二つの死
とある日の、とある町の、とある一軒家での話であった。
「天文学者によると、今日流星群が見られるそうだな。」
そう言ったのは大柄な赤い髪の男、グラッドネスであった。
彼はこれまでに何回も旅をし、行く先々で盗賊や海賊や窃盗団から町を救ったり、奥地に住まう化け物を退治したりをしている、勇者と呼べる存在であった。
「いつも何かと忙しいからな…。今日は空を眺めて明日からの冒険に向けて気持ちを切り替えたいな。」
そう答えたのは黒髪の中肉中背の男、クロースであった。
彼はグラッドネスと共に旅をし、グラッドネスが戦う時には敵の撹乱をするなどして、目立たないもののサポート役としてグラッドネスから信頼されている。
彼らは今、久しぶりに故郷の町に戻り、一週間ほどの休息をとっているが、明日からまた再び旅に出るのである。
「…今日流星群が見られると天文学者は言っているらしいが、あいにく見られそうにないな。」
「一体どういう事かな?」
「外を見てみろ。そうすればどういう事か分かる。」
「外を…?」
グラッドネスは窓のから外を見た。
空は分厚い灰色の雲に覆われ、辺りは昼間にもかかわらず薄暗かった。
「…なるほど、これでは夜空は見えそうにない。」
「酒場で武勇伝を話していい気分になったところで、酒をかっ食らいながら美しい流星群を見ようと思ったんだがな…。」
「…お前はいつも私の後ろに着いてきて、私が頑張っている時も端から見ていただけだろう…。」
「また冗談を言う…。俺が敵を撹乱したり上手い具合に交渉したり時間稼ぎをしたお陰であんたは勇者と呼ばれる程の功績を上げられたんだろう?」
「ああ、それについてはいつも感謝している。…だがな、お前は武勇伝を誇張し過ぎる。昨日なんか、『海に住まう怪物、リヴァイアサンを仕留めたのだ!』とか言っていただろう?その上、『俺が矢をそいつの目にぶち込んで、そして視力を失い暴れるそいつの心臓を、このグラッドネスが長剣で貫いて倒したのだ!』等と言っただろう…。リヴァイアサン等ただの伝説上の存在だ。私達は戦った事が無いどころか見たことも、実際に見たという話も聞いたこともない、十何年も旅をしているにもかかわらず、だ。そして、お前は頭は良いが体力がない。弓を引くのすら精一杯だ。そんな嘘まみれの武勇伝の中のお前からしたら、お前はただ私の後ろに着いてきているだけの奴に等しい。そういう事だ。」
「まあ…それは酔った勢いで、だなぁ…。それに、本当の事をありのまま話しても誰も面白いなんて思わないだろ?」
「とにかく、そんな嘘を言うのは止めて欲しい。たとえ表舞台に立てずに悔しくてもな。」
「…やっぱりそこまで見通されたか…。」
「十何年間も共に旅をしてきた相棒が思っている事を理解出来ない方がおかしい。」
「そりゃあそうだな…ははは」
二人は大笑いした。
昼間から薄暗かった空が、夜に近づき更に暗くなって来た頃、二人は酒場に行った。
「おう、来たか、勇者グラッドネスよ。…それと連れの…何という名前だったか…」
「クロースだ。店主さん、相棒の勇者が凄いからといって名前を忘れてしまっちゃ困る…。」
「おっと、そりゃあ失礼。」
「ところでクロースさん、昨日のリヴァイアサンの話を聞きたいという人が居りまして…。」
「店主さん、クロースはそれよりもっと面白い話がしたいと言っていたんだが。」
グラッドネスは他の誰にも気付かれないようにクロースを睨んだ。
「そ、そうですとも…。例えば…数十年に一回の周期で大群を成して現れる化け物を一匹残らず倒した話とか…。」
そうして、クロースは武勇伝を話始め、グラッドネスはカウンターで酒をゆっくりと飲み始めた。
夜になり辺りが真っ暗になった頃に話が盛り上がってきた。
「そうして町に来た化け物共を一掃した後、俺達は化け物共の巣穴に向かった。俺が爆薬を入り口に仕掛けて中に居る化け物共を巣穴ごと潰そうとしたときだ。突然数匹の化け物が飛び出してきてだな…」
「しかし、折角の流星群が見られないと思うと残念だなぁ…。数年に一度しか見られないというのに…。」
ふと、話を聞いている男が呟いた。
「おい!人が話している間くらい静かにしろ!」
「流石に飽きたりもするさ、そう何時間も話されていてはな…。」
男は気怠そうに答えた。
「全くその通りだ。クロース、そろそろ話を止めても良いのではないだろうか?」
「ちぇっ…折角話がいい感じになってきたのによぉ…。」
クロースは渋々話を止めた。
グラッドネスはカウンターで酒を飲み、人々は丸テーブルで各々の話をし、クロースはそれをだるそうに聞きながら酒を一気飲みしていた。
そんな中、窓際の席に座っていた男が叫んだ。
「おい、見ろよ!流星群だ!」
その声にみんな反応し、酒場の殆どの客が窓際に寄った。
「いでででで…押すな!痛いじゃねえか!」
それなりに客がいる酒場の客の殆どが窓際に寄れば、勿論押しつぶされる者も出る。
「おお!本当に流星群じゃねえか!…いやー昼はあんなに曇ってたから見れないと思ってたんだがなぁ…やっぱり俺の日頃の行いが良かったからだろうな!ははは…」
