黒猫は探偵に恋をする
風の吹く真夜中。黒いコートとサングラス。黒いかぶり物をした青年が、ビルの上に立っていた。
「守備は?」
イヤホンから、男の声がする。
「上々!」
黒ずくめの青年が答える。
「初めての任務だ。あまり、張り切りすぎるなよ。」
「わかってるよ!それじゃ、行くぞ…!」
黒ずくめの青年は、身体を投げ出して、ビルから落ちていった。
パリンッという音と共に、宝石展の部屋の窓ガラスが割れる。
「来たぞー!!」
「怪盗シルバーだ!!」
待ち構えていた警官たちが、一斉に声をあげて目に見えぬ黒い影を追う。
「クソッ!電灯が消えて、何も見えない!!」
「奴は、どこだ!?」
途端に、ライトがつき辺りが見えるようになる。すると、守っていたはずの宝石は、姿を消していた。
「おのれ〜!!」
それを見た警部が、怒りに顔を赤くする。辺りには、黒ずくめの青年の声が響き渡っている。宝石の代わりに、一つの書き置きが置いてあった。
"人魚の泪たしかにちょうだいいたしました。怪盗シルバー"
この時代に、新たな怪盗が姿を現した。
昨夜の事件が、大々的に記事になっていた。それを、今時新聞で見ている煙草をふかした探偵の男が一人いた。髭は生えっぱなし、髪も後にしばっていて伸びっぱなし。そして、曇った眼鏡をしている。外にいたら、ホームレスと変わらない。
「怪盗シルバー 十年振りに現れた、か。また、久しぶりに聞くなぁ。」
ゴミと灰だらけの探偵事務所には、唯一の助手がいて、時々生きているのかを見に来るのだが、今週は三日振りに来た。古ぼったい事務所の外階段を一人の青年が駆け上がって来ると、中の部屋が少なからず振動を響かせた。
「…来たか。」
すると、事務所の扉がバタリと開く。
「一条さぁ〜ん。生きてますか?」
一条と呼ばれた探偵は、手を上げる。
「やあ、月夜くん。今週は、早かったね。」
月夜と呼ばれた青年は、ゴミの森と化している事務所を見て、ゴホゴホと口を押さえる。
「ちょっ…!たったの三日だけで、どうしたらこうなるんですかぁ!?勘弁してくださいよぉ!」
月夜は、いつもの様にゴミ袋にゴミを放り込み、事務所の窓を開ける。
「知ってるかい、この記事?」
「んあ?なん、でしたっけ。例の、あれですよね?ネットニュースで炎上してますよ。」
月夜は、マスクをしていつもの様に片付けを始める。
「実は、何あろうこの私も、この怪盗さんとご対面したことがあるんだよ。」
一条は、煙草を吸いながら笑って見せる。月夜は、呆れてハタキを叩く手を一瞬止める。
「それって、いつの話です?昨日出た盗人と、どうやったらご対面できるんですか。」
「違う違う。昨日の怪盗さんは、十年前にも悪さをしていたんだよ。そこで、一度ご対面したことがある。」
月夜は、一条の方を向く。
「へえ〜。一体、どんなヤツだったんですか?」
「印象は、全身黒ずくめだったことだ。サングラスもしていたから、顔を見ることは出来なかったけど、結構若い感じだったなぁ〜。未成年ではなかったが、あれから十年経ったんだ。今では立派な青年かもな。」
一条は、煙草を灰皿に押さえる。
「なんで、男だって思ったんです?」
「実際に、彼と話しをしたことがあってね。まあ、一言二言だったけど、女性ではなかったよ。」
一条は、遠くを見るように言う。そこへ、一本の電話がなる。
「はい。坂上探偵事務所。これは、お久しぶりです。轟さん!」
坂上は、椅子から立って会話をする。それは、いつもの憂鬱そうな表情とは違って、嬉しそうに話しをしていた。
「…では、そちらに伺います。はい、では!」
一条の様子を見ていた月夜が、話しかける。
「お仕事ですか?」
「ああ。十年振りの、大仕事だ!」
古びたコートを着て出かけようとしていた坂上を見て、月夜が止める。
「せめて、格好を整えて行ってくださいよ。そんな姿じゃあ、見栄えが悪いですよ!」
「あ〜。そっか…。」
坂上は、顎の髭を触って考えていた。
「じゃあ、現地で落ち合おう。先に、現場に行ってて。私も、すぐに行くと轟さんに伝えておいて。」
月夜は、一条からメモ用紙をもらうとそれを目にする。一条は、どこかに出かけて行った。それを見計らい、月夜は電話する。
「獲物が網にかかったぞ。」
「了解。」
月夜は、含み笑いをする。
※
