第二十三魔導 もう一つの夜の日課
麻美さんの護衛を終えてから三日が過ぎていた。今日もやはりライトアップされている無人の学園が綺麗だと思う。しかしそんなことを思う暇も無く、俺は夜8時過ぎの第三グラウンドを駆けていた。駆けながら空間に指を踊らせる。
「水散」
青白く光る魔方陣から放たれた水弾が相手に向かって飛んでいく。だが、水弾は相手に直撃することは無く、相手に届く前に消えた。いや、蒸発した、と言った方が良いな。
「どーしたシュウ? もっと頑張れや!」
右掌をこちらに向けるように右手を顔の前で横に振るうこいつ───そう、シュラである。以前出てきた時は人形の様な可愛らしい姿だったが、今目の前にいるシュラはかなりイケメンで耳が尖がっており、どこかの漫画の様に真っ赤な髪の毛をユラユラと逆立ててる青年の姿である。
五月で精霊講義をやったとき言った本来の姿、である。
「五大精霊の相手をただの人間ができるかって!?」
言って俺は次の魔方陣を目の前に描く。シュラはそれを見ているだけで妨害することをしない。どうやら俺がやる気になるのを待っているらしいな。
「頑張るのは俺の主義に反するんだがな……雷現っ」
黄色く光る魔方陣にシュラはニヤッと笑い、右手を前に突き出す。突き出された右手の前方には描いても無いのに魔方陣が展開し───
「紅!」
普段、俺や直登が使うような炎ではなく、周りの空気を吸ってさらに激しく燃え、放たれる。それは俺の放った雷現を簡単に呑み込み……
「やべぇっ! 我、契約図を描き、此処に招来す───水壁」
迫りくる炎から身を守る水壁、さらに続けて朧水面を二重に展開する。だがそれすらもシュラの放った炎はいとも簡単に突き破って来た。
「逃げる時間は稼げたけどな」
ほんの数秒で俺は炎の当たらない場所───空中に跳んでいた。
そのまま空中で逆さまになりながら魔方陣を一つ、二つ、三つと描く。シュラもそれを見て口笛を吹いて驚いている。いや、驚いてるフリか?
「雷現」
「紅」
「砲土」
黄色、赤、茶に光る魔方陣から放たれた三つの魔導にシュラはニッ、と笑った。
シュラから見て斜め右から迫ってくる雷現を右拳を横に振るって弾き、斜め左から迫る紅の炎を吸収するように左手を翳して消滅。前方から迫る土でできた球体は再び右手で砕かれる。しかしそれは俺も分かってたことだ。
「着地の時間さえ稼げればな」
そのとおり。先ほどの魔導はダメージを与えるのではなく時間稼ぎ。俺は地面に着地と同時にシュラに向かって跳ぶ。
「ったく、いつもその動きが出来ればシュウは最強なんだがなぁ」
「そんなめんどくさいこと誰が望むよ」
跳びながら右足を振り抜く。それを上半身を逸らすだけでひらりと避けるシュラに俺は畳み掛ける。
避けられた右足を地面に付け、それを軸に回し蹴りを放つ。
「っと!」
少し驚いた表情で両腕をクロスさせ回し蹴りを止めるシュラ。そのままシュラを弾き、回し蹴りを終えシュラに向き直った時に魔方陣を描く。それも一瞬の出来事。
「我、契約図を描き、此処に招来す───紅蓮!!」
いつも以上に真っ赤に光る魔方陣から炎で出来た球体。その球体の周りを渦巻く炎。球体は小爆音と共に弾かれ、紅とは比べ物にならない程の炎の波がシュラに襲い掛かる。
シュラは苦笑した。苦笑しながら紅蓮が迫って来る前に完成された魔方陣を展開し、同じように魔導を放った。
真紅蓮、と──────
真紅蓮はこちらの紅蓮を呑みこみ、吸収。その力を加えて俺に返ってくる。刹那、魔方陣を描き防御魔導を発動しようと手を空間に踊らせようとしたがそれよりも速く、真紅蓮が、まるで化物の噛み付きの様に俺の目の前に迫っていた。
「いや、これはマジで無理」
頑張る頑張らない以前の問題。
小さくため息。そして真紅蓮の牙が俺を呑みこんだ。
──────筈なのだが、そこはまぁ修行ってことでディーネが真紅蓮に負けず劣らずの防御魔導で俺を守ってくれていた。
グラウンドの左側でほかの精霊たちと観戦していたディーネに視線を向ける。そう、これは俺が日課としている修行である。シルエット男の時はできなかったがな。
日課と言っても毎日やってる訳では無く、契約精霊とのコミュニケーションを交えながら魔力が衰えないようにする修行と今回の様に組手をする修行、二つを交互……とは言わないが何回かに一回、組手をする。これはこいつらと契約してからしている事であり、故に大房との戦闘でもあの動きができたのだ。
「助かったよ、ディーネ。ありがと」
「主を守るのが私の役目ですから」
そういってほほ笑むディーネはシュラと同じく、人形のような恰好ではなく、元の姿である。
背は俺より少し低いが優しく、それでいて決意に満ちた青い瞳。瞳と同じ青い髪は地面に付く程長く伸びている。
……直視しないようにしてるが胸も出ている。人形の姿なら目立たないのにな。
「それじゃ、結界も解いてくれ」
その言葉にディーネの横で人形姿のルフ、ムー、ライは頷きパンパン、と手を叩く。まるで鏡が割れるようにパリン、と音を立てて見えない障壁が崩れ落ちた。
この結界のおかげで俺たちがいくら魔導をぶっ放しても結界の外に漏れることは無い。それどころか結界内を見ることができない。
「さて、今日の修行は終わりだな」
「おう」
シュラは頷くと炎が体を覆い、一瞬で人形へと姿を変えて地面に降りた。ディーネも同様に足元から溢れる水によって姿を覆われ、次の瞬間、人形姿で俺の足もとに立っていた。
「あー、つかれた」
「情けねぇ」
夜空を仰ぎながらかったるく言った言葉に間髪入れずにシュラが俺に向けて言う。それに苦笑し、ディーネたちも笑うのであった。




