15
「ねえねえ、どんな女の子がタイプ?」
不意を突かれた、そんな問いかけだった。せっかくのデートの雰囲気が、その一言で、ふわりと変わってしまった。
一瞬、呆気にとられた私は、手に持っていた鞄を置き、考える素振りをしてみせた。
「強いて言うなら……お前みたいな子、かな」
その答えを聞いた途端、彼女の顔に、抑えきれない笑みが広がった。そして、私の肩から、自分の鞄をそっと取り上げた。私の負担を、少しでも減らそうとしてくれたのだろう。
無意識に、自分の胸に手を当てる。心臓の鼓動が、そこにある。
嘘ではない。もちろん、言っているのは外見ではなく、性格のことだ。
彼女は、まるで妹のように、いつも私に特別な感情を抱かせる。
二人は、全然似ていないのに。
いつも、そう思う。でも、どうしても言葉にできない、何かが確かにある。それを、私は「感じ」と呼んでいる。
とはいえ、彼女は本当に、良い娘だ。装いは大胆で、大雑把で、ストレートな印象を与えるのに、どういうわけか、私とは、まるで特別なパズルのピースのように、ぴったりと合う。彼女じゃなきゃ、駄目なんだ。
「腹減ってないか?」
慌てて、思考を断ち切る。今日はデートの日だろう。どうして、こんなに、関係のないことを考えてしまうのだろう。
「ご飯、ごちそうしてくれるの?」
前を、ぴょんぴょん跳ねながら歩く彼女を見ていると、まるで「一騎千里、妃笑みを誘う」かのようだ。ただ、哀れなのは、私の財布だけど。
「何か、食いたいもんあるか?」
「うどんが食べたい!」
「やっぱり、お前は特別だな」
「え、何て?」
軽い冗談のつもりだったが、彼女には、どうやら通じなかったらしい。
「デートでもうどんを食うなんて、お前、よっぽどうどんが好きなんだな」
「もちろん! うどんがない人生なんて、考えられない!」
その言葉に、思わず吹き出してしまった。彼女の、そのどこか抜けた感じが、私の中のギャルに対する固定観念を、完全に打ち砕いた。
「わかったよ。でも、うどん屋の場所、知らないんだけど」
「簡単! 連れてってあげる!」
彼女は、スタスタと歩み寄ると、私の承諾も得ずに、私の手を取った。そして、私がまだ足を踏み入れたことのない世界へと、私を導いていく。
私は、彼女の行動に身を任せながら、ただ、心が温かくなるのを感じていた。
これは、意図的なものなのか。それとも、無意識のものなのか。
道中、私たちは、尽きることなく語り合った。この関係は、きっと、ずっと続いていくのだろう、と思えた。
「ところでさ、お前、弟とか妹とか、いるの?」
「え?! な、なんで、そんなこと聞くんだ?」
慌てふためく私の様子に、彼女は気づいたようだ。口元に、悪戯っぽい笑みを浮かべて、追撃を仕掛ける。
「別にぃ? ただ、あなたの家族構成が知りたいなぁって、思っただけ」
「言わなきゃ、駄目か?」
「駄目!」
彼女の、その強い意志に、私は、観念して白状することにした。
「いるよ、すごく可愛い妹がね」
少しからかうような口調で言ってみる。彼女が、私の妹に対して、どんな反応を示すのか、見てみたかったからだ。
「キモ」
返ってきたのは、それ以上なく簡潔な、一言だった。
「え?! どこがキモいんだよ?」
「変態シスコンは、キモい」
そう言って、彼女は、態とらしく「オエッ」という仕草をしてみせた。
それを見た店の店主が、まさかうどんが口に合わなかったのかと勘違いし、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫です! 本当に、何でもないんです!」
彼女が、いつも、あたふたしている姿を見ると、私は、どうしても笑いがこみ上げてきてしまう。
あまりにも、ギャップがありすぎる!
こんなの、ギャルの風上にも置けないんじゃないか?