現場に行くと、口髭を生やした警官が、多くの部下を連れて待っていた。
「君は…?未成年には見えないが。」
「はじめまして!一条探偵の助手をしている、宇佐美月夜と言います。一条さんは、後ほど合流するとのことですので。」
「ふ〜む、そうか。なら、仕方がない。案内しよう。ああ、私は警部をしている轟だ。よろしくな!」
轟は、月夜に手を伸ばす。その腕力が強くて、一瞬、うっ、となる。
「よ、よろしくお願いします。」
「今回、怪盗シルバーが狙っているのは、"メアリーに捧げる"という宝石だ。そこにたどり着くまで、いくつかの仕掛けがしてある。」
轟は、月夜に丁寧に教えてくれた。下調べをするには、もってこいだった。そして、得物がある部屋の前に着く。
「ここの部屋に、宝石が保管されている。」
轟は、暗証番号を入れると、重苦しい金庫が開く。月夜は、中央にある宝石を見て中に入ろうとするが、轟に止められる。
「この中は、非常に危険だ。」
轟は、懐から煙草を一本取り出すと、部屋の中に放り投げる。すると、ジュッと音を立てて、加熱消滅してしまった。
『いい〜!』
月夜は、顔を青くする。
「この中は、センサーで管理されている。入り口から、宝石までたどり着くには、このセンサーを避けなくてはならない。だから、今回はヤツも手こずるだろうよ。」
「そ、そうですね。ハハッ。なら、警備の心配はいらないのでは?」
「そうもいかんよ。怪盗シルバーは、もう何度もこういった仕掛けを突破して、数々の犯罪を犯してきた。だから、油断は禁物だ!」
轟の言葉に、月夜は苦笑いした。一部始終を、隠しカメラで撮っていた。
「十年経ち、再び現れるとは一体何を考えておるのやら。」
「また、お宝を盗んでみたくなったとか?」
「フンッ。遊びで、人様の物を盗んで良い理由にはならん!」
轟の意見は、もっともだった。だが、月夜にはちやんとした理由があるのだった。
『その、十年前に居なくなった十夜兄さんを探すために、止めるわけにはいかないんだよ…!』
月夜には、五歳離れた兄がいた。だが、この怪盗稼業を始めてから十年前に、消息をたっていた。そこで、雇い主である宇佐美が命じて、月夜があとを継ぐこととなったのだ。とても不本意だが、宇佐美の言葉は絶対だ。逆らえるはずもなかった。兄の十夜は、宇佐美のお気に入りだった。だから、行方が分かるまで怪盗シルバーをやる事しか選択肢がないのだ。でなければ、厳しいバツが待っている。
「一条さんは、まだ来ないのかな?」
轟が、疑問に思った。
「もしかしたら、もう来ているのかも。」
月夜は、電話をかけてみようとスマホを取り出した。そこへ、一人の杖をついた老人が現れた。
「ええい!護衛など必要ないと、言っておるじゃろ!」
その老人は、ゴホゴホと咳をしていて、立っているのも不思議なほど青白い顔をしている。原田圭吾。この男は、数々の罪を犯していた。だが、表沙汰になることはなく、裁かれることもないのだ。月夜は、ギュッと目を細める。
「原田さん。そのようなお体なのですから、ここは私共にお任せください!」
「警察など、誰が信じてっ…!」
原田は、ゴホゴホとむせながら膝をつく。すかさず、月夜が手を差し伸ばす。
「大丈夫ですか!?」
「離せ!手など、借りずとも良いわ!」
原田は、月夜の手を振り払う。
「あの宝石は、エミリーのために取っておいた大切な物!盗人などに、安々とくれてやる気はない!」
言い放ち、その場を後にする。その後ろ姿は、どこか儚げだった。
※
辺りは、暗い夜になっていた。
「月夜。まさか、今回はやる気がおきないとか言うんじゃないだろうな?」
イヤホンの男が言う。
「んー。そんなんじゃないよ。それに、今まで人に触れられずにいた宝石だ。」
「それじゃあ、なんでそんなに暗いんだよ?」
月夜は、手のひらを見る。
「あの原田って言うクソ爺に、手を払われた!」
イヤホンの男は笑う。
「月夜は、傷つきやすいからなぁ。」
「うるせぇ!それよりも、そっちにやった情報は届いたのか?」
「今回は、探偵様々だな。あの厄介なセンサーも、ジェリーが解除できるらしい。その間、十分程度だってよ。」
それを聞き、月夜はニヤリと笑う。
「上々!そのくらいあれば、余裕で盗める。早速、準備を始めるぞ!」
「おうっ!」
轟の前に、ある人物が姿を現した。
