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3話~教官・絵本狩りと祖父~

アンドロイド訓練所H棟。

今日も変わらないデータのインプットが

行われるはずだった。

「禁則本」について考えをめぐらせていた

教官が気付いた異変とは?

訓練所H棟で教官はバインダーにはさんである

書類に目を通した。


今日のプログラムは基本知識に加えて、

イレギュラーな事態が起こったときに対処し、

正常機能に戻すためのエマージェンシープログラムを

注入する。

だんだんと注意を払って

プログラムしなくてはならないところに

差し掛かってきた。

いくら慣れている単純な仕事とはいえ、

ボタンを押せばすむというものではない。


教えてはならないことを

教えないように

覚えてはならないことを

覚えないように

管理していかねばならない。


アンドロイドに気持ちは不必要だ。

だが、

「一歩間違えばセクタのアンドロイドは

不良品が発生しがちである」

とセクタ管理指導教本にも明記されているし、

訓練所に配属が決定したあとの申し送り研修でも

耳にたこができるほどに聞かされた。


だったら機械仕掛けのロボットにすれば

簡単なのに、

と彼はその時思った。

ベルトコンベアー式に生産される他国のロボット。

質はともかく量に富む。

セクタはアンドロイド養成に時間と手間をかけすぎている。

しかし、兵量だけで勝負がつくと思った自分の考えは

浅はかだったと今は思えるようになった。

セクタ独自のアンドロイドだから、

セクタの赤色が地図を侵食できているのだ。


アンドロイドをより良い状態に保て。

機械のように一辺倒ではなく、

かといって人間のようにややこしい感情はもたぬように。


その教えに基づいてセクタ管理区域内で

禁止されているものがある。

絵本。

絵本はその世界観をうまく

子ども達の脳内にインプットしてしまう。

吸収しやすい。

粒子が細かすぎる。

そしてなにより、

感情や愛情や喜び悲しみの波動を

高ぶらせる要素をもっている。

セクタ管理指揮下に働く者は、その感情を

一定の状態に保ち、

アンドロイドたちに余計な負荷を与えるような

所作をしてはならない。

雇用条項に載っている文章だ。

彼もこの条項を読み、雇用契約書にサインをした。

この地では、それに異議を唱える者は

いない。

絵本が禁止されているのは

もはやこの敷地だけではない。

いまやセクタの中の絵本は

政府の検閲をうけたものしか出回っていない。



彼がまだ幼かった頃、

祖父に絵本を見せてもらった記憶がある。

祖父は検閲官だった。

杓子定規な検閲官が多い中、

祖父は少し風変わりな頑固さを持っていた。


「ごらん、これを。きれいな色だろう。

これはこの世界に最後の一冊となった本だよ。

題名はアリスだ。

いやいやページをめくってはいかん。

恐ろしい本なのだから。

書かれている世界の全てが

たったひとりの少女の夢だったなんて

途方もない内容なのだから。

これを見たことは誰にも言ってはいけない。

決して。」


祖父の死の間際、白い部屋でチューブにつながれて

規則正しい機械音に合わせて

胸を上下させている耳元で

なぜ幼い自分にあれをみせてくれたのかと、

彼は訊ねた。

祖父はシワでいっぱいの目元に

ゆったりとした微笑を湛えて答えた。

「恐ろしい本には間違いない。

だが、

わたしはあの本がたいそう好きだった。

最後の一冊を葬るのが自分で本当によかったと思っている。

絶滅した動物があの物語にでてくる。

ドードーという鳥だ。

その最後の一匹となった動物を殺したハンターは、

実はそのことの重さには気付いていなかったかもしれん。

だが、わたしは知っている。

種を絶やすという事の罪の重さを」


彼は祖父の言葉を思い出しながら点検をした。

それぞれのブースに横たわるアンドロイドたち。

異常なし。

異常なし。

うん、少し耳にいれたソケットがゆるいか?

いや、

異常なし。

異常なし。

ふと足をとめた。

なにか、違和感。

そのアンドロイドは他の個体と同様に

仰向けで耳にソケットを突き刺している。

異常なしだろう?

なぜ足がとまる?

彼はアンドロイドの顔をじっと見た。

どの個体も同じ。


いや。

光がある?

瞳に?

気のせいか?


覗き込んだとたん

「うわっ」

彼は声をあげた。


目があった気がした。

そんなバカな。

個体番号を確認。

00213575番。

あわてて手元の書類をめくる。

不良品疑惑リストにはでていない。

前回までもエラーも無しだ。


「気のせいか」

額にふきでた汗を手の甲でぬぐって、

仕事を続ける。

異常なし。

異常なし。

足音が遠ざかる。


00213575番の口の中には、

紙片が詰め込まれたままだった。



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