第二魔導 留年しかけた柊羽
休みの半分の時間が経った頃、やっと帰ってこれた俺は腕で抱くようにして抱えた売れ残りパンを机に置き、真ん中の席へと腰を下ろした。それを見ていた直登達はやっぱりな、と口をそろえて苦笑した。
「んぁ? どうしたよ、いきなり笑って」
「いやなに。お前が買ってくるのが予想通りだったんでな」
直登が未だ苦笑しながらも答えるのを見てあっそ、とふてくされた様な表情をして俺は買ってきたコッペパンの袋を開ける。コッペパンの袋にはイチゴジャム、ブルーベリージャム、メロンソーダジャムと書かれおり、俺が今、口にしているのはイチゴジャム味である。
ハッキリ言おう。売れ残りだ。
「あら、メロンソーダ味なんてあるの。初めて知ったわ」
「あぁ、なんか今日から発売だったらしいから買ってみたけど──────」
「美味しそうじゃん! 私が貰うよ」
と、有無を言わさず菜月が眺めていたメロンソーダ味のコッペパンの袋を開けた。当然、俺は慌てて止めようとしたが直ぐにやめた。なぜなら──────
「ふぉら、ふふにあふぃらめふくふぇやめふぁほうふぁいいふぉ」
「いや、何言ってるかわかんねーし」
美緒が食う方が早いことに気づいたからあきらめた。
美緒が口に頬張ったまま喋るのを見て、ため息を付く。菜月はあはは、と困った様子で笑い、直登と剣呉は視線だけ向けてトランプをしていた。そこでごっくん、と頬張っていたパンを胃に入れてから美緒は人差し指をビシッと突き立ててきた。
「だから、そーやって何でも諦めるの止めたら。それだから留年しそうになるんだぞ」
そこまで言われて俺は苦笑し、3月の事を思い返す。
進級が掛かった一年最後の実技テストで俺はこの合格することができなかった。
進級するには筆記テストと実技テストを合格しないと進級できないのだ。俺としては筆記は余裕だったけど実技が、ね。四回も落ちたよ。
結局留年しそうになった俺を助けるため直登達が先生を説得し、五度目の試験でやっと合格、進級することができた。さすがの先生も二学年トップ4の頼みは断れなかった、ってことだ。
そうそう、俺がどうしてそこまで落ちたかと言うと───とにかく頑張らない。言い方を変えれば努力をしないのだ。前に菜月と直登が聞いてきたが俺はそれをはぐらかしてその場を切り抜けた。
「まったく……そーだ。いいこと思いついたぞ」
記憶を遡っていた俺は美緒の手を合わせる音で現実に戻ってきたが同時に不安を覚えた。
うわ~……美緒のいいこと思いついた、は俺にとっては悪いことなんだがな。
まだ何も聞いていないが長年の付き合いですでに自分の身に危機が迫っていることを肌で感じ取った。
美緒は、と言うと隣にいた菜月に耳打ちしていた。どーやらまだ教えてくれないらしい。それなら……、とトランプをしている直登と剣呉に顔を向けた。
「おーい、親友。俺の身に危機が迫ってるんだが助けを……」
「いや、お前は少し頑張りを覚えた方がいいな。俺としてはそっちの方が助かる……直登、悪いな。フルハウスだ」
剣呉は手札を机の上に並び置いた。それにピクッと眉を動かした直登はトランプで隠した口元が微妙に見え、ニヤついているのが分かった。
「俺も同意見だなぁ、柊羽。あれだけの魔力を持っていながら何でがんばらねぇんだ……っと!」
剣呉の出したカードの上に直登は手札のカードを叩きつけた。そこには8のカードが4枚にスペードの1。つまり──────
「なっ──────フォーカード、だと!?」
「まいどあり」
ベロを出して勝者の笑みを浮かべる直登に肩を震わす剣呉。だがその隣でもっと肩を震わせているのが俺であるのは言うまでもない。
「くっ、仕方ない。明日の昼飯だったな」
「ゴチになるぜ」
どうやら明日の昼飯を賭けて勝負していたらしく剣呉はぶつくさと文句を言いながらトランプを片付け始め、直登はしゃーねーな、と声を掛けてきた。
「実際問題、お前あの時俺たちが頼まなかったら留年してたんだぞ。恩を感じろ恩を」
「いや、それは感謝してるが……それとこれとは話が───」
「一緒だ!」
「うぐっ! 美緒……」
いつの間にか話が終わったらしく美緒と菜月が視線を向けていた。
「いい! あの時私たちが頼まなかったら柊羽一人で今も一年生やってるんだぞ? そんなの嫌だろ!?」
いつになく真剣な美緒に髪を掻いてしまう。どーやら理由はわからないがご立腹のようにだ。
「悪かった。悪かったからそんな今にも泣きそうな顔するな」
「ふぇ?」
お前……無意識かよ。菜月に確認してさらに鏡を取り出して確認って……ん? 勢いよく教室から出て行……と、思ったら帰ってきた。どうやら廊下の水道で顔を洗ってきたんだな。
「んで、何がそんなに悲しいんだ? 仮に俺が留年しても会えなくなるわけじゃないだろ」
俺としては疑問に思ったことを聞いたつもりだったが周りの直登達はあ~あ、とため息を付くのが俺にもわかった。美緒にもムッ、と睨まれそのまま知らない、と顔を背けてしまった。
「だって……学年が離れたら会う時間が少なくなっちゃうじゃん」
「ん? なんか言った?」
顔をそむけたまま美緒が何かを口にしたことは分かったがうまく聞き取れなかった。
「何でも無い!! それより午後の魔導実習は私と菜月の班でやってもらうからな!」
「うげっ!? マジかよ……直登さ~ん」
「いいんじゃねーの」
「……剣呉さん?」
「良かったじゃないか、充実した授業になりそうだな」
二人の反応は予測した通り……いや、それ以上のニヤニヤ顔で答えてくる。
はぁ、俺には味方が居ないのかね……。
項垂れる俺であった。