12
時折、私は考える。【運命】とは、一体全体、どのようなものなのだろうか、と。
その問いは、長い間、私の心を離れなかった。答えを求めて、幾日もの授業を、上の空で過ごしたことさえある。
それでも、私には、さっぱり見当もつかなかった。その理由は、おそらく、単純なことなのだろう――私は、まだ、若すぎたのだ。
作家の江南は、かつてこう言った。「青春とは、永遠に忘れられない劫のようなものだ」と。
幼かった私は、その言葉の意味を理解できなかった。
どうして、青春という、汗と情熱を注ぐ過程に、「劫」などという言葉を冠するのか。
大人になってから、ようやく、その意味が、ほんの少しだけわかるようになった。だが、その頃には、私の青春は、とっくに終わっていた。
おそらく、十二歳の私のように、ある種の問いは、青春を謳歌する私が、真剣に考えるべきものではなかったのだろう。
あの頃の私は、まだ幼かった。最も活発で、無邪気でいられるはずの年頃に、こんなにも哲学的な問いに悩まされるなんて、なんと勿体ないことか!
そう思い立った私は、家に帰り、母に尋ねてみることにした。母は、物事を達観して見ることのできる人で、後に私が何度も、人前で彼女を褒め称えるほどだった。
「ん?」
問いかけに、母は一瞬、呆気にとられたようだった。手に持っていた物を置き、考えるような素振りを見せる。
「運命、か。はっきり説明しろと言われると、私にもよくわからないな。だって、運命っていうのは、いつだって曖昧で、定義できるものじゃないから」
その言葉に、期待に胸を膨らませていた私は、たちまち意気消沈してしまった。俯きながら、このままこの問いに、いつまでも囚われ続けるのではないかと、不安に駆られた。
「でもね、言葉で説明する代わりに、形にしてみせることはできるよ」
私の様子を見て、母は、優しく言葉を紡いだ。
顔を上げると、目に入ったのは、鮮やかな紫色の髪と、力強い光を宿した瞳だった。
「運命っていうのはね、そんなに難しいものじゃないのよ。それは、まるで、ずっと前から決まっていた結末のようなもの。若いうちは、きっと誰もが【運命】なんて信じない。自分の力で、なんとかできると思っている。でもね、自分の人生という道を、最後まで歩き終えて、振り返ってみたとき、はじめて気づくの。ああ、すべては、最初から決まっていたんだな、って。そういうものなのよ」
母の言葉を聞きながら、私の心も、次第に軽くなっていった。何気なく思いついただけの問い。ずっと私を苦しめていた、その呪縛から、ようやく解き放たれたような気がした。
私は、深く息を吐き出した。見えない悩みという名の靄を、すべて、この吐息と共に、体外へと追い出してしまうかのように。
そんな私の様子を見て、母もまた、安堵したように、優しく微笑んだ。
「さあ、次は【今】を、生きていかなくちゃね。やることは、まだまだ、たくさんあるんだから」
そう言い残し、母は、去っていった。
そうだ。どうして、こんなにも、取るに足らないことに、心を煩わせていたのだろう。大切なのは、今を生きることだ。
それからというもの、私は、あれこれと悩むのをやめた。頭の中は、ただ、目の前にある【今】だけが占めていた。
そうして、三年という月日は、あっという間に過ぎ去った。
卒業の季節、私は、入念にアイロンをかけた制服に身を包み、三年間を過ごした学び舎で、一枚の、思い出深い写真を撮った。それは、青春という名の三年間を、永遠に刻み込むための、大切な記念だ。
妹も、小学校を、滞りなく卒業した。私は、誇らしく思う反面、かつて飛び級したことが、今になって、私たちの歩みをずらしてしまったことを、苦く思い返す。誇らしさの言葉は、喉元で詰まり、ただ、一抹の寂しさだけが、心に残った。
