ドッペルゲンガーの国~異世界を望んだ僕たち~
どうしても拭えない違和感があった。
確かに僕は自分の部屋で目覚めたし、ここは自分の家である。寝る前に読んだラノベは異世界転生もので、内容もしっかり覚えている。
しかしどうしてだろう。
いつも祖母がいる部屋には見た事のない人形が置かれているし、僕の唯一の趣味と言っていいラノベをバカにする父は、いつの間にか単身赴任しているらしい。
父とはつい昨日会話したばかりなんだけど。
会話というか、ケンカだった。
父に「そんなものくだらない」言われ、腹が立った僕は、腹いせのように夜中までラノベを読んで、「僕も異世界転生したいわ」と独りごちて眠りについた。
夜更かししていたから父が様子を見に来たのだろう。声をかけられたような気がしたけれど、返事もしないまま僕は夢の世界に旅立ったのだ。
起きてすぐは気付かなかったけれど、ここは本当に僕の知る僕の家なんだろうか?
違和感に首をひねりながら、僕は学校へと出かけた。
「はよーっす。聞いてくれよ、オレ昨日ドッペルゲンガー見ちゃったかも」
「ドッペルゲンガー? 見たら死ぬっていうあれ?」
「それ。昨夜風呂入って部屋戻って電気つけたらさぁ。いたんだよ、オレそっくりのやつが!」
「マジかよ。それで?」
「それでって?」
きょとんと目を丸くした友人は、僕の言いたいことが本当にわからないらしい。肝心のドッペルゲンガーはどうなったのか、話の肝はそこだろう。
「いや、そのドッペルゲンガーどこ行ったの?」
「知らん。気づいたら消えてた」
「なんじゃそりゃ。どう考えても夢だろ」
「そうかなぁ……。ドッペルゲンガーって、自分の魂だとか言うしさ。じゃあここにいるオレはなんなんだよ! って……まぁ夢か」
不満げに口を尖らせるこいつは、高校に入って仲良くなった友達だ。趣味が同じで話が合って、入学式当日に意気投合したのだが。
「それよりさ、帰り本屋行くから付き合ってよ」
「本屋? 別にいいけど、何買うんだ?」
「昨日言ったじゃん。今日、転生勇者の新刊発売日だろ」
「……テンセイユウシャ?」
首を傾げる姿に、僕をからかっている様子は無い。
嘘だろう? あんなにしょっちゅう話してる転生勇者だぞ? なんでわからないんだよ!
「……やっぱ、いいや。今日じゃなかったかも」
ここでも違和感だ。
僕は夢でも見ているんだろうか。
「ない。なんで?」
一人で本屋に寄ってみた。転生勇者の続きはやっぱり読みたかったし、まだ見ぬ面白い作品を探すのも、本屋の楽しみだったから。
それなのに、転生勇者どころか、異世界転生ものと呼ばれる作品は一つもなかった。この本屋はラノベの取扱が多くてお気に入りだったのに。
店員のお姉さんに聞いてみても、タイトルに全く心当たりが無さそうだった。
ラノベがないだなんて。
そう思って棚を一通り見てみると、ラノベはあった。ないのは異世界転生ものだけのようだ。
「なんだよ、これ?」
そんな不自然なことがあるだろうか。
僕は理解できないまま、とぼとぼと家へ帰ったのだった。
それから数ヶ月、僕は違和感と戦いながらある事実に気がついた。それはここが【異世界転生】という概念を知らない世界だということだ。
ある意味異世界。
勇者も魔王も剣も魔法も聖女も悪役令嬢もいない、異世界だ。
そしてもうひとつ。
ここで暮らすのは、異世界転生という概念を元々知っていたはずの人だということ。もしかしたら、異世界転生してみたい、と思ったことのある人かもしれない。
その人たちが、異世界転生という概念をすっかり忘れてしまっているようなのだ。
その証拠に、僕の祖母はこの世界にいなかった。
父も、この世界にはいないようだ。単身赴任という設定になってはいるけれど。
