第十二魔導 最悪だ
ん……ん……
なんだか周りが騒がしいな。何かあった……あぁ、そうか。食堂で寝てたんだっけ。あぁ、起きてメシ食べて部屋に戻んないと。
あの後寝てしまった俺は腕を枕に寝ていた。その為だろう。腕がジーンとして痛い。と、俺は未だ眠たい顔で一度顔を上げる。うん。視界がぼやけて何にも見えないな。
ぼやけている目を手のひらで押し当てているとなぜか左右の席から女子の会話が聞こえて来る。いやまぁ、食堂だし席が空いてなかったら座るか普通。それじゃ、さっさと退いた方がいいかな?
そんな俺の思いとは裏腹に両隣の女子の声はなぜか嬉しそうに聞こえる。いや、右側はやけに嬉しそうな声だが左の方はそれを抑えてる(?)って感じだな。
パッチリと目を見開き、まずは目の前に見える景色は……地獄絵図でした。一番奥の窓側のテーブルのため、ほかの席が一望できるのだがどの席からも殺気・嫉妬・妬み・恨み・羨望の視線を男女問はずこのテーブル、と言うより俺を限定に向けられている。
当然、俺としてはなぜ? の一言だったがその答えは右隣りの女性が声を掛けてきたことによって理解した。
「おはよう柊羽君。寝てる姿も可愛かった~。でも、美人姉妹が両隣に居るのに起きることも無く寝ていることについてはマイナスかなぁ」
お姉さん口調で人差し指をビシッと立ててほほ笑んでいるのは藤海 凛であった。それと、腕枕してるから寝顔は見えないはずじゃ?
「姉さん。そんなこと言ってると柊羽に嫌われるよ。私は関係ないですけどね」
そんでもって左隣でストローをくわえながらジトーと視線を向けてくる藤原 智香であった。
「……なんだ、夢かぁ……おやす──────みぃ!?」
「なに現実逃避しようとしてるの!」
智香は俺の左耳を引っ張り無理やり俺を現実に引き戻した。いや、もとから目が覚めてたけどさ。
さて、状況はよく理解できた。夕飯時の食堂で俺の両隣には凛姉と智香。向かいの席は空いていて周りからは殺気・嫉妬・以下省略の視線を向けられている、と。
はぁ、寝たのが間違いだった。
ここから逃げることも考えたが如何せん面倒くさい。どーせ、逃げたって後でファンクラブから制裁を加えられるんだからな、と俺は根っからの頑張らない主義だと苦笑するのであった。
「悪かったって智香。で、今日はどうしたん二人とも? 特に智香何て珍しいじゃん。学園で話しかけてくるなんて」
「それはその……柊羽と全然会えなかったし──────」
「ん? 悪い、周りがうるさくて聞こえないんだが……」
智香は俯くとほんのり頬を赤くして小さい声で何かを言ってるんだが……周りの声で聞き取れない。それと凛姉が逆サイドで顔を青くしているのだがなぜ!?
「───っ! だ、だから! 柊羽の成績が悪いって噂になってるから注意しに来たのっ!!」
「……」
マジか? 確かに月初め(一日)に毎回魔導試験があるからなぁ……いつも通り頑張らない俺は成績がいつも悪い。さらに学園始まって以来の全魔導試験ビリ、と言う一般的に不名誉な賞まで貰っている。
ただし、前にも言ったが俺は普通の筆記テストなら全教科50点は取れる。
「……それは悪かった。次からは頑張るよ……たぶん」
語尾の言葉は小さく呟いたため智香には聞こえなかったらしい。一応智香は柊羽はやればできるんだから、と考え事をしている。さて、次は凛姉だな。
逆側に顔を向けると未だに顔を青くして、捨て猫が捨てないで、って顔してるけど何? どったの?
「えーっと……凛姉? どうしたの?」
「柊羽君! お姉ちゃんの事捨てないよね!? 嫌いにならないよね!? ねっ!?」
「……あぁ! さっき智香が言ったことか」
確かに智香の奴そんなこと言ったよな。いや、でも真に受けるかね、ふつう?
