、彼ら吸血鬼組には欠かせない存在であり続けた。
だが数百年前の異変の際、そんなアメデオもついに倒れた。身重で弱体化していたほむらぶを守るために身を危険にさらし、ついに力尽きたのだ。
無理やりでも生きながらせようとしたほむらぶの施術を断り、アメデオは死んだ。
ほむらぶの腕の中で、ほむらぶを独占しきって、ほむらぶの顔を見上げながら亡くなったそのさまは、横で見ていたヒルネルが、思わずイラッとくるほどに幸せそうだったという。もちろん、そんなヒルネルに対しても、わざと人間風にニヤニヤと笑って見せておちょくるという芸風まで見せた。ある意味、最後までアメデオだったというべきか。
そんなアメデオだったが、虫が知らせたのだろうか。今まで、どんなに慕われても見向きもしなかった白猿山のボスを死ぬ数年前に一度引き受けていたようだ。ほむらぶはそれを知らなかったが、ある寒い朝、迷子で死にかけたホワイトモンキーの赤子を拾ったほむらぶはステータスチェックをして驚く事になった。その子は魔道猿の孫である旨が書かれており、しかもその名がアメデオになっていたからだ。
以降、ほむらぶはその小猿をチータと名付け、アメデオと同じように愛情を注いでいる。
「ところで、なんでチータなの?」
「んー、ちっちゃいから?」
「……それだけ?」
「あと、小さいってところから想像したのが、ほら、日本の二十世紀の歌手で」
「ほらって言われても日本の昔の歌手なんてわからないよ。何年前のことだと……ん?二十世紀の歌手でチータ?」
むむ?と記憶に片隅に何かがひっかかったようなミミ。
「えっとね、こう、幸せは歩いていかないとダメなんだよーって歌の」
「あー、チータ……水前寺清子か。……懐かしいっていうか、そもそもよく知ってたね、ほむちゃん」
「もちろん。色々勉強してたからね、あの頃は」
「あー……『ほむ愛』の一環だったのねそれも」
「ミミさん……そこは単に『勉強家』と言って欲しかったんだけど」
「( ̄д ̄)エー」
「いや、エーじゃなくて」
確かに、歌手の水前寺清子の愛称は『チータ』である。これは『小さい民子ちゃん』という意味らしい。民子は本名であり、その愛称の通り、小柄な女の子だったという。
だが。ふたりとも間違いなく21世紀生まれであり、二十世紀後期の日本人なら一般常識として知っていたくらいの有名人だった彼女も、ふたりにとっては昔の人。特に、小さい頃に神社で年配者に囲まれていたミミと違い、ほむらぶの交際範囲に年配の人はいなかったと聞いている。
なのに知っているというのがすごい。あまつさえ、こんな時の彼方でそれを覚えているという事も。
「話を戻すけど、それでネルちゃんはどうした?」
「いやぁ、それがね。この近くで今、とんでもない大物掘り当てちゃって。今、大変なんですよ」
「大物?この近くで?」
「はい。なんでも帝国以前の、神話時代のものらしいんですけど……かなりとんでもないものらしいです」
「へえ。このあたりにそんな凄い遺物が?建物?それとも」
「いえ」
ほむらぶは首をふり。そして言った。
「……ヒルネルが言うには『巨大ロボット』にあたるそうなんですが」
「は?」
ミミの目が点になった。
「神話時代の……巨大ロボット?なにそれ?」
「いえ、それはこっちも言いたいんですけど。……なんなんでしょうね?」
「ほむちゃんは関わってないの?」
「関わろうと思ったんですけど……チータが今、なんにでも興味持つ頃なんで、危ないから近寄ってないんです。来年あたりになったら中途で手伝いに入りますけど」
「へぇ……」
ミミはちょっと首をかしげて、そして「ふむ」と一度うなずいた。
「ほむちゃん。それ、わたしも見物したいってネルちゃんに伝えてくれる?」
「は?」
突然に見学の意を告げられて、ほむらぶは首をかしげたのだが。
「神殿の意向として正式に伝えてくれるかな?ちょっと気になるから」
「あー……はい。わかりました」
ほむらぶはミミの言いたい事を理解したのか。大きくうなずいた。