私が笑っているのを見て、彼女は、すぐに怒り出した。うどんも食べずに、箸を置き、私を指差す。
「笑わないでよ!」
「お前には、関係ないだろ」
憎まれ口を叩きながら、私は、挑発的な目を、彼女に向けた。
彼女は、本気で怒った。歯をギリギリと鳴らし、「今すぐ、食べてやる!」と言わんばかりの表情を浮かべる。
気にせず、目を閉じて、彼女を無視するふりをして、うどんをすする。
「がぶっ!」
「いってぇ!」
まさか、本当に噛みついてくるとは思わなかった。腕に走る痛みが、すぐに脳に届く。
痛みに耐えかねて、目を開け、腕を激しく振って、この「苛立った子猫」を、振りほどこうとした。
私たちの、じゃれ合うような様子を見て、店主も、察したのか、わざわざ邪魔はしなかった。
こうして、私たちの、初めてのデートは、ちょっと特別な形で終わった。
それからというもの、私たちの関係は、ますます親密になっていった。
ある時、私の、あまりの無頓着さが原因で、高熱を出して寝込んでしまったことがある。
遠く離れた地で、一人きり。誰にも看病してもらえない孤独感が、全身を包み込んだ。
力の限り、先生に欠席の連絡を入れ、そのまま、ベッドに倒れ込んだ。
ぼんやりと、誰かに名前を呼ばれているような気がした。
女の子の声だ。
妹、だろうか……
それとも、彼女、だろうか。
半目を開けるが、見えるのは天井だけだ。
誰でもない……
再び、眠りの淵へと落ちていこうとした、その時。玄関の方から、激しいノックの音が聞こえた。
誰か、来たんだ……
起き上がって、扉を開けに行かなくては。
そう思って、体を起こそうとするが、疲労で、その考えも叶わない。
駄目だ、力が入らない。
もう、諦めようと思った、その時。ガチャリと、扉が開く音がした。
ああ、彼女か。
以前、予備の鍵を渡していたことを、思い出した。
間違いない。彼女が来たんだ。
安心して、目を閉じる。あとは、彼女に任せよう。
「何で、病気になってるの?」
問い詰めるような口調が聞こえるが、答える元気はない。
「何で、連絡してくれなかったの? メールくれたら、学校、休んだのに」
そうだ。今日は、学校があったんだ。それなのに、彼女は、どうやって来たんだ?
必死に口を開き、疑問を口にする。
「決まってるでしょ、休んだのよ。あなたってば、本当に、手がかかるんだから。自分のことすら、ちゃんとできないんだね」
もう、我慢できなかった。涙が、溢れ出した。細い涙の筋が、目の端から、そっと流れ落ち、布団に染みを作る。
「泣かないでよ。まずは、熱を測ろう」
彼女は、鞄から体温計を取り出した。見覚えのあるそれは、保健室にあったものと同じ形だった。
保健室から、借りてきたのか?
本当に、無茶をする……
自分の、彼女に対する想いを、ただ見つめることしかできない。無力だ。でも、彼女が、私を想ってくれていることは、痛いほど伝わってくる。
「39.2度! いったい、何をしてたの?」
何も、してない……
ああ、そういえば、昨日の夜、冷水を浴びたんだった……
よく、思い出せない……
その後、彼女がお粥を作ってくれて、薬を飲ませてくれたこと。そして、最後に、私のベッドの横で、眠ってしまったこと。それだけは、かすかに覚えている。
翌朝、目を覚ますと、随分と気分が良くなっていた。
体の重だるさは消え、思考も、クリアになっている。
まるで、昨日の出来事は、すべて「黄粱の一炊の夢」だったかのようだ。
しかし、ベッドの脇にうつ伏せて眠る彼女を見て、それが、夢ではないと知る。
彼女の寝顔を見ていると、たまらなくなって、そっと頬に触れた。
その仕草で、彼女は、ゆっくりと目を覚ました。
目を開けた瞬間、間近に迫る、私の手。彼女が、どんな風に思うか、私にはわからない。
真っ先に浮かんだのは、「やばい」という一言だった。
しかし、待っていたのは、責める言葉でも、ましてや反撃でもなかった。
そこには、少し潤んだ目をした、愛らしい彼女の顔があった。
「よかった……完全復活、だね」
その瞬間、私の心は、完全に溶かされてしまった。抑えきれない衝動のままに、彼女を、力強く抱きしめた。
彼女は、拒まなかった。ただ、私の力のままに、身を任せていた。
そうして、しばらく、抱きしめ合った後、ゆっくりと体を離す。そして、再び、彼女の顔を見つめた。今度は、隠しきれない、赤い染まりがあった。
そっと、唇を重ねた。彼女の抵抗は感じられなかった。私は、その想いのままに、さらに深く、重ねていった。
朝の光が、窓から差し込み、部屋の中を優しく包み込む。そして、私たちの初めての口づけも、その暖かな光のヴェールに包まれていった。
こうして、私たちの恋物語に、また新たな一ページが刻まれた。互いの初めての口づけという経験が、私たちの関係を、一気に、更なる高みへと押し上げた。
それからというもの、私の脳裏に、あの眩しい金髪が、焼き付いて離れることはなかった。
時は再び、矢のように、世界を駆け抜けていった。
ある、春めいた日。私のスマホに、母からのメッセージが届いた。
故郷の桜が咲き誇る季節に、妹が、無事、中学を卒業したという知らせだった。
その知らせを聞いた瞬間、長い間、封じ込めてきた、あの感情が、抑えきれずに溢れ出しそうになった。
妹とのLINEのトーク画面を開く。この三年間、私たちは連絡を取り合っていなかったわけではない。しかし、必要以上に、妹と関わらないように、心がけてきた。
震える手で、文字を打つ。たくさんの想いが、頭の中を巡り、たくさんの言葉が、画面に綴られた。
しかし、結局、それはすべて消してしまった。残ったのは、ただ、簡素な四文字だけだった。
「卒業、おめでとう」
その時、私は十八歳で、妹は十五歳だった。




