第4.5章「感謝の言葉」
補給拠点を落とした夜。
焚き火が小さく燻る中、三人の背後から足音が近づいた。
振り返ると、痩せた顔の男が膝をつき、深々と頭を下げた。
「……助けていただき、ありがとうございました」
シバは黙したまま。
綺羅は目を細め、わざと軽い調子で言う。
「礼なんて要らないよ。勝手に暴れて、勝手に巻き込んだだけ」
男は首を振った。
「それでも……救われました。
元いた村は焼かれ、差し出せるものなど何もありません。
ですが、感謝だけは……感謝だけはどうしても伝えたかったのです」
その声は震えていたが、目はまっすぐだった。
アズラが静かにモノクルを外し、火の光を見つめる。
「……言葉だけで十分だ。
それを記すために、人は碑文を残すのだから」
シバの胸に、鈍い痛みが広がった。
赤布を握りしめる手が、わずかに震える。
助けたのは偶然か、誓いか。
だが――誰かが「ありがとう」と言った、その響きが確かに心を揺らした。
男は何度も頭を下げ、涙を落としながら去っていった。
綺羅が小さく肩をすくめ、干し肉を齧る。
「……どうやら、解放者扱いされちゃってるみたいね」
夜風が赤布を揺らす。
シバは答えなかった。
だがその沈黙には、ほんのわずかな迷いと――火に似た温かさが宿っていた。