第八魔導 目的
……?
振り下ろされた刃物がいつまでたっても来ないことに俺は恐る恐る両腕から顔を覗かせると目の前にいるのにシルエットしか見えない男が刃物を振り下ろしている。が、それは俺にあたる前に水の壁が遮っていた。
「我、契約図を描き、此処に招来す───炎弾」
第三グラウンドを挟んだ向かいの土手から聞き覚えのある声が俺の視線を向けさせた。
この水の壁は水壁!? それに今の声は──────
刃物を振り下ろしていた男は第三グラウンドの頭上を飛び越えて落ちてくる無数の炎の玉を避けるため距離を取った。炎弾はドンピシャで俺の目の前に落ちるとジュー、と焦げる音と臭いが俺を襲った。
「げほっげほっ……菜月!? 美緒!?」
「……増援か。どうもここでの探し物は探しにくいな」
土手の上に移動した男は俺に走り寄ってくる菜月と美緒を見下ろしながら呟いている。その声はどこか困った風に聞き取れる。
「まったく、菜月があんたの心配してなかったら死んでたよ」
「美緒ちゃん!? そんなこと言わなくてもいいよ!」
走り寄ってくると美緒はいきなり呆れてるし、菜月もなんか顔真っ赤にして両手をブンブンしてるし……
まぁ、二人が来て助かったことは本当だな。
「とりあえず助かったわ。で、男の事だがどーも今巷で噂の連続事件の犯人らしいぞ」
相手の情報を教えると二人は驚いて男に顔を向ける。それでも見えるのはシルエットだけ。さっき斬られる前にチラッと見た刃物も真っ黒……つまりシルエットで何もわからなかった。
どーもその効果を持っているのはあの真っ黒な刃物だな。ここではシルエット、と言えばいいのか? 二人もあの刃物が危ないと気づいたんだろう。じーっと刃物から視線を外さない。
「一度でも斬られたら終わり、ってことは無いと思うが気を付けろよ? この時間の事だけ記憶を消されるぞ」
「柊羽じゃないんだし、そんなヘマしないって」
「さて。さっきまでなら頑張らないで魔導何発か撃って先生たちを呼ぶ作戦を考えてたんだが……二人が来たってことは作戦を微妙に変更、かな?」
この二人が居れば先生が気づく確率も上がるし、うまく行けば退けられる。
「そうだな。あたしがフロント。二人がバック。それでいい?」
「私はオッケーです」
「あいよ。魔力が高いことだけが俺の取り柄だからな」
昔ちょっとした事があって、直登たち四人には俺の最大魔力値をずっと前に教えている。しかしその数値は5000と本来の四分の一だけである。他には何も教えてなく、契約精霊は炎だけ。それも下級精霊と教えた。
余談だがその日の夜にシュラに文句を言われたのは言うまでもない。
一通り作戦が決まった(?)ので俺は菜月と視線を合わせ、互いに左右に弾け跳んだ。男は一瞬だけ反応したように見えたがシルエットのみでそれが合っているか分からない。
どっちにしても関係ない。跳びながら空中に魔方陣を瞬時に描き、完成させる。
「「我、契約図を描き、此処に招来す」」
俺と逆側に跳んだ菜月が同じタイミングで魔方陣を描き、詠唱。俺の方はいつも通りの炎魔導。菜月の方は水魔導で魔方陣が青白く光る。
「炎弾」
「水散」
描いた魔方陣から放たれた無数に炎の玉は一直線に男に向かい、菜月の放った水散は水面を弾いた時にできる水玉の様に三発の水玉が放たれた。男は炎弾と水散を後ろに跳ぶことによって避けてみせるがそこを狙ってた様に美緒が男の懐に潜り込む。
「速いっ!? くっ───」
一瞬驚く様に声を上げるが男は握っている刃物を横に薙ぐ。それを美緒はバックステップで避ける。ただ避けるだけではなく、同時に魔方陣を描いて。
「我、契約図を描き、此処に招来す───翼足」
魔方陣は緑色に輝き、周りの風が鳴く様に音を立てて美緒の両足に纏わりつく。
≪翼足≫───風魔導の中では下級魔導に属するが効果は中々の物だ。風を両足に纏い、自身の移動速度を上げる。美緒が得意とする魔導の一つである。