この頃の私は、かつての自分とは、少し変わっていた。
自分の感情に、素直に向き合えなくなっていた。時が経つにつれ、思考は成熟し、【倫理】というものを、嫌というほど思い知らされたからだ。
私と妹は、決して、世間に受け入れられない。たとえ、この世界が「私たちは自由だ。何にも縛られることはない」という嘘を、撒き散らしていたとしても。
わかっていたのだ。たとえ、表面には出さなくても、心の奥底に、びっしりと根を張るものがあることを。
妹のことから、私は、目を背けるようになった。いや、むしろ、背けることしかできなかったのだ。
怖くなったのだ。
未来に待ち受ける、冷たい視線が。そして、今、この胸に芽生えた感情が、いつか、完全に崩れ去ってしまうことが。
そうして、心の奥に仕舞い込んだこの想いは、音もなく、固く鍵をかけられた。
私は、自己嫌悪に陥り、自分を変えようともがいた。
すっかり、インドアな人間になりつつあった。自分のすべてを、心の奥に閉じ込めてしまったからだ。
妹は、聡い子だった。私が、距離を置こうとしていることに、すぐに気づいた。あれほど、私に熱心に接してくれていたのに、今では、俯きがちになっていた。
そして、進学先を選ぶにあたり、私は、より遠くの学校を選んだ。そうすれば、この苦しい想いから、逃れられると思ったからだ。
出発の日、母の言葉に、ただ背を向けて、頷くことしかできなかった。
振り返るわけにはいかなかった。振り返れば、そこには、声を殺して泣いている妹がいるから。
「行ってきます」
一言、そう言い残すと、私は、新たな人生へと向かう新幹線に、大きく足を踏み出した。
初めての地は、不安でいっぱいだった。見知らぬ土地へ、たった一人で飛び込むということは、いくつもの負の感情を伴うものだからだ。
「まるで、巣立つ雛鳥、ってやつか」
自嘲気味に呟き、私は、第一歩を踏み出そうとした。
「うっ」
背後から、見知らぬ温もりが伝わり、身体が、思わず傾いた。
「ドサッ」という鈍い音と共に、私は、背後からぶつかってきた少女と共に、地面に倒れ込んだ。
「いったーい!」
クッション代わりになった私は、思わず、苦鳴を漏らす。
身体の重みを感じながら、痛みで閉じそうになる目を、必死に見開いた。
そこには、金髪のギャルが、うつ伏せに倒れ、その顔を、私の胸元にうずめていた。
「え?!?!?」
インドアな私は、慌てふためき、倒れているギャルを、押し退けた。だが、本人は、さほど気にした様子もない。
「ごめん!」
ただ一言、慌ただしく謝ると、彼女は、足早に去っていった。
私は、携帯電話を取り出し、画面に映る時刻を確認して、また慌て始めた。
「やばい、初日から、悪い印象を与えたくないぞ!」
跳ねるように立ち上がり、走りながら、服の埃を払った。
男である私は、日頃、運動をしていなくても、体力では、女の子に劣らない。
そして、必死に五分ほど走ると、前方に、見覚えのある姿を見つけた。
さっき、ぶつかってきたあの娘じゃないか?
疑問に思いながらも、同じ方向に進んでいることに気づき、一つの確信が芽生えた。
もしかして、同じ学校なのか?
そんなことを考えながらも、さらに速度を上げる。
やがて、私は、彼女と並んで走っていた。
「は? あなたも、この学校なの?」
隣に、いつの間にか人が増えていることに気づいた彼女は、チラリと一瞥しただけで、すぐに視線を戻した。息を切らしながら、疑問を口にする。
ずいぶんと、ストレートな子だな。それにしても、俺が、この学校の生徒に見えないのだろうか?
