第22章「殻持ち」
岩場を抜けた一行の前に、丘陵が幾重にも重なって広がった。
朝靄に霞む稜線の向こうから、重い地鳴りが迫ってくる。
「……殻持ちだ」アズラが息を詰めた。
影が生む兵の中でも特異な存在。漆黒の殻で覆われ、炎も刃も退ける歩く城壁。
現れたそれは、甲殻の塊のような巨躯だった。節の軋みが耳を裂き、振り下ろされる腕は岩を叩き割る。背から垂れる黒糸が、周囲の死兵を操り盾の列を作る。
「……面倒だな」翠が低く呟く。
「だが止めねぇと通れねぇ」シバは軍用ナイフを握り直した。
首元の赤布は沈黙したまま揺れている。(やはり都合よくは光らない……いや、もしかして、何か条件が……?)
「行くぞ!」ライカが背から双剣〈牙音〉を引き抜き、突進した。
四足に沈んだ踏み込みから、狼の跳躍。銀の刃が交差し、前列の死兵をまとめて切り裂く。
「まだまだだろうが!」牙が鳴り、金属音と血煙が混じる。
綺羅が影を操り、死兵の足を縫い止めた。「動きを止めたよ!」
シバが即座に投げナイフを放ち、糸を断つ。次々と崩れ落ちていく死兵。
だが殻持ちは止まらない。
巨岩を拳で砕き、破片を散弾のように撒き散らす。踏み込みはさっきより速く、明らかにこちらの動きを読んでいた。
「……適応してるな」アズラの声が震えた。
「ただの怪物じゃない。学習してる」
「なら――崩すしかない!」
アズラが筆を走らせ、岩肌に碑文を刻む。光が亀裂を走り、翠が叫ぶ。「こっちへ誘え!」
シバとライカが殻持ちの前へ飛び込み、挑発する。振り下ろされた腕を寸前でかわし、裂けた地面へと誘導する。
次の瞬間、轟音と共に岩壁が崩れ落ち、巨体を押し潰した。
粉塵の中で殻がきしみ、まだもがいていた。ひび割れた外殻から黒い瘴気が漏れる。
だが突如、背の黒糸が一斉に切断された。死兵が崩れ、殻持ちも力を失ったように沈黙する。
「……撤退?」綺羅が息を荒げる。
アズラが険しい顔で頷いた。「影が作戦を切り替えた。奴らに与えられた時間はここまでだったか……あるいは、増援が別の場所に回されたのかもしれん」
静寂が訪れる。
シバはナイフを収め、汗に濡れた赤布へと指をやった。布は沈黙を守り続けている。
(やはり偶然じゃない……“光る条件”があるはずだ)
翠が治療を続ける中、ライカは笑った。「あたしたちで押し返せたってことさ。赤布なしでもな」
だがシバは答えず、丘陵の先を睨んだ。
まだ終わりではない。
影は学び、次は必ずさらに厄介な形で現れる。