バックステップで後ろに下がった美緒は足を地面につけた瞬間その場から消えた。少なくとも土手の下から魔導を撃っている俺にはそう見えた。
あの男はどうか知らないがな。
「こっちも援護、援護っと!」
次の魔方陣を描く。それと同時に美緒は男の後ろから蹴りを叩き込む瞬間だった。男は刃物の腹で蹴りを受け止めると、そのまま斬撃を繰り出す。しかし美緒の速さがそれを上回る。
「水散!」
美緒を捉える事が出来ず、むなしく空を斬った刃物が止まる瞬間を狙って菜月の水散が放たれる。
小さく舌打ちをしながら空を斬り、止まると思った刃物をそのまま振り抜き迫る水散を切り裂く。
「あの威力で切り裂くの!?」
菜月の驚く声に反応する間もなくこちらの魔導を放った。こちらも先ほどと同じ炎弾だが、先ほどと違う事が一つある。
威力だ。
魔導を撃つとき自分の魔力を多く込めれば込めるだけ魔導の威力は上がる。
「また同じ魔導か……叩き斬る」
土手の下にいるが俺と男は一直線上に立っている形となった。右、左、真ん中と三発の炎弾が男を襲う。ジャキッ、と刃物を構えた男はまずは右の炎弾を縦に一閃。
続けて左の炎弾を横に一閃。最後の正面から迫る炎弾を一発目と同じく縦に斬るつもりだろう。頭の上に刃物を持って行った。が、そこで男は何かに気付いたようで振り下ろす動作を無理やり止め、美緒の蹴りを止めた時と同様に刃物の腹の部分を前に突き出し炎弾を受け止め爆炎が男を覆う。
先ほど言った通り俺は炎弾の威力を上げた。それも全弾ではなく、一発だけ。最初の二発と同じ威力だと思って切り裂こうとしたんだろうが威力が高いことに気付いたあいつは咄嗟に防御を取った。
「そして───」
「それは相手に隙を見せるってこと」
爆炎を刃物で振り払った男の目の前では美緒が右腕を振り抜いていた。手には短剣を逆手に持つように。
さすが美緒。姿を消している間に召喚魔導で武器を取り出していたか。
土手を駆け上がる俺は美緒の短剣を見つめていた。
召喚魔導とはこことは別の世界、俺たちは精霊界と呼んでいるがそこに存在する召喚獣を召喚する魔導である。
だが召喚魔導にはもう一つの使い方があり、それは離れた場所にある自分の所有物を取り出すことができる。これは事前に筆なんかで召喚したい物に魔方陣を描いておくのである。そうした場合いつでも取り出せる。ただし生を持たない物(人間などは×)に限る。
今の美緒は後者の効果である。
迫りくる短剣に刃物で応戦する男。キンッ、とぶつかり合う音が耳に響く。
つば競り合いは数秒均衡を保ったが短剣と身の丈ほどの刃物じゃ、当然短剣の方が不利。
だから俺は───
「美緒っ!」
叫んだ。向こうも俺の言いたいことが分かったらしく、互いの武器が弾けた瞬間、消えたかの様に見える速度で男から離れる。そして俺は真正面で男に向けて魔方陣を展開している。
「いつの間に!?」
「あんたが美緒と競ってる間にな。おかげで柄にもなく頑張っちまったよ……これがその礼だ!
我、契約図を描き、此処に招来す───紅」
展開した魔方陣から炎を圧縮したような球体が形成され次の瞬間、球体弾け割れると炎がすべてを燃やし尽くす勢いで男を呑みこんだ。
「ちぃ……ここは一旦引くとするか。しかし、ここに居ることは──────」
次の言葉に目を見開く。
紅に呑み込まれた男は焦げた土手の上から姿が消えていた。
「逃げたわね」
「そう、ですか」
美緒の言葉に安堵したのか菜月はその場にへたり込む。美緒も安堵の表情を浮かべて菜月の下に歩み寄る。しかし 俺はその場に立ちすくみ最後の男の言葉を思い出す。
『五大』
男はそう言った。あいつは五大精霊……俺の仲間を探してここに来ていた?
どうもめんどくさいことが起こりそうだ、とため息交じりに呟くのだった。