そんな事より凛姉を慰め(?)ないと。えーっと……
「大丈夫だって凛姉。凛姉が俺を嫌いになることはあっても俺が凛姉を嫌いになることは無いから」
なんて歯に浮くセリフをほほ笑んで言ってしまった俺……恥ずかしいね。それになんだろ、智香からの視線が妙に痛いんだけど。
「うぅ~~、柊羽君優しい……やっぱりお姉ちゃんは柊羽君が大好きだよっ!!!」
学園の男子生徒が夢に見る言葉に食堂内の雰囲気は一瞬で凍りついた。当然それは言われた本人である俺も理解した。これは次の一言を間違えると俺に明日は無いな。
笑顔で、でもどこか恥ずかしそうにしている凛姉を尻目に俺は今、マジで、思考を巡らせていた。
やばいでしょ、これは……
表面上は驚いた顔で、だが内心この状況をどうやって解決するべきかを考えている俺を智香はむー、となぜか不機嫌丸出しでこちらを睨んでいるがそれに構ってやれるほど今の俺には余裕が無い。
「いや……あー、ありがと、凛姉。でも、そういう大事な言葉は俺なんかじゃなくて、本当に好きな人が出来た時に言ってあげな」
冷静に俺は凛姉に言う。たぶん今の俺の口は引き攣ってるに違いない。だが、そんな言葉を受けた凛姉はムッ、と珍しく俺に不満の顔を見せた。
「いくら柊羽君でも怒るよ……知ってるでしょ? 私は嘘が嫌いだって」
「いや、でもそれは一緒に暮らしてた時間が長かったからであって──────」
そこでなぜだろう。プチンッ!と聞こえてはいけない物が聞こえた気がし、壊れた人形の様にギギギと首を周りの席に向けた。そこには額に血管を浮かべ不敵にフフフ、と笑う男子生徒。そこで俺は今の言葉を思い出し──────後悔した。と同時に勢いよく席から立ち上がった。
しまった……俺が凛姉たちと暮らしてた事知ってるの直登達だけだった……オワタ。
「死ねーーーっ!!! 万年ビリ野郎っ!!!」
「うそっ!? マジで?」
男子生徒はそれぞれ魔方陣を展開し炎・水・風・土の魔導を次々に放ってくる。それもご親切に俺だけに攻撃できるように多発の広範囲魔導ではなく単発の集中魔導である。これは俺にとってもありがたい。
「──────まったく。智香、凛姉……悪いんだけど水の防御魔方陣を何でもいいから描いて。でも描くだけな」
俺に向かってくる魔導に対して横に座ったままの二人は冷静に俺に対して防御魔導を展開しようとしていたが、俺はそれに小声でやる振り、だけを要求した。さすがにそれに驚いたのか向かってくる幾つもの魔導から目を離さずに 魔導を展開するために立てた人差し指が止まった。
「我、契約図を描き、此処に招来す───」
いつもなら水魔導は使わないんだが二人に迷惑は掛けられない。それにここで水魔導を使っても二人が助けた、って周りの生徒も思うだろ。二人にはバレるけど……
困惑しながらも俺の口に合わせて二人は水魔導の周りに見せるように描き、展開する。それはもちろんフリであり、発動のタイミングで魔導を中断する。俺は立ったまま両手をテーブルの下に持っていき、周りから見えないように魔方陣を二つ描き、詠唱した。
「朧水面」
左右に一つずつ描いた魔方陣はテーブルの下で青白く光り、俺たちの前に薄い水で出来た円形の盾が二重に招来され、次々に迫ってくる魔導を全て呑み込んでは消滅させた。その光景に周りはもちろん、両隣の二人も周りにバレない程度に口を開けて驚いていた。智香に限ってはどう言う事です?と俺に目で訴えてくる。が、それを無視して俺は
「智香、凛姉、助かったよ。ありがと」
と、あたかも助けられたように俺は二人にお礼を言ってると、我に返った男子生徒がキッ、と睨んでくるが俺は脱兎の如く食堂を後にした。
こうして食堂から出てきた俺はあることに気づき、一言。
「やべぇ、夕飯どうすっか」




