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モンスターといこう  作者: hachikun
最終章『モンスターといこう』
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エンディング・モンスターといこう(1)

もう少しです。

 モフ子のガラスが完成したのは約一ヶ月後。皆がカルカラ王国に到着して少したった頃だった。

 だがその後の展開は彼女の予想を大きく裏切る事になった。

 綺麗にガラス細工を作って小銭を稼ごうというモフ子自身の考えとは裏腹に、彼女はツンダークにおける板ガラス発明の先駆者になってしまった。彼女のガラスをふんだんに用いた温室が大量にたてられたわけだが、そこで生まれた農産物よりも、彼女のガラスの生み出す富の方がはるかに莫大になってしまったのだ。

 だが同時にそれは、モフ子を辟易させる結果にもなった。

 当人は透明ガラスの技術に満足したものの、次々と板ガラスを作らされる日々にあっというまに参ってしまったからだ。最初はリトルが夜な夜などこかに連れだしていたようだが、やがて限界がきた。

 モフ子のガラス技術は、同じ異世界人やツンダーク人の有志に引き継がれる事になった。

 無理もない。十年以上も野に生きてきた者が、延々と工房にこもり続けるような生活に耐えられるわけもなかったのだ。

 ツンダーク・ガラスの祖としてモフ子の名は歴史に刻まれる事になったわけだが、モフ子当人としては、リトルと団子になって眠っている生活の方がよかったらしい。妙な責任問題などが増えてきた事もあり、モフ子はカルカラはもういいかと、旅立つ旨を告げた。

 周囲は驚いたり呆れたりしたが、マナだけはそんなモフ子に寂しげに微笑み、しかし納得げにうなずいたという。

 カルカラ王宮や異世界人の有志たちに多額の礼金や技術料をもらい、さらに商業ギルド経由で向こう数十年に渡り生活保証する事も確約してもらった。

 そしてマナ一家にも惜しまれつつ、旅立つ事になった。

「モッちゃん、気をつけてね。何かあったら、いつでも帰ってくるんだよ?モッちゃんはうちの子なんだからね?」

「ありがとうマナティー。あとモッちゃんはやめれ」

「うふふ、ほんとだよ?遠慮したら殴るからね。そんでマナティーはやめなさい」

 泣いてるんだか笑ってるんだか怒ってるんだか。

「そんじゃ、またね!」

「またねー」

「さよならー!」

「寂しくなったら、いつでも戻ってくんだよぅ」

 大勢の人に見送られつつも、別れはあっさりとしたものだった。それというのも理由は簡単で、モフ子の笑顔がとても晴れやかで、しみったれた泣き顔のカケラもなかったからだった。

 ただひとりを除けば。

「……」

「……マナ?」

「……うん」

 そんな(マナ)の気持ちがわかる旦那(マオ)は妻の肩を抱き、自分たちの家に戻っていった。

 そして。

「……」

「ニャ」

「うん、わかってる。ありがとね」

 皆がずいぶんと小さくなった頃、見えないように涙を流していたモフ子も、リトルに促されるように涙をふいた。

「さ、いくよ!まずは西へ!」

「ニャア……」

「何よその、めんどくせぇって声は。ふん、さっさと歩くよほら!」

「ニャ……」

「そんなにイヤなら、ずっとカルカラにいればよかったんじゃ……ってわかったわかった、しっぽ攻撃はナシ!ナシだってば!」

「ニャ」

「わ、わかったよぅ。とにかく歩くの!いくからね!」

「ニャ」

 

 

 

 ちなみに、別れの際にマナがモフ子に『うちの子』と言った件だが、これは親愛だけの意味ではない。実際、カルカラにおけるモフ子の身元はマナ一家が保証していたので、カルカラにおいて、正式にモフ子はマナん()の子だった。

 名声を得るという事は狙われるという事でもある。ガラスの件の話が大きくなってきた時、モフ子の身柄を王宮預かりにしようかとカルカラ王宮から打診があったが「この子はうちの子です」というひとことでマナも、そしてマオや子どもたちまでもが決して譲らなかった。そして、家族の全てに愛されているのならという事で、カルカラ王宮としてもマナ一家ごと庇護対象にする事で落ち着いたという。

