ひとつ
あるとき、わたしはなんだか日々を過ごしていくことが何故だかいやに退屈だったので、自分は幸福をばらまく子だと錯覚をしてみた。
すると不思議なことにわたしの周りの人々に幸せが訪れたり、いいことが起こるようになった。釣りで大物がどっさり釣れたり、道端でお金を拾ったり。恋人ができた人もいた。大小様々であれど、たしかに幸福が訪れていた。
しかしわたしは不幸の連続となった。何もないところでつまずいたり、大切なものがどこかへ消えたきり見つからなくなったりした。
それはまるでわたしの持ちうる限りの幸福をばら撒き、代わりに皆の不幸を受け入れているようだった。
わたしばかりがこんな目にあうのがなんだか嫌で、悔しくて、腹立たしかったから、今度は自分は不幸をばらまく子だと錯覚をしてみた。
するとこれまた不思議なことに、私の周りの人々に次々と不幸が訪れるようになった。ある人は喧嘩が絶えなくなり、またある人は盗人にあったりした。
代わりにわたしはいいことが絶えなくなった。絵の才能をどこぞの先生に見出されたり、いつも通りの手伝いをしただけなのに駄賃がはずんだりした。
まるでわたしが皆の幸福を掬い取り、代わりにわたしの不幸をばらまいているようだった。
これはいい。
周りの不幸が目につくのは少々心が痛いが、いいこと続きなのはなんだかとっても面白い。
そんなことを感じていた矢先のある日、わたしの家族が皆事故で死んだ。




