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ドッペルゲンガーの国~異世界を望んだ僕たち~

作者: 萌伏喜スイ
掲載日:2026/05/08

 どうしても拭えない違和感があった。


 確かに僕は自分の部屋で目覚めたし、ここは自分の家である。寝る前に読んだラノベは異世界転生もので、内容もしっかり覚えている。


 しかしどうしてだろう。


 いつも祖母がいる部屋には見た事のない人形が置かれているし、僕の唯一の趣味と言っていいラノベをバカにする父は、いつの間にか単身赴任しているらしい。


 父とはつい昨日会話したばかりなんだけど。


 会話というか、ケンカだった。

 父に「そんなものくだらない」言われ、腹が立った僕は、腹いせのように夜中までラノベを読んで、「僕も異世界転生したいわ」と独りごちて眠りについた。


 夜更かししていたから父が様子を見に来たのだろう。声をかけられたような気がしたけれど、返事もしないまま僕は夢の世界に旅立ったのだ。


 起きてすぐは気付かなかったけれど、ここは本当に僕の知る僕の家なんだろうか?

 違和感に首をひねりながら、僕は学校へと出かけた。




「はよーっす。聞いてくれよ、オレ昨日ドッペルゲンガー見ちゃったかも」

「ドッペルゲンガー? 見たら死ぬっていうあれ?」

「それ。昨夜風呂入って部屋戻って電気つけたらさぁ。いたんだよ、オレそっくりのやつが!」

「マジかよ。それで?」

「それでって?」


 きょとんと目を丸くした友人は、僕の言いたいことが本当にわからないらしい。肝心のドッペルゲンガーはどうなったのか、話の肝はそこだろう。


「いや、そのドッペルゲンガーどこ行ったの?」

「知らん。気づいたら消えてた」

「なんじゃそりゃ。どう考えても夢だろ」

「そうかなぁ……。ドッペルゲンガーって、自分の魂だとか言うしさ。じゃあここにいるオレはなんなんだよ! って……まぁ夢か」


 不満げに口を尖らせるこいつは、高校に入って仲良くなった友達だ。趣味が同じで話が合って、入学式当日に意気投合したのだが。


「それよりさ、帰り本屋行くから付き合ってよ」

「本屋? 別にいいけど、何買うんだ?」

「昨日言ったじゃん。今日、転生勇者の新刊発売日だろ」

「……テンセイユウシャ?」


 首を傾げる姿に、僕をからかっている様子は無い。

 嘘だろう? あんなにしょっちゅう話してる転生勇者だぞ? なんでわからないんだよ!