 この一件は、マナ一家の将来を大きく変える事件にもなる。

 カルカラ亡命後、マナ一家は安全のため、マオがたまに猟に行く程度で数年は遠出しなかった。で、マナはその空いた時間を使い、できるかぎりの高等教育を子どもたちに与えていた。既に読み書き計算を覚えていた子供たちはやがて、科学と魔法の両方の視点でモノが見られる人間へと成長していった。そして両親譲りの高い能力と平和を好む気質が王宮にも好まれ、マナ一家は異世界人初のカルカラ貴族となり、長く栄えていく事になった。

 そしてその際には、マナが往年の貴族とも平然と立ち向かう舌戦で、ただのぽややんな異世界人でない事も、多くの人が知る結果となったし、マオがもともと西の国の貴族の末裔であった事も既知の事となり、それはやがて、政治的な問題がようやく片付いた時代の西の国と、再び国交を戻す際の足がかりにもなったのである。

 その歴史に時々、思い出したように褐色の少女とサーベルタイガーのエピソードを絡ませながら。

 さて。

 そんなカルカラの隆盛であったが、この時期に盛り上がったのはカルカラだけではない。

 北シネセツカ・サイゴン王国においては、強力なウイザードが弟子や教え子たちと共に移住した事がきっかけで魔道ブームが起きた。同時に強力な錬金術師もサイゴンに拠点を移したとかで、付呪術を除く魔道の王道は、そのほとんどがシネセツカに集まる事になった。

 なお、なぜかパンナ、つまり、いわゆるセクシャルマイノリティーの人々まで増加する事にもなったのはご愛嬌である。

 原因となった当のウイザードは「アタシのせいじゃないわよぉ」と困った顔をしていたが。しかし彼女の件がきっかけになって、サイゴンの花街のひとつが変質を遂げ、ついにはカブキチョウと呼ばれるようになったのは事実だし、彼女を慕うセクシャルマイノリティーな人々は実に多かったのも事実だった。この頃になると彼女の教え子のひとりが弟子として共にいるようになったが、その者は夜の女王としての彼女の側にも常についており、右腕にしてマネージャー、そして愛人としての立場を固め、彼女をその地位や資産から狙ってくるような大馬鹿者の排除に活躍したという。

 まぁオカマ話はともかく、これらの事実は、迷走した西の国とサイゴン、両者の対照的な道程を印象づけるものとなった。

 西の国の議会制民主社会は、もはや形骸化しつつあった。居残り組の全員が逃げ出したという噂があっというまに国中に伝わった事もあり、ツンダーク土着の民でさえも、おかしくなった西の国政府から逃げ出しはじめたからだ。もちろんそれは一部の者だったが、社会的に才覚のある者、要職にある者であればあるほど、行動力も高い。また引き抜きなどもあるため、結果として、使える人間であればあるほどにさっさと消えてしまい、残るは何か事情のある者、動くリスクをとるくらいならこのままでもいいという者が中心になってしまっていた。

 当たり前だが、そんなブラック企業みたいな状態の国がうまく繁栄できるわけもない。

 また、これらの状況が進むにつれ、さらに別の問題も起きた。新住民だ。

 彼ら新住民は最初こそ、恩人である国に忠誠を近い、がんばって働いていた。だが、国の暴走の結果で仲間を失い、さらに多くの人々が国を出て行くのをまのあたりにして、彼らも悩み始めた。

『本当に国は正しいのか?』

『自分たちの選択と行動は、本当に正しいのか?』

 彼らはかつての記憶などないが、それでも根本的に優秀な者たちではあった。第三者の立場から自分を見つめなおす時間をもち、間違っていると確信すれば、そんな自分たちを訂正できるだけの才覚も備えていた。

 そして、今の西の国の行動が、自分たちの道がよくないと見るや、ただちに仲間と意見交換をはじめた。

 その流れは、北部大陸組が全滅したというニュースが飛び込んできた事でピークに達していた。

 政府発表はもちろん、異世界人の女ふたりを極悪人として糾弾するものだったが、その頃にはもう、彼らは西の国政府を信用しなかった。上にはなるほどと同意しつつ、仲間たちでは全く別の意見を交わすようになっていった。そして一部の者が上に意見を上申しようとして罰せられたり懲罰房に入れられた事を知り、また、家族を殺され今も独房に入れられているという異世界人の話を聞くにつけ、彼らもついに腹を決めた。