「なんでだろう……こんな意味わかんない異世界転生、誰も嬉しくないだろ」
嬉しくない。僕は嬉しくない。
どうせなら勇者になってみたかった。勉強とかテストとか、面倒な人付き合いとか。そんな現実世界ではなく、勇者として活躍出来る世界に転生したかった。
転校するように、引越しするように、バイトを変えるように。
生きる世界も変えられたらいいのに。
「つまんなー」
こんな異世界転生、つまらない現実世界と変わらない、と僕は心から不満だった。
その日の夜、僕は夢を見た。
夢みたいな世界で見る夢は、本当に夢かどうかわからないけれど。
子供が二つのチェス盤のようなボードの前に座り込んでいた。ボードはどちらもよく似ていて、小さな駒が沢山並べられている。
10歳くらいだろうか、男の子が黙々とボード上のコマを動かしている。
右から左へ、左から右へ。
駒を入れ替えるようなその仕草からは、なんのゲームなのかまったくわからなかった。
ただ、その子供が駒を大事そうに扱っているのだけは、わかるのだけれど。
「何してるの?」
「…………」
「それ、楽しい?」
「…………」
子供は無言のままふるふると首を横に振った。
よく見ると男の子の目には涙が滲んでいる。
悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えて、僕はそれ以上声を掛けられなかった。
そしてそのまま、ただ男の子が駒を入れ替えるのをじっと見つめていたのだ。
それから一ヶ月くらい経った頃。
クラスに昨日までいなかったクラスメイトが増えていた。僕はそいつを知っている。元の世界でクラスメイトだったやつで、僕が異世界転生の沼に落とそうと布教していた相手だ。
そいつが、前からいましたけど? って顔をして、教室にいる。実は以前にも同じようなことがあったから、僕は素知らぬ顔で挨拶をした。
「おはよー」
「おはよ。なぁなぁ、お前もドッペルゲンガーって見た?」
「は? 何、突然……」
ドッペルゲンガーって、前にも話題に出たような?
そんなにあちこちで遭遇するものなんだろうか。見たら死ぬ、とか言われているのに。
「クラスのヤツら、ほとんど見たことあるんだって。大体自分ちとか、よく行くとことからしいんだけど」
「へぇ……僕は見たことないなぁ」
「実はオレ、昨日見たんだよね」
「昨日?」
「そう。オレそっくりの奴が学校帰りの公園にいてさぁ」
「昨日……」
彼は昨日、この世界にはいなかった。
彼は昨日、ドッペルゲンガーを見た。
彼は今日、この世界に現れた。
見たら死ぬ、と言われるドッペルゲンガーを見た後に。
『僕も異世界転生したいわ』
僕がそう言った時のことがぼんやりと思い出される。
あの時僕は――
「ドッペルゲンガーを見たかもしれない……」
「あ、なんだ。やっぱりお前も?」
「…………」
あの時いたのは父ではなく、ドッペルゲンガーだったのかもしれない。
そして僕はここに来た。
『ドッペルゲンガーって自分の魂とか言うしさ』
僕は僕のドッペルゲンガーを見て、異世界転生したのだろうか。
異世界転生の無い世界に。
「わからない」
僕はニセモノなのか?
それともドッペルゲンガーがニセモノなのか?
現実の僕は、死んだのだろうか。
それともドッペルゲンガーが僕として生きているのだろうか。
僕の疑問に答えてくれるものは、きっとこの世界のどこにもいない。
いつかの夢で見た子供は、泣いていた。哀しんでいた。怒っていた。
そしてただただ、盤上の駒を入れ替えていた。
あれは――
「僕らに拒絶された、現実世界……」
異世界を望む住人を、異世界を知らない住人と入れ替えていた子供は、今日も泣きながらドッペルゲンガーに救いを求めるのだろうか。
ホンモノかニセモノかわからない、ドッペルゲンガーに。




