黒猫は探偵の助手をする
月夜は、裸でベッドに横たわっていた。顔は無表情。なんと言っても、相手が相手だ。
「今回は、よくやったなぁ。久々の大物に、大金が入る!だが、まだ詰めが甘いな。」
宇佐美は、左肩に負った傷口を強く押す。
「っ…!」
包帯から、血が滲んでくる。
「怪盗は、常にスマートでなくては。まだまだ、十夜にはほど遠い。」
十夜の名前を聞いて、月夜はピクリとする。
「…居たよ。兄さん…。」
「…ん?」
宇佐美は、手を止める。
「神谷のコレクションの中に、兄さんの頭だけホルマリン漬けにされていた…。」
「…そうか。あの神谷が、手を出していたとはな。」
宇佐美は、大して驚きもせず、月夜のモノをギュッと握り締める。
「うっ…!」
「お前には、これから怪盗シルバーに相応しくなってもらわなければな。」
宇佐美は、月夜の血がついた指を舐めた。
一条と月夜は、ある建物の近くの茂みから様子を伺っていた。
「あ、来た!今だ月夜くん。」
「了解です!」
月夜は、連続でシャッターをきる。そこには、男女二人が写っていて、今からホテルに入るところだった。
「これで、確実な浮気の現場を確保できる!…って、月夜くん?」
一条は、月夜がカメラを手放して下を向いていることに気がつく。月夜は、自分の足元にいる可愛い生き物を見て、ワナワナとしていた。
「ね、猫…たん!」
小さくて、フワフワな子猫は、ナ〜ンと一言鳴く。たまらず、抱きかかえる。
「一条さん!子猫ちゃんですよ!飼いましょう!!」
「君ねぇ、動物を飼う事が、どんなに大変か分かって…。」
すると、ホテルに入ろうとしていた二人が、寸前でこちらを向いていて、もはや仕事どころでは無くなっていた。一条は、頭をかく。
「分かった!じゃあ、しっかりと面倒見なさい!いいね?」
「ありがとうございます!やったな、チャチャ!」
月夜は、すでに名前をつけていた。一条は、苦笑いした。事務所に戻り子猫を洗うと、真っ黒だった毛がとれて、三毛猫であることが分かった。チャチャは、元気よくご飯を食べた。
「可愛いなぁ、チャチャ。」
月夜は、なでなでする。すると、ニャア~ンと可愛い声を出す。
「か、可愛い〜!」
月夜と一緒に、一条もつられて言っていた。どうやら、事務所にアイドルが決まったみたいだ。
※
依頼人が、事務所に来る。名取清華と言う女性が、今回の依頼人だ。その人に、夫の名取航が、別の女性とホテルに入る写真を見せていた。
「名取航さんは、確かに別の女性とホテルに入り、2時間ほど中にいました。残念ですが、あなたの読みは当たっていました。」
「そう…ですか。」
清華は、お腹をさすっていた。おそらく、できてしまっているようだった。
「失礼ですが、これからどうされるおつもりですか?よろしかったら、私の知り合いの良い弁護士を紹介しますが…。」
「ありがとう、ございます。少しだけ、考えさせて下さい。私一人では、片付かない話しですから…。」
清華は、涙をこぼしながら答えた。
「ええ。じっくりと、話し合いをしたほうが良いと思われます。私への電話は、いつでも良いので。」
「はい、ありがとうございます。」
清華は、丁寧にお辞儀をして事務所を出て行った。
月夜は、チャチャを手に抱えたまま、一条のもとにいく。
「あの方、お腹にできてますよね?」
「そのようだね。まあ、私たちの仕事は、ここまでだ。あまり、首を突っ込まない方が良い。」
一条は、背伸びをしたあと、煙草に火をつける。妊婦がいなくなり、煙草を吸うのを我慢していたらしい。
「探偵の仕事って、派手やかなものかと思いましたけど、意外と地味ですよね。」
「そんなもんだよ。ドラマのような展開なんて、あるわけないだろ。夢を見すぎだよ、月夜くん。」
「はあ…。」
月夜は、渋い顔をする。すると、一本の電話が鳴り響く。
「はい、こちら一条探偵事務所。ああ、轟警部!一体、どうなさったのですか?」
「実は、おりいってご相談したい案件がありまして、ご協力願えないでしょうか。」
「伺いましょう。」
※
轟の依頼は、こうだ。あるオークションに、"イエローモンキーズ"と呼ばれる窃盗集団が、ある絵画を狙っているという。その調査を、秘密裏に行ってほしいというものだった。
「奴らが狙っている物は、"星の雫"と呼ばれる絵画らしい。その価値は、数十億を数えるという。警部本人からの依頼だ。報酬も出してくださるという。」
月夜は、顎に手を当てて考えた。
「イエローモンキーズ…?」
「知っているのかい?」
一条の言葉に、月夜はハッとする。
「あ、いいえ。ただ、今回はお手伝いすることができなさそうです。」
「そうか、仕方がない。じゃあ、私一人で潜入してくるよ。」
「すみません。お役に立てなくて。」
一条は、フッと笑う。