 やがてこれは、新住民たちによるパルチザンの結成、そして後の軍事クーデターに発展する事になった。

 彼らは民主政府を倒した後、色々な人に話を聞いた。そしてその意見もとりまとめ、西の国を安定させるには、サイゴンにいるという旧王族を呼び戻すのが最も良いという結論に達した。そして折衝の末、彼らは残存貴族たちの薦めで新住民騎士団を再結成。サイゴンに亡命していた旧王族を呼び戻し、かの王の名で、王政復古の大号令を発したのである。

 さて。

 王政復古の大号令というと日本の大政奉還時のそれを想像するが、明治政府と西の国には大きな違いがあった。それは、日本の皇族がもうずいぶん長い間実際の政治をしていなかった事に比べ、西の国ではつい最近まで国王とその配下が国を仕切っていた事だ。

 新住民騎士団と貴族に出迎えられた王たちは皆をねぎらった後、ただちに行動を開始した。内外の貴族や諸侯に呼びかけ、国の立て直しを開始したのである。

 最初は少しずつ、だが最終的には大多数の貴族が戻ってきた。彼らは自分たちが王を手伝い、国をもり立てるヘルパー的存在であると自負していたから、それこそ日本でいえば、いざ鎌倉の如く、返り咲いた王たちを助けるべく、せっかく他国で得ていた平穏もかなぐり捨てて、王のために馳せ参じたのである。

 ところで、ここでちょっと面白い現象が起きていた。

 いくらツンダークの事情が地球と違うとはいえ、不心得者の貴族もいるにはいた。だが今回、彼らは国に戻るメリット・デメリットを測りかねているうちに置き去りにされてしまった。つまり忠誠度の高い貴族たちが速攻で帰国してしまい、彼らが戻ろうとした時にはもう、帰る場所がなくなってしまったのである。

 すぐに帰国した者たちはまず、不憫な環境でも逃げずに頑張っていた不器用な仲間に手をさしのべた。かつて敵対していようが何だろうが、である。さっさと逃げてしまった事を詫びる一方、他国から持ち帰った財や、また逃げた先の国から託された支援物資などを惜しみもなく投入した。また、これにより人脈や秩序が再構成されてゆく一方、腐敗の排除、それに、旧民主政府側の優秀な人材の取り込みなど、多方面に活躍した。

 そして。

 民主国家となっていた西の国が、新たに『ゴンドル西方王国』として再スタートを切ったのは、ツンダーク・サービス終了からわずか四年後の事であったという。

 新住民騎士団はそのまま治安維持組織として王権の下についた。戻りつつある民と一緒に、法的に排除されていた屋台や露天市場なども首都などに現れはじめていたからだ。それは活気のバロメーターともいえたが、混沌として治安も荒れやすい。だから、彼ら新住民が率先して警備を申し出たのだ。

 そしてそれは、新住民に対するツンダーク人の悪評の払拭にも役立った。

 やがて新住民の騎士たちは西方王国の顔となり、彼らの好んだマーキングはやがて王国の紋章の一部にも取り込まれた。丸に十字というシンプルなそのマークは異世界出身の友人から贈られたものだそうで、かつて異世界の戦国時代に、勇猛な騎士団のシンボルマークだったものだという。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、時はめぐる。

 異世界の国『日本』からやってきた住民たちも時の流れの中ですっかり馴染み、そして何割かは世代交代の果て、このツンダークに骨をうずめた。事情があって人間以上の寿命を得た者は地下に潜り、あるいは別のなんらかの形で人前からは姿を消していった。それは昔からツンダーク人たちがやってきたパターンと全く同じであり、ここに数十年に渡って続いた異世界人をめぐるお祭り騒ぎは、やっとの事で幕を下ろした。

 もちろん、変わったものも多い。

 まず、人々が賑やかになった。モノづくりの好きなものが増え、変わったもの、新しいものがしばしば現れるようになった。無秩序に氾濫して世を乱す事こそなかったが、秩序をもったゆるやかな進歩は、人々の生活を、いわゆる資本主義の産業文明とは違う、一風変わった文明へとツンダーク全土を導いていく事になった。

 もちろん、それでも北部大陸の旧帝国の文明のレベルには遠い。まだまだ長い時間を必要とするだろう。

 だがそれでも、人々は明るい。問題もあれど活気に満ち溢れ、明日に向って歩いていた。

 

 

 

 そして……。その日はやってきた。


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