第24章「聖域の門」
岩場を抜けた先、丘陵の谷間にそれはあった。
黒ずんだ岩肌に埋もれるように立つ、巨大な石門。片側は崩れかけ、苔と蔦に覆われている。だが、その表面には今も淡く光を放つ刻印が散っていた。冷たい風が門の奥から吹き出し、血の気を奪う。
「……これが、聖域の門か」
アズラが震える声でつぶやいた。手にした筆を握る指先は汗で湿っている。
シバは赤布に無意識に指をやった。だが布は沈黙したまま、ただの布切れのように冷たい。頼れるのは己の脚と牙だけだ。
「仕掛けがあるはずだ」アズラは石面に顔を近づけ、刻印を指でなぞる。「碑文の断片……“声・光・影”。三つ揃えば門は応じる。だが順序は……」
「順序を間違えたらどうなるんだ?」ライカが眉をひそめる。
「……門そのものが敵になるかもしれん」アズラの喉が鳴った。
張り詰めた空気の中、翠が口を開いた。「立ち話はいい。追っ手が背後にいることを忘れるな」
皮肉混じりの声に、緊張が少しだけ緩む。
「まずは声、だろうな」シバが低く言った。
「吠えるのは得意分野だしね」ライカが牙を覗かせる。
二人が同時に咆哮した。狼と柴犬の声が重なり、岩壁に響く。
だが、刻印は半分しか光らなかった。
「足りねぇ。長く吠えすぎだ」
翠が即座に指摘する。「短く区切って合わせろ」
ライカは息を切らしつつ笑った。「あたしはまだ平気だよ」
「平気な顔ほど危ういんだよ。無駄吠えするな」
二度目の咆哮。今度は刻印の一つが鮮やかに輝いた。
「次は光だ」アズラが前へ出る。
綺羅が影を繰り出し、黒い糸で門面を覆う。その隙間をアズラの光の碑文が満たすと、光と闇が複雑に絡み、刻印が走った。
翠は綺羅の手元を観察しながら低く言った。「指先が痺れてるな。抑えろ、倒れるぞ」
「問題ないって」綺羅は短く返す。
「問題ある。加減をしろ。医者の忠告は高いぞ」
吐き捨てるように言いつつも、翠の眼差しは真剣だった。
やがて、門全体の刻印が脈動を始める。
アズラが息を荒げながら叫んだ。「最後は……全員の意志だ!」
「意志?」シバが首を傾げる。
「門は試している。俺たちが本当にここに入る覚悟があるかを」
沈黙が落ちた。
シバは赤布を握り、仲間たちを見回す。ライカは牙を見せ、綺羅は無言で頷き、翠は煙草を咥え直すだけだった。
「行くぞ」
シバの一言で、全員の視線が門へと注がれる。
刻印が一斉に輝き、地を震わせる轟音が谷を満たした。石の扉がゆっくりと開いていく。
冷たい風が吹きつけ、奥からは底知れぬ闇の匂いが漂った。
シバは拳を握りしめ、低くつぶやいた。
「俺たちの脚で、聖域へ」
仲間たちは無言で頷き、開かれた口の奥へと歩みを進めた。