「何言ってるんだよ、やっぱり俺の日頃の行いが…」
「…昼間から分厚い雲に覆われてたのに今更晴れるなんて訳は…」
カウンターで一人で酒を飲んでいたグラッドネスの隣の席に流星、いや、隕石が落ち、隣の席のテーブルと椅子が砕けた。
「まさか昼あんなに曇っていたのに流星群が見られるとは…運が良いな!」
「神秘的だな…」
そう呟く者が多い中、グラッドネスは叫んだ。
「いますぐ建物の外に出ろ!」
「久しぶりだな、流星群を見るのは…」
「店主さん、ビールを持ってきてくれ!とりあえずジョッキ2杯!」
そう言っても聞くものは居らず、グラッドネスは舌打ちをして急いで外に出た。
グラッドネスは建物の外に出て空を見た。星も月も見えないのに、流星群だけは見えた。しかしその流星は全てこちら側に集約しているような軌跡を描いていた。
グラッドネスは確信した、これは流星群ではなく全て隕石だということに。
遠くから小さな衝突音が聞こえる。恐らく隕石が衝突した音であろう。
暫くすると通りのすぐ横の建物から轟音が響き、崩れた。恐らく隕石が落ちたのだろう。
そしてそれからすぐに、通りの後ろ側の建物が立て続けに崩れ、目の前の石畳にも穴が開いた。
「ここに居ては危険だ。…しかし一体どこに逃げれば良いんだ…?!」
グラッドネスの叫びに答える者は居なかった。皆、流星群に夢中になっているか、もしくは…
そんな事を考えている間にも建物は次々と倒れ、石畳にも次々に穴が開いていく。
グラッドネスは崩壊を始めた町から逃げることを決めた。
グラッドネスが町の北側にある山に逃げてきた時には、至る所にガス灯があるお陰で夜も明るかった町は真っ暗になっていた。恐らく町は隕石のせいで壊滅してしまっているのだろう。
「…こんな物から町を救うこともできないなどとは…」
その直後、小さな隕石がグラッドネスの足を貫き、グラッドネスは倒れた。
「…挙げ句の果てにはこんな物から逃げることすらできないとは…」
グラッドネスは叫んだ。勇者の敗北の瞬間であった。
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「『…勇者の敗北の瞬間であった。』…と。書き終わった!」
僕は仕事をする傍らでアマチュア小説家として、とあるサイトでこの『勇者グラッドネス』を含むいくつかの作品を公開している。
『勇者グラッドネス』は全106話にも及ぶ長期連載であったが、マンネリ状態になってしまった事や、ネタ切れを起こした事などを原因に突如打ち切りにすることを決めた。
…まあ、全ての話で起承転結がはっきりしていない駄作だったし、最後くらいインパクトのある終わりにできて良かっただろう!…多分。
こうして、『勇者グラッドネス』は幕を閉じ、作者もこの駄作の事を忘れ別の小説を書き、殆ど居ないこの作品の読者もこの小説の存在を忘れ去った。
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私は誰も救えなかったことに苛立ち、叫んだ。
しかしだれもこの叫びを聞く者は居ない。山の中に人は殆ど住んでいない。町からも微かに叫び声が聞こえるかも知れないが、その町は既に…
私は死ぬのを待った。現に片足を隕石に貫かれて動けない上、町の人を一人も救えなかった勇者などこれ以上生きていても恥をさらすだけだからだ。このまま寝転がっていれば、いずれ大きめの隕石に心臓か頭を貫かれて死ぬことになるだろう。
「もうどうにでもしろ」という思いで私は仰向けに寝転がった。
こうして空を見ていると隕石も純粋に美しい、そう思えてきた。
しかし何かがおかしい。隕石が地面にぶつかる音に混じって、瓦礫が崩れるような音が聞こえる、しかも空の方から。
暫くすると煉瓦で作ったドームが崩壊するかのように雲が崩れ、満月や星が見えてきた。そして辺りがよく見えるようになった。あり得ないような表現かもしれないが、それが現実なのだ。
それからまた暫くすると、灰色で透明な煉瓦のような美しい物体がいくつも落ちてきた。
しかし、その物体も雪のようにあっという間に溶けるように小さくなって消滅してしまった。
私は体を起こして、辺りに落ちた不思議な物体を観察し始めた。小さい頃に不思議な石を拾って、それを何日もかけてじっくり観察した時と同じように…。
しかし、さらに暫くすると更にあり得ない事態が起こった。空に浮かんでいた月や星も崩れ始めたのだ。
崩れた部分の向こうにあるのは黒、無を表す黒であった。
先程のように、暫くすれば何かがその辺りに落ちて転がるのではないかと思ったが、そのような事は起きなかった。
落ちる場所が崩れていたからであった。
辺りを見回してみたが、孤島のように数カ所が崩れ落ちずに残っているだけで、他の所は崩れ落ち、その向こうには黒い空間があった。
それに気づいたときには、私の体も煉瓦のように崩れ始めていた。しかし痛くも何ともない。あるのは「何も感じない」という感覚だけ。
そうして私もこの世界も崩壊し、無に還元されるのであった…
消してしまうことは、何か勿体ないと思いませんか?