いや、君のその格好こそ、高校生らしくないと思うけどな。
しかし、走ることに必死で、お互いに、それ以上言葉を交わすことはなかった。ただ、激しい息遣いだけが、空気を震わせていた。
「セーフ」
携帯電話の時刻を確認し、私は、安堵の息を漏らした。
「よかったー!」
隣にいた彼女も、立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。
私たちは、無言のまま、別れた。
しかし、どうやら、【運命】というものは、私たちを見逃してはくれなかったらしい。幾重にも重なる偶然が、私と彼女を、少しずつ、引き寄せていくことになる。
「は? またお前か!」
すでに教室に戻っていた私は、入口から聞こえてきた驚きの声に、視線を向けた。そこには、見覚えのある、金髪と化粧姿があった。
それにしても、ギャルのスカートは、皆、あんなに短いのだろうか。そんな不埒な考えが、一瞬、頭をよぎる。
「まさか、同じクラスだったとはな」
私は、彼女の驚きを無視して、代わりに、深いため息を一つ、落とした。
「でも、校門では、お前、反対方向に走ってなかったか?」
「あれはね、道を間違えたんだよ!」
顔を赤く染め、恥ずかしそうにする彼女を見て、私は、胸の奥に、どこか懐かしい、特別な感情が込み上げてくるのを感じた。
その仕草は、まるで、妹にそっくりだった。
いつの間にか、私の思考は、またもや、はるか遠くへと飛んでいた。しかし、かつてとは違い、その距離感は、歴然としていた。
こうして、彼女との出会いは、私の人生に、鮮やかな彩りを添えることになった。
ギャルと陰キャ。まるで、軽小説のような組み合わせだ。
後に、その頃のことを思い返すたび、私は、自嘲気味に、こんな経験をしたと語ったものだ。
だが、それは、あくまで過去の話。過ぎ去ったことは、過ぎ去ったものとして、受け入れるしかない。
紛れもなく、彼女は、あの三年間の青春において、最も大切なヒロインだった。
私たちの、形容しがたい関係は、あの出会いから始まり、次第に、親密なものへと変わっていった。
しかし、私たちの関係が、確かなものになったのは、ある、ささやかな出来事がきっかけだった。
少し、蒸し暑い午後のことだった。金色の陽の光が、街路に降り注ぎ、世界を包み込んでいた。
生まれつき美しい上に、おしゃれにも気を遣っている彼女は、校内で有名なチンピラに、呼び出された。
場所は、屋上だった。
訳がわからないまま、彼女は、ついていくことにした。しかし、そこで待っていたのは、理不尽な告白だった。
「おい、てめぇ、何で俺の告白、断ったんだよ!」
激昂するチンピラに対して、相変わらずストレートな彼女は、真っ向から対抗する。
「好きじゃないから嫌なの。あんたに関係ないでしょ」
「六月の寒さも、言葉次第」という言葉があるように、この一言で、チンピラの怒りは、さらに頂点に達した。
彼は、乱暴に手を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。そのあまりの力強さに、今まで余裕の表情を浮かべていた彼女も、思わず顔を歪める。
「離してよ!」
「てめぇ、好きな奴でもいるんじゃないのか」
「あんたに関係ないでしょ」
……
いつまで経っても、彼女が降りてこない。私は、次第に苛立ち始めていた。
チンピラの人となりと、これまでの数々の悪評を思い返し、私は、何か良からぬことが起こるのではないかと、心配でたまらなくなった。
自分でも、気づかないうちに、身体は、屋上へと続く階段を、駆け上がっていた。
……
「もしかして、あの紫の髪の男が好きなんじゃないのか? 仲良さそうだったもんな」
屋上の扉の前まで来たところで、からかうような口調の声が聞こえ、私は、思わず足を止めた。言うまでもなく、その言葉の中の、紫の髪の男というのは、私のことだ。
もしかすると、私も、心のどこかで、答えを知りたかったのかもしれない。だから、目の前の扉を、すぐに押し開けることはしなかった。
「そうだとしたら、何か問題でもあるの! あんたには関係ないでしょ! 私は彼が好きだから、あんたを断ったの。そんなに難しいことなの!」
その答えを聞いた瞬間、私は、もう我慢できなかった。扉を押し開け、彼女の頬を打とうとしているチンピラの手を、掴んだ。
その瞬間、屋上に吹いていた風が、止まったかのように感じられた。
「どうして、ここに……」
心配そうな表情は、隠しようもなく、私の顔に浮かんでいた。振り返り、彼女の目を見ると、私は、もう抑えきれず、彼女を強く抱きしめた。
チンピラは、察したように、その場を去っていった。主役が登場した以上、もはや、彼に用はない。
「バカ、どれだけ危ないか、わかってるのか?」
震える声でそう言うと、彼女の緊張の糸は、ぷつりと切れた。「わあっ」という声と共に、彼女は、何もかもを曝け出して、泣きじゃくった。
その瞬間、私のファーストキスは、ある人によって奪われた。それは、全くもって、心からのものだった。
しかし、紛れもない真実は、彼女が、私の視線のすべてを惹きつけるのは、妹にそっくりだったからだということだ。
結局、私は、彼女を、妹の代わりとして見ていたのかもしれない。
その罪悪感は、その後も、ずっと、私に付きまとうことになる。
その時、私は十五歳で、妹は十二歳だった。




