12話~接触~
プログラミング終了も近くなって、
せわしなくライトが点滅しはじめた。
ジーという振動にも近い機械音が一定の間隔で鳴っている。
A棟教官は話したいだけ話をしたら帰ってしまった。
よかった。
あのまま話をふくらませていたら
どんな内容になっていたのか。
H棟教官自身は噂の類があまりすきではない。
「もしかしたら」
とか
「知り合いに聞いた話だけど、」
という信憑性の薄い話をきくと
「飲み込みにくくて、
喉の奥に感触を残した薬のように
後々までひきずってしまう。
しかし、今回の話題は本当はどうなのだろうと、
好奇心がむくむく湧いてくるのを
意識して抑え込んでいる。
好奇心は今の仕事にも
今の世界にも必要のないものだ。
祖父が教えてくれた。
「好奇心は
必要の無い物だけれど
本当はタイセツなもので、
だからこそ、厄介だ」と。
「好奇心がわかなくなった人間は
アンドロイドと同じだ。
わいてくる好奇心」と。
祖父はオトナで居られたのだろうか。
たくさんの禁忌本の中に埋もれて、
オトナであり続けられたのだろうか。
「不思議の国のアリス」
最後の一冊を祖父は本当に処分したのだろうか。
一瞬。
ギン!
と機械音が大きくなった。
ガラス越しにブースを見ると、
一体のアンドロイドがわずかに発光しているように見える。
いや、気のせいか?
あれは00213575番。
彼は目を凝らした。
異常はない。
なんに反応したのだろう。
機械はさわっていない。
では?
『不思議の国のアリス』
彼は声にだしてみた。
ギン!
発光。
彼は震えて力の入らなくなった手を
ブースの扉にかけた。
モニターを振り返る。
データ注入は異常なく進行している。
ではこのまま見過ごしていればいい。
気のせいですませばいい。
「好奇心をおさえられてこそオトナだ」
祖父の声。
「好奇心がなくなったら人間ではない」
また祖父の声。
行け。
戻れ。
額にうっすらと汗をかいた。
寒いのに汗がでる。
指紋認証で扉があいた。
00213575番のベッドの横に行きつくまで
頭の中には、
行け、
戻れ
と、相反する祖父の声が響いていた。
すでに発光はしていない。
異常はみられない。
瞼を揉むようにこすって、
彼は震える肺から息を吐いた。
もういちどちゃんと見る。
今度は肝試しにいった子どもの目ではなく、
監視員の目でみた。
メインコンピュータとの接合部分、
たくさんの蛸足配線。
外れている箇所はないか。
緩んでいる個所は?
ふと手をとめた。
アンドロイドの口が、薄くあいている。
口の中に何か、はいっている。
背中にどっと冷たい汗が噴出した。
親指と人差し指で00213575番の唇に触れた。
体温のない人工皮膚の感触。
爪をたてて薄く開いた唇の隙間に見える
何かをつまみ出す。
ずるり。
黄ばんだ紙。
やや厚めだ。
文字がかいてある。
『追いかけていくと、穴が』
『うさぎさん待って』
『中に、アリスは落ち』
裏返すと、
水色のスカートと
チョッキを着たうさぎのしっぽが
描かれていた。
これは、祖父の狩った最後の絵本だ。
頭の中に警鐘が鳴り響く。
知ってしまえば知らなかった頃には戻れない。
二度と。
この世から消えてしまったはずの
紙片が小刻みに震えていた。




