14話~シンクロ~
本当に驚いた時には人間は
叫び声もあげられないらしい。
H棟教官は目の玉がとびださんばかりに
目を開いて、口をぱくぱくさせた。
幽霊をみた人間はこんなふうだろうか。
もしくは宇宙人を目撃した人間は。
幽霊やUFOは、
瞬きした瞬間に掻き消えたというのが定番だ。
だけどアンドロイドの手は
何度まばたきしても何度つばを飲み込んでも、
宙を指したままだった。
彼はおそるおそるアンドロイドの顔を見た。
目に精気がある、ような気がする。
背中がぞっとして、ブースの中を慌てて見回す。
全部のアンドロイドが「覚醒」して
いっせいに襲いかかってくるシーンが頭をよぎる。
しかしブース内はいつもと同じ。
00213575番だけが違う。
「・・・00213575番。・・・おまえ。」
彼は搾り出すように声をかけて
小さく咳払いした。
反応はない。
恐る恐る、アンドロイドの頭のモジュラーを引き抜いた。
メインコンピューターから引き離された00213575番は、
それでもなお同じ姿勢を保っている。
本来なら、オフ作業をすれば
自動的にシャットダウン機能が働き、
各々起き上がって隊列を作り始めるはずなのに。
彼は他のアンドロイドの接続を
いつもより雑な手さばきで切り離していった。
他の個体たちはじつに機械的な動作で起き上がり、
廊下に隊列をつくり外へ行進をはじめた。
00213575番の入る場所をぽっかりあけたまま。
彼は隊列を見送って、
再び00213575番に向き合った。
ポケットにしまいこんでいた、
絵本の切れ端を出して、
アンドロイドの前にかざした。
手の角度がまた少し変わった。
やはり、アンドロイドはこれに向かって
手を伸ばしている。
今すべきことは何だ?
理由や意味を考える事を一切やめて、
絵本の切れ端を処分し、
00213575番のカルテに、
「腕の運動機能に不具合ありのため不適合」
と書き込むこと。
そうすれば00213575番は
自分の前から消え去り、
また同じ日々が続く。
・・・本当に同じ日々が?
頭がクラリとした。
・・・永遠に?
ひと舐めしてしまった棒つきキャンディの甘さ。
その味は永遠に彼の舌の上に
再現されるだろう。
二度と
あのキャンディは辛かったのだなんて
ごまかしができないほど
甘さは強くなっていくだろう。
「そうやって人は好奇心に溺れていくんだ」
祖父の言葉が思い出された。
彼はおそるおそる声をかけた。
「これが欲しいのか?
これをどこで手に入れた?
これは、なんなのだ?」
「ア」
機械のブンという音にも似た音声。
アンドロイドの口からではなく
胸のあたりから聞こえてくるようだ。
「リ.アリ、ス」
彼は膝の力が抜けていくのを感じた。
薄暗い室内。
彼はひどく疲れきって椅子にからだを預けている。
目の前のパソコンには知恵を絞りでっちあげたカルテ。
これを送信すれば・・。
00213575番は、これでもうこの世界に存在しない。
あのとき、何が起こったのか自分でもよくわからない。
もしかしたら、ただのヒステリー症状で、
目の前で起きた事は全て
自分の妄想なのかもしれない。
そのほうが解決はつけやすい。
おかしいのは自分だ
狂っているのは自分だ。
そう考えほうが楽なくらいだ。
あのとき彼自身の脳と00213575番のブレインと、
マスターコンピューターがシンクロした。
雷のような衝撃だった。
一瞬で全ての情報が脳の中に流れ込む。
アンドロイドたちは
こうやって情報を詰め込んでいるのか。
フラッシュカードのように次々とめくられる画像。
10秒たらずの電気信号で
アンドロイドにまつわる古い古い伝説の世界を知った。
コーヒーをひとくち飲んで、
こめかみを押える。
目が疲れた。
けれども時間が無い。
パソコンのキーをたたき、
私は悪と善のトワイライトゾーンに居てなお
冷静に判断する自分になぜか涙が出そうになった。