「気にする必要はない。君も、別のバイトをしてるんだから、仕方がないよ。私が、もっと稼げる雇い主だったら良かったんだけどね。」
「そんなこと、気にしてませんよ!それに、ここんところ、怪盗シルバーの件で轟警部からの依頼が増えて、仕事も増えてきたじゃないですか!」
月夜の言葉に、一条は微笑む。
「まあね。シルバー様々だ。十年前にも、彼に助けられたんだよ。」
一条は、空を仰いで煙草をふかした。
日が暮れて、身なりを整えた一条は、例のオークション会場を訪れた。中には、多くのセレブな人間たちがガヤガヤと雑談していた。そんな中、一条は一人席に座る。しばらく経つと、一人の青年が声をかけてきた。
「失礼。隣の席、よろしいですか?」
その青年は、サングラスをしていた。
「構いませんよ。」
一条が言うと、青年はニッと笑い座る。
「オークションは、初めての方かな?」
「ええ、まあ。何故、それを?」
一条は、青年を観察する。面影が、ある人物と重なっていたからだ。
「いや、初めて見かける顔だったものでね。特に、大意はありまん。」
青年が耳に付けている丸い真珠のようなイヤリングに、夜の屋上で会った彼を思い出させる。
『いや、まさかな。こんな場所に来るわけが…。』
一条は、頭を軽く振った。
「只今より、オークションを開催いたします。どうぞ、今宵は楽しんでくださいませ。」
オークションの司会者が出てくると、皆一斉に拍手した。
「では、まず始めにお出しする品目は、こちらになります。」
マネキンの首に、大きなダイアが散りばめられていて、辺りを照らす。その輝きに、おおっ、と歓声がわく。
「まず、始めは十万から始めます。さあ、どうぞ!」
司会者の合図と共に、周りで次々と声が飛び交う。
「二十万!」
「五十五万!」
そんな中、隣の青年が囁いてくる。
「あなたは、何をご所望ですか?」
「私は…。」
一条は、人に言って良いものなのか考える。黙り込んだ一条を見て、青年は笑みを浮かべる。
「失礼。無理に答える必要はありません。私が、軽率でした。」
青年の言葉に、一条はホッとする。青年は、足を組み直して話しを続ける。
「私は、ある絵画を狙っているのです。幻の作家が描いたと言われるモノをね。」
「絵画…ですか?」
一条は、ドキッとする。青年は、前で腕を組むと、ニコリと笑ってオークションを楽しんでいた。そして、いくつかの品目が買われる中、ようやく例の物がやってきた。
「続いての品目は、20番。星の雫!」
一条は、きた!と身を乗り出す。すると、先程まで大人しかった青年が、再び声を出した。
「おや。どうやら、お目当ての品が出てきたようです。」
青年がそう言うと、辺りはスモークが焚かれて、会場内はパニックになる。
「クソッ!イエローモンキーズの仕業か!」
一条は、三人の黄色いフードを被った男たちに占領されるのを見た。
「誰も、動くんじゃねぇぞ!!」
一人が、銃口を向けて発砲し、二人は絵を持ち運んで行く。
「ヘヘッ!お宝は、俺たちイエローモンキーズが頂戴したぜぇ!!」
そう言うなり、三人は会場を後にする。会場内は、まだざわめきが酷くなっている。
「皆さん、落ち着いてください!誰か、負傷者が居ないか確認をしろ!」
一条は、オークションの台に上がる。そして、持ち去られたであろう"星の雫"があった場所を見る。すると、とんでもない事が判明する。その場に落ちていたメモを手に取り、ニヤリと笑う。
「やっぱり、隣に居たのは彼だったか。」
イエローモンキーズたちは、フードを脱ぎ捨てて盛り上がっていた。
「やっぱり、俺たち最高!こうやって、お宝も…。」
一人が、額縁を叩いて見ると、持ち運んだお宝が、ただの白いキャンパスだと言うことに気が付き、唖然とする。
「何〜!?」
イエローモンキーズたちは、してやられたのだった。一条は、メモ用紙を読み上げる。
「お宝は、確かに頂戴いたしました。怪盗シルバー か。あいつら、悔しがっているだろうなぁ。」
突如として現れた怪盗シルバーに、星の雫は奪われたのだった。
会場内がザワついでいる中、一条はポケットにメモを入れて後にした。
一条は、轟に電話をかけていた。
「いえ、お役に立てず申し訳ありません。…ええ、イエローモンキーズは三人です。そちらで、包囲網にかかった三人がそうだと思われます。絵画のほうは…。」
一条は、事務所の入り口に大きな物が立てかけてあるのを見る。そして、包装紙をビリビリと破く。それを見て、ハハッと苦笑いする。
「絵画は、こちらで回収してありますので、手配をお願いいたします。…はい、では。」
一条は、手紙を開ける。
「親愛なる探偵殿へ。今後の活躍を期待しております。またの機会にお会いいたしましょう。」
一条は、クッと笑い声をたてる。
「粋な計らいをしてくださるものだなぁ。」
親愛なる怪盗の計らいに、探偵はその名を高めることになるのだった。




