第一五魔導 下種野郎
「くっそーーーー!!」
戻って来た早々に直登が叫びだした。どうやら相当悔しかったらしい。勝った本人に視線を移すと満足そうな表情で直登を見ている。
「……意外と負けず嫌いなんだな」
「そうか?」
「ああ。違うのか?」
「知らん。それほど勝ち負けに拘ってないからな」
「その割には負けない、って吠えてたが?」
「賭け事なら勝っておく方が得をするだろ?」
つまりあれか? 賭けが無い限り勝敗に興味はない、と……ははっ、変わってるな。
未だ試験を受けている組を眺める剣呉を横に俺は自分が呼ばれるのを待つのだが……遅い。もう半分以上の生徒が試験を受けたって言うのに未だ呼ばれないんだが。なんで? まさかのお前は受けても意味が無い、って勝手に点数付けられた!?
そんな微妙に不安になっていたときだった。
「二年B組の万年ビリ───もとい、如月 柊羽。それと三年D組の大房 太一空いた場所に入りなさい」
おい教師! おい! 確かに、た・し・か・に俺は万年ビリの成績を取っていたがいくらなんでも全校生徒の三分の一いる状態でそうやって呼ぶか普通?
それと! 隣で爆笑するな直登! 剣呉も鼻で笑うな!! 直登は立ち直ったと思ったらこれだからな、まったく。
「んじゃ、テキトーにやってくるわ」
二人にヒラヒラと手を振りながら第二グラウンドに入ると、空いている結界内で対戦相手のなんとか太一を待っているのだが──────
「来ないんですけど?」
そう、来ない。いくら年上でも、いくら万年ビリの俺が相手だからって人を待たせるのはマナーとしてどうかと思うな。しかし、なんとか太一って誰だ? 俺は知らないんだが。
そりゃ全生徒把握してる訳じゃないから当たり前だが……周りの生徒を見ているとどうやら有名人っぽいんだが?
今の言葉通り、周りの生徒の視線は俺がいる結界に集中している。視線には尊敬や憧れの物ではなく、どちらかと言うと嫌悪、不快の物であり、それに同じだけ周りがざわつく。
で、待つこと一分(俺が結界内に入ってから)ぐらいすると来た、と観戦生徒の一人が言った。
「待たせたな、万年ビリ野郎。この俺様が直々に指導してやるよ! 本当は女の方が楽しむことが出来んだがよぉ」
結界内に入って来たのはいかにも不良です、って感じの筋肉質のスキンヘッドであった。
おいおい、この学園にこんな場違いな奴が居たのかよ……
「大房 太一……見たとおり我が学園唯一の不良生徒だ。性格・態度ともに悪く、女子生徒に手を出して一か月ほど寮の自室で謹慎していた生徒だ。しかし戦闘のセンスは大したもので学園では十位までに入る実力の持ち主だ」
うわー、教師にも不良って言われる生徒始めてみた。つーかこの学園に謹慎って物があったんだ!? そっちの方がびっくりだわ。理由も女子生徒に手を出すって、しょーもな。
「ご説明ありがとうございます先生。なるほどね。外見も中身のアレだが戦闘面だけはそれなり、ね。どーりで周りの強そうな生徒が注意してみる訳だ」
俺の前で首を廻して俺には興味もなさそうな目で見下してくるなんとか太一。こんなめんどくさいのはさっさとギブアップして終わらせよう。
そんないつも通りの考えをしていた俺の耳になんとか太一の言葉が入って来た。
「ぐへへ、こんな万年ビリ野郎なんかより藤原姉妹の方が美味そうだぜ」
「……あ!?」
「なんだ万年ビリ野郎、その眼は? ……へっ、忘れてたぜ。テメェあの藤原姉妹と一緒に暮してたらしいな。謹慎で部屋にいる俺様の耳にも入って来たぜ。いい思いしてるじゃねぇか。あの白くてしゃぶりたくなる様な肌を毎日見れたってか、うらやましいぜ」
