第3.5章「戦場の後で」
廃都の路地裏。
夜風がようやく静けさを取り戻し、三人は崩れた壁の影で休息を取っていた。
シバは壁際に腰を下ろし、短くなったナイフの刃を確かめている。
綺羅は背中を投げ出し、干し肉を噛みながら肩を回していた。
黒外套の青年――アズラはというと、革袋から布を取り出し、筆先をひたすら拭っていた。
血も墨も残らぬよう、律儀に、丁寧に。
綺羅は思わず口を開く。
「……さっきも言ったけどさ。戦場でそれやる? 神経質にもほどがあるでしょ」
アズラは表情を変えずに答えた。
「筆は道具であり命だ。粗末に扱えば、必ず裏切る」
そして小さく付け加える。
「……かつて、それを忘れた者を知っている。もう二度と筆を握ることはないが」
それ以上は語らず、ただ布を折り畳み、筆を簪へ戻した。
綺羅は肩をすくめ、干し肉を噛みちぎりながら笑う。
「はぁ……ほんっと真面目なカラスさんね」
シバは黙って二人を眺めていた。
尻尾が小さく揺れていることに、本人は気付いていない。
……誰かと並んで座るのは、いつぶりだろうか。
一人に慣れすぎたせいか、妙な不安と、わずかな温かさが胸の奥に同時に残る。
沈黙の後、シバはナイフを研ぎながら小さく呟いた。
「……北へ行く」
綺羅が眉を上げ、皮肉を滲ませる。
「奇遇だね。そこに灰徴兵団の補給拠点があるらしいよ」
月明かりの下、三人はそれぞれ違う表情を浮かべていた。
だが視線の先は――同じ方向を見据えていた。