「これは、待ちかねました!よく、いらしてくださいましたね。」
二人は、握手を交わした。
月夜は、いつもの黒ずくめの格好をして、サングラスをかけた。建物を見下ろして、得物のある建物を見下ろしている。
「今夜は、良い夜だな。」
怪盗シルバーは、スイッチが入った。だが、一つ違う誤算があった。
「本当に、良い夜だね。」
自分の後から、突如男の声がして、そちらに気をとられる。煙草を吸って、眼鏡をかけた顔の整った人物が、居場所をつきとめてきたのだ。
『誰だ…!?』
シルバーは、心臓がドキッとする。
「君は、十年前にあった人とは違うのかなぁ?まったく歳を感じさせない。もしかして、世代交代でもしたのかな?」
その男の言葉に、シルバーはニヤリと笑う。
『もしかして、この男は…?』
「まさか、居場所を突き止められるとはね。大した探偵さんだ。」
このイケオジこそ、あのぶしょったい格好をしていた男。一条、その人だ。
『まさか、身なりを整えると、こんなに良い男だったなんてねぇ。』
シルバーは、自然と足を向けていた。
「十年前にも、会っていたの?」
シルバーは、笑いながら一条の前に立った。
「ああ。十年前の君も、十分魅力的だったけど、今の君も捨てがたい。」
真っ直ぐこちらを見てくる一条に、シルバーは、ドキンッと鼓動が高鳴る。
『ああ。この男を、モノにしてみたいなぁ。』
シルバーは、一条の頬に手を当てる。
「一つ、約束してあげる。もし、僕を捕まえることが出来たら、ご褒美をあげる。」
一条の耳元で、囁くように言う。シルバーの言葉を聞いて、一条も微笑む。
「ご褒美か…。楽しみにしていよう。」
一条は、シルバーの手を手に取ると、指先に軽くキスをする。一条の真っ直ぐな視線に、シルバーはゾクッとする。その余韻を残して、シルバーは建物から姿を消した。一条は、その後を見送った。
「新たに会った君に、感謝しなくちゃね。」
探偵は、ニヤリと笑う。
「おい。一体、何をしてたんだ?一分経ったぞ!」
「なんでもない。今、向かってるよ!」
シルバーは、姿を消して建物の中に入っていく。まだ、世の中に出ていない、透明になる装置。そのため、誰も彼の姿が分からない。思っていた通り、センサーのある部屋の中には、誰もいなかった。おかげで、簡単に宝石を取ることができた。
「後、四分。」
ケースに触れたことで、サイレンが響き渡る。
「なっ…!いつの間に!!」
轟が、驚いて宝石のあった部屋を見る。
「一体、どうやって中に入ったんだ!?おのれ〜!まだ、近くに居るはずだ、探せ!!」
「ははっ!」
警官たちは、辺りを駆け回り始める。だが、後の祭り。怪盗シルバーは、一枚のメモを残してその場を去っていた。
"エミリーに捧げる たしかにちょうだいいたしました。怪盗シルバー"
だが、そのメモ用紙も、時間が経つとセンサーが反応して燃え尽きてしまった。
辺りには、お宝を盗んだシルバーの笑い声が響いていた。
月夜は、事務所を掃除しながら、昨晩の一条が唇で触れた指をジッと眺めていた。
『ああ。指先が、まだ熱い…。』
こんな体験をしたことがなかった月夜は、何故かウキウキしていた。そこへ、身なりが整った一条が現れ、ギョッとしてほうきを動かした。一条は、新聞を見ながらトイレから出てきた。その姿を、そっと横目で見る。
「一条さん。ちゃんとした格好すれば、それなりに見えるんじゃないですか!」
「ん?」
一条は、目線を月夜のほうに向ける。昨日の鋭い目線はなかったが、ドキンッとしてしまい、思わず目をそらす。
「なんで、よそを向くんだい?月夜くん、今日はなんかいつもと違うよ?」
「そ、そそそんなことあるわけないじゃないですかぁ!いつもと変わらないですよぉ〜!」
何故か、意識してしまっていて、手元がおぼつかない。一条は、コーヒーを飲みながら話しをする。
「そう言えば、原田さんが危篤らしいよ。」
「…え?」
月夜は、一条のほうを見る。
「うわ言に、エミリーと何度も叫んでいるらしい。気の毒に。その宝石は、もう無いからねぇ。」
その言葉を聞いて、月夜はほうきを捨て去り、事務所を飛び出して行った。
「月夜くん!?」
月夜は、一条の言葉を後に自然と飛び出していた。後日、"エミリーに捧げる"は、原田圭吾の元に戻ってきたという。