「……やっぱ、いいや。今日じゃなかったかも」


 ここでも違和感だ。

 僕は夢でも見ているんだろうか。




「ない。なんで?」


 一人で本屋に寄ってみた。転生勇者の続きはやっぱり読みたかったし、まだ見ぬ面白い作品を探すのも、本屋の楽しみだったから。


 それなのに、転生勇者どころか、異世界転生ものと呼ばれる作品は一つもなかった。この本屋はラノベの取扱が多くてお気に入りだったのに。

 店員のお姉さんに聞いてみても、タイトルに全く心当たりが無さそうだった。


 ラノベがないだなんて。

 そう思って棚を一通り見てみると、ラノベはあった。ないのは異世界転生ものだけのようだ。


「なんだよ、これ?」


 そんな不自然なことがあるだろうか。

 僕は理解できないまま、とぼとぼと家へ帰ったのだった。




 それから数ヶ月、僕は違和感と戦いながらある事実に気がついた。それはここが【異世界転生】という概念を知らない世界だということだ。


 ある意味異世界。

 勇者も魔王も剣も魔法も聖女も悪役令嬢もいない、異世界だ。


 そしてもうひとつ。


 ここで暮らすのは、異世界転生という概念を元々知っていたはずの人だということ。もしかしたら、異世界転生してみたい、と思ったことのある人かもしれない。


 その人たちが、異世界転生という概念をすっかり忘れてしまっているようなのだ。


 その証拠に、僕の祖母はこの世界にいなかった。

 父も、この世界にはいないようだ。単身赴任という設定になってはいるけれど。


「なんでだろう……こんな意味わかんない異世界転生、誰も嬉しくないだろ」


 嬉しくない。僕は嬉しくない。


 どうせなら勇者になってみたかった。勉強とかテストとか、面倒な人付き合いとか。そんな現実世界ではなく、勇者として活躍出来る世界に転生したかった。


 転校するように、引越しするように、バイトを変えるように。

 生きる世界も変えられたらいいのに。


「つまんなー」


 こんな異世界転生、つまらない現実世界と変わらない、と僕は心から不満だった。




 その日の夜、僕は夢を見た。


 夢みたいな世界で見る夢は、本当に夢かどうかわからないけれど。


 子供が二つのチェス盤のようなボードの前に座り込んでいた。ボードはどちらもよく似ていて、小さな駒が沢山並べられている。

 10歳くらいだろうか、男の子が黙々とボード上のコマを動かしている。


 右から左へ、左から右へ。

 駒を入れ替えるようなその仕草からは、なんのゲームなのかまったくわからなかった。

 ただ、その子供が駒を大事そうに扱っているのだけは、わかるのだけれど。


「何してるの?」

「…………」

「それ、楽しい?」

「…………」


 子供は無言のままふるふると首を横に振った。

 よく見ると男の子の目には涙が滲んでいる。

 悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えて、僕はそれ以上声を掛けられなかった。

 そしてそのまま、ただ男の子が駒を入れ替えるのをじっと見つめていたのだ。




 それから一ヶ月くらい経った頃。

 クラスに昨日までいなかったクラスメイトが増えていた。僕はそいつを知っている。元の世界でクラスメイトだったやつで、僕が異世界転生の沼に落とそうと布教していた相手だ。


 そいつが、前からいましたけど? って顔をして、教室にいる。実は以前にも同じようなことがあったから、僕は素知らぬ顔で挨拶をした。


「おはよー」

「おはよ。なぁなぁ、お前もドッペルゲンガーって見た?」

「は? 何、突然……」


 ドッペルゲンガーって、前にも話題に出たような?

 そんなにあちこちで遭遇するものなんだろうか。見たら死ぬ、とか言われているのに。


「クラスのヤツら、ほとんど見たことあるんだって。大体自分ちとか、よく行くとことからしいんだけど」

「へぇ……僕は見たことないなぁ」

「実はオレ、昨日見たんだよね」

「昨日?」

「そう。オレそっくりの奴が学校帰りの公園にいてさぁ」

「昨日……」


 彼は昨日、この世界にはいなかった。

 彼は昨日、ドッペルゲンガーを見た。

 彼は今日、この世界に現れた。 

 見たら死ぬ、と言われるドッペルゲンガーを見た後に。


『僕も異世界転生したいわ』


 僕がそう言った時のことがぼんやりと思い出される。

 あの時僕は――


「ドッペルゲンガーを見たかもしれない……」

「あ、なんだ。やっぱりお前も?」

「…………」


 あの時いたのは父ではなく、ドッペルゲンガーだったのかもしれない。

 そして僕はここに来た。


『ドッペルゲンガーって自分の魂とか言うしさ』


 僕は僕のドッペルゲンガーを見て、異世界転生したのだろうか。

 異世界転生の無い世界に。  


「わからない」


 僕はニセモノなのか?

 それともドッペルゲンガーがニセモノなのか?


 現実の僕は、死んだのだろうか。

 それともドッペルゲンガーが僕として生きているのだろうか。


 僕の疑問に答えてくれるものは、きっとこの世界のどこにもいない。




 いつかの夢で見た子供は、泣いていた。哀しんでいた。怒っていた。

 そしてただただ、盤上の駒を入れ替えていた。

 あれは――


「僕らに拒絶された、現実世界……」


 異世界を望む住人を、異世界を知らない住人と入れ替えていた子供は、今日も泣きながらドッペルゲンガーに救いを求めるのだろうか。


 ホンモノかニセモノかわからない、ドッペルゲンガーに。


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