7話~カルテ~
教官は最終段階にきたアンドロイドのカルテを作成する。
訓練棟の窓を、風がたたいた。
灰色がかった空だけが季節がかわっていくことを
教えてくれる。
教官は今日もスイッチを押す。
スケジュールは遅延することなく進んでいる。
最近は、モニターチェック以外に
書類を作成する仕事におわれている。
あと数ヶ月もすれば
ここにいるアンドロイドたちはセンジョウへ行く。
そのための最終チェックを記録した、
いわばカルテのようなものを
各個体ごとに作成しなければならない。
この個体カルテが
のちにアンドロイドたちが壊れて
回収されたときに役立つ資料になる。
リサイクルを繰り返すアンドロイドの部品。
何度使用された物か。
磨耗の度合いは?
何年で、
どのくらいの衝撃で
使用不可能となる?
アンドロイドはロボットではない。
とくにセクタ・シティオリジナルのアンドロイドは
特別なものだ。
彼は、その理由を知っていた。
祖父がうそつきでなければ、
セクタオリジナルのアンドロイドの
おおもとは
ひとりの人間だ。
彼は、幼いころに祖父からこの話を聞いたが、
誰にもこの話をしたことがない。
両親にさえ。
たぶん誰に言っても、
「その通りだ」
と答えてくれる者はいないだろうから。
アダムとイヴの楽園追放のように。
ミノタウロスの迷宮のように。
「その通り。それは真実だ。
実際におこった出来事だよ。
きみの話は、なにひとつ間違っていないよ」
そう答えてくれる人間はいない。
それを見たであろう時代の人間は
もうこの世にはいない。
彼はふと手を止めた。
カルテ番号00213575。
この個体はとても気になる。
隊列をつくって向かってくるときにも
このところ不協和音を
感じる。
ほんの100万分の1のズレ。
肉眼では認める事が出来ないような狂いを、
彼はその経験の長さから
体で感じていた。
気のせいだろうか。
気にしすぎだろうか。
いけない。
仕事が中断している。
はたしてこのカルテに、
「不具合あり」の記入をすべきなのだろうか。
どこが?
どの箇所が?
「自分の勘で」と書くことはできない。
これは日記ではなくカルテだから、
「思います」
で締めくくるわけにはいかない。
書き込めるのは確かな数値。
しかしデータ上はなんの異常もないのだから、
適合と記入せざるを得ない。
しかし・・どうしても手が動かない。
彼は仕方なくこのカルテを
「保留」のフォルダに入れた。