なんとか太一は下種な表現で涎を拭うように口元を拭う。その素振りは傍から見てても嫌悪感を覚える。凛姉たちの事をいやらしく語るこいつに俺は自然と拳を作っていた。
「キメたぜぇ! テメェをぶっ殺したあとにあの二人を犯ってやるぜ」
下劣な言葉に俺は殺意を込めた目でこいつを睨む。俺の目が気に入らない様でこいつも俺を睨み返す。
「良いこと教えてやるよ、先輩。あんた程度の実力じゃ凛姉に触れもしないさ。智香の方も同じだ。ケガする前に諦めることをお勧めするぜ」
「へっ! 男が女なんかに負けるかよ! だが、屈服さしてから犯るのも悪くねぇ……どっちにしろテメェの様な雑魚を助けて自分を強く見せる様な女に負ける訳ねぇがな! はははははっ!!!」
今の言葉で俺の中の何かが切れた。続けて俺はなんとか太郎……いや、こいつはこの瞬間から下種野郎に変える。下種野郎に対し俺は表情には出さないように最後の言葉を投げかけた。
「先輩……今の言葉、取り消すつもりは?」
「はぁ? あるわけねーだろ!? 万年ビリ野郎。さっさと試験終わらしてあの胸を揉みしだいてやるぜ」
「そう。それじゃ……二人に手を出させないよう、ここでぶっ飛ばしてやるぜ。せんぱい」
「テメェ……雑魚が言うじゃねぇか。ぶっ殺してやるよ!」
下種野郎は審判である教師の合図を待たず、後ろにバックステップしながら魔方陣を体の前に描く。その動作を俺はただ眺めるだけ。眺めている間に下種野郎は魔方陣を完成、放つ段階になっていた。
「お前ら、久しぶりの戦闘だ。派手にいくぞ。俺も久しぶりにマジになるからさ」
小さい声でシュラ達に語りかけ一瞬、瞼を閉じる。鎖でぐるぐるに巻き、その上で南京錠を掛けた壺を頭の中に描く。
南京錠を外し、厳重に巻かれた鎖を外し、少しだけ壺の蓋を開ける。それだけで俺の内側から魔力が溢れてくる。数値にすれば820から2500。
準備ができた俺は瞼を開く。それは同時に下種野郎の描いた魔方陣は赤く光り、炎が放たれた瞬間だった。
「紅ねぇ、俺程度にこれで十分って思ったのか、実は上級魔導を覚えてないだけだったり。どっちにしろこれで十分だな」
以前、食堂で使った水魔導───朧水面を瞬時に完成させ、下種野郎の炎を完全防御。俺に止められたのがショックなのか驚いているのか知らないが下種野郎は口を馬鹿みたいに開けてポカーン、ってしてる。
「我、契約図を描き、此処に招来す───流蒼」
描いた魔方陣は青白く光り、一直線に放たれた水流はあっという間に相手を襲う。だが、教師も言ってた通り戦闘面はそれなりの物を感じる。
今の流蒼を避ける、ね。
流蒼の右側を走って接近してくる下種野郎。その手にはいつの間に斧、いや、ハルバードを握っていた。先端は槍の様に鋭い刃物。側面には斧刃が付いている。『斬る』『砕く』『突く』事が出来る有能な武器である。
「召喚魔導。といっても創具ではなくただの武器だな」
右から振り回されるハルバードを難なく避け、隙を付いて俺は拳を握り、下種野郎の土手っ腹に一発叩き込む。叩き込まれた一撃に顔を歪ませ、体がふっ、と浮き、それに合わせるように拳を引き、引いた瞬間に顔の側面に回し蹴りを入れる。
「ぐはぁっ!」
俺の蹴りによって右方向に転がっていく下種野郎に向けて俺は魔方陣を描く。描くは流蒼。完成した魔方陣から先ほどと同じく一直線に放たれた水流は地面を転がる下種野郎を捉え、結界の壁まで吹き飛ばすのであった。
ここまでの戦闘を見て俺は周りの無言に気付いた。
……やりすぎた? 審判の教師は信じられない、って顔してるし周りの生徒、それも他の結界内で試験受けてる奴も動きを止めこちらを見ている。
「……やれやれ」
これからの学園生活に不安を覚える俺だった。




